超弩級の女
ボルケーノ帝国の心臓部である大都市。
帝都ヨシュア。
その中心部に存在する宮殿、その一室にて。
「ふふ。」
一冊の本を読みながら。
椅子にくつろぐ、皇帝”セラフィム”が笑う。
どこから調達したのか。
その本は、この世界には存在しない”漫画”という分類の本であり。
直ぐ側の本棚には、他にも何冊かの漫画本と思わしき物が存在した。
本のタイトルや、巻数などはバラバラであるが。
「――陛下。」
そんな彼女の私室に、1人の女性が入ってくる。
以前、花の都まで彼女を迎えに来た女性、”マキナ”である。
服装はメイド服ではなく、白い騎士のような格好であるが。
マキナはその場で膝をつくと。
セラフィムに用件を告げる。
「申し訳ありません。何人かの”剣”と、連絡が取れない様子でして。わたしがこの足で、捜索に向かおうと思います。」
「あぁ、そうしてくれ。」
セラフィムは漫画に夢中ながらも。
マキナの話の内容は理解していた。
「では、失礼します。」
部屋を出ようとするマキナであったが。
「――待て。」
セラフィムに呼び止められ、その足を止める。
「何でしょうか。」
マキナは振り返り。
セラフィムは相も変わらず、本に目を向けている。
「”イリス”に関しては気にするな。わたしが個人的に、仕事を頼んでいる。」
「あの、乱暴者にですか?」
マキナにとって。
イリスと呼ばれる存在は、あまり良い印象ではない様子だった。
けれども、セラフィムは漫画から目を離さず。
特に気にも留めず。
「まぁ、問題はない。アレは腐っても、”最強の一角”だ。」
この場には居ないものの。
セラフィムは自らの配下を、そう評した。
帝都ヨシュアより、遙か西南に位置する町、アセアンにて。
朝日が登る時間帯ながら。
その光すら届かない、路地裏に。
その女は居た。
「――オエェェ。」
胃袋に入った全てを、さらけ出すように。
その女は盛大に吐瀉物を撒き散らす。
「……頭いてぇ。」
とても、真っ当な人間とは思えない、その女性だが。
今この町にいる人間の中で。
”ぶっちぎりの戦闘力”を有しているとは、誰も思わないであろう。
「陛下からの依頼とはいえ、流石に”めんどくせぇ”な。」
美しい朝日とは裏腹に。
彼女の気分は最悪に近かった。
「……ダリィ。」
赤髪の冒険者。
イリスは、静かにぼやいた。
◇
「……ねみぃ。」
フラフラとした足取りで。
頭も同様に揺らしながら。
白髪の冒険者、ミレイは。
アセアンの町を歩いていた。
「もう少し、寝ててもいいんだよ?」
隣を歩くキララが、心配を口にするも。
「いや、わたしは起きる。……起きて、飯を食べう。」
ミレイはそう言って、歩くのを止めない。
ひどく、おぼつかない足取りではあるが。
「……朝のミレイちゃん、やっぱり可愛い。」
キララはもう、それだけでお腹いっぱいであった。
ソルティアとユリカは別動向で。
久方ぶりに、ミレイとキララは二人っきりの時間を歩む。
「それにしても。この町って、やっぱり人が多いね。」
町の様子を見ながら、キララが呟く。
アセアン。
それはやはり、花の都ジータンとは全く異なる風景であった。
とはいえ、これが普通の町なのだろう。
レンガの家が建ち並び。
そこら中に花がなければ、柔らかな香りも存在しない。
「だな。」
町には人の姿が多く見受けられた。
町の大きさとしては、ジータンには及ばないものの。
立地的に人の行き来が多いのか。
荷物を多く抱えた、商人らしき人もチラホラ見かける。
それと同様に。何らかの武装をした者や、魔法使いと思われる者など。
冒険者らしき人々の数も非常に多かった。
ジータンにはそれほど冒険者が多くなかったし、武装すらしていない者が大半であった。
「昨日は暗かったし。何よりも、宿に直行したからな。」
とても、大手を振って町を歩ける状態ではなかったため。
ミレイとキララは、新鮮な感覚で町を眺めていた。
(ジータンはまぁ、花が凄いというか。本当に異世界って感じだったけど。)
どこからか、食欲をそそる匂いが漂ってきて。
ミレイはそれに引き寄せられる。
(ここは何というか、外国の町って感じだな。)
ミレイはすでに、脳内を”食欲”に支配されており。
町の景色がどうこうよりも。何を食べようか、という思考に染まっていた。
そんな様子で。ミレイはフラフラと道を歩き。
「――あっ、ミレイちゃん!」
キララの静止の声も間に合わず。
「いてっ。」
道行く人とぶつかってしまい。
相手との体格差から、ミレイはその場で尻餅をついてしまう。
「おっと、悪いな。」
ぶつかった相手は、ぶつかってもビクともせず。
ミレイにそっと手を差し伸べた。
「すみません。不注意でした。」
「いや、気にすんなよ。オレも気が回らなかった。」
自分とぶつかった相手を見て。
「……は。」
ミレイは、小さく息を吐いた。
軽く顔を上げなければ、目が合わないほどの高身長。
キリッとした美人顔に、燃えるような赤髪。
そして、”大きな胸”。
その女性は。ある種、ミレイの”理想とする容姿”をしていた。
ゲームでキャラクターを作るなら、こういう見た目にするであろう。
その、ど真ん中である。
そんな女性とのエンカウントに。
ミレイは呆然としてしまう。
「ん?」
ミレイに見つめられて。
赤髪の女性、”イリス”は。軽く首を傾げる。
「もう、ミレイちゃん? ちゃんと前は向こうね。」
「……分かってるよ。」
5つ年下のキララに、妹のように扱われて。
ミレイは非常に恥ずかしさを覚える。
とりあえず、ぶつかってしまったものの。
互いに怪我もなかったため。
そのまま、先を行こうとするミレイたちであったが。
ぶつかった相手、イリスは。
無言で2人の顔を見つめていた。
「……えっと。」
ミレイたちも、反応に困る。
「どうか、しましたか?」
「あん? いや、ちょっとな。」
ミレイの問いに。イリスは微妙な返事を返す。
その瞳は、2人の持つ”力”を見定めていた。
(……ガキ2人、冒険者か?)
2人の様子。そして、装備を見る。
ミレイは”何かしらの力”が宿った物品を鞄に入れており。
キララは弓を背負っている。
イリスは特に、キララの方に注目した。
(ちっこい方はアレだが。コイツは”強い”な。)
キララの纏う魔力。その流れの”洗練さ”に、イリスは感心する。
稀に見る、天才であると。
「ふっ。」
企みを思いつき。イリスはニヤリと笑う。
「お前たち、冒険者だよな。この町で活動してるのか?」
「あっ、いいえ。帝都を拠点にしようと思ってて。今は移動の最中です。」
「ほぉ、そりゃいいな!」
ミレイの言葉に、イリスは更に笑みを深める。
「あれだろ? 高ランクの依頼を受けたい、みたいな。」
「そうですね。それが主な理由です。」
「前までジータンに居たんですけど。近くに魔獣とかも居なくって。」
「なるほどな。」
相手が女性ということもあり。
ミレイもキララも、気兼ねなく会話ができた。
「お前たち、ランクは?」
「まだEランクです。」
「あー、面倒くさいよな。特にCランクに上がるまでは、魔獣退治も出来ねぇし。」
「はい! そうなんですよ。でもだからといって、他のパーティに入れてもらうのも、ちょっと。」
「”女の人だけ”だったら、大丈夫なんだけどねぇ。」
ミレイたちは、とりあえずの目標として。
彼女たちの師匠、”パーシヴァル”のように、高ランクの女性冒険者を見つけて。その手伝いをすることで、ランクを上げていこうと考えていた。
「へぇ、そりゃ丁度いい。」
だが、帝都に辿り着く前に。
その条件として、”絶好の人物”が目の前にいることに、2人は気づかない。
「オレの名前は”イリス”だ。お前たち、よかったらオレの依頼を手伝わねぇか?」
「えっ。クエスト、ですか?」
「どんな、です?」
唐突な誘いに、ミレイたちは戸惑う。
「とりあえず、高ランクの依頼だよ。ちょっくら”危険な場所”に行く必要があるが。分け前として、”5000G”やるよ。」
「「――ごっ、5000G!?」」
その、とんでもない金額に、2人は驚きを露わにする。
「どうだ? 手伝う気になったか?」
「あっ、ええっと。もう一人、仲間が居て。彼女と相談してからでも、いいですか?」
「別に構わねぇけど。そいつは強いのか? お前らと比べて。」
「……えっと、どうなの?」
残念ながら。
他人の魔力も読めず、動体視力も常人以下なミレイには。
ソルティアの強さが、今ひとつ把握できていなかった。
「そうですね。試したことはないですけど。一対一で戦ったら、わたしじゃ勝てないかも。」
魔法の弓と、純粋な剣技。
2人の戦闘スタイルは比較が難しかったが。
キララは、ソルティアのほうが強いと判断する。
「へぇ。」
キララよりも強いという、もう一人の仲間に。
イリスの興味は引かれる。
だが。
「――まぁ。最強は、ここにいるミレイちゃんだけどね!!」
胸を張って。
キララはそう言い切った。
「……いや、それはどうだろう。」
確かに、”どれだけの破壊行為を行えるか”、という観点で見れば。
3人の中で、最強はミレイだが。
真面目な戦闘で。
ミレイは、他の2人に勝てるとは思えなかった。
「えっ、コイツも戦えるのか?」
正直な話。イリスはミレイのことを、サポート役か何かだと判断していた。
戦闘力は皆無だが、何かしら便利な能力を持つ。そんな役割だと。
まぁ、あながち間違いでもないのだが。
「もっちろんです! 今のミレイちゃんだったら、”Sランクの冒険者”にだって負けません!!」
自信満々な、キララのその言葉を受け。
「……へぇ。そりゃ面白い。」
イリスは完全に。ミレイを標的に定めた。
「じゃあ、少し試してみようぜ。」
「試す、とは。」
ミレイは嫌な予感がしていた。
「途中で死なれちゃ困るからな。どの程度強いのか、オレと”腕試し”だ。」
というわけで。
ミレイは初となる、他の冒険者との戦闘を行うことになった。
◆
アセアンの町から、それなりに離れ。
殺風景な荒野へと、ミレイたちはやって来た。
(……結構、遠いとこまで来たな。)
腕試しをするとはいえ。
町からここまで離れる必要があるのかと、ミレイは疑問に思う。
「ミレイちゃーん! 頑張って〜!!」
キララは元気いっぱいに応援する。
自分の発言が原因だとは、微塵も思わずに。
「はぁ。」
とはいえ、初めての対人戦のため。
ミレイは緊張の色を隠せない。
「あのう。そう言えばイリスさんって、ランクいくつなんですか?」
ミレイが問いかけるも。
「気にすんな! 少なくとも、お前たちよりかは上だ!」
(いや、そうだろうけど。)
言っても無駄だと、ミレイは諦める。
「よしっ! 遠慮せずにかかってこい!」
双方ともに、それなりに距離を取り。
イリスによる、ミレイの腕試しが始まった。
ミレイは、魔導書をその手に持ち。戦闘準備を行う。
あくまでも、戦闘能力を見たいだけなのか。
イリスは一歩も動かない。
どうやって戦おうかと、ミレイは思考するも。
(……流石に、”4つ星”はマズいよな。)
イリスがどの程度の戦闘力を持つのかは不明だが。
余裕そうな佇まいから判断して、Aランク相当。
ギルドマスターよりは、弱いだろうと判断する。
「とりあえず、小手調べか。」
魔導書の力を使い。
3つ星のカードを2枚、同時に起動する。
光の粒子が集い。一つの塊へと変化。
パンダファイター(イルル族の大盾装備)を召喚する。
「ほぉ、面白いな。召喚の魔導書か?」
イリスは、ミレイの能力をそう認識する。
「――いけっ、パンダ!」
ミレイの命令に従い。
「ワンッ!」
パンダが疾走する。
人間離れした身体能力を持ち。
その手に持った巨大な盾を、鈍器のように振り回す。
実戦経験を積んだことにより。
パンダは、初めて召喚された時よりも強くなっており。
その戦闘能力は、並の冒険者をも凌駕していた。
だがしかし。
今回はただひたすら、相手が悪かった。
「ハッ。」
振り回された盾に、合わせに行くように。
イリスが回し蹴りを放つと。
ぶつかった瞬間、盾が粉々に砕かれる。
3つ星カードであるはずの盾が、一撃で。
だが、イリスの動きはそれで終わりではなく。
驚いた表情のパンダの顔面に、その拳をぶつけ。
凄まじい勢いで、パンダを殴り飛ばした。
盾と同様。
パンダも、一撃KOである。
「うそ、一撃で?」
何の変哲もない蹴りと、拳のはずなのに。
異常なほどの”力”が込められた一撃に、見ていたキララも驚きを隠せない。
「……あぁ。」
ミレイも同様に。
予想以上の相手の実力に、顔が引き攣る。
「――まさか、この程度が限界か? だとしたら、とんだ期待外れだが。」
蹴りと拳が一発ずつ。
当然のように、イリスの表情は涼しげであった。
「……なら、コイツしかないか。」
4つ星カードの一角。
自立型のカードでは、間違いなく”最強の1枚”を起動する。
「来い、フェンリル!」
光が形を成し。
巨大なる狼王、魔獣フェンリルを召喚する。
その存在が現れたことにより。
周囲一体の空気が張り詰める。
「――ハッ、こいつはおもしれぇ。」
その圧倒的なまでの存在感が、イリスにも伝わる。
(明らかにレベルが違う。カードで考えるなら、4つ星相当か?)
決して油断はせず。
冷静な眼差しで、イリスはフェンリルの戦闘能力を予想する。
その強さに感心するものの。
それでも、イリスは自分が負けるとは思っていなかった。
互いに、自らの力を信じ。
正面から対峙する。
「行けっ、フェンリル!」
主の声に応じるように。
フェンリルが、とてつもない咆哮を解き放ち。
イリスを倒すべく、突進していく。
大地を揺らし。
その力強さは、とても人間には太刀打ちできない、圧倒的暴力の化身のようだったが。
それでも、イリスの表情は変わらず。
「――おらっ!」
渾身の力を込めたアッパーカットを、フェンリルの顎に直撃させた。
その細腕からは、想像もつかないほどの威力を発揮し。
先程のパンダ同様に。
思いっきり、上へと殴り飛ばした。
「んな!?」
異世界の怪人はともかくとして。この世界の人間に、そんな芸当が可能なのかと。
ミレイはただ、驚くことしか出来ない。
だが、思考は停止しておらず。
魔導書を起動する。
動きを止めないのは、イリスも同様であり。
「もう一発!」
その場で跳躍すると。
打ち上げられたフェンリルの元まで接近し。
そのまま、強烈な回し蹴りを繰り出した。
フェンリルに抗う術はなく。
凄まじい勢いで蹴り飛ばされ。地面に激突した。
「ふっ。」
地面に華麗に着地し。
イリスは不敵に笑う。
だが、”身の毛のよだつような気配”を感じ。
咄嗟に振り向くと。
視線の先では。
ミレイが”真っ黒な大鎌”を構え、次の攻撃を行おうとしていた。
「何だありゃ。武器も召喚できるのか?」
ミレイの繰り出す、多彩な能力に。イリスは驚く。
「……いぃ。」
真っ黒な大鎌、”聖女殺し”を構えたまま。
ミレイは案の定、顔が引き攣っていた。
(RYNOは加減が効かないし、そもそも”当たんない”から。こいつに賭けるしかない。)
ぶっつけ本番ではあるものの。
カードの説明文を思い出し、ミレイは大鎌に意識を込める。
”悪意を具現化し、斬撃として放つ”。
その意味は、よく分からなかったが。
イリスへの攻撃意志を、大鎌へと念じると。
”ドス黒い魔力”が発生し。
それが、刀身部分に凝縮される。
「へぇ。」
その力の波動は、イリスにも感じ取れた。
「……ミレイちゃん。また謎の武器を。」
そう心配しつつも。
キララは相も変わらず、戦いを観戦する。
魔導書は足元に置き。
ミレイは両手で大鎌を構えると。
「――当たれっ!!」
全力で振り下ろし。
刀身部分から、漆黒の刃が解き放たれる。
それは、一直線にイリスの元へと飛んでいき。
「うおっ!?」
イリスは紙一重で、その斬撃を回避した。
空気の引き裂かれる感覚に。
思わず冷や汗を流す。
「……いやいや、普通にやべぇ。」
斬撃を飛ばすという行為よりも。
その圧倒的な”切れ味”に、イリスは戦慄する。
まともに触れてすらいないものの。
触れたらアウトだと、感覚的に気づいていた。
だが、斬撃を放ったミレイ本人は、その強さに気づいておらず。
「あぁ、全然効いてないっ!」
とりあえず当てようと。
何度も大鎌を振り、漆黒の斬撃を飛ばしまくる。
「ッ、連発できんのか。」
厄介だと感じつつ。
イリスは機敏な動きで斬撃から逃れる。
だが、斬撃は絶え間なく放たれ続け。
その全てが、”正確な軌道”でイリスに襲いかかる。
その正確性は、ミレイ本人にも認識できた。
「――凄い。適当に振ってるのに、相手に向かってく!」
”聖女殺し”の特性なのか。
文字通り、”悪意”がこもった斬撃が、無慈悲なほど正確な軌道で飛んでいく。
「超強い!」
自分の放つ攻撃が、”巨悪な殺人技”とは微塵も思わず。
ミレイは無邪気なまでに連発する。
それでもイリスは、その全てを回避する。
「ッ、鬱陶しい。」
悪態を吐きながらも。
けれども、その表情には笑みがあった。
冷静に考えれば。
これは単なる腕試しであり、さっさと終了を告げれば良いのだが。
イリスはまだ、引き下がらない。
何故なら彼女は。
未だに、カードの能力を”使ってすらいない”のだから。
無傷のまま。
斬撃を華麗にかわし続けるイリスであったが。
そんな彼女の正面へと。
傷を癒やしたのだろう。
魔獣フェンリルが、再度襲いかかってくる。
魔獣フェンリルの鋭い爪と。
聖女殺しの斬撃。
その双方に挟まれて。
(仕方がねぇ。)
流石に、生身では捌き切れないと判断し。
「――”アマルガム”ッ!!」
イリスが叫んだ瞬間。
鋭い閃光が、上空より飛来し。
フェンリルの胴体を貫通した。
しかも、閃光は一発だけでなく。
何発も降り注ぎ。
イリスへと向かう、全ての斬撃を貫き、掻き消した。
「……へ?」
理解不能な現象に。ミレイは呆然と立ち尽くし。
ゆっくりと、空を見上げた。
上空には、分厚い雲がかかっていたが。
一部分だけ、穴が空いており。
その穴の中に、”何か”があった。
それが一体何なのか。ミレイが見上げていると。
眩い閃光を放ち。
それとほぼ同時に、地面に着弾する。
「……”ビーム、兵器”?」
何が振ってきているのか。
ミレイはそれを把握するも。
再び、輝きが生じ。
すると今度は連続で。
大量のビームが、雨のように降り注ぐ。
「――ひぃぃぃ!!」
もはやそれは、立ち向かうどうこうの話ではなく。
ミレイは咄嗟に、”フォトンバリア”を起動し。
その中で、必死に丸くなるしかなかった。
降り注ぐビームの雨と。
鳴り響く轟音。
それらは全て、イリスの周辺へと集中して放たれており。
観戦するキララは、口を開けて。
完全に放心状態で、事の成り行きを見つめていた。
しばらくして、轟音が鳴り止み。
イリスが思いっきり手を叩くと。
それによって衝撃波が生じ、周囲の砂塵を吹き飛ばした。
イリスの周辺は、デコボコのクレーターだらけになっており。
彼女の半径数メートルのみが無事であった。
それ以外には、何もなく。
フェンリルやパンダは、塵一つ残さず消滅していた。
(うそだろぉ。)
その攻撃は、ミレイを狙ったものではなかったものの。
攻撃というよりも、”空爆”に近い破壊力であり。
あまりにも大きな”格の違い”に、ただただ呆然とするしかなかった。
これは確かに、町の近くでは絶対に使えない力であると。
だがしかし。
それでもミレイはまだ、その”力の全貌”を目にしていなかった。
「……なに、あれ。」
雲を割いて。地上へと近づいてくる、巨大なそれを見て。
キララには、それが何なのか、まるで理解ができなかった。
神話に登場する神でもなければ、幻想的なドラゴンでもない。
この世界の歴史には、決して刻まれることのないであろう異物が、天より飛来する。
それは、ただ巨大で。
けれども、ミレイには。
それが何なのかが、かろうじて理解できた。
「”戦艦”?」
それは、科学の世界でしか誕生し得ない存在。
それも、空を飛び、ビームを放つなど。
ミレイの知る科学では、決して手の届かない領域の超兵器であった。
全長400mを超える、超弩級の空中戦艦。
それが、たった1人の人間に、授けられた”能力”である。
「――”空中戦艦アマルガム”。こいつが、オレのアビリティーカードだ。」
あまりにも強大。あまりにも圧倒的。
使えば、勝負にすらならないため。
イリスはカードの力に頼らず、その”生身の実力だけ”でミレイの相手をしていた。
「そんでもって、”Sランク冒険者”の力だ。」
自らのランクを明かしつつ。
イリスはゆっくりと歩き、ミレイの元へと近づく。
Sランクの冒険者が。
全員、これほどの力を持つわけではないが。
ミレイの中には、完全にその恐怖が刻まれた。
あの恐ろしい怪人とも違う。
単純明快な、”火力の差”を見せつけられる。
「まぁ、お前も悪くはなかったぜ。」
完全に、ビビり散らしたミレイとは違い。
イリスは今回の腕試しを、中々に楽しく感じていた。
それ故に、笑顔を浮かべ。
「”合格”だ。」
ほんのお返しとばかりに。
ミレイの額に、デコピンを食らわせた。




