― RYNO ―
――怪人。
彼らがどこからやって来たのか。
知る者は居ない。
元々、地球に生息していた彼らが、この時代になって表に出てきたのか。
それとも、遠い星からやって来たのか。
彼ら自身、その口から語ることはなく。
未だに起源は、謎に包まれたまま。
残された人類達に、それを解明する手立てはないだろう。
彼らについて、人類が知っていることは少ない。
非常に優れた身体能力、超能力の類を持ち。
なおかつ、人類を見下している。
だが、何故か。
彼らは人間を襲うものの、殺すことはなく。
ただ捕まえて、連れて行くだけ。
捕まえられた人間がどうなるのか。
人類がそれを知るのに、そう時間は掛からなかった。
怪人は、増えていった。
消えた人間の数だけ。
やがて人類よりも、怪人のほうが多くなった。
◇
「――あ、あっ。」
ザイードに、謎の液体を投与され。
その影響で、ミレイは体を震わせる。
これで、もう用はないと。
ザイードはミレイを地面に投げ捨てた。
「ミレイちゃん!」
咄嗟に、キララがミレイのそばへと駆ける。
優しく、その身を抱きかかえても。
ミレイの体の震えは止まらない。
目に見えて、体に異常をきたしていた。
「フッフッフッ、ハッハッハッハ。」
悶え苦しむミレイと、それを案じるキララ。
2人の様子を見ながら、ザイードは高笑いを上げた。
「ミレイちゃんに、何をしたの!?」
枯れるような声で、キララが問いただす。
その瞳は、不安に揺れていた。
「なに、悲しむことはない。ただ彼女を、”進化させた”だけだ。」
「進化?」
ザイードは、手に持った注射器をキララに見せた。
「これは、”パンドラ=ゲノム”。こいつを人間に投与すると、その人間の遺伝子を書き換え、より高次元の生命体へと進化させる。」
残酷な真実を、淡々と説明する。
「俺たちと同じ、”怪人”へと。」
「……そんなっ。」
キララの瞳が、恐怖へと染まり始める。
「まぁ待て、驚くのはここからだ。」
悪意が、嘲笑う。
「お前たちに問おう。これを投与された人間は、どんな怪人になると思う?」
その場にいる全員に、ザイードは声を届かせた。
それを冷静に考える頭を持っていたのは、ただ1人。
「……お前たちを見るに。”強くて言葉を話す個体”か。もしくは、”その他大量の雑魚”か。」
カミーラは、そう推測する。
「そう、その通り。まぁ、お前のような種族だと、どうなるかは知らんが。」
そのまま、ザイードは説明を続ける。
「人間はこれを投与されると、9割以上の確率で”白仮面の怪人”になる。」
街を襲う、大量の怪人たち。
「そして、残りのごく僅かの確率で、俺たちのような”特別な怪人”が生まれる。」
ザイードやダース、クォークなどが、それに当てはまる。
「……その理論でいくと、お前も”元は人間”だったのか?」
「まぁ、そうなるな。」
何でも無い事のように、ザイードはそれを認める。
「とは言え、人間だった頃の記憶など、微塵も残ってはいない。考えるだけで虫酸が走る。」
彼の中に、怪人以外は存在しない。
「これは1種の救いだ。人間という下等で愚かな生き物から、怪人という上位の存在へと進化できる。なのになぜ、人間はそれを受け入れない?」
「……9割以上の確率で、あの白仮面になるんだろう? ただ奇声を上げて、人を襲うだけの獣に。」
カミーラ自身、すでに何体かの怪人を屠っており。
”おぞましい”存在であると、そう認識していた。
「アイツらに自意識はあるのか? 怪人になって、喜んでいるようには見えんが。」
「……残念ながら。白仮面の連中には、ほとんど自我がない。肉体的には、人間よりも優れているがな。」
哀れむように、蔑むように。
ザイードは白仮面の怪人を思う。
「奴らの持つ”機能”は、俺たち上位怪人の命令を聞き、それを遂行する”だけ”だ。命令が無ければ何もせず、一日中突っ立っているだろうな。」
「……そんな存在に、ミレイを変えたのか。」
説明を聞けば聞くほど。
カミーラの中には、あらゆる負の感情が湧き上がってくる。
その間も、変異は起き続け。
苦しむミレイの瞳が、”赤い輝き”を放ち始める。
「ミレイちゃん、だめ。」
キララが必死に抱き締めるも。
その想いだけでは、現実は止まらない。
「あぁ、1つ言い忘れていた。さっきの、ほとんどが白仮面になるという話。あれは”男の場合”だ。」
「なに?」
「悲しいことに、女は細胞との適合率が”極端に低くてな”。白仮面になれるのすら、全体の1割程度。」
「――”残りの9割は、破裂して死ぬ”。」
「……は?」
彼が何を言っているのか。
他の誰も、理解できない。
理解をしたくない。
「白仮面の連中とは戦ったな? あいつらは倒された後、どうなった? 真っ黒な、”ドロドロの塊”に変わっただろう。」
カミーラたちの脳裏に、その光景が思い出される。
「あれは自らの形状を保てなくなった結果だ。適合率が低いとああなる。」
怪人は嘲笑い。
「そして、この娘もな。」
最悪の未来を告げる。
良くて隷属化。
悪くて即死。
「……そんなの。」
どちらにしろ、ミレイの意識は消えてしまう。
その事実に、キララは耐えられない。
「まぁ。運が良ければ、白仮面程度にはなれるだろう。」
想像した通りの未来になり。
ザイードは勝利に余韻に浸る。
「そうしたら、こう命令してやる。”目の前の女と戦え”、と。」
悪意は、とどまる所を知らない。
「さあ、そうなったらお前たちはどうする? かつての友であった存在を、その手で殺せるか?」
それこそが、最も残酷な方法であると確信するように。
「――これだから、怪人はやめられない。」
ザイードの表情は、恍惚に満ちていた。
「……あぁ、ミレイちゃん。」
キララの腕の中で。
黒かった彼女の長髪が、”真っ白”に染まっていく。
ザイードの話した説明とは、真逆の方向へと。
ミレイは、変異する。
「良い表情になったな。」
キララだけでなく。
カミーラとソルティアの顔を見て。
たまらなく、ザイードは笑う。
「さぁ、絶望するが良い!!」
両手を広げて。
楽しいショーの始まりを、高らかに宣言した。
だが、しかし。
そんな彼の思惑とは裏腹に。
周囲には、静寂が満ちる。
絶望故に、声の一つも出ないのか。
そう考えるも。
ようやく彼は、異常に気づく。
「……随分と、変異が遅いな。とっくに怪人化するか、破裂しても良い頃だが。」
未だに、髪の色しか変異していない。
そんなミレイの様子に、違和感を覚える。
ザイードは、彼女たちのそばへと近づき。
「おい娘、一体何をしている?」
ミレイの髪を掴み、その顔を上げさせた。
すると。
”輝ける真紅の瞳”が、ザイードを睨みつける。
「――いったいなぁ。」
髪を引っ張られた痛みで。
ミレイは怒りを口にした。
そんな、彼女の言葉に。
思わずザイードは後ずさる。
「なんだ、その瞳は。なぜ怪人化しない? なぜ人間としての姿を保っている。」
理解できない存在を、彼の脳が拒絶する。
「……まさか、”完全に適合した”のか?」
輝ける真紅の瞳に、色素を失った髪の毛。
ミレイの変化は、それだけだった。
「あ、有り得ない。こいつが、こんな奴が、”あの方”の。」
怪人の定義。
”その存在理由すら揺るがしかねない存在に”。
彼は、戦慄を覚える。
「――うるっさいなぁ。」
変異が終わり。
ようやく自由になった体で、ミレイは立ち上がる。
「怪人だか何だか知んないけど。お前の命令なんか、聞くわけが無いだろっ!!」
これまでの、全ての鬱憤を晴らすように。
ミレイは大声で言い放つ。
その声、その瞳の輝きを正面から浴びて。
ザイードの胸の奥で、何かが脈動した。
その同時刻。
死した狼王の身体が、再び動き出す。
「こっちはまだ、負けてない。」
それが正しいという確信を持って。
ミレイは黒のカードを出現させる。
守るための力を、その手に願った。
◆
花の都の外、広大なる草原にて。
パーシヴァルと呼ばれていた存在は、幻想のように消えてしまい。
代わりとして、全くの別人が出現する。
――それは、若く美しい女性だった。
全体的に色素が薄く、髪も瞳も銀色で。
氷のように冷たい視線は、全てを見透かすように。
「なにそれ、変身かなんか?」
姿かたちだけでなく。
身に纏う魔力すら、全くの別物。
「若くなったし、”壊しがいのある顔”になったな。」
人形のように整った、その女の顔を見て。
怪人、ダースは笑う。
だが彼女は、怪人の戯言には付き合わない。
「――悪いが。無駄話の時間は、もう終わりだ。」
その場で、右手を前に向けて。
何かを掴むような動作をすると。
それと同時に。
何もない空間に、ダースは身体を掴まれる。
「う、ぐっ。何だ、これ。」
空中で、持ち上げられる形になり。
ダースはもがこうとするも、その力には抗えず。
女は冷たい視線で、それを見つめている。
「――”何でも無い”。ただこの世界にあるものに、お前は殺される。」
今度は、左手に魔力を収束させて。
命を刈り取るための魔法を発動させる。
だがしかし。
捕らえた怪人の”真横”に。
先程までは居なかった、”メイド服の女性”が立っていることに気づき。
彼女は攻撃を止めた。
「……”マキナ”か。いくらお前でも、流石に速すぎではないか?」
メイド服を来た女は、彼女の知り合いのようで。
その視線が微かに、柔らかくなる。
「数日前に。ほんの一瞬ですが、”陛下”の魔力を感じたので。アンテナを張っていました。」
メイド服の女性、マキナはそう答えた。
(なるほど、あの時か。)
つい先程まで、パーシヴァルであった彼女は。
”可愛い弟子”に、初めて魔法を教えた時のことを思い出す。
「それにしても、お取り込み中の様子で。」
マキナはそっと顔を動かし、捕らえられたダースを見る。
「この、個性的な方は?」
「異世界からの侵略者だ。これから殺す。」
「……なるほど。」
マキナは事情を察すると。
捕らえられた怪人に、そっと笑みを向け。
「――でしたら、これでよろしいですね。」
「は?」
その瞬間、何が起こったのか。
ダースには理解が出来ず、情けない声を漏らした。
ただ、分かっているのは。
”切断された首”から、おびただしい量の血液が溢れ出ていること。
そしてそれを、何故か地面から見つめているということ。
「……相変わらず、手が早いな。」
「優秀な懐刀であると、そう自負していますので。」
怪人の命を、一瞬の内に奪い取り。
マキナは自らの主人の元へと足を運ぶ。
「――お久しぶりです、”セラフィム陛下”。」
その場で膝を付き、頭を垂れる。
「あぁ、半年ぶりくらいか。」
”皇帝セラフィム”は、久方ぶりに家臣との言葉を交わした。
「……”色々と”、質問したいことはありますが。」
「そうだな。わたしとしても、”その格好”には疑問を抱く。」
なぜ、彼女がメイド服を着ているのか。
セラフィムには理解が出来なかった。
マキナは無表情のまま、小さく溜息を吐く。
「貴女の指示で着ています。もっと、”まともな影武者”を用意してください。」
「ふっ、それはすまんな。」
他愛のない会話をしながら。
セラフィムとマキナは、街の方に目を向ける。
その中心からは、眩い光が溢れてた。
怪人たちのそれとは違う。
どこか安心するような、そんな”力”の出現を感じ取る。
「……街へ向かうぞ。」
戦いは、終結へと近づいていた。
◇
ミレイには、知る由もないことだが。
黒のカードは、”自分以外の誰かの為に使う時”、その真価を発揮する。
過去も未来も、世界すら超えて。
遥か彼方の運命を引き寄せる。
それ故に。
他者の持つアビリティカードとは、”根本的に異なる力”を顕現させる。
いつもより、ずっと大きな光の輪が発生し。
その中から、新たなるカードが出現する。
黄金に輝く、2枚目の”4つ星カード”。
――その名は、”RYNO”。
目の前の困難に、打ち勝つためのカードであり。
ミレイはカードの力を解き放つ。
すると、彼女の小さな右手に。
機械じみた、”真っ赤なガントレット”が装着される。
手の甲に当たる部分には。
ミレイの瞳にも似た、真紅の宝石が嵌め込まれていた。
そのフォルムに。
思わず指パッチンをしたい衝動に駆られるも。
ミレイは格好良く、ガントレットを構える。
だが、しかし。
『――ヘイ! ヘイ! ヘイッ!! こりゃあ、楽しそうな場所に呼び出してくれたなぁ!!』
場違いなハイテンションボイスが、ミレイの”ガントレットから”鳴り響く。
『このライノ様の、破壊の炎を見せつけてやれ!!』
(……めっちゃうるさい。)
思わぬ機能に、ドン引きするミレイだが。
「まぁ、いっか。」
とりあえず、ガントレットの声は無視して。
改めて、目の前の敵と対峙する。
「――これで、戦える。」
”真っ白な髪と、輝ける真紅の瞳”。
そして右手には、”新たな力”を装着し。
怪人ザイードとの、”最終決戦”が始まる。