黒の衝撃
その街は、無惨にも崩壊していた。
建物や道路、目につくものは全て壊れており。
再び光が灯ることもない。
水道やガス、電気などのインフラは途絶えて久しく。
文明は今、終わりを迎えようとしていた。
静寂が支配する、崩壊した街の中で。
1人の男が、周囲を警戒しながら進んでいた。
服装はボロボロで。
その顔は恐怖に怯えている。
男は慎重な足取りで、ゆっくりと道を行く。
だが、微かな物音が聞こえて。
男はそれに反応すると。
すぐさま身をかがめて、近くの物陰に隠れた。
怯えた小動物のように。
立派な人間の大人が、静かに息を潜める。
すると、ヒタヒタと、足音が近づいてくる。
足音の数は1つではなく。
複数の存在が男の居た方へ向かってくる。
それは、人ではなかった。
姿かたちこそ、人のそれに近いものの。
全身が真っ黒な肌に覆われ、発達した筋肉を有している。
数体は居るであろうそれは、全員が真っ白な仮面のようなものを身につけており。
その出で立ちは、不気味でしか無い。
彼らこそ、男が恐れるモノの正体であり。
男は息を潜めて、恐怖が去るのをひたすらに願った。
しばらくすると、足音は遠くへと消えていき。
男は安堵のため息を吐く。
ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡すと。
「……危なかった。」
もう危険はない。
そう、判断し。
だが、
「そう思うか?」
声が聞こえた。
そう思った瞬間にはすでに遅く。
男は何者かに首を掴まれ、そのまま持ち上げられた。
その腕は非常に力強く。
男がどれだけ暴れようと、動く気配すらない。
「フッフッフ。」
その声の主は、先程の白い仮面の怪人たちとは違い。
しっかりと顔を持ち、体つきや色も異なっていた。
何よりも特徴的なのが、頭部にそびえる2本の大きな角であり。
人に仇なす、まさに悪鬼であった。
「うぐぐ。」
必死に男が抵抗するも、全くもって抜け出せず。
「随分と活きが良いな。」
角の怪人は、愉快そうに笑う。
「安心しろ。お前も、他の奴らと同じ場所へ連れて行ってやる。」
男を地面に放り投げると。
仮面を着けた怪人たちが集まり、男を拘束する。
そのまま、この場を後にしようとする怪人たちであったが。
角の怪人が何かに気づき。その足を止める。
振り返ると。
そこには、何らかの現象で空間が歪んでおり。
どこか、”別の場所”へと繋がろうとしていた。
「何だ、あれは。」
それは彼らにとっても、新たなる存在との遭遇であり。
怪人は真っ赤な瞳で、それを見つめていた。
◇
「ミレイちゃん、正気なの? そんな依頼を受けるだなんて。」
「大丈夫だって。」
ジータンの冒険者ギルドにて。
ミレイが1枚の依頼票を手に取り、それをキララが不安げに見つめていた。
「それに、この依頼主は知り合いだし。」
ミレイが手に取った依頼票。
その内容は、
――
Fランク『女性限定 絵のモデルになって欲しい』
天に選ばれし僕は、たまには絵を嗜むのさ。絵の題材はそう、背の小さな女性。モデルになってくれる冒険者を募集するよ。
報酬金 500G
アルトリウス・ジータン
――
「……どう考えても、”アウト”な依頼じゃない?」
キララからしてみれば、この依頼票は呪いのアイテムと同義であり。
蛆虫に通じる何かを感じていた。
「でもさ、要は背の低い女の絵を描きたいってだけでしょ? ならわたしがうってつけだし。」
だが、依頼主の名前からして。
ミレイはこの依頼を危険なものとは思っていなかった。
「ふふふ。もしもわたしが来たら、どんな顔をしやがるかな。」
「つまり、この依頼主は、ミレイちゃんの知り合いってこと?」
「そうだよ。なんか、”変な感じのバカ”。」
そんな具合で、ミレイは何も考えていなかった。
「……じゃあ、もしかしてこれって、ミレイちゃんを”呼ぶため”の依頼なんじゃ。」
だが、キララのアンテナは鋭く。
依頼主の顔を想像して、すでに拳を握っていた。
「うわぁ、デッカイなぁ。」
依頼主、アルトリウスの家は、領主の家だけあって大きかった。
屋敷の鐘を鳴らすと。
「あぁ、冒険者の方ですね。」
使用人であろう、年配の女性が出迎えてくれる。
「坊ちゃまは、庭の方にいらっしゃいますので。」
「あ、はい。どうもです。」
(坊ちゃま呼びか。)
使用人の女性に連れられて。
ミレイとキララは、屋敷の庭へとやって来る。
庭へ到着すると。
そこには木に繋がれたハンモックがあり。
アルトリウスはその上に乗り、優雅なお昼寝タイムを満喫していた。
「こんな時間から昼寝してやがる。」
異世界上級ニートに、ミレイは感心する。
ミレイ達の到着に気づいてか。
アルトリウスの瞳が開き、ゆっくりと身体を起こすと。
彼女たちの方へ目を向ける。
「やあ、ミレイじゃないか。この僕に何か用かな?」
「お前、ギルドに依頼を出しただろ? 絵のモデルを募集するって。小さい女の冒険者なんて他に居ないから、わざわざ受けてやったんだよ。」
「いやいや、むしろこれは予想通りさ。」
「予想通り?」
「ああ。君には感謝しているからねぇ。超レアアイテム、スマートフォンを譲ってくれたのだから。」
アルトリウスは懐からスマートフォンを手に取り。
かっこよく決めポーズを取る。
「僕は悩んだ。この溢れんばかりの感謝を、どうやって君に伝えようかと。そしてピンときたのさ。」
髪をファサッとし、ウインクする。
ミレイは馬鹿を見るように笑っていたが。
隣のキララは、恐ろしいほどに無表情である。
「この有り余る才能を使って、君という存在を1枚の絵画へと写し出そうと――」
気持ちよく、自分に酔うアルトリウスであったが。
そこへ、キララが前へ出て。
彼の胸に、そっと手を添える。
「……ちょっと、いいかな?」
「えっ、いや。」
キララの眼光は鋭く。
アルトリウスはたまらず口を閉ざす。
するとそのまま、2人は庭の奥の方へと行ってしまい。
「ん?」
ミレイは首を傾げた。
強烈な壁ドンを食らい。
「――ひぃ!」
アルトリウスの顔は恐怖に染まる。
キララの瞳は、眼力だけで人を殺せそうだった。
「ミレイちゃんと2人きりになって、なおかつ絵を描きたい? いい度胸だね、キミ。」
「うっ。」
その迫力に、アルトリウスは動けない。
(何なんだこの子は。こ、怖い!)
生まれて初めての、命の危機である。
「いつの間に知り合ったのかは知らないけど。これは流石に、黙ってられないなぁ。」
その瞳には魔力が宿っており。
本当に、人を呪い殺せそうだった。
「ミレイちゃんとの関係を、ゆっくりと、根掘り葉掘り、教えてもらうから。」
「ひ、ひぃぃ!」
声にならない叫びが、誰にも届かず消えていった。
暇で、ミレイが地面をつついていると。
ようやく、2人がそこへ戻ってくる。
キララはいつもと変わらない笑顔で。
何故か、アルトリウスの顔は真っ青だった。
「どうかしたの?」
「ううん。トイレの場所を聞いてただけ。」
「なんだ、そんなことか。」
無論、そんな訳はない。
「それで、絵のモデルだろ? 余裕でやってやんよ。」
ミレイはもう、完全にその気だった。
だが、アルトリウスの顔は引きつっており。
キララの方を気にする様子だった。
「――い、いやぁ。そう思ってたんだけど、やっぱり気が変わってねぇ。」
「ん?」
「君は背も低いし、愛嬌もあまり無い。おまけに美しくないから、絵のモデルとしては不十分かなぁ。」
「は、はぁ!?」
なぜ、そこまで言われないといけないのか。
(……この野郎、気持ち悪い顔しやがって。)
顔色が悪いのは、完全に別の理由だが。
ミレイは怒り心頭である。
「とは言え、依頼を破棄するのも何だし。代わりに、彼女をモデルに絵を描くよ。」
本人的には、絶対に御免被りたいが。
彼に選択肢はなかった。
「報酬もちゃんと払うつもりだから、安心してくれたまえ。」
「……なん、だと。」
よく分からない内に話が進んでいく。
「じゃあ、ミレイちゃん。”これ”の相手はわたしがするから、先に師匠の所に行ってて。」
「あ、あぁ。うん。……了解。」
不満は残るものの。
「じゃあね、キララ。」
ミレイは渋々、その場を後にした。
(……愛嬌も美しさも無いって、そこまで言うかね。)
解せぬ思いのまま。
ミレイが去っていき。
それと同時に、アルトリウスは冷や汗を流す。
「――ほら、絵を描くんでしょ? 行こっか。」
「は、はい。」
死神の言葉に。
彼は頷くしか無かった。
花の都近くの草原にて。
「……はぁ。いくらキララが可愛いからって、ああもあからさまに目移りするなんて。」
先程のアルトリウスの対応を受け。
「許すまじ、あの変態め。」
ミレイは、そう思い返していた。
「それはそれは、ひどい話ですね。」
パーシヴァルも大まかな話を理解して。
(その人も、災難でしたね。)
今頃、地獄の時間を味わっているであろう依頼主を哀れんだ。
そんな、雑談を挟みながら。
ミレイは初歩的な魔法の訓練を行っていた。
内容は、初日と何も変わらない”水の生成”。
毎日、繰り返し行っていた成果か。
小さな塊程度なら安定して生み出せるようになっていた。
ただし、未だにそこ止まりであり。
空中で動かしたり、形を変えたりなどは出来ない。
集中力が切れて。
水が地面に落下する。
「はぁ、むずい。」
思い返せば。
初日の段階で、すでにキララは水をほぼ自在に操っていた。
それを比べたら、もはや雲泥の差である。
何をどうしたら、ああなるのか。
いくら頭で考えても、答えは出ない。
そうやって、苦悩するミレイを見て。
「分かりますよ、その気持は。」
パーシヴァルは優しく微笑む。
「どちらかと言うと、わたしもミレイさんと同じでしたから。」
「師匠が、わたしと同じ? まさか。」
「ふふ。あまりにも不器用だったので。わたしの師匠からは、”呼吸すらセンスが無い”と、よく言われていました。」
「へぇ。」
果たして、センスのある呼吸とは何なのか。
「でもやっぱり、地道な努力が必要ってことですよね。」
「それはもちろんです。何事も積み重ねですから。」
初日の惨状と比べれば、ミレイも米粒程度の成長は見せている。
キララという天才と、一緒にいるからこその悩みであり。
修行はまだ、始まったばかりである。
「それに、ミレイさんは異世界の出身ですからね。”魔法なんて有り得ない”、という意識が、どこかで働いているのかも知れません。」
「そう、なんですかね。」
確かに、20年も科学の世界で暮らしてきて。
魔法とはつまり、ファンタジーの中、ゲームの中の世界にしか有り得ない存在だった。
美しき、花の都を見つめながら。
自分はまだ、この世界には馴染んでいないのだと。
ミレイは思ってしまう。
そうやって、何気なく街を見つめていると。
突如、鋭い閃光が視界に広がり。
激しい音と共に、街に雷が降り注いだ。
「……ビックリした。」
予期せぬ落雷に、ミレイは驚く。
「こんなに天気も良いのに。なんか珍しいですね。」
そう、のんきに呟くミレイであったが。
「――いいえ、今の落雷は。」
パーシヴァルの瞳は、確かな驚きに染まっていた。
◆
「アガガガガッ!!」
花の都の中心部。
活気づく時計広場にて。
その身に落雷を浴びながら。
1体の”怪人”が、狂ったような雄叫びを上げていた。
花の都。
というよりも、”この世界”には似つかわしくない光景であり。
事実その怪人は、紛れもない異物であった。
「おい。嬉しいのは分かるが、やかましいぞ。」
街に現れた怪人は、その1体だけではない。
「ガアア。」
雷を浴びていた、ボロボロのフード姿の怪人と。
鬼のように、恐ろしい角の生えた怪人。
そして彼らに続いて、もう1体。
「何でも良いだろ。そのへんの雑魚より、ずっと役に立つんだし。」
手足の長い、痩せ型の怪人が立っていた。
彼らの背後、広場の中心部には。
光り輝く次元の扉、”異界の門”が開いており。
この世界と、彼らの世界とを繋いでいた。
どこからともなく現れた。
3体の、異質な怪人を目にして。
ジータンの人々は戸惑う。
わかりやすい魔獣でも無く。
それでいて、人間とも言い難い。
無論、既存の亜人種でもない。
彼らが何者なのか、誰にも分からず。
故に広場は、不穏な空気に包まれる。
そんな、人々の表情を見て。
「ダガガガアア。」
フードの怪人が、笑うような声を出す。
「あぁ、人間どもがウジャウジャと。こうまで集まると、もはや気持ちが悪いな。」
角の怪人は、害虫を見るような視線を送る。
「俺は生まれてから、まだ日が浅いからな。こんな大群を見るのは初めてだ。」
痩せ型の怪人は、周囲の光景に目を輝かせる。
「あの方の命令が無ければ、全部殺して遊びたい。」
「それは俺も同感だが。」
ジータンの住人たちは、怪人たちのことを測りかねていた。
「楽しむ前に、役目を果たすぞ。」
「ガガガアアア。」
だが怪人たちの目的は、最初から決まっていた。
「来いッ、雑魚どもッ!!」
角の怪人の一言と共に。
異界の門の先から。
白仮面を着けた、真っ黒い肌の怪人たちが出現する。
何体現れるのか、数えることなど無駄と。
同じような怪人たちが、軍勢のように押し寄せてくる。
この街を、世界すら侵食しようとする、悪性細胞のように。
黒き、大軍勢の出現である。
「良いか! 男も女も、なるべく殺すなよ。全員、”工場送り”だッ!!」
角の怪人の声に従い。
白仮面の怪人たちが、一斉に周囲に散っていく。
叫び声が聞こえて。
それが連鎖していくのに、時間は掛からなかった。
怪人たちは人々を捕えるべく駆け回り。
その恐怖に、人々は逃げ惑う。
美しき花の都が、一瞬にして地獄絵図へと変わった。
「フハハハハハッ!! 壮観だな。これ程の絶望を、また味わえるとは!」
悲鳴をその身に浴び。角の怪人は震え上がる。
「アガガガアア!!」
「ふっ。」
角の怪人だけでなく。
フードの怪人も、痩せ型の怪人も、同様に喜びを感じていた。
「じゃ、俺は空から確認してくるから。」
痩せ型の怪人、その身体の複数箇所が”発光”すると。
ふわりと、宙に浮かぶ。
「”クォーク”は、扉が閉じないよう見張っとけよ。」
「アガガガ。」
痩せ型の怪人が、フードの怪人に指示を出す。
「”ザイード”、後は任せた。」
「俺に指図をするな。」
角の怪人にも、同様に指示を出すも。
彼はそれに反発する。
「ふっ。」
だが、気にすること無く。
痩せ型の怪人は、空へと向かっていき。
「ん?」
だが、何かを察し、その動きを止めた。
彼の鼻先を、鋭き槍が通り過ぎる。
「――ちょっと待った。」
槍の出どころに目を向けると。
そこには、この街を背負う大男、ギルドマスターの姿があり。
確固とした意志を持って、怪人たちに立ちふさがる。
その手元に、投げたはずの槍が戻ってくる。
「……拳銃やライフルじゃなくて、槍かよ。くっそファンタジーじゃん。」
痩せ型の怪人が笑う。
「見るからに、文明レベルも低そうだ。」
ゴミを見るように、角の怪人が呟く。
「雑魚ども、あれを捕まえろ。」
その命令に従って。
怪人たちがギルドマスターに群がっていく。
だが、その大軍を前にしても。
ギルドマスターは怯まなかった。
「――フンッ!」
圧倒的な力を見せつけるように。
横薙ぎの一閃で、怪人たちを吹き飛ばす。
力の差は、歴然であった。
「ほぅ。人間とは思えん力だ。」
見物するだけでは飽き足らず。
角の怪人が前に出る。
「おい人間。お前はこの世界では強いのか? それとも弱いのか?」
「さぁな。その身で味わったらどうだ?」
ギルドマスターが槍を突きつける。
「フッ、まぁいい。その”恐怖”で、確かめるとしよう。」
拳を握り。
怪人と、冒険者が対峙する。
どこからか聞こえてくる、人々の叫び声。
「おやおや。何だって言うんだ? この騒ぎは。」
スケッチという名の尋問を止めて。
キララとアルトリウスは、街の混乱に目を向ける。
「さっきの落雷で、火事でも起こったのか?」
アルトリウスはそう予想するものの。
「ううん。そんなんじゃない。」
キララは機敏な感覚で、そのプレッシャーを感じ取っていた。
街の中心部で。
何か、とんでもない事が起こっている。
「――行かないと。」
考えるより前に。
キララの足は動いていた。
「ちょ、ちょまっ。」
状況をまるで理解できず。
けれども、少女を放っておけない。という、なけなしの男らしさを発揮し。
アルトリウスもその後を追っていく。
恐るべき、地獄への入り口へと。
◇
怪人の群れが、襲いかかってくる。
「ひ、ひぃぃ。」
情けない声を上げながら。
アルトリウスが、我が身を抱き締めるも。
無数の魔法が放たれ。
その威力の前に、怪人たちは為す術なく倒された。
キララの弓が冴え渡る。
「もう、なんで付いて来ちゃったの?」
「いやまさか、こんな化け物が居るとは思わないだろ!?」
本当なら、気にせず放っておきたいが。
この黒い化け物たちは、躊躇なく人々を襲ってくる。
彼一人では、とても逃げることは出来ないだろう。
(ここで見捨てたら。きっと、ミレイちゃんも悲しむよね。)
それ故に、判断を下す。
「……はぁ。絶対に、わたしから離れないで。」
本当に、非常に不本意だが。
キララは彼を守ることを決意した。
そうして、アルトリウスという重荷を背負ったまま。
キララは広場の方へと向かっていき。
「――え。」
そこで、驚くべき光景を目にしてしまう。
粉々に砕かれた、見覚えのある”槍”。
建物が崩れて。
その中では、血まみれのギルドマスターが倒れていた。
そして、それを成したであろう。
角の怪人が、ただ右の拳を握っている。
「一撃でこれとは、脆すぎる。」
角の怪人の身体には、傷どころか、塵1つ付いていない。
「所詮は人間か。」
その恐怖の存在を、キララは瞳に映す。
「……そんな、ギルドマスターが。」
彼は、確かな実力者であった。
この街の冒険者の中では紛れもないトップであり。
こと接近戦においては、並ぶ者無しと言う程に。
魔法を習得した今のキララでも、勝てるかどうかは怪しい相手であった。
そんな彼が、たったの一撃で倒された。
あまりにも容易く。
児戯に等しいと言わんばかりに。
(……敵う相手じゃない。)
相手との実力差を、キララは肌で実感していた。
それ故に。今取れる手段は、気づかれる前にこの場を立ち去ること。
だったのだが。
「――くっ。」
すでに、角の怪人はキララの存在に気づいており。
その真っ赤な瞳で、彼女を見つめていた。
(これは、逃げられないかなぁ。)
そういう次元の相手ではないと。
キララには分かっていた。
故に、この場で取れる最善策を選ぶ。
「……アルトゥースさん」
「……アルトリウスだ。」
「そこに隠れて、じっとしていて。それで、”完全に物音が消えたら”。後は頑張って生き延びて。」
「き、君はどうするんだ?」
そう問われて。
すでに答えは決まっている。
これまでの全て。
今ある覚悟を解き放ち。
燃えるように、全身に魔力を滾らせる。
「――戦う。」
たとえ、手足を失ったとしても。
この身体が止まることはないだろう。
どんなに気に食わない奴でも、キララは見捨てることが出来なかった。
大切な彼女の顔が、脳裏に浮かんでしまうから。
「ふぅ。」
恐怖を押し殺し。
キララが未知なる脅威に挑む。




