思い立ったが吉日
「すみません、ロッチさんのお宅ですか? ネズミ駆除の依頼で来た、ギルドの者です。」
玄関の扉をノックして。ミレイは凛とした声で要件を伝えた。
いつも通り、すぐ隣にはキララも居るが、こういう挨拶はミレイの役割である。キララは、知らない人間、特に男性とは話したがらない。
ノックしてから、少し経つと。ドタバタとした音を鳴らしながら、気配が近づいてきて。
玄関の扉が開いた。
「やぁ、君たちか。良かった良かった。さぁ、入ってくれ。」
扉を開けて出てきたのは、家主であるロッチという名の男性だった。髭面の中年男性と言った容貌で、ミレイたちとの面識はない。
だが、先日の一件によって、ミレイたちの活躍は街中に知れ渡ったため、このように好印象を持たれることが多くなった。
「じゃあ、失礼しまーす。」
「ます。」
家主に迎え入れられて、2人は家の中へと入っていく。
外から見た家の印象は、よくある一軒家という感じだったが。
中に入ると、その印象は崩れ去った。
「おっぷ。」
朝食に食べたサラダが、ミレイの喉から逆流しかける。
家の中は、とにかく汚かった。
以前、この世の地獄と化していた、カミーラの家を掃除したことがあるため。それほどのショックは受けなかったが。
少なくとも、まともな神経の人間が暮らすような環境ではない。
何を包んでいたのか分からない紙袋の残骸や、風化した食べ物のカス。割れたガラス瓶。
それに加えて、嫌な湿気。
それ以外に目に入るのは、とにかく大量の本の山だろう。本を読むのが趣味なのか、それとも無駄に集めるのが趣味なのか。
崩れる寸前のような本の山が、この家の全貌を物語っていた。
「来てくれて助かったよ。夜中になると、もうゴソゴソとうるさくてね。少しは家賃を払えってんだよ。」
「はぁ。」
部屋が汚すぎて。
ミレイには話の内容が入ってこない。
「とりあえず、頑張ります。」
あくまでも、目的はネズミの駆除である。この部屋を片付ける必要はない。
そう自分に言い聞かせて、ミレイとキララは仕事に取り掛かった。
「どうやって駆除しようか。」
家主のロッチ氏には、一旦外出してもらい。
家の中には2人だけ。
「一応、小動物用の毒は調合してあるけど。」
「それって、大丈夫なの?」
「うん、もっちろん! たとえ家主が死んだとしても、検出されないほどの微量の毒だから。」
「……何だって?」
毒の信頼性について、いささかの不安は残るものの。
それ以外に良い手も思い浮かばないため、キララの毒を使うことになった。
「じゃあとりあえず、巣を見つけようか。」
ミレイは魔導書を取り出すと。最も頼りになる相棒を召喚する。
魔獣、フェンリルである。
ただし、サイズはかなり縮小され、普通の犬と変わらないほどの大きさであった。
あの怪人騒動以来、フェンリルは新たなる力に目覚めていた。
死を否定するほどの強力な再生能力と、必要に応じて大きさを変える能力である。
特に戦闘力に影響するわけではないが。
たまには普通のペットが欲しいと思っていたため、ミレイ的にはちょうどよかった。
「さあ、フェンリルよ。ネズミの巣を探すのだ!」
犬の嗅覚は、人間の数千倍は優れているとされる。
とは言え、フェンリルは偉大なる魔獣であり、そこいらのペットとは違う。
誇り高きプライドを有していた。
だがしかし、悲しきかな。
カードと所有者という関係上、フェンリルに抗う術は無い。
「クゥン。」
フェンリルは自分の役目を全うするため、ゴミ溜めの中へと入っていった。
それから、約一時間後。
フェンリルの鼻もあって、壁に空いたいくつかの穴を発見することに成功した。
その数、およそ”20箇所”ほど。
「思いの外、数が多いな。」
「ネズミ、いっぱい居るかもね。」
穴を見つめながら。
ミレイとキララはまだ見ぬネズミたちのことを思う。
(……思いの外、”穴が小さい”な。この世界のネズミって、そんなに大きくないのか?)
小さい穴を見ながら、ミレイはそんな事を思う。
まだ1度たりとも、ネズミの姿を確認していないというのに。
依頼内容を鵜呑みにして、ミレイたちは考えることを放棄していた。
この家にはネズミがいる。わたしたちは、それを駆除しようとしている。
そう、信じていた。
「じゃあ、一気にやるね。」
キララは毒の入った瓶を開けると。その中身を、魔法によって取り出し、空中に浮かべた。
そしてそれを、霧状に分解すると。それらを一斉にして、空いた全ての穴に侵入させた。
キララの魔法により。壁の中の隅々にまで、毒霧が回っていく。
するとすぐに、変化は訪れる。
――カサカサカサ。
最初は、そんな音が聞こえて。
次第に、家全体が揺れ始める。
「へっ?」
想定外の現象に、ミレイの思考は止まる。
家の揺れは止まらない。
何か、とんでもない事が、確実に起ころうとしていた。
だが不思議と、ミレイの体は動かない。
”黒い何か”が、穴の中から飛び出してきて。
ミレイの断末魔が、周囲一帯に鳴り響いた。
◇
ネズミ駆除改め、”害虫駆除”を終えて。
ミレイとキララはギルドに報告に訪れていた。
「……お、お疲れさまでした。こちらが報酬金となります。」
若干、引きつった表情で。
受付嬢のソニーが、報酬金を用意する。
「あ、あはは。」
キララに関しては、いつも通りの変わらない様子だが。
その隣のミレイは、完全に目が死んでいた。
軽く腕を抱きしめて、いつもよりも縮こまって見え。もはや、暴漢に酷い乱暴を受けた後のような有様である。
まぁ、ある意味。乱暴は受けたのかも知れないが。
「話によると、”数千匹”はいたらしいですね。」
「はい。幸いにも毒が効いてて。ひとしきり暴れた後、”アレ”は全滅したんですけど。」
キララは哀れみの視線をミレイに送る。
「ミレイちゃんは、もろに襲われてたので。」
その時の光景は、まさにこの世の終わりであった。
潰したら潰したで悲惨なので。
キララも必死になって、ミレイに群がる”それ”を取り除こうとしたのだが。
結果として、ミレイは心に深い傷を負ってしまった。
クエストの報告をし終わり。
2人はギルドの受付を後にする。
「ミレイちゃん、お腹空かない?」
「……そうだね。朝食べた分は、さっき全部出ちゃったから。」
心なしか、ミレイは朝よりも痩せたような。
2人がギルドを後にしようとすると。
「あれ、ソルティアさんだ。」
クエストボードの前で、何やら物思いに耽るソルティアの姿が目に入る。
その服装は、いつもの受付嬢スタイルではなく。
黒一色の、動きやすい私服姿であった。
「まだ、”クエスト”決まってないのかな。」
今の彼女は、もうギルドの受付嬢ではない。
「一緒に、ご飯誘おっか。」
「そだな。」
”先輩冒険者”として。キララとミレイは、彼女に声をかけることした。
「――あっ、ミレイちゃん。髪にゴキブリ付いてるよ?」
◆
つい、昨日のことである。
新しくギルドに登録した”2人の新人冒険者”と、ミレイたちは顔を合わせた。
「どうも。21歳、新人のソルティアです。」
見覚えしか無い、黒髪の女性と。
「僕は未来の英雄、アルトリウスだ! よろしく頼むよ、レディたち。」
どっかで見た、領主のバカ息子である。
色々と、思うことはあったが。
とりあえず、金髪の方は無視して。
ミレイたちはソルティアと話をする。
「えっと。ソルティア”さん”は、どうして冒険者に?」
今までずっと、”年下”だと思っていたため。
ミレイは思わず、さん付けで呼んでしまう。
「さんはいりませんよ、ミレイさん。……それと、”理由については内緒”です。」
「えぇ……」
貴方達に感化されました、などとは。
口が裂けても、ソルティアは言えなかった。
「……そんで、お前は?」
「よくぞ聞いてくれたね! 実はこの間の君たちの戦いを見て、思ったんだよ。あの英雄的な活躍、僕もああなりたいって。」
「へぇ。」
ミレイは、そうとしか言えなかった。
「ソルティアは、めっちゃ強いから大丈夫そうだけど。お前、戦ったり出来るの?」
「心配無用さ。冒険者になりたいって言ったら、父が立派な剣を買ってくれてね。これでどんな敵も、斬り伏せてみせるよ。」
買ってもらったばかり。
おニューの剣を、アルトリウスは見せびらかす。
「……そっか。まぁ、頑張れよ。」
これだけの自信である。
何か根拠があるのだろう。
もしも無かったら、それはもうただのバカである。
「見えるぞ! 栄光の道が。この僕に来いと言っている!」
そう言いながら、アルトリウスは何処へと消えていく。
相変わらず、話の通じない奴だと。
ミレイは思った。
「あの人、すごい自信だよね。どこから湧いてくるんだろう。」
「……そうだね。あはは。」
なんとなく、笑ってみせたミレイだが。
思い出してしまった。
自分が冒険者になった日のことを。
ソルティアに止めるよう説得されていた、あの時の自分を。
(……あの無謀さ。わたしも大して変わらないんじゃ。)
チラリと、ソルティアの方に視線を送ると。
彼女も同じことを思い出していたのだろう。
「ふ。」
愉快そうに、表情が歪んでいた。
つい昨日、そんな出来事があったのだが。
それから一日経って。
ソルティアはまだ、最初の依頼を決めかねていた。
近くの喫茶店で昼食を食べながら。
そのことについて、ミレイたちは話をする。
「……なんと言いますか。パッとする依頼が無いですね、この街は。」
元受付嬢とは、思えないような発言が飛び出す。
「冷静に考えて、とか言う以前に。高ランクの冒険者を目指すのならば、この街は拠点として”論外”です。」
「……まぁ、確かに。それは言えてるかも。」
「う〜ん。」
ミレイも、キララも。
とりあえず、この街が近かったが故に、活動拠点にしているに過ぎない。
もしも仮に、Sランク冒険者を目指すのならば、それ相応のクエストのある街を拠点にするべきである。
そしてそれは、ソルティアも考えている事だった。
「……お二人共、”貯金”はありますか?」
「貯金? 一応、これまでの報酬は、ちゃんと貯めてあるけど。」
「師匠の依頼も手伝ったし、”5000G”くらいはあるかな?」
この町にやって来て。
家賃の心配もなく、これまで依頼をこなしてきた結果。
最初と比べ、2人はかなり潤沢な資金を有するようになった。
アルトリウスに、スマホを高値で売りさばいた結果でもあるが。
その言葉を聞いて。
ソルティアは少々悩みつつ、内に秘めた”考え”を口にする。
「――でしたら、一緒に”帝都”へ向かいませんか?」
それは、ミレイたちの想像だにしない提案だった。
「帝都なら、高ランク向けの依頼には事欠きませんし。何よりも立地的に、最も多くの依頼をカバーできる場所です。」
それこそが、ソルティアの出した答え。
高ランクを目指して、着実にステップアップするための方法だった。
「……帝都?」
それがどこかは、ミレイだって知っている。
かの皇帝陛下が住んでいる場所であり、この国の首都。
だが、実際にそこへ向かおうなどとは、考えたことすら無かった。
いや、そもそも。今の生活に完全に馴染んでしまい。
この街を離れるという選択肢が、ミレイの脳内には存在しなかった。
(……考えても、いなかった。)
だが、今この瞬間、ソルティアに提案されたことにより。
他の街で冒険者をする、という選択肢が、ミレイの脳内に浮かび上がる。
そして、一度意識してしまったが故に。
その選択肢が、こびりついて離れない。
(キララは、どう思ってるんだろう。)
気になって、キララの顔を見てみると。
いつもと何も変わらない、大きな瞳がそこにあった。
表情は柔らかくて、にこやかで。楽しそうで。
そして相変わらず、何を考えているのか分からない。
「すみません、急にこんな話を。」
すぐに、決められるような話ではない。
それは、ソルティアにも分かっていた。
「ですがお二人の力は、この街で腐らせるには、かなり勿体無いと思います。」
そう、最後に呟いて。
ソルティアはその場を後にした。
その後。
新しい依頼を探すのも、家に帰るのも気分ではなく。
ミレイとキララの2人は、何気なく街の様子を見つめていた。
黙って、ただ眺めて。
それだけでも時間は経過していき。
いつしか、街には夕焼けが訪れていた。
だがしかし。
やはり黙っているだけでは、答えは導き出せず。
長い沈黙の果てに、ミレイが問う。
「……キララは、どうしたい?」
「うーん? なにが?」
キララの表情は、いつもと変わらない笑顔だが。
ミレイは誤魔化されない。
「分かってるくせに。」
「えへへ、ごめん。」
バツの悪そうに、キララは笑う。
「……”ミレイちゃんに任せる”って言ったら、怒るよね?」
主体性が、全く無いわけではない。
キララにだって夢はあるし、自分なりにやりたいこともある。
しかし今のキララには、それよりも優先するものがあった。
ただ、それだけの事。
「ううん、怒んないよ。だってわたしも、”同じ事”を言おうとしてたから。」
結局の所、それが”2人の結論”であった。
考えが、想いが。
芽生えてしまった以上、立ち止まる選択肢は無い。
「一緒なら、大丈夫だよね。」
これまでが、そうだったように。
ミレイとキララは、夕焼けに染まる街を見つめていた。
◇
ミレイ達が、家に帰ると。
「どうだ、中々見事なものだろう?」
珍しいことに、カミーラが夕飯の用意をしていた。
普段は、調理をキララとパンダに任せ。
自分は、食料を口に投入するだけだったというのに。
それがどうして、中々に見事な料理の数々がテーブルに並べられていた。
「さぁ、遠慮せずに食べてくれ。」
「は、はい。」
「りょうかいです。」
明らかに、カミーラはいつもと様子が違ったが。
ミレイとキララは、気にせずテーブルに着いた。
(あ、美味しい。)
カミーラが作った、というだけで。
若干不安ではあったものの。
料理はどれも美味で、ミレイは次々と口に運んでいく。
キララも。
少々、意外そうな顔をしつつも、同様に食べていた。
そんな2人の様子を、カミーラは満足気に見つめている。
「そっちのやつは、昔、マーフォークの友人に教えてもらったんだ。」
魚料理を指差して、カミーラが呟く。
「そっちのは、イライザという街の特産品だ。さっき市場で見つけてな。懐かしくて買ったんだ。」
また別の料理を指差して、呟く。
「……なるほど。」
やはり、いつもとは違う様子に。
ミレイは戸惑う。
「カミーラさん?」
キララが問いかけると。
カミーラは優しく微笑み、2人の顔を見つめた。
「街を出るんだろう?」
「……えっ、どうして。」
なにも言っていないのに、なぜ知っているのか。
ミレイたちは驚く。
「いや、昼過ぎにな、お前たちを偶然見かけて。まぁなんとなく、そんな気がしただけだ。」
そんな、些細なことで。
カミーラは全てを察していた。
「……実は、ソルティアに、一緒に帝都に行かないかって誘われて。」
「ふっ、だろうな。まぁそもそも、お前らみたいのが、この街で冒険者をやってる事自体、おかしな話なんだよ。」
「……カミーラさん。」
この街を。しいては、この家を出ていくという話なのに。
彼女のあまりにもあっさりとした反応に、キララは言葉を詰まらせる。
「おいおい、そんな辛気臭い顔をするなよ。このわたしの手料理だぞ? もっと嬉しそうに食え。」
「……はい。」
「は〜い。」
家主の言葉には逆らえぬゆえ。
ミレイとキララは、黙って食事を続けた。
「……バカどもめ。」
小さく、カミーラは呟く。
(この家も、静かになるな。)
思い返せば。
2人が来る前と後とでは、何もかもが一変してしまった。
前までは家はゴミ溜めで、庭で酒を飲むだけの毎日。
それが、良い悪いというわけではないが、変わってしまったのは確かである。
そして今日、また環境が変わろうとしていた。
(”こういうのが嫌い”だから、冒険者を辞めたんだったか。)
出会って、別れて。出会って、別れて。
出会って、別れて。出会って、別れて。
出会って、別れて。出会って、別れて。
出会って、別れて。出会って、別れて。
出会って、別れて。出会って、別れて。
気づけば。
地上へ来て、すでに70年かそこら。
たとえ100年の月日を生きたとしても。
体も心も成長しない。
成長しないからこそ、天使は死なないのだろう。
(この街に来た時、ソルティア達はまだ赤ん坊だった。だが、わたしが飲んだくれている内に、気づけばもう、独り立ちする年頃か。)
どれだけ酒を飲んで。
どれだけの記憶を飛ばしても。
時間はあっという間に過ぎていき、カミーラはそこに取り残される。
どのみち、別れを避けられないのなら。
「……そろそろ、”復帰”しても良いかもな。」
「復帰? 真面目に医者をやるってこと?」
ミレイには意味が分からなかった。
「いや。わたしも20年前までは、お前らと同じ冒険者をやっていた。」
「えっ、冒険者だったんですか!?」
キララには驚きであった。
まさか、仕事をしていた時期があったとは。
「じゃあ、一緒に帝都に向かいます?」
「行くかバカ。マイホームだってあるんだし、この街で活動するに決まってるだろ。」
ミレイの提案を、カミーラは突っぱねる。
「それに、お前と一緒だと”酒”が飲めんからな。」
何よりも。
それが最も大きな理由であった。
”出会った日のショック”が大きすぎて。
あれ以来、カミーラは酒に手を出せていない。
「えぇ? 別にわたし、お酒くらいなら気にしないですけど。」
意味が分からないと。
ミレイは首を傾げる。
「ああっ、もう。この際だから言っておくが、”お前は酒を飲むと人が変わるんだよ”!」
これが最後のため。
カミーラはずっと言いたかったことを吐き出す。
「いや、わたし。今までお酒飲んだこと無いような。」
「飲んだんだよ、ここへ来た初日に。お前は忘れてるだろうが。」
「本当に?」
「うん。飲んでたよ?」
多数決の結果。
ミレイは初めて、自分が酒を飲んだことを知った。
「いいか、これだけは言っておくぞ? ”友達を減らしたくなければ、絶対に酒は飲むな”!」
「うっ、そんなに?」
真剣な表情で忠告されて。
ミレイは落ち込む。
「まぁ、確かに。それでキララに嫌われたら、イヤだし。」
それだけは、ミレイは絶対に避けたかった。
「――あ、いや。それは気にするな。」
カミーラは、ミレイの懸念を否定する。
「こいつに関しては、”絶対に大丈夫”だ。」
「えへへ。」
照れくさそうに、キララが笑う。
「……どゆこと?」
若干の疑問を残したまま。
それは解消されずに。
そうして、最後の夜は過ぎていった。
◇
「……来ましたか。」
街の門付近で、ソルティアが一人立っていると。
「うん!」
「やっほー!」
旅支度を終えた、ミレイとキララが。
彼女の元へとやって来る。
「挨拶は済ませました?」
「うん。こっちはあらかた。」
「ソルティアさんも、オッケーですか?」
「――あ、いいえ。わたしは誰にも言っていません。」
「「えっ?」」
衝撃的な言葉に、ミレイとキララは静止する。
「誰にも言ってないって、父親にも?」
「はい。今朝も、何食わぬ顔でおはようと。」
「うわ。」
いつもながら、無表情なソルティアの顔が。
ミレイには恐怖に見えた。
「まぁ、ギルドの受付に書き置きを残してきたので。ソニーちゃん経由で、話は伝わるでしょう。」
「……ギルドマスター。ちょっと、可哀想かも。」
キララでさえも、これは僅かばかり同情した。
「あっ、そう言えば。アルトリウスとは話してないや。」
「あぁ、彼なら無駄ですよ。」
「無駄?」
「はい。実は彼も、この街ではろくな仕事無いと嘆いていまして。昨日の時点で、すでに旅立っています。」
「えっ、マジで? アグレッシブだな、アイツ。」
「えぇ〜。じゃあ、あの金髪も帝都に向かってるってこと?」
キララは一瞬で不機嫌になった。
「ああ、いえ。彼はドラゴン狩りをすると息巻いて、”ヴァルトベルク”へ向かいました。」
「――あっ。」
この瞬間。
ミレイは不思議と、確信を持って思った。
”アイツ死んだわ”、と。
そしてキララは、満面の笑みを浮かべていた。
「……不謹慎だぞ、キララ。」
3人分の荷物は、フェンリルの胴体に結ばれて。
フェンリルは文字通り、馬車馬のごとく働かされようとしていた。
「――よぉし、わたしたちの冒険はこれからだ!」
「おおー!!」
「……お、おー」
魔獣の背に乗って。
3人の冒険者が、帝都を目指す。




