灼熱の戦い
β−Earth
■■■の手帳
20XX年7月2日
怪人軍団とかのせいで、日本はもう滅茶苦茶。
学校も休みだし、友達と遊びたい。
20XX年8月15日
アメリカや中国、ヨーロッパでも大規模な戦争をしているらしい。
避難所生活もつまんない。ほんと世紀末。
20XX年9月11日
安全な所なんてどこにもない。子どもたちのためにも、わたしがしっかりしなくちゃ。
”スカルレンジャー”が、きっと助けてくれるはず。
◇
機嫌よく。
リズミカルな鼻歌が聞こえてくる。
花の都から少し離れた、とある草原。
そこには人の姿もなく。
魔法やら何やら。修業をするのには、うってつけの場所であった。
大きな木の下で、何枚ものアビリティカードを地面に広げて。
ミレイとキララが、あーだこーだと話し合う。
どれをどう使ったら効果的なのか。
キララの魔法でこんな事が出来るとか。
熱心に話し合う2人を、その師匠であるパーシヴァルが見つめている。
木の根元に腰を落ち着かせて。
のんきに鼻歌を奏でながら。
ワイバーンの討伐クエストから、数日が経ち。
こうして、彼女に様々な教えを請うのが、ミレイたちの日課になっていた。
無論、細かなクエストもこなしつつ、ではあるが。
そんな、和やかな雰囲気の中。
彼女たちのもとに、1人の訪問客が訪れる。
端正な顔立ちと、美しい黒髪ながら。常に無愛想を振りまく、ギルドの受付嬢。
ソルティアである。
「あれ、ソルティア?」
「何の用だろう。」
ミレイたちは疑問に思うも。
彼女が用があるのは、彼女たちではなく。
木の下でくつろぐ、1人の魔女。
「パーシヴァルさん、ギルドマスターからの連絡があります。」
そう告げられ。
ようやくかと、パーシヴァルは腰を上げる。
「それで、どうなりましたか?」
「はい、――アセアンの冒険者は、件の地でメビウス由来の魔獣と遭遇。それと交戦するも、撃破には至らず。魔獣はその後進路を変え、花の都へと進行中とのことです。」
「……なるほど、一番面倒な方向に転がりましたか。」
そう言いつつも、魔女は微笑む。
「ギルドはこの事態を、”Aランク超え”の緊急クエストと認定しました。」
Aランク超え。
その単語に、ミレイたちの表情は驚きに変わる。
「引き受けて、くださいますか?」
ソルティアの顔は真剣であり。
対して、パーシヴァルの余裕は変わらない。
「ええ、もちろんです。元々、それが目的で来たようなものですから。」
2人の会話は、滞り無く進んでいき。
状況の掴めないミレイたちは、呆然と話を聞いている。
「それで、敵はどういった魔獣ですか?」
「確定ではありませんが。報告から察するに、”ブラスターゴーレム”かと。」
「……ブラスターゴーレム。あぁ、よく燃えるやつですか。」
パーシヴァルは、そう軽々と口にするが。
「アセアンの冒険者達は、”近づくことすら”出来なかったそうです。」
敵は、強大な魔獣である。
「優れた魔法使いとして。名の知れた貴女なら、討伐も可能ということですか?」
「ええ、もちろん。それは容易いことですが。」
パーシヴァルは笑みを浮かべながら。
その場にいる、もう2人の方に目を向ける。
「?」
ミレイたちは、揃って首を傾げた。
「今回、実際に戦うのは彼女たちに任せようと思います。」
その言葉を聞いて。
「そんなぁ!」
ミレイは思いっきり不満を口にした。
「Aランク超え、ですよねぇ。」
キララも、苦笑いでそう呟く。
「はい。」
当然だと言わんばかりに、パーシヴァルは笑顔であった。
しかしその考えに、ソルティアは顔をしかめる。
「……確かに、”4つ星の力”があれば、不可能ではないと思いますが。」
フェンリルを用いて、ブラスターゴーレムを倒す。
そういうことだろうと、ソルティアは予想するが。
「いいえ。お二人には条件として、”フェンリルの使用を禁止”とします。」
パーシヴァルは、その最大の武器を取り上げた。
「ええっ、そんなぁ。」
「結構きついかも。」
ミレイ達からは不満の声が漏れる。
「師匠命令です。これも、修行の一環と思ってください。」
「うへぇ。」
そう、言いつつも。
ミレイ達のの表情には”微かな自信”が滲んでおり。
それを不安とは思っていなかった。
「これをしっかりと果たせれば。2人の実力を認めて、特別な”ご褒美”を与えましょう。」
「「ご褒美!!」」
2人はその言葉に強く反応する。
「……よくカジノの話とかしてたよな。」
「……うん。何万ゴールドとか。」
カミーラとパーシヴァルの話を、度々盗み聞きして。
2人は何となく、確信していた。
この師匠、”実はお金持ち”なのではないかと。
「「頑張ります!!」」
それほど、お金に頓着はしないが。
貰えるなら、”それはそれで嬉しい”ものである。
そんな、師匠と弟子の様子を見ながらも。
ソルティアの表情は優れない。
「……流石に、無謀ではないですか? いくら貴女の教えが良くても、数日でそこまで腕が上がるとは。」
かつて、カミーラから教えを受けたこともあり。
ソルティアは魔法を習得することの難しさを知っていた。
「お二人が心配ですか?」
「いえ、そうではなく。」
あくまでも、そっけない態度をする彼女の様子を見て。
パーシヴァルは笑みを浮かべる。
「でしたら、貴女がお二人を見ていてください。」
「……はい?」
「しっかりルールを守っていたかどうか。後で、教えて下さいね。」
「あ、いえ。そんな面倒なことを――」
ソルティアは、断ろうとするも。
「――では、失礼します。」
その一言を最後に。
小さく微笑むと。
パーシヴァルの身体が”無数の花びら”へと変化し。
そのまま周囲に散ってしまう。
あまりに、幻想的な魔法に。
3人はあっけにとられた。
「……空間転移、でしょうか。」
「どうなのかなぁ。」
多少、魔法の心得のあるソルティアとキララにも、その仕組みはまるで理解できず。
「もしくはずっと、花の塊と話してたか、だな。」
魔法のまの字も分からないミレイは、そう適当に呟いた。
案外、それが当たっているとは思わずに。
3人の若き女性たちを乗せて。
フェンリルは広大な野原を駆けていく。
その身体能力から生み出される速度は、まさに風そのものであり。
珍しい体験に、ソルティアも微かに楽しげであった。
「この速度なら、敵との遭遇にそれほど時間は掛からないでしょう。」
背中に乗る順番は、前からミレイ、キララ、ソルティアの順となる。
「本当に、この魔獣抜きで戦うつもりですか?」
フェンリルの戦闘能力は確かである。
それ単独でも、ブラスターゴーレムと対峙できるほどに。
だが、それ抜きで。
こんな新人2人がAランク超えの相手に立ち向かう。
ソルティアからしてみれば、とても正気とは思えなかった。
「まぁ、師匠にそう言われちゃったから。」
「ご褒美もあるしね〜」
しかし2人は、その脅威を理解出来ているのか、いないのか。
ソルティアには分からなかった。
「ブラスターゴーレムは、ろくに研究もされていない未知なる魔獣です。その生態や弱点も、未だに解明されていません。」
淡々とした口調ながら。
ソルティアは真剣に、2人に警告する。
「それでも確かなのは、地上に生息する魔獣とは”比べ物にならないほど強い”という事です。正直な話、ワイバーンに勝って浮かれている程度で、戦えるような相手ではありません。」
それが、自分たちを心配しての言葉であると。
ミレイ達にも理解っている。
「……大丈夫だよ。魔法だけじゃなくて、戦いにおける重要なことも、師匠からちゃんと教わってるから。」
その師匠が、2人に任せると決めたのである。
故にミレイ達は、慢心するのではなく。
自信を持って、戦いに挑もうとしていた。
「……少なくとも、”キララは”強くなったから。」
「あはは。」
その言葉を、本当に信じて良いのか。
どうにも、ソルティアには判断できない。
「……はぁ。」
深い溜め息が、風と共に消えていく。
◆
凄まじいほどの熱気に包まれて。
周囲一帯に陽炎が見える。
あらゆるものが蒸発していき。
草花も、その命を枯らしていく。
それは、人に対しても例外ではなく。
ミレイ達一行は、すでに全身に汗をかきながら。
灼熱の中で立ち尽くしていた。
「あ、あちぃ。」
「……あはは。」
ミレイとキララはその暑さに明確な危機を感じており。
ソルティアも黙りつつ、暑さに必死に堪えていた。
「敵が、近い証拠ですね。」
あまりに暑すぎて。
ソルティアの言葉に誰も反応しない。
喋るごとに、大切な何かが失われるような気がしていた。
「ほら、来ましたよ。」
遙か視線の彼方。
ゆっくりと、けれども着実に。
燃え盛るナニカが、こちらへと向かって来ている。
一歩踏み込むごとに、大地が悲鳴を上げ。
その恵みを奪っていく。
大きな体は、そのものが1つの発熱器官のようで。
”超高温”の輝きを放っていた。
その姿は、まるで”歩く火山”のようであり。
「……あれが、ブラスターゴーレム。」
明確なる脅威であると、ミレイ達に告げていた。
だが、迫りくる敵を前にしても。
その表情は変わらない。
「――”冷やして、ズドン”かな。」
「そうだね。」
ミレイとキララの作戦は、それだけ。
「駄目だったら、もっと冷やしてズドンで。」
「おっけー!」
一体、なにがおっけーなのか。
ソルティアには分からなかった。
「じゃあ、わたしは左から回り込むから、ミレイちゃんは正面からお願いね。」
「うぃ。」
それにて作戦会議は終了であり。
キララは走って、攻撃場所へと向かっていった。
「さて、と。」
戦闘準備の為。
ミレイは”2枚”のアビリティカードをその手に持つ。
カードは2枚とも、3つ星ランク。
1枚目は、おなじみの”パンダファイター”で。
もう1枚は、一昨日新しく入手したカード。
”イルル族の大盾”である。
その2枚のカードを、同時に具現化し。
巨大な盾を装備した、パンダファイターが出現する。
――名付けて、”ビッグパンダガードナー”。
「頼んだぞ、パンダ。」
「ワンッ!」
イルル族の盾は、”高い魔法耐性”を有した盾である。
その大きさはかなりのもので。
事実、ミレイには”重すぎて”持てなかった。
そういった事情もあり。
ミレイは、カードにカードを装備させるという、自分にしか出来ない戦法を取ることにした。
「……日を追うごとに、カードが増えていってますね。」
「あ、あはは。」
ナチュラルに、複数枚のカードを使い。
ソルティアに呆れた視線を向けられる。
「まぁ、怪我には気をつけてください。顔見知りに死なれては、流石に夢見が悪いので。」
「了解!」
新たに展開した、”魔導式スナイパーライフル”を肩に担ぎながら。
ミレイは、戦場へと足を踏み入れた。
「ふぅ。」
少し場所を移し。
ソルティアは2人の戦いを見学する。
それなりに距離があるにもかかわらず。
あまりの暑さに、汗が滴る。
「接近戦主体のわたしや父では、太刀打ちできなかったかも知れませんね。」
ブラスターゴーレムの周辺は、全てが蒸発していき。
もはや、人の活動できる領域ではない。
「お手並み、拝見です。」
あの2人が、どうやってこの脅威に打ち勝つのか。
ソルティアはその行く末を見届ける。
その魔獣に、意思は在るのか。
強烈な熱気を放ちながら。
ブラスターゴーレムは歩み続ける。
人を殺すのが目的なのか。
大地を壊すのが目的なのか。
果たしてその空虚な瞳に、目的など存在するのか。
誰にも理解されず。
破壊生命体は進んでいく。
――突如、鋭い音が鳴り響き。
高威力の”魔力弾”が、ゴーレムの頭部に命中する。
頭を吹き飛ばすことはなかったものの。
微かに、体の一部が砕けた。
どこからの攻撃なのか。
それを確認する間もなく。
続けざまに、弾丸が打ち込まれ。
それを明確な”攻撃”であると判断し、ゴーレムは防御態勢へと入った。
「流石に硬いな。」
地面に寝そべって。
ミレイはライフルで、敵の身体を狙い撃つ。
しかしながら、防御態勢に入った敵の身体は、こちらの銃弾をいとも容易く弾き返す。
「はぁ。骨が折れる。」
溜息を吐きながら。
ミレイは、弾を連射していく。
だが相手も、黙って受け続けるつもりはなかった。
ゴーレムは防御態勢を解くと、口に当たる部分にエネルギーを収束させ。
お返しとばかりに。
膨大な熱エネルギーを、”炎弾”として発射した。
「……マジか。」
そう呟きつつ、ミレイは慌てない。
高熱の炎弾は精確な弾道でミレイの元へと飛来するも。
その間に、盾を構えたパンダが割って入る。
強烈な一撃が、大盾に阻まれ。
パンダの腕力もあり、それを完璧に防ぎ切った。
「良いぞ、パンダ。」
敵も強大だが、こっちの力も負けていない。
「とは言え、もっとダメージを与えないとな。」
ちまちま狙撃を繰り返しても、ブラスターゴーレムを打破することは叶わない。
だがこちらには、”もう1人”がいる。
「――頼むぞ、キララ。」
ミレイを敵と認識して。
ブラスターゴーレムはその移動速度を速める。
そんな標的に向けて。
狙いを定める者が1人。
純度の高い、魔力の矢が数発放たれ。
ゴーレムの右腕部に着弾。
一瞬にして、右腕部が”凍り”ついた。
「やっぱり、あれが発熱器官なんだ。」
弓で狙うキララの瞳には、すでに敵の弱点が見えていた。
敵の心臓部、両腕の根元付近に。
特に温度の高い部分が存在していた。
そしてそれが、あの”超高熱”の出処である。
ブラスターゴーレムの熱は、未だ衰えず。
全身の温度をさらに上昇させ、凍りついた部分を一瞬で解凍する。
だが、それも予想通りであり。
キララは高速で駆けながら。
敵の発熱器官に向けて、次々と氷の矢を命中させていく。
それに対し、ゴーレムも何とか反撃しようとするも。
遠方から放たれるライフル射撃によって。
その活動全般を阻害されてしまう。
魔法の矢と、銃弾の雨に晒せれて。
ゴーレムはその場で身動きが取れない。
その変化は、着実に周囲へと広がっていき。
「……空気が、冷えていく。」
見届人であるソルティアも、それを感じ取っていた。
ミレイ達が、ブラスターゴーレムとの戦いを繰り広げる頃。
花の都ジータン。
カミーラ邸にて。
「しかし、Aランク超えの魔獣を、あの2人に任せるとはな。たった数日の修行で、そこまで腕が上がったのか?」
「いえいえ。わたしが教えたのは、ほんの基礎学程度ですよ。」
カミーラとパーシヴァルの2人は、共に魔法を展開し。
何らかの”アイテム”を作製していた。
「あの2人の持つポテンシャルは、想像を遥かに超えています。Aランク程度の魔獣など、その”才能のみ”で、きっと圧倒できるでしょう。」
故にパーシヴァルは、弟子の勝利を何一つとして疑っておらず。
今はその力のすべてを、彼女たちへの”ご褒美”へと注いでいた。
冷え切ってしまったゴーレムの身体を、パンダが大盾でぶん殴る。
それによって、体勢が大きく崩れ。
キララは、大量の魔力を”1本の矢”へ練り込むと。
それを射出。
激しい衝撃とともに。
ゴーレムの右腕部を完全に吹き飛ばした。
それでも、ゴーレムは未だに活動を止めず。
残った左腕で、地面を思いっきりぶん殴る。
その衝撃で、近くにいたパンダが吹き飛ばされる。
だが、その衝撃と土煙の間を縫うように。
”フォトンバリア”を展開したミレイが、ゴーレムへと接近。
その手に握られた”ザザの斧”を、思いっきり振りかざす。
「――これでも、食らえ!」
鋭い斧の一撃は、ゴーレムの心臓部へと直撃し。
奥にある重要な何かを、打ち砕いだ。
それが、ゴーレムの最後の生命線だったのだろう。
空虚な瞳は、完全にその輝きを失い。
二度と、動くことはなかった。
「「やったー!!」」
ミレイとキララは全力で喜びを分かち合う。
力強く抱き合ったり。
そのまま、片方をぐるぐる振り回したり。
「……す、凄い凄い。」
遠心力でフラフラになりながらも。
ミレイは喜びを噛みしめる。
「こんなのまで倒しちゃうなんて。」
自身の魔法によるものとは言え。
キララはこの光景を、未だに信じられなかった。
「これはもう、一気に”Bランク”くらいに上がってもいいんじゃない?」
これは素晴らしい戦果だと。
勝ち誇るミレイであったが。
「――いえ。残念ですが、そういう制度はないので。」
やって来たソルティアによって、その夢は打ち砕かれる。
「お二人は明日からも、”Fランク”のままです。」
「あはは。ですよねー。」
キララは、当然のように分かっていたが。
「うぐぐ。」
ミレイは、ランクが上がると思っていた。
「まぁ、お二人の頑張りも、最近は評判ですからね。”ランクアップ”も、そろそろ近いかと。」
評価する立場である、ギルド側の彼女に言われて。
「はぇ〜」
「なら、嬉しいかな。」
一歩一歩、実力もランクも上げていく。
2人の冒険者は。
少しずつながらも、それを実感していた。
未だ、勝利の余韻に浸る2人を見ながら。
ソルティアは、先程の戦いを思い出す。
(酷く、荒削りではあるけれど。確かに、太鼓判を押されるだけのことはあった。)
連携の仕方も、魔法やアビリティカードの使い方も。
より経験を積んでいけば、更に精度も上がるだろう。
(――もしもわたしが、あの”2人と一緒に”戦っていたら。)
あの中に混じって、”刀を振るう自分”を想像して。
ソルティアはすぐさま、その考えを振り払う。
(……何故、こんな気持ちに。)
その輝きに触れたくて。
けれども、今は”まだ”。
◇
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■■■の手帳
20XX年10月7日
スカルレンジャーと怪人との戦いに巻き込まれて、1週間以上意識を失っていたらしい。
みんな、わたしを心配してるかも。
20XX年11月3日
ようやく包帯が取れた。
両足が無いのは不便だけど、みんなの分も生きなきゃ。
20XX年12月24日
スカルレンジャーが壊滅した。
”黒の帝国”を止められる者は、もうこの世界にはいない。




