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1日1回ガチャ無料!  作者: 相舞藻子
サフラ拒絶領域
29/153

大きくなりたい





「あっ、明かりが見えるよ!」


 フェンリルの背中。

 その先頭に座るユリカが、声を上げる。



 時は、すでに日没寸前であり。


 文明を意味する無数の光が、彼女たちの行く先に存在していた。



「……あれが、アセアン。」



 ミレイには見慣れない、巨大な壁がそびえ立つ。



「”モノリス”の関係上、この町にも魔獣は来ますからね。あれだけの防壁が必要なのでしょう。」



「……なるほど。」


 ソルティアの言う、モノリスとやらの意味は分からなかったが。

 とりあえずミレイは、魔獣に対抗するための防壁だと理解する。



「やっと、風呂に入れる。」


 これで一安心。そのはずであったが。







「――通行料!?」



 門は固く閉ざされ。


 仏頂面の門番2人によって、ミレイたちは足止めを食らっていた。



「えっと、そんなのが必要なんですか?」


「当然だろう。この町の平和を維持するのに必要な経費だ。町に入る者は、みんな払っている。」



 花の都ジータンには、そもそも外壁も何もなく。

 門番の存在もなければ、町への出入りも自由だった。


 しかしそれは、平和な街だからこそ。


 このように外壁に囲まれた町では、それも必要なのだと。

 ミレイは納得する。



「えっと、おいくらです?」



 ミレイが問いかけると。

 衛兵2人は、ほんの僅かながら、”笑み”を浮かべた。



「……そうだなぁ。とりあえず、お前たちの”全財産”を見せてみろ。」



「あの、えっと。全財産と言っても。」


「いいから、全部出せ、全部! 話はそれからだ。」



 突然、大きい声で怒鳴られて。

 ミレイはたまらず萎縮してしまう。


 どんな状況においても。

 怒られるのは、ミレイの特に苦手とすることだった。



 そんな彼女を見かねて。


「ミレイさん、ここはわたしに任せてください。」



 ソルティアが前に出る。



「女だけのパーティとは言え、余りにも横暴が過ぎませんか?」


「何だと?」




「本当は、通行料など必要無いのでしょう?」




「……俺たちが、嘘を吐いてるって?」



「ええ。父が言っていました。アセアンの衛兵は何かと理由をつけて金銭を要求してくるが、”そんな権限は一切有していない”と。」



「生意気だぞ! 女の分際で。」



「女だろうが何だろうが。脅せば金を払う、などと思わないことです。」



 大抵の事にビビるミレイとは違い。

 ソルティアは一歩も引かず、衛兵たちと対峙する。


 衛兵たちも、明らかな小娘相手に引きたくないのか。

 一切態度を変えず、怒りを露わにしていた。



(ちょっとソルティア、ガンガン行き過ぎだって!)


 恐れ知らずな仲間の様子に。

 ミレイは心の中で叫ぶ。



(どうにかしないと。)


 場を円滑に収める為に。

 ミレイは何か手はないかと考え。


 一つの案を思いつく。



「――あのっ、これでもわたしたち、冒険者なんですけど!」



「……冒険者、だと?」


 ミレイの言葉に、衛兵たちは僅かに動揺する。


「ヤバくないか?」


「でもそんな見た目じゃ。」


 ひそひそ声で、衛兵たちは言葉を交わす。



「ちなみに、ランクはいくつだ?」


 衛兵に、そう尋ねられ。



「……Eランクです。」


 ミレイは若干、引き攣り顔になりながら答えた。



 Eランクという事実を知り。


「――プッ。」



 衛兵たちは笑い声を上げる。



「Eランク? お嬢ちゃん、凄いねぇ。」


「そんなんで、俺たちがビビると思ったか?」



 ミレイが、Eランクという言葉を出したことで。

 衛兵たちは、余計態度を大きくした。


 世間知らずのガキという、”絶好のカモ”であると。



「……なかなかに、面倒ですね。」


 ソルティアも、怒りが湧き上がってくる。



「……お金、払ったほうがいいんじゃ。」


「それは最悪の手段です。”脅せば金を払う連中”だと、町中に知られますよ?」


 ソルティア的にも、それだけは絶対に避けたかった。



「”魔眼”を、使おうか。」


「そうですね。……”キララさんの機嫌”も、そろそろ限界でしょうし。」



 後ろを振り向くと。



 ただでさえ男嫌いなキララが、人を殺しそうな目をしていた。



「よし、使うぞ。」


 そう意気込んで。

 ミレイが”蠱惑の魔眼”を発動しようとすると。




「――ちょっと待ってください!」




 ミレイたちを押しのけて。

 ユリカが声を振り絞りながら、衛兵たちの前へと出てくる。



 その際の動きで、豊満な彼女の胸部が揺れ。


 衛兵たちの視線は、そこに釘付けになった。



「この子たちは、とっても良い子たちなんです。浜辺に打ち上げられたわたしを助けてくれて。ここまでも、一緒に連れてきてくれて。」



 無自覚ながらも。

 ユリカは”大人の色気”を醸し出しており。



「どうか、穏便に済ませませんか?」



 その、お願いによって。

 衛兵たちを説得できる。



 そう、思われたが。




「――うっ、”クサッ”!!」


「え。」



 残念な事に。


 色気は、臭いに掻き消された。



「この女、なんでこんなに臭いんだ!?」


「てかおい。冷静に考えたら、こいつら”全員臭い”ぞ!」



 その無慈悲な言葉に。

 もれなく全員の心がへし折られる。



 筆頭であるユリカにいたっては、ゆでダコのように赤くなっていた。



「いくら良い女でも、これは流石にキツイな。」


「なんか、気分悪くなりそう。」



 先程までとは、全く別の意味で。

 ミレイたちは酷い言葉を浴びせられる。



「……居座られたら、面倒じゃないか?」


「だな。」


 衛兵たちは、ミレイたちをカモにするのを諦めた。



「おい、お前達! いいからもう中に入れ。」


「宿で風呂に入れるだけの金はあるか?」



「……あります。」


 カモにされずには済んだが。



 どちらにせよ。

 ミレイたちは大切な何かを失って、町に入るはめになった。









「うわぁ、良いお部屋。」


 宿の一室に入り。

 ユリカはその豪華さに感動する。


 部屋は広く、大きなベッドが2つ。

 隅々まで掃除が行き届き、ほのかな暖炉の暖かさすら感じる。


「流石は、ハイランクの部屋ですね。」


 同室であるソルティアも。

 部屋の内容には満足な様子だった。



「それにしても。ミレイちゃんって、”値切る”のが本当に上手なんだね。」


「……ですね。」


 ソルティアは若干顔をそらす。



「このお部屋、最初は1人”500G”って言ってたのに。まさかまさか、”50G”までまけてもらえるなんて。」



「ええ。本当に、”恐ろしい能力”です。」



 宿屋の亭主との交渉。


 知らない者から見れば。

 ”ミレイは甘え上手で、亭主はそれに弱いだけ”。


 そう思えたであろう。


 それほどまでに、”蠱惑の魔眼”は自然に機能していた。



「ともあれ、まず貴女はお風呂に入ってください。」


「……そ、そうだね。」


 そう急かされると。

 中々、ユリカにも悲しいものがあった。




 ユリカが服を脱ごうとすると。



 物凄い勢いで、部屋のドアが開かれ。



「ねぇ、2人とも! VIP用のお風呂に入っていいって!!」


「行こう、行こー!!」



 やたらハイテンションに。

 ミレイとキララの2人がやって来る。


 VIP用の風呂に入れるのが、それほど嬉しいのか。2人は大興奮しており。



 ミレイにいたっては、”蠱惑の魔眼”が起動しっぱなしであった。



 とは言え。

 VIP用のお風呂というのは、やはり誰でも気分が上がるもので。



「ナイスです、ミレイさん。」


 ソルティアは、ぐっと親指を立てた。







 4人は揃って、脱衣所で服を脱ぐ。



「お召し物は、私どもで洗濯しておきますので。」


「あっ、えっと。どうもです。」



 従業員の女性に声をかけられ。

 ミレイは若干驚いた。


 しかしながら、従業員は頬を赤らめ。


「いえいえ、何なりと仰ってください。」


 深くお辞儀をすると、その場を去っていった。



「……なんか、この宿の人たちって。”すっごい親切”だよね。」


 ミレイは真顔でそう言うものの。



「はぁ。」


 ソルティアはひどく呆れた様子だった。




「ミレイさん。魔眼が、ずっと起動していますよ。」


「――えっ、嘘!?」




 咄嗟に、ミレイは鏡を見て。

 瞳に浮かぶ”ハート模様”に、唖然とする。


「やっば。」



 ぐっと瞳を閉じて。

 するとようやく、ミレイの瞳は通常の赤い輝きへと戻った。



「通りで。みんな、優しいわけだ。」


「ですね。」



 そうでもなければ。

 あの従業員も、笑顔でミレイたちの服を回収したりはしないだろう。


 臭いのだから。



「……これって、後で問題になったりしないかな。」


 ミレイは酷く恐怖を覚える。


 ”よくも騙したな!”

 ”なんて卑劣な魔法なの!”


 そんな非難の声が、聞こえてくるようで。



 だが、ミレイが恐怖に怯える中。



「まぁ、問題ないでしょう。」


 ソルティアは、そこまで危機感を覚えていなかった。



「彼らからしてみれば。能力で操られた、という感覚すら無いはずです。」


「そう、なの?」



「はい。一度、能力にかかった経験からすると。その魔眼の本質は、”誰にでも愛される力”であると、わたしは思います。」


 ソルティアは、初めて魅入られた際の記憶を思い出す。


「わたしは、誰かを好きになった事はありませんが。魔眼に見つめられた時に湧き上がった、”あの感情”は。確かにそれでした。」



「なる、ほど。」


 かけた側であるミレイには、その感覚を理解し得ない。



「まぁ、なんと言いますか。魔眼に見つめられると、貴女を無性に甘やかしたくなるんです。一切の違和感なく、自発的に。」


 それも、ソルティアの経験談。



「ですので。ミレイさんが”そういう能力を持っている”と知らない限り、相手は疑問すら抱かないでしょう。」



 その、”絶妙なさじ加減”こそが、蠱惑の魔眼の特徴あった。



「むむ。」


 だが、ミレイはいまいち、その効力を理解していない。




(……やっぱり、本当に恐ろしい能力ね。)



 ソルティアからしてみれば。

 この魔眼の能力は、他の4つ星カードとは比べ物にならない程の脅威に感じられた。



 使いようによっては、国すらも滅ぼせる能力であると。




 だが、しかし。


「……つまり、野菜でも何でも、めっちゃ値引きしてもらえるってことか。」



 ミレイの発想は、”可能性の最底辺”を飛び回っていた。



「まぁ、そんなところです。」


 それ故に、ソルティアは何の心配も無用であると悟る。



 どれほど脅威的な能力だとしても。

 何を成すかは、”使い手次第”なのだから。











「はぁ〜、こりゃ良い。」



 のんびりとお湯に浸かって。

 ミレイはとろけそうな感覚に包まれる。



 VIP用と言うだけあって。

 浴室は非常に広く、内装もオシャレで。


 よく分からない花びらが湯船に浮き、落ち着く香りを醸し出していた。



 先程まで、鼻が死んでいたこともあり。

 温かなお湯加減も合わさって、さしずめ天国のようである。



「もうここに住む。」


「いいねぇ、ミレイちゃん。」


 ミレイ同様に、キララも完全に惚けていた。



「……ふぅ。」


 ソルティアは無言で。

 眠るように湯船に浸かる。


 事実、口には出さないものの。


 ソルティアこそが、最もお風呂を満喫していた。




 そんな中。


「……うぅ。」


 一番最初に入ったユリカが。

 未だに、念入りに身体を洗っていた。


 それはもう、念には念を入れて。


 散々、”例のワード”を言われ過ぎたせいで。

 彼女のハートはズタボロである。



「ユリカさん。もういいんじゃない?」




「そうだよ。もう”臭くない”から、一緒に入ろうよ〜」




 その”言葉”に、ユリカの手が止まる。



「……わたし、ケットシーだから。もっとよく洗わないと。」



「そ、そっか。」


 そう言われては。ミレイは何も言い返せなかった。






「……ねぇ、キララ。ケットシーって、どういう種族なの?」


 身体を洗うユリカの。

 猫耳と、揺れる尻尾を見ながら。


 ミレイは疑問を口にする。



「えっと。猫みたいな特徴を持つ種族?」


「いや、それは見れば分かるというか。それ以外のことかな。」




「うーん。今でこそ、”人間に近い姿”になってるけど。大昔、人間と交わる前は、”しゃべる猫”くらいの見た目だったんだって。」




「なる、ほど?」


 ミレイは妙な引っ掛かりを覚える。



「じゃあ、ケットシーって。昔は、ほとんど猫と変わらない姿だったんだよな。」


「うん。」



「でも今は、人間に近い姿になったと。」


「そうだね。」




「……じゃあ、つまり。歴史のどっかで、その。人間と、ほぼ猫のやつが、”ごにょごにょ”って?」




「そう、じゃないかなぁ。」



 思いがけない歴史との遭遇に

 ほのかに、2人の頬は赤く染まった。




 そんな話をしている内に。


 ようやく身体を洗い終わったユリカが、ミレイたちの元へとやって来る。



「うわぁ、本当にいいお風呂。」


 猫耳をピコピコ動かしながら。

 ユリカはお湯を堪能する。



 本人の美しさも相まって。

 まさに、奇跡的な存在にすら思えた。



「……異世界、ぱない。」


 改めて、ミレイはそれを実感する。









 誰かの鼻歌を聞きながら。



 ミレイは真剣な眼差しで、風呂に浸かる他の3人を観察する。



 一人目は、キララ。

 若干、痩せ型ながら、胸の主張もそれなりにあり。

 ”将来の約束された少女”、といった感じであろう。


(まぁ、いつも見てるからな。”初めの頃”と比べて、随分と肉付きも良くなった。)



 続いて、ソルティア。

 服の上からは想像もつかなかったが。

 意外にも筋肉質で、アスリートのような体つきをしている。

 胸は平均的かと。


(なんか、格ゲーのキャラみたい。)



 そして、最後に。


 恐怖すら覚える、ユリカの方を向く。



 それは、とても言葉で言い表せるものではなく。


 本当に同じ生き物なのかと、ミレイは疑問に思う。



(……あの”浮力”。そりゃ海に落ちても助かるわけだ。)



 そんな考えすら、浮かんでしまう。



「――く。」


 色々な意味で、自分の小ささに嫌気が差し。



 ミレイは、ブクブクと音を立て。

 湯船に沈んでいった。



 そんな、彼女の葛藤など知る由もなく。


「ユリカさんって、年はいくつなの?」


 キララがユリカに尋ねる。



「えっと。”22”、かな。」



「やはり、年上でしたか。」


 そう呟くソルティアに。


 今度はユリカが尋ねる。



「ソルティアさんは?」


「わたしは”21”です。」



「じゃあ、キララちゃんは?」


「……”15”。あーあ、わたしだけ子供なんてやだな〜」



 唯一の10代であるキララは、自分だけ仲間外れなのが不服だった。




「――えっ? ミレイちゃんが、一番下でしょ?」


 不思議そうな顔で、ユリカが周囲に尋ねる。


 すると。




 水しぶきを上げながら。

 沈んでいたミレイが立ち上がる。



「見くびってもらっては困るな。これでも、わたしは20歳だ!」



 ”説得力の無い体”を見せつけながら。

 ミレイは自身の年齢をアピールした。



「えっ、うそ。」


「本当らしいですよ。」


 一応、ソルティアがフォローをするも。



 しかしながら。

 20歳を名乗るには、余りにも。


 余りにもな、ミレイの姿を見て。



「わ、若くて、羨ましいなぁ。」



 そんな、何とも言えない。

 ユリカからの褒め言葉を受け。



「……はっ。」



 ”もう、これからは。20歳って言うのやめよ”。



 ミレイは、そう決意した。





 あの後。

 みんなの前で立ち上がるのが、何だか少し恥ずかしくなり。


 キララたちに誘われても、ミレイはお風呂に居座り続けた。



 だが、そんな彼女の気持ちなど知らず。


 ただ1人、ソルティアが。

 ミレイ同様に、長風呂に浸っていた。



(のぼせそう。)


 純粋に、風呂を楽しむソルティアとは違い。

 ミレイは意地で残っているだけであり。


 すでに、限界を迎えようとしていた。



(……寝てるのかな?)


 ソルティアは瞳を閉じており。

 周囲の様子も見えていないであろう。



(なら、いっかな。)


 ミレイはゆっくりと立ち上がり。

 湯船から出ようとすると。



「――ミレイさん。」



(あっ、起きてた。)


 話しかけられて。


 つい、反射的に。

 ミレイは再び湯船に浸かってしまう。



「……なに?」


「お風呂上がりには、牛乳をオススメします。」



「……それって、背が伸びるからってこと?」


「はい。わたしも欠かさずに飲んでいるので、ここまで背が伸びました。」



 湯船に浸かっている状態でも。

 ミレイとソルティアの身長差は歴然であった。



「ソルティア、身長いくつ?」


「そう、ですね。”165”、くらいでしょうか。」



「へぇ。」


 ミレイの瞳から、光が消える。




「……今から牛乳飲んで。わたし、”30センチ”も伸びるかな?」



 その悲しい言葉に。


 伸びますよ、などという嘘を。

 ソルティアは、とても口には出せなかった。



「胸も、大きくなるかな? ユリカさんみたいに。」



 真っ赤に染まった瞳が、何故かとても恐ろしく思え。



(……この話題は、避けるべきだった。)


 ソルティアは、ミレイの顔を直視できない。





「――ミレイさん、考えてみてください。」


 何とかして、ソルティアは話を切り替える。



「ユリカさんは、確かに魅力的なお方ですが。あれでは、”戦闘”に不向きです。」


「え?」



「胸が大きければ、その分体重も増えますし。何より、剣もまともに振れないはずです。」



 ”ソルティアなり”に。

 最大限のフォローを行う。




「つまり。冒険者をやる上では、ミレイさんの体型の方が”有利”なのです!」




 残念なことに。


 ソルティアは”脳筋”気味だった。



「まぁ、とは言え。もう少し身長は欲しいですが。」



 そう、最後に言い残して。

 ソルティアはお風呂を後にした。






 ぽつんと1人、ミレイはお風呂に残される。




(……何故だろう。ただみんなで、楽しくお風呂に入ってただけなのに。)


(何だか、”フルボッコ”された気分だ。)




 だがしかし、ミレイは知っていた。



 これら全て、自らの愚かさが招いた”被害妄想”であると。



 ソルティアやユリカに、なんの悪気も無い事は。

 ミレイにも、重々承知であった。



 だがしかし。



 いくら理屈で考えても、”消せない想い”がそこにはあった。





「――うがぁぁ!! 何なんだ”あの胸”は!」





 お湯を相手に。

 ミレイは全力で暴れまわった。









 ひとしきり、湯船で暴れまわったあと。


 冷静になったミレイは、すぐさまお風呂を出て、部屋へと戻った。



 同室のキララは。

 よほど遊び疲れたのか、すでに夢の世界へと出航している。




「……ふぅ。」


 瓶に入った”牛乳”を飲み干して。



 真剣な眼差しで、その手に黒のカードを出現させる。



(わたしの記憶が、確かなら。)


 冷静になったミレイは、一つの”おとぎ話”を思い出していた。




 細かな内容こそ覚えてはいないが。

 そのおとぎ話には、ある”不思議な靴”が登場する。


 その靴を履くと。

 ”転びやすくなる代わりに、身長とお金が手に入る”。


 ミレイの脳内には、そんなおとぎ話が存在していた。




(その靴があれば、わたしだって。)


 そんな、淡い期待を抱きながら。


 ミレイは黒のカードを起動し。

 召喚に必要な、光の輪っかを出現させる。




 ちなみに。

 ミレイが思い出したおとぎ話は、”宝の下駄”という昔話である。


 このお話に登場する不思議な下駄は。


 履いた状態で転ぶと、

 ”金を得る代わりに身長を失う”、


 という代物だったが。



 ミレイの残念な頭脳は、完全に勘違いを起こしていた。




 とは言え。

 そんな話は一切、”無駄”であるが。




 ”余程の感情”が湧かない限り、黒のカードが引き寄せる運命は完全なるランダムであり。


 狙い通りのカードが手に入ることは有り得ない。



 だがしかし。

 こんな、愚かな願いを抱いている時に限って。




 ”予想だにしない力”を、引き寄せることもある。




「――へ?」



 眩い光が、光の輪より生じる。


 その光の強さには、ミレイは見覚えがあった。




 光の輪より現れたのは、”黄金に輝くアビリティカード”。


 蠱惑の魔眼に続いて。

 4枚目となる、4つ星カードの出現である。




「……うそ。願いが、通じた?」



 無論、そんなわけはないが。



 カードをその手にとって。

 ミレイは絶句する。




 カード名 ”聖女殺し”


『災厄の化身、アクメラの力が宿る大鎌。所有者の悪意を具現化し、斬撃として放つことが出来る。』




「――は。」


 思いもよらない。

 そんな、”強力なカード”の出現に。



 小さな頭脳は、混雑を引き起こし。




「……寝よう。」


 これ以上考えるのも面倒なので。



 そのまま、ミレイは眠りについた。





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