デコピン
朝。
寝起きの悪かったミレイを、キララに任せて。
ソルティアとユリカの2人は、共にアセアンの冒険者ギルドを訪れていた。
「……ここが、冒険者ギルド。」
ギルドは初めてなのか。
ユリカは建物を見つめ、感慨にふける。
「武蔵ノ国は、ギルドはありませんでしたか?」
「ううん。あったはずだけど、来るのは初めてだから。」
「では、わたしからの忠告です。必要な事以外は、基本的に”無視”してください。」
「……どういう意味?」
「まぁ、わたしの真似をすれば大丈夫です。」
そう言って。
2人はギルドの中へと入っていった。
◇
ギルドの中には、冒険者らしき人々が大勢居た。
建物の大きさは、ジータンのそれと大して変わらないものの。
明らかに人口密度が高く。多くの冒険者、野蛮な男たちの熱気に溢れていた。
こんな朝早くに、健康的な人たちである。
少なくとも。見える範囲に、女性の冒険者は存在せず。
ソルティアはともかくとして。ユリカは肩身が狭く感じられた。
各々の話に夢中になっていた冒険者達だったが。
ソルティアとユリカという、若い女性二人の登場に。自然とその注目が集まる。
だが、ソルティアは何ら気にすること無く。
受付の場所を確認すると、一直線にそこを目指す。
どれだけの視線を浴びせられても、気に留めず。
「――ヘイッ。」
軽く声をかけられても、何一つとして反応せず。
ニヤけた冒険者が、関心を引くために足を引っ掛けようとするも。
その足を問答無用で押しのけ。
ソルティアは受付へと向かう。
その後ろをついていくユリカは、その強引さに若干引いていた。
ギルドの受付へと辿り着くと。
派手な見た目をした受付嬢が、呆れ顔でソルティアを見つめていた。
「……アンタ、中々根性あるね。」
「関わった所で、特に意味は無いので。」
何事もなかったかのように。
ソルティアは受付嬢と話し始めた。
「見ない顔だけど、何のよう?」
「そうですね。”2つ”ほど、要件がありまして。」
ギルドへ来た目的を話す。
「わたしを含め。女の冒険者が3人、帝都で活動をする予定なので。宿舎の用意をお願いします。」
「ふ〜ん、了解。もう一人いるって事?」
ソルティアと、後ろのユリカを見て。受付嬢はそう尋ねる。
「ああ、いいえ。こちらはまた”別件”です。仲間の冒険者は、2人とも宿に居ます。」
「なるほどね。それで、もう1つの要件は?」
「こちらの、彼女についてなんですが。」
ユリカを紹介する。
「武蔵ノ国から来た、陰陽師らしいです。船から落っこちて、浜辺まで流されてまして。彼女の捜索願や、乗っていた船に関する情報はありませんか?」
「はーん。ちょっと、問い合わせてみるわね。」
そう言うと。
受付嬢は手元に置いてあった水晶玉に魔力を込め、何かを念じ始めた。
「……あれって、何をやってるの?」
美しく輝く水晶玉に、ユリカは興味津々である。
「”魔水晶”ですよ。高度な魔法が組み込まれていて。これを使うことで、世界中のギルドと通信ができます。」
元受付嬢であるソルティアには、慣れ親しんだ道具であった。
「ただ、操作には魔力を必要とするので。ある程度の魔法の才能がないと、受付嬢の仕事は務まりません。」
「まぁ、慣れれば楽な仕事だけどねぇ〜」
魔水晶に念じながら。受付嬢は気楽に話す。
「そうですね。わたしも、前までジータンのギルドで働いてましたが。やはり基本的に暇でしたね。」
「えっ、アンタ受付やってたの?」
思わぬ事実に、受付嬢は驚く。
「はい。すでに辞めて、冒険者になりましたが。」
「へぇ〜、すっごいねぇアンタ、冒険者になろうだなんて。女は普通、そんなん思わないのに。」
「確かに。多少魔法の使える人材は、ギルドが重宝しますからね。」
魔力の扱える女性は。危険と隣り合わせの冒険者よりも、安全な受付嬢を選ぶ事が多い。
ソルティアの後輩であるソニーも、それに当てはまる。
「まぁ、わたしは。どちらかと言うと、”戦いたい派”でしたので。」
「めっずらし〜」
受付嬢から冒険者になる。
それはかなり珍しい話であった
しばらく、魔水晶とにらめっこをする受付嬢だったが。
「あっ、情報あったかも。」
それらしきものを発見する。
「アンタ、名前は?」
「ユリカです。」
「うん。本部から通達が来てるね。武蔵ノ国から呼んだ陰陽師が1人、行方不明だって。」
「あの、他の人達は無事ですか?」
「そうだね。船は普通に、エプシロンの港に着いたって書いてあるから。無事じゃない?」
「……よかったぁ。」
自分以外の安否が確認できて。
ユリカはほっと一息つく。
「ええ、これで安心できますね。」
ソルティアも喜びを分かち合う。
「じゃあ、生存を確認って、本部に連絡しとくわね。」
「お願いします。」
何はともあれ。
これで、ギルドに来た目的は達成できた。
◆
「それにしても、このギルドは随分と賑わってますね。ジータンとは大違いです。」
冒険者と言うよりも、便利屋の仲介所のようだったジータンとは違い。
この町のギルドには、戦闘を視野に入れた冒険者が多く見受けられた。
「普段は、もうちょい静かなのよ? ただ、ピエタの街で、新しい”ダンジョン”が見つかってね。もうお祭り騒ぎよ。」
「なるほど、通りで。」
ソルティアは納得するものの。
「?」
ユリカは首を傾げる。
「ピエタは近いですからね。大勢向かう予定ですか?」
「そうだねぇ。ダンジョン攻略は報酬も良いから。下手したら、半数近くが行っちゃうかも。」
ダンジョン攻略。
それについて話す2人であったが。
「……えっと。ダンジョンって、なぁに?」
ユリカには、そもそもの意味が分かっていなかった。
「おや。武蔵ノ国では無かったですか?」
「うん、初耳。」
ダンジョンを知らないユリカの為に。
ソルティアが説明を行う。
「”異界の門”は、ご存知ですか?」
「もちろん。むしろ、それを”どうにかする”のが、陰陽師の仕事だから。」
「あぁ。たしか武蔵ノ国は、”発生数が多い”らしいですね。」
互いに知っているため、異界の門の説明は省く。
「ダンジョンとは。異界の門が”地下”に発生した結果、極稀に起こる現象です。」
通常、異界の門はこの世界のどこかに出現し、ここではない別の世界と繋がる。
異界の門は基本的に長続きせず。
ジータンの一件のように、門が開きっぱで、敵が大挙して押し寄せることは基本的に有り得ない。
大抵は、小規模な集団や個人、もしくは魔獣などが現れる程度である。
このような事例が、地上で起こったのならば。問題はそう大きくはならない。
ミレイのように、異界の来訪者が街にやって来たり。
たとえ危険な生物がやって来たとしても。情報を得たギルドが、冒険者を派遣すれば済む話である。
だがしかし、それが地下空間で発生すると、また事情が変わってくる。
地下という環境故に。どんな現象が起こったとしても、地上には伝わらず。
気づいた時には、すでに”収拾のつかない領域”まで進行している。
通常、上から下へ広がっていく、アリの巣とは真逆に。
門が開いた場所を起点として。
外来種の魔獣は、地下から地上へと根を広げていく。
そして、どんどん規模が拡大し。
その手が、地上にまで届いた時。
初めて人類側は、その存在に気づく。
この、地下に出現した、外来種の魔獣の集団を総括して。
人々は、”ダンジョン”と呼称した。
ただでさえ。厄介とされる外来種の魔獣が、1つの生態系を形成しているため。
それが周囲の土地や、街に与える影響は計り知れない。
「――そのため、ダンジョンは発見された時点で、ギルドにとって”最優先の攻略対象”になります。」
それが、このお祭り騒ぎの原因であった。
「へぇ。それって、みんなも参加するの?」
「いいえ、ダンジョン内では、魔獣との戦闘が大前提ですから。ランクの低い我々では、攻略に参加できません。」
「そうなんだぁ。」
「ですが。ダンジョンの発見されたピエタの街は、我々の進行方向にあります。なので一応、意識はしておきましょう。」
ソルティアにとって。ダンジョン攻略は、そこそこ興味はあるものの。
自分たちにはまだ縁がないと、思考から排除する。
「――あ〜、ちょいちょい。ユリカとか言ったっけ?」
「はい。そうですけど。」
ユリカが受付嬢に声をかけられる。
「本部から通信が来てさ。”シュラマル”って人が、アンタと話したいって。」
「シュラマルが!? 話します!」
知り合いの名前なのか。
ユリカは表情を明るくし、受付嬢の側へと向かった。
「シュラマル? 聞こえる?」
魔水晶に話しかけると。
『――ユリカちゃん? 無事なの?』
女性らしき声が聞こえてくる。
「うん。もちろん、ピンピンしてるよ。」
『なら、安心だなぁ。いつの間にか居なくなってたから、ビックリしたんだよ?』
「えっ、いつの間にって。船がすっごく揺れて、それで海に落ちたんだけど。」
『――あぁ、クラーケンに襲われた時かな? あれ、みんなで”瞬殺”しちゃったから。まさか被害者が居たとは。』
「……そ、そうなんだ。」
落ちたことにすら、気づかれていなかった。
その事実に、ユリカはショックを受ける。
「プッ。」
自分の予想が当たっていた事で。
ソルティアは思わず、吹き出した。
ユリカは魔水晶と。
ソルティアは受付嬢と、他愛ない話に花を咲かせ。
そんな中。
ギルドの扉が、凄まじい勢いで開かれる。
「――おい、怪我人だ!」
ソルティアの知らない、赤髪の女性が中に入ってくる。
肩には、小さな人間らしきものが抱えられていた。
「治療のできる奴はいねぇか? 出来れば魔法使い。」
女性は大きな声で、ギルド中に言葉を告げた。
「あっ! わたし、治療できます!」
ユリカが手を挙げ、立候補する。
すると、その声を聞きつけ。
女性がユリカ達の元へとやって来る。
「おう、頼むわ。そんなにデカい怪我じゃないんだがな。」
そう言って。
女性は、担いでいた怪我人を床におろした。
だがしかし。
その怪我人が、良く見知った人物だったため。
ソルティアとユリアは言葉を失う。
「デコピンしたら、吹っ飛ばしちまってよ。」
ミレイが、ノックアウトされていた。
◆◇
ガンガンと、鈍い痛みを感じながら。
ミレイはゆっくりと意識を覚醒させる。
ここ最近の目覚めの中でも、特に気分が悪かった。
体を起こし。おぼろげな視線の中で、周囲を見渡し。
すると、ひたすらに疑問が湧いてくる。
「……どこや、ここ。」
薄暗い照明に、殺風景な部屋。
隣にもベッドがあり、そこではソルティアが眠りについていた。
キララに関しては、ミレイと同じ布団に入っている。
「ん?」
何か違和感を感じ、額に手を触れると。
そこには包帯のようなものが巻かれていた。
「病院?」
ますます状況が理解できず、ミレイは困惑する。
だが、キララもソルティアも、普通に眠っているため。
危険ではないと判断する。
部屋にいるのは、3人の冒険者だけであり。
共に行動していたはずの、ユリカの姿は無かった。
幸せそうに眠るキララを、起こすことは忍びなく。
ミレイは1人、ベッドから降りると。
この不思議な場所の探索を始めた。
扉らしきものに近寄ると。
自動的にそれが開く。
「おぉ!」
久々に触れた、文明的なシステムに。
ミレイは感動を覚えた。
扉をくぐり、部屋から出ると。
照明に照らされた、真っ白な真っ白な通路が目に入る。
(めっちゃ近代的というか。むしろSFだな。)
周囲の構造は、ミレイの知る現代科学よりも遥かに進んで見えた。
「……やっぱここって、あの人の。」
レーザーをぶっ放していた、イリスの巨大戦艦を思い出す。
未知なるテクノロジーに、目を輝かせながら。
ミレイは通路を進んでいく。
個人的には、剣と魔法のファンタジー世界が好みだが。
こういうSFチックな世界観も、ミレイにはアリだった。
何気なく。
さーっと、壁を撫でなてみて。
「――げっ。」
手がホコリまみれになったことに驚き、すぐに払い落とした。
「この戦艦って、アビリティーカードだよな? なんでホコリまみれなんだよ。」
ミレイは、ちょっとショックを受けた。
探索を続けるミレイだったが。
「おっ?」
今までとは違うエリアを見つけて、そこに入っていく。
「――おぉ!?」
そこはまさに、巨大戦艦の主要部と呼べる場所だった。
いわゆるブリッジ、艦橋に当たる部屋なのだろう。
多くディスプレイや、操作盤、椅子なども存在し。
何人もの乗組員の手によって、ここが運用される様子が想像できた。
けれども、ディスプレイこそ機能しているものの。
操作盤などを動かす人員は存在せず。
ただ唯一、船長の椅子にのみ、人影が存在した。
ゆっくりと、忍び足で近づいてみると。
予想通り、椅子にはイリスが座っていた。
酒でも飲んだのか、顔は赤く。
穏やかに夢の世界へと旅立っている。
(てことは。やっぱりここって、あの戦艦の中なんだ。)
その事実を認識して。
ミレイは人生初となる、戦艦の内部見学に感動する。
(ボタンがいっぱいある、すっごい。……でも、全部ホコリまみれだ。)
色々と触ってみたかったが。
ボタンには塵や埃が積もっており。
ミレイ的に、この量は流石にNGだった。
(てかどう見ても。10人以上居ないと、動かせないレベルの船だよな。)
このブリッジだけでも、操作盤の数は20を超えている。
(やっぱ、AIで動かしてんのかな。)
理解不能なハイテクに囲まれて。
ミレイがフラフラとうろついていると。
「――おい、あまり弄るなよ。」
いつの間にか、起きていたのか。
欠伸をしながら、イリスが忠告する。
仕草や言葉遣いこそ粗暴なものの。
やはりその見た目は、ミレイの理想ど真ん中であった。
「イリスさん。」
とことこ、近づいていく。
「あの。なんでわたしたち、この船に乗ってるんですか?」
一番の疑問を投げかけた。
「……そりゃ、”目的地”に向かうために決まってんだろ。」
「目的地?」
「あぁ、クエストのな。お前はデコピンで倒れちまったから、説明してなかったな。」
倒れていたミレイのために、事情を説明しようとするイリスであったが。
大きな窓の先に、陽の光を見て。
にやりと微笑む。
「ほら、丁度いい。朝日が昇るぜ。」
そう言われて。
ミレイは、艦橋の正面に目を向けると。
「……へ?」
そこに見えた光景に、言葉を失った。
朝日の昇る地平線と。
それを遮る、巨大な黒い影。
それは山々などの自然とはまるで違い。
明らかに計算され尽くした、縦長の長方形の形をしていた。
ただ、山のように巨大なそれは、ブラックホールのように真っ黒で。
この世界の何とも違う、明確な”異物”。
「――あれこそが。謎に包まれた神の遺産、”モノリス”だ。」
雲がかかるほど巨大な、”真っ黒いプレート”が。
地表に突き刺さっていた。
――”最悪のクエスト”が、始まる。
◇
(……あっ、昨日召喚してなかった。)
ミレイは、連続ログインが途切れた並のショックを受けた。




