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1日1回ガチャ無料!  作者: 相舞藻子
花の都の冒険者
25/153

花に囲まれて





 暖かな陽の光の下。

 花の都の街中を、1人と1匹が練り歩く。


 小さな白髪の女、ミレイは。いつもの可愛らしい洋服姿に、真新しいショルダーバッグを肩に掛けている。

 その隣を歩くパンダは、”大きな樽”を背負っており。


 中々に、珍しい光景であった。



 周囲の街の様子を眺めながら。


「……ふぅ。この辺りは、だいぶ片付いたかな。」


 ミレイはそっと呟くと。

 その場で足を止める。



 異界からの侵略者。

 怪人たちの襲撃から、2日ほど経過し。



 花の都は、再び活気を取り戻しつつある。


 所々、戦闘の影響で破壊された箇所はあるものの。どれも修繕可能な範囲であり。


 人々の顔には、笑顔が存在していた。



 今回の1件で。

 奇跡的に、死者は1人も出なかった。



 怪我人が精々であり。

 それも、抵抗を試みた市民や、応戦した冒険者くらいのもの。


 一番大きな傷を負ったのは、怪人に一撃で落とされたギルドマスターだが。

 すでにその傷は癒えており、街の復興に尽力していた。



 これ程までに犠牲が少なかったのは、ひとえに怪人たちの目的が”人間の捕獲”だったから。

 もしも彼らの目的が、単純な殺戮行為であったら。

 きっと街は、致命的な傷を負っていただろう。



 ミレイが、平和な街並みに目を通していると。


「お嬢ちゃん、向こうにまだ散らばってたわよ。」


「あっ、はい。ありがとうございます。」


 街のご婦人に声をかけられて。

 ミレイは歩き始める。



 怪人たちの襲撃から、2日経ち。

 ミレイたちは今、その後処理に追われていた。









「うわ、結構あるな。」


 道端に散らばった、白い仮面と、黒いドロドロを見て。

 ミレイは思わず呟く。


「よしっ!」


 ミレイは気合を入れると。両手を前に突き出し。

 懸命に魔力を込める。


 すると、やっとのことで魔法が発動し。


 地面に広がった黒いドロドロを、吸い上げるように宙に浮かばせる。


「――うぎぎぎ。」


 ゆっくりと、その塊を運ぶだけだが。

 その単純な魔法に、ミレイの全力は注がれる。



 やっとこのことで、黒いドロドロをパンダの背負った樽の中に投入すると。



「……ふぅ。」


 気が抜けたように、ミレイは深い溜め息を吐く。


 パンダの背負う樽の中には、大量のドロドロと、白仮面が詰まっていた。




 戦いが終わって。

 街に残されたのは、”大量の怪人たちの残骸”だった。




 異界の門を閉じ終えた後。

 ミレイたちは街に散らばった他の怪人たちを倒すため、すぐに行動に移した。


 だが結果として、それは無駄となる。




――この世界に残された怪人たちは、その全てが”自害”していた。




 彼らがどういう思いで、その行動に及んだのかは定かではない。

 彼らには、言葉を発する機能が無かったが故に。



 恐らくは門が閉じた瞬間に、向こうの世界との繋がりも同時に消えたのだろう。


 その結果、彼らを縛っていた”何か”も消滅し。

 彼らは一種の、自由を手に入れた。


 しがらみから解放された彼らは、一斉に襲撃行為を止め。

 揃って、戸惑うような行動を見せた。


 だが、次第に体が震え始め。

 何かに苦しむような素振りを見せると。



 その苦しみから逃れるために、彼らは自らの仮面を剥ぎ取った。



 だが、仮面の下に。人間の顔に当たる部位は存在せず。

 真っ黒なのっぺらぼうがあるだけ。


 そして、剥ぎ取ったその仮面こそが、彼らを怪人たらしめる生命線であり。



 仮面を失った怪人たちは、全員が自らの形状を保てなくなり。

 そのまま崩壊していった。



 怪人たちが何を思い、あのような行為に及んだのかは定かではない。

 彼らには自己主張能力がなく、上位怪人の命令に従うことしか出来ないから。


 だが、角の怪人、ザイードの言葉が確かなら。

 彼らも、元は人間のはずである。


 もしもそんな状態でも、人間としての自我が残っていたとしたら。

 抗う術も持たず、怪人たちの命令に従う日々を送っていたら。



 それはもはや、生き地獄に他ならないだろう。



 そしてそれは。

 一歩間違えれば、ミレイにも起こり得た結末であった。




 ガラス窓に映った自分の姿を、ミレイは見つめる。



 真っ白な髪の毛と、赤く輝く瞳。

 それが、変異の結果だった。


 怪人ザイードの手によって、ミレイは”パンドラ=ゲノム”という物質を体内に投与された。


 それは、人を怪人に変える劇毒であり。

 その理論で言うならば、ミレイはすでに人間という枠組みから外れていた。


 だが、その姿は未だ人のまま。

 角も生えてこなければ、仮面も持たない。


 変わったのは髪の色と、その瞳だけ。


 真紅の瞳は、本当に光を発しており。

 暗闇だと一目瞭然である。



 そのため昨夜、暗闇でカミーラと鉢合わせた際には。

 お互いの悲鳴で、心臓が止まりかけた。



 身体能力も相変わらずで、腕立て伏せは10回まで。


『つーか、これが限界。』


 それがミレイの常套句である。


 魔法の実力も、目立った上昇は無い。




 上を見上げてみれば。

 建物の上を、キララが飛び回っていた。


 魔力で身体能力を強化し、人間離れした跳躍力を発揮して。


 それに加え。

 屋根の上に転がった怪人の残骸を、空中に浮かべながら運んでいた。



 樽に詰めるのが精一杯のミレイとは、まさに天と地ほどの差である。



 だが、それでも。

 これで良かったのだと、ミレイは心の底から思う。


 もしも、自分が怪人たちの一員になっていたら。

 もしも、キララを襲うように命令されていたら。


 そうしたら、きっと。もう二度と笑えなくなっていた。



 ”たとえ死ぬと分かっていても、仮面を脱ぎ去りたいと思うだろう”。



 甘い花の香りが、体の奥まで透き通るようで。


 今日も元気に、ミレイは冒険者をやっている。









「じゃあ、頼んだよ。」


 体中に樽を繋がれて。

 なにか別の生物のようになったフェンリルと、パンダファイターの2匹。


 残酷な主人の命令には逆らえず。


 2匹は指示された場所へ向かって、デスマーチを始めた。



「これで、最後かな。」


「うん。屋根の上とかも、あらかた見終わったから。」



 長かった戦いも終わり。

 怪人たちの居た痕跡は、街から綺麗に消え去った。


 残りは、最後の作業が残るのみ。


 それをもって、今回の騒動にようやく終止符を打てる。




「行こっか。」



 門へと向かうため。


 ミレイとキララが、街中を歩いていると。



「やあ、2人とも。」



 顔見知りの商人、カイラが。

 馬車に乗った状態で、ミレイたちと遭遇する。


 向かう方向からして、2人とは反対側の門を目指していた。



「あっ、カイラさん。こんにちは。」


 ミレイは笑顔で挨拶を行うも。


 隣のキララは黙ったままで、若干険しい視線でカイラを見つめていた。


 もはやいつも通りのため、気にはしないが。



「他の街へ向かうんですか?」


「ああ。遙か西の町、ヴァルトベルクにね。」


「……ヴァルトベルク。」


 その名は、ミレイにも聞き覚えがあった。


 ヴァルトベルクは、ボルケーノ帝国の最西端に位置する町。



 そして、”地上で最も過酷な土地”として知られる場所である。



「確か、全てが金属で出来た、”チタン山脈”を越える必要があるんですよね? 馬車で行けるんですか?」


「まぁ、そこは俺の腕の見せ所さ。浮遊大陸との行き来に比べたら、どうってこと無い。」


 カイラの表情は、自信に満ち溢れていた。


 決して、慢心ではなく。

 実績に裏付けられたように。


「あんな襲撃もあったのに、平常運転って凄いですね。」


「これでも、だいぶ修羅場を潜ってるからね。あの程度じゃ動じないよ。」



 怪人たちの襲撃の際。

 カイラが、どのように対処したのかは定かではないが。


 彼の馬車も、商品も。

 彼本人にしても、”傷一つ付いていなかった”。



「それじゃあ。縁があれば、また会おう。」


 そう言って。

 カイラは街の外へと向かっていった。




 ミレイはのんきに手を振っていたが。


 キララは変わらぬ視線で、馬車の後ろ姿を睨んでいた。



「……キララって、あの人が苦手なの?」


「むしろ、ミレイちゃんはどう思ってるの?」


 キララの声は、いつもより少しだけ冷たかった。


「えっ、どうって。人当たりの良い、優しいお兄さんって感じじゃない?」


「……ふ〜ん。」


 その反応に、どんな思いが込められているのか。

 ミレイには知る由もない。


「アルトリウスもそうだけどさ。もう少し、優しく接してあげたら?」


「ええっ〜? これでも、優しくしてるつもりなんだけど。」


 わざとらしい口調で、キララはとぼける。


「……そっか。」


 これ以上、この話をするのはマズいと。

 ミレイは追求を止めた。




 振り返って、見てみれば。

 もうすでに、カイラの乗った馬車は存在せず。


 キララはようやく、”警戒心”を解いた。



(まぁ、確かに。あの”金髪の変人”くんなら、少しは普通に話してもいいけど。)


 極めて変人だが、人畜無害な金髪の青年の姿を思い浮かべる。




(あの商人だけは、出来ればもう”二度と”、ミレイちゃんに会って欲しくない。)



 他の誰にも、悟られることはないが。

 キララはその瞳で、他人のあらゆる面を観察していた。


 その仕草、目線、雰囲気。

 最近は、魔力さえも。



 その目を持ってして。

 相手が善人であるか、下心を持っているか。


 ”悪意”を持っているかを判断している。



(……怪人なんかよりも、ずっと。)



 そして、キララの中では。

 あの一見優しそうな商人こそ、最も警戒すべき相手と認識していた。



――決して近寄ってはならない、”巨悪”であると。











 花の都から、少々東へ向かった場所。

 より美しい花々の咲く、虹の花畑にて。



「おい、遅いぞ。」


 天上から降り立ったように。

 純白の翼を広げたカミーラが、ミレイとキララの到着を出迎える。



 カミーラの後ろには、怪人の残骸が詰まった樽がいくつも置いてあり。

 おおよそ、こちらの世界に出現した、ほぼ全ての個体が集まっていた。


 フードの怪人、クォークと。

 パーシヴァルと交戦した、ダースの遺体も置かれている。



「わざわざ、ここまで運ぶのには苦労したぞ。」


「すみません。でもせめて、きれいな場所に埋めてあげたくて。」



 身体を作り変えられて、無理やり怪人にさせられて。

 やりたくないのに、人々を襲わされて。



 ”名前も知らない世界”で、その生を終えた。



 せめて最後だけは、安らかに眠れますようにと。




「……まぁ。街の墓所に埋めるには、数が多すぎるからな。」


 カミーラは、そう言いつつも。

 冒険者でもないのに、自らの意思でミレイたちに協力していた。



「で、穴はどうする?」


「わたしのカードを使います。昨日、良いのが手に入ったので。」



 そう言うと。

 ミレイはショルダーバッグを開けて、中から”一冊の本”を取り出した。


 大きな本であり。

 バッグの中には、それだけしか入っていない。



 この本の名は、”ミレイの魔導書”。

 師匠である、パーシヴァルからの贈り物である。



 この魔導書の機能は単純明快。

 所持するアビリティカードを登録することで、その能力を”カードを実体化させることなく発動可能”というもの。


 この魔導書おかげで、ミレイはカードの能力を効率的に発動できるだけでなく。

 あたかも全ての能力が、”魔導書の力”であるかのように振る舞えるようになった。


 つまり、複数のカードを持っているという。

 ミレイの異常性を、露見させないための配慮であった。



 そんな、師匠からの気遣いの詰まった魔導書を、ミレイは起動する。



 発動する能力は、『落とし神の右手』



 ミレイの右手に、カードの能力が宿る。

 その右手で、地面に触れると。



 ほんの一瞬で。

 樽が丸々入ってしまうほどの、大きな穴が出現した。



「ふぅ。」


 このカードのランクは、星3つ。

 本来は、”一瞬で落とし穴を構築できる”、という能力だが。

 この程度の応用は可能だった。



 花畑の近くに、ミレイが次々と穴を開けていき。

 キララとカミーラは、そこに樽を詰めていく。



 そして最後に、残る2つの遺体を埋葬する。



「……にしても師匠って、”めちゃつよ”じゃない?」


「ん?」


「いや、だってさ。わたしたちがあんだけ苦労したレベルの怪人を、たった1人で倒したんだよ?」


「あっ、確かに。めちゃつよだね。」



 どんな魔法を使ったのかは知らないが。

 首を落とされた怪人を見て、ミレイたちは師匠の戦闘力を想像する。



「まぁ、挨拶もなしに、街を後にする薄情者だがな。」



 あの騒動の後。

 パーシヴァルは街から姿を消した。



 まさか、怪人に倒されたのではないか、そう考えたミレイたちであったが。


 家に残された”手紙”と、2人に宛てた”プレゼント”を見つけ、要らぬ心配だったと気づく。



 パーシヴァルからの贈り物。


 ミレイに対しては、彼女の能力を最大限に活かせる魔導書を贈り。



 キララには、”フェイズシフター”と名付けられた特製の弓が贈られた。



 見た目は、実用性の高そうな立派な弓、という感じだが。

 カミーラいわく、”とてつもなくレアな素材”で作られているらしい。



 だが、その贈り物よりも。


 貰った”手紙の内容”のほうが、キララにとっては重要だった。









 怪人たちを、全て埋葬し終わり。


 仕事をやり終えたミレイたちは、3人揃って花畑に寝転んでいた。



「まったく。こんなに働いたのは、何十年ぶりだろうな。」


 実年齢には、多少の開きがある3人だが。


 その見た目的には、同年代の友人同士のようにも見えた。


「しばらくは、何もせずに暮らすぞ。」


「しばらくって、いつも通りなんじゃ。」


 少なくとも、この騒動以外で。

 ミレイはカミーラが働いている所を見たことがなかった。


「ふっ。金に不自由しないうちは、それで良いんだよ。」



 御年、”120歳”。

 カミーラには、貯金というものが有った。



「それに比べて、お前たちは精が出るな。」


「まぁ、ランクもどんどん上げたいんで。」


「ね〜」



 今日が終われば、また明日。

 新しいクエストが待っている。



「そう言えば、今日からお前らは”Eランク”か。」


「はい。」


「です。」


「コッコロの奴が褒めてたぞ? 真面目で才能もある、この街の期待の星だって。」


「だってさ。」


「えへへ。」




「――まぁ。”Sランク”までは、まだまだ遠いがな。」




 パーシヴァルからの手紙には、こう記されていた。



『Sランクを目指しなさい。そうすれば、”白紙化したカードの修復法”に辿り着けるでしょう。』



 恐らくは、キララに向けたメッセージであろうが。



「……あれって、どういう意味なんでしょう。」


 当の本人は、まるで要領を得ていなかった。



「ふっ。」


 その真意を知るのは、書いた本人か。

 もしくは、カミーラくらいのもの。


「まぁ、一般的には知られていないがな。”皇帝セラフィム”は、白紙化したカードの持ち主だったらしい。」


「持ち主、だった?」


「あぁ。今は違う、という意味だ。」



 つまりは、白紙化したカードを元に戻す手段は存在し。

 それを皇帝が知っている、ということ。



「それが、この話とどう繋がるんですか?」


 パーシヴァルの手紙には、”Sランクを目指せ”、としか書かれていない。



「Sランクの冒険者っていうのは、単にギルドに登録してる他の冒険者とはわけが違う。”皇帝”とも、契約してるんだ。」


「つまりSランクになれば、皇帝に会えるってこと?」


「皇帝陛下なんて、雲の上の存在だよぉ。」


 まさか、その皇帝陛下と、”すでに接点を持っている”とは思わずに。

 ミレイとキララは、まだ見ぬ皇帝の姿を思い浮かべる。



「まぁ要するに、修行を頑張れってことだ。Sランクになるくらい強くなって、”アイツ”に顔を見せてやれ。」


「なるほど。」


「師匠、厳しいね。」




 そんな事を話しながら。


 青い空の下、3人はのどかな時間を過ごす。




「まぁ、でも。しばらくはわたしたちも、のんびり生活かな。」


「うん。」



「まだEランクじゃ、そんなに難しい依頼も受けられないし。」



 当面の間は、この平穏を享受できる。

 そう、確信するように。



 ミレイたちは眠りについた。







◆◇







 花の都から、遙か北へ向かった地。



 深い深い、地の底。

 人の手が届かない、地下空間に。




 ひっそりと、異界の門が開く。




 それは、出会ってはならない世界。

 それは、交わってはならない世界。



 深い地の底から。

 誰にも悟られることなく。



 世界は侵食されていく。

 法則すらも、書き換えて。




◆◇ 第2章 サフラ拒絶領域 ◇◆





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