悪意の目覚め
黒のカードが、起動し。光の輪が発生する。
中から現れたのは、鈍い銅色のカード。
1つ星のカードであった。
「どんなカードが出たの?」
キララが問いかける。
2人は、共に1つのバスタブに入り、向かい合ってお湯に浸かっていた。
「う〜ん。”丁度いい”カードかも。」
ミレイは、カードの内容を確認すると。
そのまま能力を発動した。
すると。
黄色いアヒルのおもちゃが、複数個出現し。
プカプカとお湯に浮かぶ。
カード名は、”お風呂のアヒルセット”
ミレイからしてみれば、お風呂の定番アイテムのようなものであったが。
「うは〜!」
初めて見るアヒルたちに、キララのテンションは上がる。
「わぁーい!」
2人揃って、異様なテンションで遊び始めた。
遠くの風呂場の方から、ミレイとキララの笑い声が聞こえてきて。
通信機を弄っていた手が、思わず止まる。
「あの2人は、何故にあれほど楽しめるのでしょうか。」
「……そうだな。子供の考えは、わからないことだらけだ。」
エドワードは気を取り直して、作業に戻る。
魔法ではなく、精密機器の内側に。
ソルティアも興味深そうに眺めていた。
そして、その作業を行う、エドワードの顔も。ソルティアは見つめる。
「……要らぬ心配かも、知れませんが。あまり、”重ねて”見ないようお願いします。」
「というと?」
「ミレイさんのことです。」
ソルティアがその名を出すと。
エドワードも眉をひそめる。
「どれだけ似ていても。彼女は彼女で、貴方とは無関係ですので。」
「……勿論、分かっているさ。」
その言葉は、妙に重たかった。
「まぁ、”ちょっかいを出す”のは結構ですが。その場合、キララさんが恐いですよ?」
「ふっ。どうやら彼女は、良い友達に恵まれているらしい。」
ソルティアの言葉に耳を傾けながら。
エドワードは、優しく微笑んだ。
◇
「さて、これでどうだろう。」
改良を終えて。
早速、エドワードは通信機を起動してみる。
「これで、障壁外とも通信ができると思うが。」
エドワードが呟くと。
『――うおっ!?』
通信機の先から、イリスの驚いた声が聞こえてくる。
『だ、誰だテメェ!!』
その場にいるような、凄まじい声量であった。
「貸してください。」
イリスと話すために、ソルティアが通信機を受け取る。
「イリスさん。こちらソルティアです。」
『おお! 無事だったか!』
「はい。3人共無事で、目立った怪我もありません。」
約一名、負傷して泣いていたが。すでに回復したために除外する。
『……そうか。』
通信機から伝わってくるイリスの声は、とても柔らかく。
心の底から、安心した様子だった。
『にしても悪いな。まさか通信機がダメになるとは。』
「いえ、こちらこそ。障壁付近に留まっておけば良いものを。ミレイさんが、少々ドジを踏みまして。」
『いやまぁ。また声を聞けて安心したよ。』
イリスからしてみても。
自分の不手際で、犠牲者が出るのは避けたかった。
『それで、他にも誰か居るのか?』
「ええ。現地で出会った方でして。」
ソルティアは、エドワードの事を紹介する。
「異世界から来たらしいですが。1年近くもの間、この障壁から出られずにいたそうです。」
『そりゃ、災難だったな。』
「いや、だが助かったよ、他にも人間が居ると知れて。随分と気持ちが楽になった。」
「かなり、障壁内部について熟知しているそうなので。一緒に脱出するついでに、情報を提供してもらおうかと。」
『なるほどな。確かに1年もいりゃ、大抵のことは知ってるか。』
「ああ、そこは任せてくれ。」
生息している魔獣や、異界の門の発生頻度など。
依頼達成に必要な情報は、全てエドワードの頭の中に存在した。
『なら丁度いいか。調査はさっさと切り上げて、明日の朝一で戻ってこい。』
「そう、ですか。まぁ、依頼が手っ取り早く終わるなら、それに越したことはありませんが。」
『というよりも、だ。多分予想よりも、障壁内は”ヤバそう”だ。』
「……確かに。障壁内には、危険な魔獣が多いですが。」
『いや、地上にいる奴らとは違う。今は姿が見えねぇが、得体の知れない”黒いドラゴン”がいやがる。』
「ドラゴン、ですか?」
ソルティアには、しっくりこなかったが。
エドワードの表情は険しくなる。
『ああ。ただのドラゴンというか、そこそこ強めのドラゴン相手でも、お前らなら大丈夫とは思うが。』
イリスには、それを見た感覚を思い出す。
『オレの見立てだと、あのドラゴンは相当ヤバい。障壁越しだってのに、思わず冷や汗をかいたくらいだ。』
「なるほど。」
『てなわけで。下手に長居はせずに、明日さっさと戻ってこいよ。』
「わかりました。ミレイさん達にも伝えておきます。」
『おう。頼まぁ!』
そうして、イリスとの通信は終わった。
「さて。」
ソルティアは、エドワードと顔を合わせる。
色々と、話し合う事が出来たが。
「――何か、食べるものはありますか?」
「……ああ。用意しよう。」
なにはともあれ。
今後の方針は決まった。
◆
その日の夜。
ミレイ達一行は、エドワードの隠れ家で一夜を明かすことに。
いつも通り、一緒に眠るミレイとキララであったが。
今日は特別に、ソルティアも隣で寝ており。
ミレイを挟む形で3人が眠りにつく。
だが、そんな中で。
「……う〜ん。」
ミレイはどうしても、寝付きが悪かった。
環境こそ、いつもとは違うものの。
寝心地も悪くないし、なおかつみんなに囲まれている。
それなのに、不思議と心がざわついて、眠りにつくことが出来ない。
仕方がないので。
ミレイは気分転換として、布団から出ようとする。
「くっ。」
だがしかし、キララががっしりと腕を掴んでいるために、布団から出られない。
「――ふぅ。」
仕方がないので、上手いこと体を動かすと。
キララの腕をソルティアに擦り付けることに成功する。
「……うぅ。」
キララに抱きしめられ、寝苦しそうなソルティアを尻目に。
ミレイは布団から脱出した。
どうしたものかと。
隠れ家の中を歩くミレイであったが。
ふと、未だに明かりがついていることに気づき。ふらふらと足を運んでいく。
(……なんだろ。)
忍び足で、ミレイが覗き込むと。
ライザースーツを弄っているのか。
深夜にも拘らず、エドワードが作業を行っていた。
その様子を、息を潜めて見つめるミレイであったが。
小さく、足音を立ててしまい。
その音に反応して、エドワードが振り返る。
物音がしたことに驚いたのか。
それとも、ミレイの姿が、他の誰かに重なったのか。
彼の表情は、驚愕に染まっていた。
「――あぁ、すまない。やはり、まだ君の顔には慣れなくてな。」
「いえ、気にしないでください。」
覗き見ていたのがバレたため。
ミレイはエドワードの側に近づき。
彼の作業を間近で見る。
どういう仕組なのかは、まるで理解が出来ないが。
「こういうのに、興味があるのか?」
「んー。機械に強いってわけじゃないけど。こういう超ハイテク、みたいのは。やっぱワクワクするんで。」
「……そうか。」
ミレイの言葉に、どう思ったのか。
それでも、エドワードは微かに微笑み、作業へと戻った。
黙々と、作業を続けるエドワードと。
それを見つめるミレイ。
昨日今日出会ったばかりの、赤の他人ではあるものの。
やはり、目に見えない繋がりのようなものがあるのか。
不思議とミレイも、居心地の悪さは感じなかった。
「君は、父親と仲は良かったのか?」
「ん〜。どう、なのかなぁ。わりかし普通というか。」
ミレイは考えるも。
「うーん。あんまりそういうの、考えたこともなかったかも。」
どうにも、答えが浮かばなかった。
「……ふむ。」
エドワードは、作業の手を止めて。
無言で、何かを考える。
それが、なにか重要なことに思えたため。
ミレイもただ黙って見守った。
「――僕は。娘のことを、何一つとして理解できていなかった。」
「それって、どういう。」
「……少々、話は長くなるが。」
エドワードは、胸の内を告白する。
「僕がこの世界に飛ばされた時。ブラックヘッドというネオ・モンスターと戦っていた。娘を食い殺した、黒いドラゴンだ。」
「もしかして、それって。イリスさんの見たっていう。」
「ああ、だろうな。」
エドワードは、ブラックヘッドのことを思い出す。
「奴は、他のモンスターとは違う。特別な存在で、奴だけが”同族を生み出す力”を持っていた。」
故に、破滅の元凶とも考えられる。
「だが奴が繁殖を行うには、生命の泉、すなわち”海”の存在が必要不可欠だった。だから奴は、この障壁内では仲間を増やせない。」
「そう、なんだ。」
世界を滅ぼすほどの存在。
けれども、その力は障壁により阻まれている。
その事実に、ミレイは安堵する。
「君に1つ、質問をしよう。クイズのようなものだと思ってくれ。」
「はあ。」
「――”モンスターの正体”。というよりも、その”起源”は何だと思う?」
「……起源、ですか。」
そう問われ、ミレイは考える。
「もしかして、モンスターの正体は”人間”だったとか?」
よくある話というか、事実というか。
別の世界からやって来た、あの怪人たちも。そのタイプの存在であった。
「いや、そうじゃない。だが”惜しい”な。」
「惜しい?」
「ああ。奴らは自然から生まれたものじゃない。ある1人の”人間”の手によって、人為的に生み出された存在なんだ。」
「なるほど。」
「だが問題は、”誰”が生み出したのか、ということだ。」
エドワードの表情が暗くなる。
「モンスターの体組織を分析し、その起源を追い求める中で。僕は1つの事実に気づいた。あらゆるモンスターに、”ある特定の人物のDNA”が組み込まれていることに。」
「……その人物が、モンスターの生みの親ってことですか?」
「ああ。」
エドワードは目を閉じて。
自嘲気味に笑いながら、その名を告げる。
「――”ミレイ・チャペル”。それが、モンスターを世に解き放った元凶だ。」
「それって。」
「ああ。……”僕の娘”だ。」
それこそが、エドワードの直面した”運命”だった。
黒いドラゴン、ブラックヘッドに娘を殺されて。
その復讐のために、彼は戦いの道へと足を踏み入れた。
ネオ・モンスターと対等に戦える存在、SCAR DRIVEの適合者を集め。
娘にも似た少女たちを、復讐のための武器として扱った。
”ジル・ブレア”と、ライザー部隊の少女たち。
時には衝突しつつも、いつしか情が湧き始め。
そのさなかに、彼は真実を突き止めた。
「マッドサイエンティストが、世界の破滅を願ったわけでも。人類に仇なす天敵が、海の底から現れたわけでもない。」
原因がそれだったら。
エドワードも、純粋な復讐心で戦い抜けたであろうに。
「――僅か10歳の少女の。”父親に構って欲しい”という考えで、モンスターはこの世に生み出され。そして、世界は破滅まで追い込まれた。」
娘を殺した元凶が。
他でもない、娘本人だったのだから。
もはや復讐は成立しない。
「ふっ。頭のいい子だとは思っていたが。まさかまさか、そうなるとは。」
モンスターの元となったのが、僅か10歳の少女であったのなら。
SCAR DRIVEの適合者が、若い少女だけなのにも説明がつく。
そして、血縁者であるエドワードも、同様の理由で適合することができた。
「じゃあ。エドワードさんが、戦っていた理由って。」
「ああ、もはや復讐心はなく。娘の犯した罪を、父親として償うために戦った。」
それが、彼の選んだ道である。
「家族の不始末に、仲間を巻き添えには出来ないからな。僕は心中する覚悟で、ブラックヘッドとの決戦に挑んだ。だが、そのさなか、異界の門が開き。奴と共に、この世界に飛ばされたんだ。」
そして、そのまま1年近くが経ち。
現在へと至る。
「ブラックヘッドは倒せなかったが。まぁ、後悔はないさ。奴が消えたことで、少なくとも僕のいた世界は救われた。それに障壁がある以上、この世界の脅威にもならない。」
復讐心は、泡沫のように消え。
「だから、これで良いんだ。」
空虚な心と。
鋼のアーマーだけが、その手に残った。
◇
巨大な、漆黒の翼を広げて。
最強のネオ・モンスター、ブラックヘッドが夜天の下を舞う。
この世界に飛ばされて以降、派手に活動をせず。
エドワードと戦おうともしなかった、黒き破壊者であったが。
モノリスの頂上部に降り立つと。
その瞳で、遠い地上を見つめる。
人の理解の及ばない、超生物。
対話すら出来ない、人類の天敵。
その、はずであったが。
「……オトウ、サン。」
何が切っ掛けか。
ドス黒い瞳に、知性が宿り始める。
食い殺した創造主の影響か。
この世界の環境によってか。
だが、しかし。
「――ダレ、”ソイツ”。」
破滅の矛先が、悪意が。
ただ、目覚めただけだった。