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1日1回ガチャ無料!  作者: 相舞藻子
サフラ拒絶領域
30/153

超弩級の女





 ボルケーノ帝国の心臓部である大都市。

 帝都ヨシュア。

 その中心部に存在する宮殿、その一室にて。



「ふふ。」


 一冊の本を読みながら。

 椅子にくつろぐ、皇帝”セラフィム”が笑う。


 どこから調達したのか。

 その本は、この世界には存在しない”漫画”という分類の本であり。


 直ぐ側の本棚には、他にも何冊かの漫画本と思わしき物が存在した。

 本のタイトルや、巻数などはバラバラであるが。



「――陛下。」


 そんな彼女の私室に、1人の女性が入ってくる。


 以前、花の都まで彼女を迎えに来た女性、”マキナ”である。

 服装はメイド服ではなく、白い騎士のような格好であるが。


 マキナはその場で膝をつくと。

 セラフィムに用件を告げる。



「申し訳ありません。何人かの”剣”と、連絡が取れない様子でして。わたしがこの足で、捜索に向かおうと思います。」



「あぁ、そうしてくれ。」


 セラフィムは漫画に夢中ながらも。

 マキナの話の内容は理解していた。



「では、失礼します。」


 部屋を出ようとするマキナであったが。



「――待て。」


 セラフィムに呼び止められ、その足を止める。



「何でしょうか。」


 マキナは振り返り。


 セラフィムは相も変わらず、本に目を向けている。



「”イリス”に関しては気にするな。わたしが個人的に、仕事を頼んでいる。」



「あの、乱暴者にですか?」


 マキナにとって。

 イリスと呼ばれる存在は、あまり良い印象ではない様子だった。


 けれども、セラフィムは漫画から目を離さず。

 特に気にも留めず。



「まぁ、問題はない。アレは腐っても、”最強の一角”だ。」



 この場には居ないものの。

 セラフィムは自らの配下を、そう評した。







 帝都ヨシュアより、遙か西南に位置する町、アセアンにて。


 朝日が登る時間帯ながら。

 その光すら届かない、路地裏に。


 その女は居た。



「――オエェェ。」



 胃袋に入った全てを、さらけ出すように。

 その女は盛大に吐瀉物を撒き散らす。



「……頭いてぇ。」



 とても、真っ当な人間とは思えない、その女性だが。


 今この町にいる人間の中で。

 ”ぶっちぎりの戦闘力”を有しているとは、誰も思わないであろう。



「陛下からの依頼とはいえ、流石に”めんどくせぇ”な。」


 美しい朝日とは裏腹に。

 彼女の気分は最悪に近かった。



「……ダリィ。」


 赤髪の冒険者。

 イリスは、静かにぼやいた。









「……ねみぃ。」


 フラフラとした足取りで。

 頭も同様に揺らしながら。


 白髪の冒険者、ミレイは。

 アセアンの町を歩いていた。



「もう少し、寝ててもいいんだよ?」


 隣を歩くキララが、心配を口にするも。



「いや、わたしは起きる。……起きて、飯を食べう。」



 ミレイはそう言って、歩くのを止めない。

 ひどく、おぼつかない足取りではあるが。



「……朝のミレイちゃん、やっぱり可愛い。」



 キララはもう、それだけでお腹いっぱいであった。


 ソルティアとユリカは別動向で。


 久方ぶりに、ミレイとキララは二人っきりの時間を歩む。






「それにしても。この町って、やっぱり人が多いね。」


 町の様子を見ながら、キララが呟く。



 アセアン。

 それはやはり、花の都ジータンとは全く異なる風景であった。


 とはいえ、これが普通の町なのだろう。

 レンガの家が建ち並び。

 そこら中に花がなければ、柔らかな香りも存在しない。



「だな。」



 町には人の姿が多く見受けられた。


 町の大きさとしては、ジータンには及ばないものの。

 立地的に人の行き来が多いのか。


 荷物を多く抱えた、商人らしき人もチラホラ見かける。


 それと同様に。何らかの武装をした者や、魔法使いと思われる者など。

 冒険者らしき人々の数も非常に多かった。


 ジータンにはそれほど冒険者が多くなかったし、武装すらしていない者が大半であった。



「昨日は暗かったし。何よりも、宿に直行したからな。」



 とても、大手を振って町を歩ける状態ではなかったため。


 ミレイとキララは、新鮮な感覚で町を眺めていた。



(ジータンはまぁ、花が凄いというか。本当に異世界って感じだったけど。)



 どこからか、食欲をそそる匂いが漂ってきて。

 ミレイはそれに引き寄せられる。



(ここは何というか、外国の町って感じだな。)



 ミレイはすでに、脳内を”食欲”に支配されており。

 町の景色がどうこうよりも。何を食べようか、という思考に染まっていた。


 そんな様子で。ミレイはフラフラと道を歩き。



「――あっ、ミレイちゃん!」


 キララの静止の声も間に合わず。



「いてっ。」



 道行く人とぶつかってしまい。


 相手との体格差から、ミレイはその場で尻餅をついてしまう。



「おっと、悪いな。」


 ぶつかった相手は、ぶつかってもビクともせず。

 ミレイにそっと手を差し伸べた。



「すみません。不注意でした。」


「いや、気にすんなよ。オレも気が回らなかった。」



 自分とぶつかった相手を見て。



「……は。」


 ミレイは、小さく息を吐いた。



 軽く顔を上げなければ、目が合わないほどの高身長。

 キリッとした美人顔に、燃えるような赤髪。


 そして、”大きな胸”。


 その女性は。ある種、ミレイの”理想とする容姿”をしていた。

 ゲームでキャラクターを作るなら、こういう見た目にするであろう。

 その、ど真ん中である。


 そんな女性とのエンカウントに。

 ミレイは呆然としてしまう。



「ん?」


 ミレイに見つめられて。

 赤髪の女性、”イリス”は。軽く首を傾げる。



「もう、ミレイちゃん? ちゃんと前は向こうね。」


「……分かってるよ。」



 5つ年下のキララに、妹のように扱われて。

 ミレイは非常に恥ずかしさを覚える。




 とりあえず、ぶつかってしまったものの。

 互いに怪我もなかったため。


 そのまま、先を行こうとするミレイたちであったが。


 ぶつかった相手、イリスは。

 無言で2人の顔を見つめていた。



「……えっと。」


 ミレイたちも、反応に困る。



「どうか、しましたか?」


「あん? いや、ちょっとな。」



 ミレイの問いに。イリスは微妙な返事を返す。

 その瞳は、2人の持つ”力”を見定めていた。



(……ガキ2人、冒険者か?)


 2人の様子。そして、装備を見る。

 ミレイは”何かしらの力”が宿った物品を鞄に入れており。

 キララは弓を背負っている。


 イリスは特に、キララの方に注目した。


(ちっこい方はアレだが。コイツは”強い”な。)


 キララの纏う魔力。その流れの”洗練さ”に、イリスは感心する。

 稀に見る、天才であると。



「ふっ。」


 企みを思いつき。イリスはニヤリと笑う。



「お前たち、冒険者だよな。この町で活動してるのか?」


「あっ、いいえ。帝都を拠点にしようと思ってて。今は移動の最中です。」



「ほぉ、そりゃいいな!」


 ミレイの言葉に、イリスは更に笑みを深める。



「あれだろ? 高ランクの依頼を受けたい、みたいな。」


「そうですね。それが主な理由です。」


「前までジータンに居たんですけど。近くに魔獣とかも居なくって。」



「なるほどな。」


 相手が女性ということもあり。

 ミレイもキララも、気兼ねなく会話ができた。



「お前たち、ランクは?」


「まだEランクです。」



「あー、面倒くさいよな。特にCランクに上がるまでは、魔獣退治も出来ねぇし。」


「はい! そうなんですよ。でもだからといって、他のパーティに入れてもらうのも、ちょっと。」


「”女の人だけ”だったら、大丈夫なんだけどねぇ。」



 ミレイたちは、とりあえずの目標として。

 彼女たちの師匠、”パーシヴァル”のように、高ランクの女性冒険者を見つけて。その手伝いをすることで、ランクを上げていこうと考えていた。



「へぇ、そりゃ丁度いい。」



 だが、帝都に辿り着く前に。

 その条件として、”絶好の人物”が目の前にいることに、2人は気づかない。



「オレの名前は”イリス”だ。お前たち、よかったらオレの依頼を手伝わねぇか?」



「えっ。クエスト、ですか?」


「どんな、です?」


 唐突な誘いに、ミレイたちは戸惑う。



「とりあえず、高ランクの依頼だよ。ちょっくら”危険な場所”に行く必要があるが。分け前として、”5000G”やるよ。」



「「――ごっ、5000G!?」」



 その、とんでもない金額に、2人は驚きを露わにする。



「どうだ? 手伝う気になったか?」


「あっ、ええっと。もう一人、仲間が居て。彼女と相談してからでも、いいですか?」


「別に構わねぇけど。そいつは強いのか? お前らと比べて。」



「……えっと、どうなの?」



 残念ながら。

 他人の魔力も読めず、動体視力も常人以下なミレイには。

 ソルティアの強さが、今ひとつ把握できていなかった。



「そうですね。試したことはないですけど。一対一で戦ったら、わたしじゃ勝てないかも。」


 魔法の弓と、純粋な剣技。

 2人の戦闘スタイルは比較が難しかったが。

 キララは、ソルティアのほうが強いと判断する。



「へぇ。」


 キララよりも強いという、もう一人の仲間に。

 イリスの興味は引かれる。



 だが。



「――まぁ。最強は、ここにいるミレイちゃんだけどね!!」



 胸を張って。

 キララはそう言い切った。



「……いや、それはどうだろう。」


 確かに、”どれだけの破壊行為を行えるか”、という観点で見れば。

 3人の中で、最強はミレイだが。


 真面目な戦闘で。

 ミレイは、他の2人に勝てるとは思えなかった。



「えっ、コイツも戦えるのか?」



 正直な話。イリスはミレイのことを、サポート役か何かだと判断していた。

 戦闘力は皆無だが、何かしら便利な能力を持つ。そんな役割だと。

 まぁ、あながち間違いでもないのだが。



「もっちろんです! 今のミレイちゃんだったら、”Sランクの冒険者”にだって負けません!!」



 自信満々な、キララのその言葉を受け。



「……へぇ。そりゃ面白い。」


 イリスは完全に。ミレイを標的に定めた。



「じゃあ、少し試してみようぜ。」


「試す、とは。」


 ミレイは嫌な予感がしていた。



「途中で死なれちゃ困るからな。どの程度強いのか、オレと”腕試し”だ。」



 というわけで。


 ミレイは初となる、他の冒険者との戦闘を行うことになった。











 アセアンの町から、それなりに離れ。

 殺風景な荒野へと、ミレイたちはやって来た。



(……結構、遠いとこまで来たな。)



 腕試しをするとはいえ。

 町からここまで離れる必要があるのかと、ミレイは疑問に思う。



「ミレイちゃーん! 頑張って〜!!」



 キララは元気いっぱいに応援する。

 自分の発言が原因だとは、微塵も思わずに。



「はぁ。」


 とはいえ、初めての対人戦のため。

 ミレイは緊張の色を隠せない。


「あのう。そう言えばイリスさんって、ランクいくつなんですか?」


 ミレイが問いかけるも。



「気にすんな! 少なくとも、お前たちよりかは上だ!」



(いや、そうだろうけど。)


 言っても無駄だと、ミレイは諦める。



「よしっ! 遠慮せずにかかってこい!」



 双方ともに、それなりに距離を取り。


 イリスによる、ミレイの腕試しが始まった。



 ミレイは、魔導書をその手に持ち。戦闘準備を行う。


 あくまでも、戦闘能力を見たいだけなのか。

 イリスは一歩も動かない。



 どうやって戦おうかと、ミレイは思考するも。


(……流石に、”4つ星”はマズいよな。)



 イリスがどの程度の戦闘力を持つのかは不明だが。

 余裕そうな佇まいから判断して、Aランク相当。

 ギルドマスターよりは、弱いだろうと判断する。



「とりあえず、小手調べか。」



 魔導書の力を使い。

 3つ星のカードを2枚、同時に起動する。



 光の粒子が集い。一つの塊へと変化。


 パンダファイター(イルル族の大盾装備)を召喚する。



「ほぉ、面白いな。召喚の魔導書か?」


 イリスは、ミレイの能力をそう認識する。



「――いけっ、パンダ!」


 ミレイの命令に従い。



「ワンッ!」


 パンダが疾走する。


 人間離れした身体能力を持ち。

 その手に持った巨大な盾を、鈍器のように振り回す。


 実戦経験を積んだことにより。

 パンダは、初めて召喚された時よりも強くなっており。

 その戦闘能力は、並の冒険者をも凌駕していた。



 だがしかし。

 今回はただひたすら、相手が悪かった。



「ハッ。」


 振り回された盾に、合わせに行くように。

 イリスが回し蹴りを放つと。



 ぶつかった瞬間、盾が粉々に砕かれる。



 3つ星カードであるはずの盾が、一撃で。

 だが、イリスの動きはそれで終わりではなく。



 驚いた表情のパンダの顔面に、その拳をぶつけ。

 凄まじい勢いで、パンダを殴り飛ばした。



 盾と同様。

 パンダも、一撃KOである。



「うそ、一撃で?」


 何の変哲もない蹴りと、拳のはずなのに。

 異常なほどの”力”が込められた一撃に、見ていたキララも驚きを隠せない。



「……あぁ。」


 ミレイも同様に。

 予想以上の相手の実力に、顔が引き攣る。



「――まさか、この程度が限界か? だとしたら、とんだ期待外れだが。」



 蹴りと拳が一発ずつ。

 当然のように、イリスの表情は涼しげであった。



「……なら、コイツしかないか。」


 4つ星カードの一角。

 自立型のカードでは、間違いなく”最強の1枚”を起動する。



「来い、フェンリル!」


 光が形を成し。



 巨大なる狼王、魔獣フェンリルを召喚する。



 その存在が現れたことにより。

 周囲一体の空気が張り詰める。



「――ハッ、こいつはおもしれぇ。」


 その圧倒的なまでの存在感が、イリスにも伝わる。



(明らかにレベルが違う。カードで考えるなら、4つ星相当か?)


 決して油断はせず。

 冷静な眼差しで、イリスはフェンリルの戦闘能力を予想する。


 その強さに感心するものの。

 それでも、イリスは自分が負けるとは思っていなかった。



 互いに、自らの力を信じ。

 正面から対峙する。



「行けっ、フェンリル!」


 主の声に応じるように。

 フェンリルが、とてつもない咆哮を解き放ち。


 イリスを倒すべく、突進していく。


 大地を揺らし。

 その力強さは、とても人間には太刀打ちできない、圧倒的暴力の化身のようだったが。


 それでも、イリスの表情は変わらず。



「――おらっ!」


 渾身の力を込めたアッパーカットを、フェンリルの顎に直撃させた。



 その細腕からは、想像もつかないほどの威力を発揮し。


 先程のパンダ同様に。

 思いっきり、上へと殴り飛ばした。



「んな!?」


 異世界の怪人はともかくとして。この世界の人間に、そんな芸当が可能なのかと。

 ミレイはただ、驚くことしか出来ない。


 だが、思考は停止しておらず。

 魔導書を起動する。



 動きを止めないのは、イリスも同様であり。


「もう一発!」


 その場で跳躍すると。

 打ち上げられたフェンリルの元まで接近し。


 そのまま、強烈な回し蹴りを繰り出した。


 フェンリルに抗う術はなく。

 凄まじい勢いで蹴り飛ばされ。地面に激突した。



「ふっ。」


 地面に華麗に着地し。

 イリスは不敵に笑う。



 だが、”身の毛のよだつような気配”を感じ。

 咄嗟に振り向くと。



 視線の先では。


 ミレイが”真っ黒な大鎌”を構え、次の攻撃を行おうとしていた。



「何だありゃ。武器も召喚できるのか?」


 ミレイの繰り出す、多彩な能力に。イリスは驚く。



「……いぃ。」


 真っ黒な大鎌、”聖女殺し”を構えたまま。

 ミレイは案の定、顔が引き攣っていた。


(RYNOは加減が効かないし、そもそも”当たんない”から。こいつに賭けるしかない。)


 ぶっつけ本番ではあるものの。

 カードの説明文を思い出し、ミレイは大鎌に意識を込める。


 ”悪意を具現化し、斬撃として放つ”。


 その意味は、よく分からなかったが。

 イリスへの攻撃意志を、大鎌へと念じると。



 ”ドス黒い魔力”が発生し。

 それが、刀身部分に凝縮される。



「へぇ。」


 その力の波動は、イリスにも感じ取れた。



「……ミレイちゃん。また謎の武器を。」


 そう心配しつつも。

 キララは相も変わらず、戦いを観戦する。




 魔導書は足元に置き。

 ミレイは両手で大鎌を構えると。



「――当たれっ!!」



 全力で振り下ろし。

 刀身部分から、漆黒の刃が解き放たれる。



 それは、一直線にイリスの元へと飛んでいき。



「うおっ!?」


 イリスは紙一重で、その斬撃を回避した。



 空気の引き裂かれる感覚に。

 思わず冷や汗を流す。



「……いやいや、普通にやべぇ。」


 斬撃を飛ばすという行為よりも。

 その圧倒的な”切れ味”に、イリスは戦慄する。


 まともに触れてすらいないものの。

 触れたらアウトだと、感覚的に気づいていた。



 だが、斬撃を放ったミレイ本人は、その強さに気づいておらず。



「あぁ、全然効いてないっ!」


 とりあえず当てようと。

 何度も大鎌を振り、漆黒の斬撃を飛ばしまくる。



「ッ、連発できんのか。」


 厄介だと感じつつ。

 イリスは機敏な動きで斬撃から逃れる。


 だが、斬撃は絶え間なく放たれ続け。

 その全てが、”正確な軌道”でイリスに襲いかかる。


 その正確性は、ミレイ本人にも認識できた。



「――凄い。適当に振ってるのに、相手に向かってく!」



 ”聖女殺し”の特性なのか。

 文字通り、”悪意”がこもった斬撃が、無慈悲なほど正確な軌道で飛んでいく。



「超強い!」



 自分の放つ攻撃が、”巨悪な殺人技”とは微塵も思わず。

 ミレイは無邪気なまでに連発する。



 それでもイリスは、その全てを回避する。


「ッ、鬱陶しい。」


 悪態を吐きながらも。

 けれども、その表情には笑みがあった。


 冷静に考えれば。

 これは単なる腕試しであり、さっさと終了を告げれば良いのだが。


 イリスはまだ、引き下がらない。



 何故なら彼女は。

 未だに、カードの能力を”使ってすらいない”のだから。



 無傷のまま。

 斬撃を華麗にかわし続けるイリスであったが。


 そんな彼女の正面へと。



 傷を癒やしたのだろう。

 魔獣フェンリルが、再度襲いかかってくる。



 魔獣フェンリルの鋭い爪と。

 聖女殺しの斬撃。


 その双方に挟まれて。



(仕方がねぇ。)


 流石に、生身では捌き切れないと判断し。




「――”アマルガム”ッ!!」




 イリスが叫んだ瞬間。

 鋭い閃光が、上空より飛来し。


 フェンリルの胴体を貫通した。


 しかも、閃光は一発だけでなく。

 何発も降り注ぎ。


 イリスへと向かう、全ての斬撃を貫き、掻き消した。



「……へ?」



 理解不能な現象に。ミレイは呆然と立ち尽くし。

 ゆっくりと、空を見上げた。


 上空には、分厚い雲がかかっていたが。

 一部分だけ、穴が空いており。


 その穴の中に、”何か”があった。


 それが一体何なのか。ミレイが見上げていると。

 眩い閃光を放ち。


 それとほぼ同時に、地面に着弾する。



「……”ビーム、兵器”?」



 何が振ってきているのか。

 ミレイはそれを把握するも。


 再び、輝きが生じ。


 すると今度は連続で。

 大量のビームが、雨のように降り注ぐ。



「――ひぃぃぃ!!」



 もはやそれは、立ち向かうどうこうの話ではなく。


 ミレイは咄嗟に、”フォトンバリア”を起動し。

 その中で、必死に丸くなるしかなかった。



 降り注ぐビームの雨と。

 鳴り響く轟音。


 それらは全て、イリスの周辺へと集中して放たれており。


 観戦するキララは、口を開けて。

 完全に放心状態で、事の成り行きを見つめていた。




 しばらくして、轟音が鳴り止み。



 イリスが思いっきり手を叩くと。

 それによって衝撃波が生じ、周囲の砂塵を吹き飛ばした。



 イリスの周辺は、デコボコのクレーターだらけになっており。

 彼女の半径数メートルのみが無事であった。



 それ以外には、何もなく。

 フェンリルやパンダは、塵一つ残さず消滅していた。



(うそだろぉ。)



 その攻撃は、ミレイを狙ったものではなかったものの。

 攻撃というよりも、”空爆”に近い破壊力であり。


 あまりにも大きな”格の違い”に、ただただ呆然とするしかなかった。

 これは確かに、町の近くでは絶対に使えない力であると。


 だがしかし。

 それでもミレイはまだ、その”力の全貌”を目にしていなかった。



「……なに、あれ。」


 雲を割いて。地上へと近づいてくる、巨大なそれを見て。

 キララには、それが何なのか、まるで理解ができなかった。


 神話に登場する神でもなければ、幻想的なドラゴンでもない。

 この世界の歴史には、決して刻まれることのないであろう異物が、天より飛来する。



 それは、ただ巨大で。


 けれども、ミレイには。

 それが何なのかが、かろうじて理解できた。



「”戦艦”?」



 それは、科学の世界でしか誕生し得ない存在。

 それも、空を飛び、ビームを放つなど。


 ミレイの知る科学では、決して手の届かない領域の超兵器であった。




 全長400mを超える、超弩級の空中戦艦。


 それが、たった1人の人間に、授けられた”能力アビリティ”である。




「――”空中戦艦アマルガム”。こいつが、オレのアビリティーカードだ。」




 あまりにも強大。あまりにも圧倒的。

 使えば、勝負にすらならないため。


 イリスはカードの力に頼らず、その”生身の実力だけ”でミレイの相手をしていた。



「そんでもって、”Sランク冒険者”の力だ。」



 自らのランクを明かしつつ。

 イリスはゆっくりと歩き、ミレイの元へと近づく。



 Sランクの冒険者が。

 全員、これほどの力を持つわけではないが。


 ミレイの中には、完全にその恐怖が刻まれた。



 あの恐ろしい怪人とも違う。

 単純明快な、”火力の差”を見せつけられる。



「まぁ、お前も悪くはなかったぜ。」



 完全に、ビビり散らしたミレイとは違い。

 イリスは今回の腕試しを、中々に楽しく感じていた。


 それ故に、笑顔を浮かべ。



「”合格”だ。」



 ほんのお返しとばかりに。

 ミレイの額に、デコピンを食らわせた。





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[気になる点] >とはいえ、初めての対人戦のため ギルマスとのは違うか?
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