表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1日1回ガチャ無料!  作者: 相舞藻子
花の都の冒険者
22/153

絶望の劇毒





「ソルティアさん、これを使ってください。」


 怪人との決戦を前に。

 キララは懐から取り出した”瓶”をソルティアに渡す。



「……これは、毒か何かですか?」


 瓶の中身は、黒くてドロッとした液体だった。



「はい。人間や動物相手なら、ほぼイチコロだと思うんですけど。」


「まぁ、”アレ”に効くかどうかは微妙だな。」



 怪人、ザイードとクォーク。

 双方ともに、凄まじい”魔力”を纏っている。



 魔力とは、魔法の原動力となるだけではなく。

 それそのものが、”万能物質”と呼べるほどの力を持っている。


 持ち主の願いを叶えるだけでなく。

 無意識下でもその性質は機能し。


 高い魔力の持ち主ともなれば。

 身体能力や、免疫力の向上。果てには”不老”などの効果も発揮する。


 それ故に。

 高位の魔獣等には、致死性の超猛毒すらも意味を成さない。



「それでも、無いよりはマシでしょう。」


 気休め程度になればいいと。

 ソルティアは瓶の中身を刀身にぶっかけた。



「向こうも、律儀に待ってくれてるからな。そろそろ行くか。」



 持てる力は、全てその手に揃っている。


 ソルティアは刀を。

 キララは弓を。

 カミーラは、魔法で生み出した”光の槍”を構え。


 怪人との決戦に臨む。









 各々の武器を構え、対峙する3人の戦士を前にして。


 ザイードは腕を組んだまま、その表情を歓喜に染める。



「何とも貴重な体験だ。向こうの世界では、怪人と戦おうとする女は皆無だった。」


 記憶の残っているのは、”絶望”に染まった女たちの表情のみ。



「どうやらこの世界には、強い女が多いらしい。」


 彼らに立ち向かおうとする、3人の女戦士たち。


 手にする得物も、種族すらもバラバラだが。

 抗おうとする視線だけは、真っ直ぐ同じものだった。



「……お前たちならば、あるいは”あの方”の。」


 ザイードは静かに呟く。



「アガガガッ!」


 門を守る怪人。

 クォークも同様に戦闘態勢に入る。



 だが。


「クォーク! お前程度の知能では、”殺さずに手加減”するなど不可能だろう。黙って、扉を守っていろ。」



「……グギギ。」


 ザイードの指示を受け。


 クォークは大人しく、その力を鎮めた。




 ゆっくりと、ザイードが前へと歩き出し。

 単独の身で、キララたちを迎え撃つ。




「――来るがいい、女ども。」




 カミーラは翼で。

 ソルティアはその脚で。


 同時に、左右からザイードを狙う。


 出し惜しみ無しの全力。

 それぞれの最高速度を持って。


 正面からは、キララが魔法の弓で狙い撃つ。



 隙の無い布陣であったが。



 左右からの攻撃は、その両腕で軽々と受け止められ。


 渾身の魔力を込めたキララの矢も。

 容易く蹴り落とされてしまう。



「フッ。」


 ザイードが、両腕を横に振ると。


 たったそれだけで、カミーラとソルティアは吹き飛ばされた。



「馬鹿力め。」


 砕かれた光の槍を再構築し。

 今度はそれを、思いっきり投擲する。


 だが、ザイードはそれを見ることなく掴み取り。


 その手で容易く握り潰す。


「フフフフ。まともな戦いをするのは久しぶりだ。」



 再び、ソルティアが刀で斬りかかるも。


「なっ。」


 僅か1本の指で、それを受け止められる。



「もっと俺を、楽しませろ!」



 無数の魔法の矢が、ザイードの胴体に命中し。

 空気すら凍てつかせる、強烈な冷気が襲いかかる。



 だが。


「――ウォオオォォッッ!!」



 ただ、気合を込めるだけで。

 燃えるようなエネルギーが、ザイードの身体を包み込み。



 魔法の冷気だけでなく。


 周囲にある全てを、吹き飛ばした。



「チッ、額面通りの化け物か。」


 衝撃から顔を守りながら。

 カミーラは吹き飛ばされないようにこらえる。



「まるで、刃が立たない。」


 ソルティアも、打つ手なしであった。



 キララも2人と同様に、苦い表情で立ち尽くし。


(……ん?)


 それでも、彼女だけが。


 この場へと向かってくる、”もう1人”の存在に気づいていた。


 悟られないように。

 その手に、静かに魔力を蓄える。




 怪人相手に、一方的に遊ばれる。

 その最中にも、異界の門は開いたままであり。


 次々と、雑魚怪人たちが街へと流れて行く。


 その様子を見ながら、カミーラは悔しさに顔を歪ませる。


(あっちの化け物を先に倒したいが、流石に無理があるか。)



 本心では、門を守る方を優先して狙いたい。

 だが、そんな真似をすれば、ザイードも黙ってはいないだろう。


 真っ赤で鋭い瞳は、常にこっちの動きを把握している。




 だが、そんな彼の頭部に。


 彼方から放たれた、”高威力の弾丸”が直撃する。




「――なに?」


 弾丸は、角へと命中し。

 ザイードの首を、僅かばかり傾けた。


 彼がゆっくりと振り向くと。



 その視線の先では、ライフルを構えた1人の少女、”ミレイ”が立っており。



 次々と、弾を連射していく。


 だが、命中精度は”さほど無く”。


 たとえ当たったとしても、少々痒くなる程度なため。

 ザイードは回避行動を取らない。



「銃、だと? どういうことだ。」


 剣と魔法の世界に似つかわしくない、そのスナイパーライフルを目にして。

 ザイードの意識は、その好奇心へと向けられ。



 油断した彼のもとに。

 屋根から降り立つ、”最強の魔獣”が強襲する。



「なにっ!?」


 殺意を込めて、フェンリルは大きな顎を開き。

 ザイードを吹き飛ばしながら、その身体に喰らい付いた。




「――今だ、門番を狙え!」


 彼女たちの行動は素早く。



 カミーラは光の槍を、ソルティアは刀を構え。


 門を守る怪人、クォークへと奇襲を仕掛ける。



 だが。


「グゲガガアアッ!!」


 彼は強力なエネルギーバリアを展開し。

 2人の奇襲を、完璧に塞ぎ切る。



「チッ。」


 彼も、紛れもなく怪人の1人であり。

 生半可な魔力や、剣撃では打ち勝てない。



 だがしかし、それでも。

 このチャンスが来ると信じて。



 魔力を蓄える者がいた。



 輝かしいほどの魔力を、たった1本の矢に込めて。


 キララは冷静に、狙い撃つ。



「――これでっ!」



 解き放たれた魔法の矢は、美しい螺旋を描きながら進んでいき。

 強固なバリアを、いとも容易く貫通すると。



「アガ。」


 クォークの心臓を、一点突破で撃ち抜いた。




 死した怪人が、地面に崩れ落ちる。




「――やった。」


 指を震わせながら。

 ようやく届いた一発に、キララは歓喜の声を漏らした。





「クソッ。」


 ザイードは、激しく身体をよじらせ。

 食らいついたフェンリルを、やっとのことで振りほどく。



 僅かに呼吸を荒らげながら。

 彼が顔を上げると。



 フェンリルを従えるミレイに、弓を構えるキララ。


 カミーラとソルティアも、同様に五体満足に立っており。



 門を守っていたはずのクォークのみが、仰向けでその亡骸を晒していた。



「……あのクズめ。こうも容易くやられるとは。」


 仲間を失った悲しみなど、彼の中にはなく。

 ただ苛立ちのみが積み重なる。



「ふっ。」


 カミーラが魔法陣を展開すると。

 無数の光の槍が発生し。


 門を塞ぐような形で、その槍を固定させた。



「とりあえず、これで大丈夫だろう。」


 雑魚怪人がいくら集まっても、束になった光の槍を突破することは出来ない。



 壊すことの出来る存在は、目の前にいるザイードのみ。

 そして、彼を倒すべく。


 この場には、ほぼ全ての戦力が集結していた。




「ミレイ、こいつは手強い。フェンリルのそばを離れるなよ。」


「……りょ、了解です。」


 ミレイとフェンリルも、油断なく対峙する。



 だが、そのような状況にあってなお。

 ザイードは焦りの1つも見せない。



「……まさか。これで形勢逆転だと、そう思っているのか?」



 どれだけ格下が集まった所で。

 ”絶対的な強者”には、抗いようが無いのだから。




「――図に乗るなよ人間ども。俺がいつ、”本気”を見せた!」




 ”戯れ”はこれにて終わり。

 この日初めて、ザイードは明確な敵意を抱き。



 その力を、覚醒させた。








 花の都の外。

 少女たちとの修行を行った草原で。



「……街に居る方も。まさか、これ程の力を持つとは。」


 パーシヴァルは、街から流れる不穏な空気を感じ取る。



「ザイードだな。アイツも”隊長クラス”の中だと、結構やる方だから。」


 彼女と対峙する形で。

 怪人、ダースが呟く。



「まぁでも、俺の方が強いけど。」



「……隊長クラス? 貴方の世界には、それがもっと居るのですか?」


「あぁ? そりゃそうだよ。俺らクラスの怪人なんて、普通にゴロゴロしてる。」



 何気ないことのように、ダースは言う。

 それが、向こうの世界の常識のように。



「幹部より上ともなると、更に”別格”だぜ? 俺なんて簡単に消されちまう。」



 彼の話を聞いて。

 パーシヴァルは戦慄した。


(この強さの化け物が、他にも大勢? もっと強いのも?)



 その口から出る言葉が、全て真実であるとは限らない。

 だが、もしも本当だとたら。




――”そんな世界と、決して戦ってはならない”。




「……完全に、判断を間違えたか。」


 ”声色”が変わり。

 パーシヴァルは、覚悟を決める。



「たとえ街を犠牲にしてでも、真っ先に門を壊すべきだった。」



 その身を包んでいる、”邪魔な魔法”を脱ぎ去って。


 パーシヴァルは真の姿をさらけ出す。



「へぇ、そっちも全力ってことか。」


 彼女に対抗するように。



 ダースもその全身を輝かせ。

 持ちうる力の全てを開放する。




 大地が、空が。


 揺れていた。











 角に、輝きが宿り。


 全身から溢れる魔力、その質が変わる。



 それだけの変化だというのに。

 ミレイたちの目には、微かに”恐怖”がチラついた。



「――くっ、フェンリルッ!!」



 それでも、負けるはずがない。

 そう言い聞かせながら。


 最強の魔獣をけしかける。


 その鋭い爪と牙なら。

 どんな敵をも倒せると信じて。



 だが、それを見つめるザイードの瞳は。

 相も変わらず、赤く冷たいままで。




 その右手に、ドス黒いエネルギーを収束させる。




「……あ。」


 歴戦の勇士であるカミーラが、思わず言葉を失うほど。

 ”圧倒的な力”を宿したソレを。




「――”デッドボール”。」


 迫りくるフェンリルの顔へと、ぶち当てた。




 その、インパクトの瞬間。

 視界を埋め尽くすほどの光と、耳を壊さんとする爆音が弾け。




 ミレイたちはただ、その威力に堪えることしか出来なかった。




 衝撃が収まり。


「……何なんだ、今の一撃は。」



 彼女たちはゆっくりと目を開くと。


「――え?」



 信じられない光景を目撃する。




 力の爆心地は、全てが崩壊しかけており。


 手をかざした状態で、ザイードは立っていた。



 その目の前では、フェンリルが4本の足で立っているものの。




――あるべきはずの”頭部”が、無惨にも吹き飛んでいた。




 体を制御する機能、命はとうに失っており。


 ゆっくりと、重い身体が地面に倒れる。



 それを、目の当たりにして。



「……あ。」


 ミレイは思考が追いつかず、その場で立ち尽くす。



 だが、敵は目の前にまで迫っていた。



「おいっ、逃げろっ!!」


 カミーラが声を荒げるも。


 彼女がそれを認識する頃には、すでに遅く。



 ザイードの右手が、ミレイの首を掴み。

 そのまま持ち上げる。



「うぐっ。」


 ミレイは必死に抵抗するも。

 力の差は歴然であり。



「フフッ。」


 ザイードは愉快そうに笑う。



「……この世界では、”それなり”に強い獣だったのだろうが。俺の敵ではなかったな。」



 ミレイが、敵の手に捕らえられた。


 その事実に、キララの脳は一瞬にして煮えくり返る。



「――ミレイちゃんを、離せッ!!」



 先程の一撃を遥かに超える、”破壊的な魔法の矢”を生成する。



 だが、それを放つ前に。



「おっと、これでも撃てるのか?」


 ザイードが、ミレイの身体を盾にすることで。

 その攻撃を、根本的に無力化する。



「くっ。」



 そうなってしまっては。

 キララにはもう、どうしようもなかった。




「そうだ。それで良い。」


 愚かな人間を諭すように、ザイードは微笑む。



「中々に、愉快な余興だった。怪人に立ち向かおうとする人間は、向こうの世界では皆無だったからな。」



 彼の脳裏に浮かぶのは、破壊し尽くされた世界の姿。



「殆どの人間が、悲鳴を上げ、泣き叫び。生き残るためなら、他者をも犠牲にし。意地汚く這いつくばる。」



 怪人である彼には、それが酷く醜く思えていた。



「だが最後には、みな”絶望”する。その表情が、何とも美味なることか。」



 自身を睨む、ミレイの顔を見て。

 それが歪むのを想像する。



「それと比べたら、お前たちにはまだ余裕がありそうだ。何をすれば、その心を挫ける?」



 怪人からの問いに。

 彼女たちは答えない。



「”この娘の首でも折れば”、少しは変わるだろうか。」



 ザイードは、小さく呟いた。









 その一言だけは、決して許容し切れず。



「……そんな事をっ。」



 酷く憎しみのこもった瞳で、キララはザイードを睨みつける。



「フッフッ、冗談だ。それでは大して面白くならない。」



 彼は嘲笑う。



「そもそも俺たち怪人に、”人を殺すことは許可されていない”からな。」



 そう言いながら。

 彼はミレイを掴んだまま、広場の中央へと歩いていく。



「……っ。」


 その手に、命を握られているため。

 誰も、手出しをすることは出来ない。



 ザイードは、異界の門の側まで行くと。


 心臓を貫かれ死亡した、もう1体の怪人の亡骸をまさぐった。



「おお、無事だったか。」


 目当ての物を発見し。ザイードは喜びの声を上げる。



 手に取ったのは、細長いペン型の注射器。

 中には、”真っ白な液体”が入っていた。



「フッフッフッ。」



 その液体のもたらす”結末”を想像して。

 ザイードは笑いを堪えきれない。




「”最も残酷な方法”で、その心を折ってやろう。」




 そう言って。


 ザイードは手に持った注射器を、ミレイの首に突き刺した。



「――あっ。」



 異なる世界の劇毒が、その身体に流れ込み。


 全てを白く、染め上げた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ