パラレル・ツイン
圧倒的な冷気によって。
大地も、森の木々も凍りつき。
キララと対峙していた魔獣は。
胴体を盛大に貫かれた状態で、完全に冷凍されていた。
邪魔者を討ち果たし、キララは先を急ぐ。
(……ミレイちゃん、大丈夫だよね。)
不安が募るものの。
それでも、仲間の無事を信じていた。
魔力と、複数の気配のする方角を目指し。
キララが、木々の合間を抜けると。
そこには、”おびただしい数の魔獣の死骸”と。
その中心で佇む、”漆黒のアーマーを纏う男”の姿があった。
それも、十分注目に値する存在だが。
キララは、そのすぐ側に目を向ける。
そこには。
”半べそ”をかきながら。左腕の袖をまくる、ドロドロまみれのミレイと。
ミレイのカードの1つである、”即効性キズ薬”を持った、ソルティアの姿があった。
「――いぃぃ。痛い痛い、死んじゃう。」
「流石に、大げさでは?」
痛みに悶えるミレイ。
そんな彼女の腕に、ソルティアはスプレータイプの傷薬を噴射する。
怪我とは無縁の生活を送ってきたため。
ミレイにとっては、地獄のような痛みであった。
だがしかし。
2つ星カードである、即効性キズ薬の効き目は、すぐに現れ。
「――はぁぁ。」
痛みから解放されたことにより。
ミレイは天にも昇る気分となる。
「……やっぱ、大丈夫そう。」
「はぁ。心配して損しました。」
と言いつつも。
大事に至らなかった事に、ソルティアは安心した。
そこへ、キララも合流する。
「ミレイちゃん、大丈夫なの?」
「……キララ。」
蛇の魔獣に丸呑みにされた時は、どうなることかと絶望したが。
再び、五体満足で合流できたことに、ミレイは感謝する。
そのまま、再会の余韻に浸るミレイたちであったが。
死骸の山に佇む、黒いアーマー男の存在が、どうしても目に入ってしまう。
顔を含め、全身を覆うタイプの機械的なパワードスーツ。
ミレイはともかくとして。キララとソルティアには、不気味以外の何者でもなかった。
「ミレイちゃん、あの人はだれ?」
「うんにゃ。わたしも、助けてもらったばっかでさ。」
「ふーん。」
ミレイ達が話していると。
アーマーの男が、彼女たちの方へと振り返る。
「……”ミレイ”、だと。」
その名前に、なにか覚えでもあったのか。
アーマーの男は、酷く驚いた様子で、ミレイ達の顔を見つめ。
ドロドロまみれな、ミレイの姿に注目する。
「……まさか。」
アーマーの男は、ミレイの元へと近づく。
「君の名前は、ミレイというのか?」
「えっ。……そ、そうです、けど。」
間近で見るパワードスーツは、迫力満点であった。
「すまない。少し顔を見せてくれ。」
そう言うと。
アーマーの男は、その手でミレイの顔に付いたドロドロを拭う。
「うびゃ。」
一応、ミレイは無抵抗でそれに応じ。
その素顔を、さらけ出すと。
「――そんな、」
アーマーの男は、”ミレイの顔”に動揺し。
思わず、後ずさる。
「馬鹿なッ。」
そして。その場で、膝から崩れ落ちた。
『SCAR DRIVE、停止します。』
アーマーから、システム音が鳴り。
漆黒に染まってたアーマーが。
元々のカラーである、美しい銀色へと変化する。
(……おぉ。)
理屈はわからないが。
ミレイはそのギミックに、僅かに感動する。
彼は、自らの頭に手を置き。
アーマーのヘルメット部分を脱ぎ捨てる。
40代中頃であろうか。
彼は、威厳のある顔立ちをしており。
特に目を引くのは。
”左目付近にある傷跡”と、”黒い眼帯”の存在。
だが、何よりも。
ミレイの顔を見つめ、”号泣する”その姿に。
3人は、ただ戸惑うしかなかった。
「……ミレイさん、お知り合いですか?」
「いやぁ。初めてだと思うけど。」
渋めのオジサマ登場、からの号泣に。
ミレイも反応に困りつつ。
「あの、大丈夫ですか?」
一応、心配の声をかける。
「……ああ。大丈夫だ。」
彼女の声を聞き。
アーマーの男は、自らの気持ちに整理をつける。
そして、改めて。
2人は顔を合わせた。
「えっと、お名前は?」
ミレイに問いかけられ。
彼は冷静に、深呼吸をし。
自らの名を名乗る。
「――エドワード・チャペル。しがない、科学者だよ。」
◇
「取り乱してすまない。君が、わたしの”死んだ娘”にそっくりでね。」
そう言うと。彼は、首に掛けていたロケットペンダントを手に取る。
ペンダントの中には、小さな写真が入っており。
まだ顔に傷がなかった頃の彼と、その娘の姿が映っている。
娘の姿は、黒髪だった頃のミレイと、まさに”瓜二つ”であった。
「うわぁ、ホントにそっくり。」
「……そうかな?」
その偶然に、キララは驚くものの。
当のミレイ本人は、実感が無いのか首を傾げる。
「ええ。まるで双子のようです。」
「えぇ……」
ソルティアにも、似ていると言われ。
ミレイは納得せざるを得なかった。
「あの。エドワードさんって、やっぱり”他の世界”から来た人ですか?」
SFチックな、パワードスーツを見ながら。
ミレイが問いかける。
「……その言い方から察するに。ここは、”地球”ではないらしいな。」
「えっ。」
まさかの地球という単語に、ミレイは唖然とする。
「……たしか地球って、ミレイちゃんのいた世界じゃない?」
キララにも、聞き覚えがった。
「うん、そうだけど。」
改めて。ミレイは目の前のエドワードを見てみる。
映画の世界にでも出てきそうな、超ハイテクなパワードスーツ。
そんな代物は、ミレイにも心当たりがなかった。
「……どういう事だ?」
「えぇっと。」
ミレイは、どう説明するべきかと、頭を捻る。
「実はわたしも、地球出身なんです。ごく普通の一般人というか。ある日突然、この世界に飛ばされちゃって。」
その他にも。
異界の門についても、ミレイは説明する。
「なら、わたしも似たような境遇だな。ネオ・モンスター、”ブラックヘッド”と戦っている最中に、この世界に飛ばされた。」
「……なるほど。」
ネオ・モンスターに、ブラックヘッド。
意味の分からない単語が続いたが、ミレイは指摘を控えた。
「君は、いつからこの世界にいるんだ?」
「えっと。3〜4週間くらい、前ですかね。」
なんとなく、思い出す。
「エドワードさんは?」
「そう、だな。およそ、”1年”といったところか。」
「えっ!?」
1年。
彼の口から出た言葉に。ミレイだけでなく、他の2人も衝撃を受けた。
「い、1年も、この障壁内で暮らしてたんですか?」
ミレイには、とても信じられなかった。
「ああ。まぁかなり危険な場所だが、慣れればどうということはない。」
「へぇ〜」
凄まじい生存能力に、ミレイは感心する。
「ところで、君に質問があるんだが。」
「ん? なんでしょう。」
ミレイは首を傾げる。
「……あれから、世界はどうなった?」
「……どう、とは。」
予想外の質問に、ミレイは固まる。
「ブラックヘッドが消えた以上、もうモンスターは生まれないはずだろう? 平和になったのか?」
「えっと。」
「――ライザー部隊は? ”ジルたち”は生きているのか?」
怒涛の質問攻めに。
ミレイはひたすら困惑する。
(何なんや、このおっさんは。)
彼を納得させられる答えは、その頭の中には存在しなかった。
「えっと、すみません。そもそもなんですけど。……”モンスター”って、何ですか?」
「……なんだと?」
その質問により。
ようやく2人は、根本的な勘違いに気づいた。
◇
そのまま、先程の場所に留まり続けるのも危険なため。
ミレイ達一行は、エドワードが拠点にしているという、彼の隠れ家へと向かうことに。
「それじゃ、つまり。わたしのいた地球と、エドワードさんのいた地球は、全く別の世界ってことですか?」
「ああ。いわゆる、”パラレルワールド”のようなものだろう。」
その移動がてら。
ミレイとエドワードは、各々の暮らしていた地球について話し合う。
戦争もない、平和な世界と。
ネオ・モンスターの脅威に、抗い続ける世界。
似ているようで、決定的な部分が違う。
その2つの世界を、互いに理解し合った。
「……すごく、大変な世界なんですね。」
「ああ。君の暮らしていた世界が、正直羨ましいよ。」
地球という、共通の話題で話し合う2人を見て。
「む〜」
キララは、少々不満げな様子であった。
しかし、隣りを歩くソルティアは、相変わらず無表情で。
のんきに口笛まで吹いていた。
共に歩く、ミレイの姿を見ながら。
エドワードは。
なんとも形容し難い、複雑な気持ちを抱く。
亡くした娘と同じ顔、同じ名前の少女が。
笑いながら言葉を発し、そこに生きている。
(……平行世界の同一人物。”パラレル・ツイン”、とでも呼ぶべきか。)
娘との最後の記憶。
浜辺を駆ける、その姿が。
隣りにいるミレイと、重なって見えた。
「じゃあ、エドワードさんは、”本物のヒーロー”なんだ。」
人類を脅かすモンスターと。
それに対抗する、パワードスーツを着たスーパーヒーロー。
ミレイの瞳には、彼はそう映っていた。
だがしかし。
実際の現実は、そこまで綺麗なものではなく。
「そんなに、褒められた存在じゃない。」
エドワードは、たまらなく顔をそらす。
「わたしが戦っていた理由は、娘を殺された復讐心だ。」
(……そう、なんだ。)
彼の言う娘と、自分がそっくりだという事もあり。
ミレイは複雑な気持ちを抱く。
「――とはいえ。それも、とんだ”勘違い”だったがな。」
「?」
彼の発した、その言葉の意味を。
ミレイはまだ、知りようがなかった。
◆
「ここが、わたしの隠れ家だ。」
大きな木の下にある、自然の洞窟内に。
エドワードの隠れ家はあった。
「――うわぁ。」
隠れ家の中に入って。
その予想外の光景に、ミレイ達は感嘆の声をあげる。
元々は、殺風景な洞窟だったのだろうが。
隠れ家の中には照明も通っており。しっかりと、人の暮らせる部屋のようになっていた。
家具やら、雑貨やらも置かれており。
意外にも文明的な暮らしをしている様子だった。
「電気も通ってるんだ。」
まばゆい照明の光に、ミレイは懐かしさを覚える。
「ああ。ソーラパネルを作ったんだ。スマホの充電もできるぞ。」
「……マジかぁ。」
金髪のバカに、スマホを売り渡してしまったのを。
ミレイは、ほんの少し後悔した。
「何だか、知らない物がいっぱいある。」
「えぇ。なんとも不思議ですね。」
冷蔵庫や、テレビなど。見慣れない家電製品を見て。
キララとソルティアは、興味を惹かれていた。
「……確かに。どうしたんですか? こんなにいっぱい。」
ミレイにも、なぜこんな物が、こんな場所にあるのかが謎だった。
それに対し、エドワードは事情を説明する。
「異界の門とか言ったか? あれがたまに開いて、色々の世界の生き物や物体が、諸々流れてくるんだよ。」
例えるなら、無人島の漂着物のようなものだろうか。
「生き物の場合は、まぁ大抵殺されるが。中にはこうやって、使えるものも流れてくる。」
「へぇ〜」
「ちなみに、バスタブもあるぞ。もちろんお湯も出る。」
「――えっ。」
その言葉に、ベトベト体液まみれのミレイは、目の色を変え。
つぶらな瞳で、エドワードに訴えかけた。
「……好きに使うと良い。」
「やった〜!」
「あっ、わたしも入る〜!!」
やけにハイテンションに。
ミレイとキララは、隠れ家の奥の方へと向かっていった。
◇
「……ふぅ。」
エドワードは、ライザースーツを脱ぐと。
ラフなTシャツ姿となる。
残るもう1人、ソルティアは。
すでに椅子に座って、くつろぎモードに入っていた。
「コーヒーでも飲むかね?」
「……えぇ、いただきます。」
「了解した。」
そうして、コーヒーを淹れながら。
エドワードは。
まるで、娘の友達が遊びに来たような。有りもしない、不思議な感覚を抱き。
対するソルティアも。
なんとも言えない、居心地の悪さを感じていた。
テーブルにコーヒーを置き。
エドワードは、少々離れた場所に座る。
「君たちは、あのシールドの外から来たんだろう?」
「えぇ。」
「外にある、あの巨大戦艦に乗ってきたのか?」
「まぁ。」
「……ふむ。ならこの世界は、随分と技術が進歩しているらしい。」
エドワードは、この世界の技術力に感心した。
「あぁ、いえ。あれはもう1人の仲間の力と言いますか。”アビリティカードの能力”なので。」
ソルティアが彼の勘違いを訂正する。
「あんな空飛ぶ船は、他にはありません。」
「……アビリティ、カード?」
1年もの間、この世界で生き抜いてきたエドワードであったが。
他人と一度も会わなかったが故に、アビリティカードの存在を知らなかった。
「ええ。」
そんな彼に説明するため。
ソルティアは、自身のアビリティカードを具現化する。
「――おお。なんと素晴らしい!」
何もない所から出現した、銅色のカードに。
エドワードは驚きを隠せない。
「どういう理屈なんだ? それは。」
グイグイと迫ってくるエドワードに。
「うっ。」
ソルティアは拒否反応を起こし、さっさとカードを消してしまった。
「ご自分のカードを出してください。たとえ異世界の出身でも、出そうと思えば出せるはずです。」
かつて、ミレイに教えたように。エドワードにも仕組みを教えた。
「……なるほど。了解した。」
エドワードは、何もない自分の手のひらを見つめる。
「呪文はいらないのか?」
「ええ。」
ソルティアの指示に従い。
エドワードは、その手にアビリティカードを求める。
すると、粒子が形を成し。
ソルティアと同じ、銅色のカードが出現した。
「――おお! これがアビリティカードか。」
初めて手にする、魔法のような産物に。
エドワードは瞳を奪われる。
「わたしと同じ、”2つ星”ですね。」
カードの名前は、”マツカゼ”と書かれており。
黒い馬の絵が描かれていた。
「イラストや説明文からして、馬を召喚する能力かと。」
「なるほど。」
「試すのは結構ですが。ここで出さないでくださいね。」
「……ああ。わかっているよ。」
このようなカードが、馬一頭を召喚し。
人によっては、巨大な空中戦艦を生み出す。
彼からしてみれば、まさに奇跡のようだった。
(……”マツカゼ”。名前からして、日本の馬か?)
エドワードは、アビリティカードの仕組みについて考える。
(あの戦艦も、この世界の技術によるものではないという。理屈は不明だが、”他の世界”から力を引き出している?)
非常に興味を抱くものの。
仕組みを理解するには、あまりにも情報が少なかった。
「――あぁ、そういえば。」
思い出したように。
ソルティアは、懐をまさぐると。
「こういうの、触れたりしますか?」
繋がらなくなってしまった、アマルガムとの通信機を取り出した。




