兆しと、再会
誤字報告等、ありがとうございます。
β−Earth
■■■の手帳
20XX年4月19日
ニュースで、大量殺人とか、誘拐がどうとか言ってた。
どのチャンネルもそのニュースばっかで、なんだかお祭りみたい。
20XX年4月28日
銃で撃たれても死なない、”怪人”だって。
なんか凄そう。
20XX年5月10日
例の怪人のせいで、子供とか女の人が誘拐されてるっぽい。
怖いなー
◇
花の都ジータンへと続く街道。
平坦で穏やか、暖かい日差しの元で。
「――はぁ、はぁ、はぁ。」
ミレイはひたすらに、走り続けていた。
生まれてこの方、まともに運動に取り組んだことはなく。
学校のマラソン大会では、常に最下位争い。
おまけにパワーも貧弱である。
当然ながら、走り方のフォームなども滅茶苦茶であり。
すでに息切れ状態で、脇腹を押さえながら走っていた。
「――ひ、ひぃ。」
もはや、走っているというよりは、止まらないようにしている、と言うべきであろう。
ちょっと歩くのが速い人、程度のスピードである。
そんな、ミレイのもとに。
彼女の召喚獣である、フェンリルが近づいてくる。
その背中には、パーシヴァルがまたがっていた。
「ミレイさん、”魔力”を全身に巡らせてください。でなければ、身体能力の強化は見込めません。」
「はぁ、はぁ。……わ、分かってはいるんですけど。」
ミレイはもう、走るだけで精一杯であり。
パーシヴァルの助言に従う余裕など無かった。
これも、修行の一環である。
昨日、ミレイの魔法訓練に限界まで付き合った結果。
パーシヴァルはほぼ全ての魔力を使い果たし、馬車の構築すらもままならなくなった。
そのまま、魔力が回復するまで待つのも無駄と判断し。
パーシヴァルは街への帰還がてら、2人に修行を課す事にした。
その内容は、魔力を応用した”身体能力の強化”。
ギルドマスターなど、一流の強者なら誰しもが会得している技術である。
この技術も、魔法同様にセンスを問われるものであり。
キララはとっくにコツを掴み、ミレイの遙か前方を走っていた。
もとより、その片鱗を見せていた影響もあるのだろうが。
ミレイとキララの間には、明確なまでの差が存在しており。
その様子を見ながら、パーシヴァルはどうしたものかと考える。
「ミレイさん。移動に使えるカードは、他には無いのですか?」
フェンリルの背には、パーシヴァルが乗っており。
おまけに胴体には、ワイバーンの首が繋がれている。
修行ということを抜きにしても、全員を乗せる余裕は無い。
「えっと、あるっちゃあるんですけど。」
「でしたら、ぜひ使ってみてください。アビリティカードの力も、れっきとした”貴女の一部”なのですから。」
そう、師匠からの指示を受けて。
ミレイは、自身の持つ2つ星のカード、”電動スケートボード”を召喚する。
「……大丈夫かなぁ。」
今までの人生で、1度たりとも、こういった乗り物に乗ったことはなく。
おまけに街道は、大して舗装されていない。
怪我をしないように祈りながら。
ミレイはスケートボードを起動した。
「――ハッ、ハッ。」
ミレイが、電動スケートボードによる巻き返しを図っている頃。
キララは純粋に、その身一つで、さらなる境地へと至ろうとしていた。
淀みない魔力が、全身の隅々まで行き渡り。
ひたすらに身体を強くする。
もとよりキララには、ワイバーン相手に”単独で勝ちを拾える”だけの能力が有った。
天才的なセンスと、微かに魔力を帯びた体力によって。
だが、それはあくまでも、”原石”が磨かれる前の話であり。
それを自覚した今のキララは、凄まじい勢いでその才能を開花させていた。
あの日、苦戦した異界の存在をも、遥かに凌駕するほどに。
「ふぅ。」
立ち止まって、振り返ると。
ミレイたちの姿はどこにも見えず。
キララは夢中になって、走り過ぎたのだと気づく。
そのまま、1人で進み過ぎても暇なため。
キララはその場で一休みし、2人の到着を待つことにした。
その手に魔力を纏い。
昨日学んだ、魔法の基礎を復習する。
すでに、生み出した水の塊を、ワイバーンと瓜二つに変形させることを可能にしており。
その卓越した集中力で、動きをも模倣していく。
この先も、”彼女”の隣りで戦っていくために。
ただ立ち止まるという選択肢は、キララには存在しなかった。
舗装されていない街道を、スケボーに乗ったミレイと、フェンリルに乗ったパーシヴァルが疾走する。
「……うっ。」
スケボーは、時速40kmに迫るかなりの速度で走行しており。
車の運転すらしたこと無いミレイにとっては、とてつもない恐怖であった。
だが、幸か不幸か。
その恐怖は、唐突に終りを迎える。
「……あれ?」
何の操作もしていないのに、スケボーの推力が落ちていき。
ついには完全に、その機能を停止してしまう。
「どうか、しましたか?」
パーシヴァルが不思議そうに尋ねるも。
ミレイは黙ったまま。
静かに、スケボーの実体化を解く。
「……エネルギー切れです。」
電化製品であるがゆえに。
それは、アビリティカードであっても、抗いようのない宿命であった。
カードの色は薄くなっており。
恐らくは、これが元に戻る頃には充電が終わっているという具合であろう。
先はまだ遠く、キララの姿も見えない。
スケボーのおかげで、ある程度の体力は回復したものの。
バランスを取るのに必死だったため、足はもう限界だった。
「――くっ。」
キララのように、魔力で身体を強化しようとしてみるも。
ほんの僅かに力を感じる程度で、すぐに感覚が消え去ってしまう。
「……師匠。わたしの魔力って、機能してますか?」
自信が湧かず、問いかける。
「そうですね。魔力は、確かに宿っています。その”潜在量だけ”で考えるなら、キララさんをも上回る才能です。」
そうでなければ、”複数のアビリティカード”を所持することは不可能であろう。
「ですが致命的なまでに、貴女本人との”相性”が悪い。性格的な問題か、もしくは別の要因か。」
それは、熟練の魔法使いであるパーシヴァルにも分からなかった。
「兎にも角にも。キララさんのように、すぐに実践レベルで機能させるのは、難しいかも知れませんね。」
皆が皆、同じ要領で成長できるとは限らない。
人はそれぞれ、”異なる長所”を持っているのだから。
「他には、使えるカードは無いのですか?」
「そう、ですね。強いて言うなら、パンダが1匹居るんですけど。今は街の方に居るので。」
「……なるほど。どうやら、アビリティカードの仕組みを、まだ完全には理解していないようですね。」
「どういう意味ですか?」
「アビリティカードは、正確には”所有者の一部”であると考えられます。手や足と同じように、その繋がりは常に途切れること無く存在している。故に所有者が望めば、カードはその手に戻ってきます。」
その話を聞いて。
ミレイは、ギルドマスターと戦った時のことを思い出す。
「確かに。ギルマスの槍が、パッて空中で止まって、手元に戻って来てたような。」
「あー。あれは”そういう能力”なので、気にしないでください。」
ギルドマスターのアビリティカードは、3つ星ランクの”ガリバーランス”。
手放しても、遠隔操作が可能という能力を宿している。
「いつもと変わらずに。その手に望めば、カードは姿を現します。」
その助言の通りに。
ミレイは手をかざし、その手にカードを呼び寄せる。
すると、他のカードと何ら変わらず。
パンダファイターのカードが出現する。
「ホントだ。こんなに距離が離れてるのに。」
カードは体の一部という。その言葉の意味を、ミレイは理解する。
「複数のカードを持つ。それは貴女だけの長所です。ならばそれを、最大限活かしていきましょう。」
無理に、不得手な魔法を覚える必要は無い。
優れた冒険者になる道は、ただ一つとは限らないのだから。
「――よしっ、行くぞパンダ!」
新たなる移動手段として。
ミレイは意気揚々と、パンダファイターを召喚した。
同時刻、カミーラ邸にて。
巧みなフライパン捌きで、パンダが昼食の調理を行っていた。
その背中を、カミーラが欠伸がてらに見つめている。
だがその最中、突如としてパンダの姿が消失し。
制御を失ったフライパンが宙を舞う。
カミーラはただ、呆然と眺めることしか出来ず。
そのまま、無惨な音が鳴り響いた。
「……わたしの昼飯が。」
まさに悲劇である。
◆
遠くの木を見つめながら、キララは弓を構えている。
その手に矢は握られていない。
けれども、何かをつがえる動作のまま、ひたすらに集中力を高める。
すると、徐々に”その形”が出来上がっていく。
物質的な硬度を有すほど。
高密度の魔力で編まれた、”魔法の矢”が。
その完成を、確信すると同時に。
キララは矢を解き放つ。
鋭い音が、鳴り響いて。
目標としていた木には、”大きな風穴”が空いていた。
「――素晴らしい魔法です。」
その妙技を間近で見て。
パーシヴァルは素直に弟子の成果を褒め称える。
「つい昨日、魔法に目覚めたばかりだと言うのに。あれ程の一撃を放つ魔法使いが、この世にどれだけ居ることでしょう。」
そう絶賛するほど、キララの放った一撃は凄まじいものであった。
才能のない者では、恐らくは一生をかけても再現できないほどに。
「……そう、ですか。」
けれども、褒められたキララは、それほど嬉しそうではなかった。
心ここにあらず、といった様子で。
キララの視線は、当然のようにミレイの方へ向けられている。
疲労が溜まっているのか、突っ伏しているパンダの隣りで。
ミレイは1人、初歩的な魔法の練習をしていた。
だが、成果が上がっていないのは遠目から見ても明らかであり。
パンダを背もたれにして、すでにサボりモードへ移行していた。
そんな様子を、キララは遠目で見つめている。
「彼女のことが、気になりますか?」
「はい。」
どんなときも、意識せずとも。
つい視線が、彼女の元へ向かってしまう。
「……仲が良いというのは、素晴らしいことです。嬉しいことも、悲しいことも、何だって共有できるのですから。」
パーシヴァルは、この2人のコンビを、とても尊く感じていた。
「ですが、無理に”同じ”になる必要はありません。」
遠い視線の先で。
ミレイが黒のカードを使い、新たなるカードの召喚を行っている。
その表情から見て、今日のカードは”当たり”だったのだろう。
ミレイが、銀色のカードをかざすと。
この世界では珍しい、真っ黒な”スナイパーライフル”が出現する。
「なんだろ、あれ。」
「……恐らくは、銃のたぐいでしょうか。」
2人が見つめる中。
ミレイはおもむろに、そのライフルを構えると。
そのまま、引き金を引いた。
すると、鋭い音とともに、”光り輝く弾丸”が発射される。
弾丸は、遥か彼方へと飛んでいった。
「見た所。”所有者の魔力”を、弾丸として発射出来る銃のようですね。これで彼女は、遠距離への攻撃手段を得たという事です。」
射撃の技量にも左右されるだろうが。
その威力は、先程のキララの魔法と比べても遜色が無かった。
「下手な魔法を覚えた所で、彼女にはいずれ無駄になるでしょう。”そういう才能”の持ち主ですから。」
魔法の才能と、戦いの才能。
そして、生まれ持ったカードの才能。
それらは決して、望んで手に入るものではない。
短所も長所も、分け合うことなど出来ない。
「不安ですか? 彼女と自分との間に、様々な違いがあるというのは。」
「……わかりません。初めて出来た、友達なので。」
始まりは、理屈ではなかった。
ただ一目見て、仲良くなりたいと思ったから。
でも実際は、身体的特徴や、年齢、生まれた世界、才能、好きなものまで。
何もかもが違っていて。
今この瞬間にも、ミレイが何を考えているのかが気になって、心が浮ついてしまう。
「――大丈夫ですよ。貴女たち2人は、とても良いコンビになると思います。」
「本当、ですか?」
「ええ、もちろんです。相手のことを強く想っているのは、貴女だけでは無いのですから。」
目を向ければ。
ライフルを抱きかかえたミレイが、こちらへ向かって走ってきている。
何か話したいことがあるのか、とても楽しそうな表情で。
だが、足元がおぼつかない様子で。
そのままぺたんと、地面に転んでしまった。
「――あっ、ミレイちゃん!」
キララの動きは早かった。
すぐさま転んだミレイの元へ向かい、そっと寄り添う。
そんな2人の姿を、パーシヴァルは微笑ましく見守っていた。
「……いいですね。」
自分にも、あんな時代があったのかと。
昔を懐かしむように。
その日の夜。
パーシヴァルの魔力が戻ったこともあり。
3人はなんとか街へと帰還し、無事にクエストを終えることが出来た。
そして、カミーラ邸にて。
リビングのドアが開くと同時に、待ち構えていたカミーラが愚痴を飛ばす。
「おい、お前達。パンダを呼ぶのは構わんが、おかげでわたしの昼飯が――」
だが、ミレイとキララと。
その”後ろにいた人物”の顔を見て。
カミーラは、完全に機能を停止してしまう。
「?」
ミレイたちには意味が分からず。
唯一、パーシヴァルのみが、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「お久しぶりですね、カミーラさん。」
「……パーシヴァル? いや、”そういう事”か。」
カミーラは何かを察した様子で。
大きなため息を吐く。
「どこか、良いお店を紹介してくれませんか? 色々と、積もる話もありますし。」
「それは構わんが、わたしは飲まんぞ。」
天使と魔女。
それは思いがけない、旧友との再会であった。
◇
街外れの小さな酒場。
その端のカウンター席で。
カミーラとパーシヴァルは、隣同士に座っていた。
「で、いつから冒険者なんてやってるんだ?」
「そうですね。登録を行ったのは、20年ほど前です。」
「なるほど。ちょうど、わたしが辞めた時期か。」
「ええ、その通りです。」
パーシヴァルが酒を口にする。
「貴女がどうして辞めたのか、どうしても気になってしまって。」
そう、言葉を投げかけられても。
カミーラは表情を変えない。
「単に飽きただけだよ。何十年も同じ仕事をするのは、流石にな。」
酒は飲まないと決めているため、ただ頬杖をつくのみ。
「それに、一緒にバカをやる奴も居ないからな。」
「……それは、ええ。確かにそうですね。」
50年以上前、世界は最悪だった。
ボルケーノ帝国は他国への侵略を繰り返し、異種族への差別も苛烈。
だがそんな世界で、”変わり者の天使”と、”白き忌み子”は出会った。
「久々に、ちゃんと顔を見せてくれよ。喋り方も気持ち悪いし、”師匠の真似”をしすぎだ。」
「いえいえ、とても優秀な部下が居るので。魔力も容姿も誤魔化さないと、すぐに見つかってしまうんです。」
その身を覆う魔法を、パーシヴァルは解かない。
「今度また、遊びに来てください。貴女ならいつでも歓迎しますから。」
そうして、静かな夜は過ぎていく。
”崩壊”へと繋がる、小さな歪みに気づかずに。