星空に願いを
「う〜ん。」
唇に、指を添えながら。
ほんの少し悩ましく、キララはクエストボードを見つめている。
ボードに貼ってあるのは、どれもありきたりな依頼ばかり。
ミレイほどでは無いものの。やはりキララも、もっと冒険者らしい依頼を受けてみたかった。
「街の外にも行きたいなぁ。」
とは言え、この街のローカルクエストには、大したものは存在せず。
かと言って、遠い地のクエストは流石に敷居が高かった。
「ねぇ、ミレイちゃん。」
相方に同意を求めるも。
「ミレイちゃん?」
キララの言葉に、反応することは無く。
ミレイは、じーっと”1枚の依頼票”を見つめていた。
つい先日に貼り出された、”ワイバーン討伐”の依頼である。
クエストの難易度はBランク。
この街の冒険者には手に余る代物のため、ずっと手つかずで放置されている。
そんな依頼票を、ミレイはじっと見つめていた。
まるで、トランペットを求める少年のように。
「そんなに心配しなくても、依頼はどこにも行かないよ? どのみち、ここにいる人達には、そんな度胸も無いだろうし。」
他の冒険者達に対する、キララの評価は低かった。
「……そうは言ってもさ。こういう”手に負えない依頼”が、そのうちグローバルクエストになるんでしょ? そしたら、他の街の高ランク冒険者が、この依頼を受けることになるわけだし。」
それが、ミレイにとっての不満である。
「わたしたちがいくらランク上げを頑張っても。許可が下りる頃には、もうとっくに依頼は解決されちゃってるよ。」
「確かに、それはそうだけど。」
「そんな悔しい思いをするくらいなら、いっそのこと――」
「いっそのこと、どうするの? ”依頼票を食べちゃう”とか?」
「……いや、それは流石にちょっと。」
ミレイは少し、冷静になった。
2人が、そんなやり取りをしていると。
このギルドには珍しい、魔女のような格好をした人物が近づいていき。
ワイバーン討伐の依頼票を、その手に取った。
「ぬは!?」
まさか、依頼票を取る者がいるとは思わず。
その衝撃で、ミレイの時は止まった。
「ミレイちゃん、そんな顔しないで。」
キララが声をかけるも、ミレイには届かなかない。
依頼票を取った主、パーシヴァルは愉快そうに微笑んだ。
「もしよろしければ、”ご一緒”しますか?」
「えっ?」
まさかの申し出に。
ミレイは息を吹き返す。
「この依頼を、受けたかったのでしょう?」
「えっと。……そう、ですけど。」
確かに、それを望んではいたものの。
知らない人からの突然の提案に、ミレイは素直に首を縦に振れなかった。
相手は、人当たりの良さそうな老婆であるものの。
同様の理由で、キララも判断を決めかねていた。
そんな、彼女たちの警戒を察して。
パーシヴァルは優しく微笑む。
「わたしはパーシヴァルと言います。見ての通り、あなた達のだいぶ先輩ですが。」
そう言って、彼女は自身の登録証を提示する。
左上には大きく、”A”と描かれていた。
「Aランク!?」
「ギルドマスターと同じ?」
思わぬ高ランクの保有者に、2人は驚きを隠せない。
「ええ。見ず知らずの相手に、警戒する気持ちも分かります。ですが、ここは一つ、経験を積むと思って――」
「「――ぜひお願いします!!」」
相手が高ランクであるなら、話は別。
2人は現金であった。
◇
吹き抜ける風を、その身で感じながら。
地平線の彼方まで続く、美しき草原を見つめる。
花の都は、すでに遠く。
ミレイたち一行は馬車に乗り、目的地である”サロモ湖”へと向かっていた。
3人の乗る馬車は、ただの馬車ではない。
荷台部分も、それを引っ張っている馬も。それら全てが、”クリスタル”で出来ている。
正真正銘の、”魔法の馬車”であった。
卓越した魔法使い。
パーシヴァルにとっては、このくらい造作もない事である。
「途中、休憩を挟み。明日の昼頃には湖に着くでしょう。」
落ち着いた様子の、パーシヴァルとは違い。
「湖かぁ、楽しみだなぁ。」
「キャンプ! キャンプ! 泳げるぞ〜!」
若い2人。
主にキララは、興奮を抑えられない様子だった。
「パーシヴァルさん、魔法で水着って作れます?」
同じくミレイも、湖で遊ぶ気満々である。
「もちろん、容易いですよ。」
「「やったー!」」
水着で遊ぶ姿を想像し。
2人のテンションは最高潮に達する。
「ですがサロモ湖は、”水棲魔獣の棲み家”ですよ? 遊ぶのは構いませんが。後で、骨を集めるのに苦労しそうです。」
その、一言で。
ミレイとキララは、スッと静かになった。
「お二人共、魔獣と戦った経験はありますか?」
「あると言えば、ありますけど。」
「あれって結局、魔獣だったのかな?」
2人が思い返すのは、初日に遭遇した”異界からの来訪者達”。
結局その後、その生物は新種と認定されたため。
発見者であるミレイによって、”トリニンゲンモドキ”と命名された。
「まぁ、とりあえす。ワイバーン一匹程度なら、何の問題もないでしょう。確かミレイさんは、4つ星カードの持ち主だとか。」
「あっ、はい。」
「フェンリルっていう大っきな狼で、すっごく強いんです!」
自分のことのように、キララは自信満々である。
「なるほど。」
パーシヴァルは、口元を歪ませ。
「それも、あの”黒いカード”から生み出したのですか?」
そう、問いかけると。
「――はい。そうなんです!」
何も考えずに、キララは肯定してしまった。
だが、すぐに言葉の意味を理解し。
その笑顔が凍りつく。
「……ナ、ナンノコトデショウ。」
その一部始終に。
ミレイは思わず、ため息を吐いた。
「……なるほど。異世界の出身でしたか。」
パーシヴァルに、昨日の”カード召喚”を見ていたと告げられ。
ミレイは黒のカードが持つ特異な力と、その原因と思わしき自らの出自を説明した。
「1日1回の制限なら。現在所有しているカードは、全部で5〜6枚ですか?」
「あっ、いえ。最初はどういうわけか、10枚まとめて出てきたので。今の所、15枚くらいはあると思います。」
「すっごく、綺麗だったよね〜 いつもよりも輪っかも大きかったし。」
初めて、黒のカードを使った時。
ミレイが、身を挺して守ってくれた時の光景を、キララは今でも鮮明に覚えている。
「でも何で、あんなにいっぱい出てきたんだろう?」
「滅茶苦茶ピンチだったから、とか?」
実際に、力を振るったミレイにも。
その理由は定かではない。
そんな、2人の話を聞いて。
「でしたら、明日試してみるというのも、良いかも知れませんね。」
パーシヴァルはそんな提案をする。
「ワイバーンを相手にして、カードの力を使ってみてはどうでしょう。」
「……確かに。悪くないかも。」
ミレイは乗り気であったが。
「大丈夫かなぁ。」
キララは不安げであった。
「よし! ここは1つ、明日のために戦力を増やそう。」
そう言って。
ミレイは黒のカードを取り出した。
カードの頭上に、光の輪が発生すると。
新たなるカードが出現する。
ランクは、”星2つ”。
”お喋りタンポポ”、という名のカードであった。
「……なるほど。」
とりあえず、戦力にはならなさそうだと判断する。
けれども一応、ミレイはカードの説明文を読んでみた。
「えっと、”最果ての地に咲き誇る特殊な花。それぞれ個体差があるものの、皆等しく人の言葉を喋る”、だって。」
「喋るの!? 見せて見せて。」
今までにないタイプのカードに、キララは興味津々で。
同じくパーシヴァルも。
言葉こそ発さないものの、興味深く成り行きを見つめていた。
カードが光り。
粒子の過程を経ると。
何の変哲もないタンポポが、ミレイの手のひらに咲いた。
見た所、人面栗のように顔がついているわけではない。
「えっと、こんにちは。」
「……」
ミレイが声をかけてみるも。
タンポポに反応はなく。
「あなた、名前は?」
「……」
キララが尋ねるも。
同じく反応はない。
(……喋るアビリティカードなど、そもそも”有り得ない”のでは?)
パーシヴァルは、カードに疑いの目を向けていた。
言葉を話すということは、心があるということ。
心があるのならば、そこには”魂”がある。
だが、アビリティカードに魂は宿らない。
そこにあるのは”情報”と、どこからかやって来た”高次元の魔法”のみ。
それがこの世の摂理。
覆ることのない、”システム”なのだから。
だがしかし。
「もしかして君、喋るのが苦手なの?」
ミレイがそう尋ねると。
「……すみません。」
花は静かに、そう呟いた。
その、”まるで生物のような言葉”に、パーシヴァルは驚きを隠せない。
果たしてそれは、本当にアビリティカードと呼ばれるものなのかと。
「わぁ、かわいい声。」
「単に無口なだけだったのか。」
2人は何も、疑問に思わずに。
のんきにつついて、タンポポを愛でていた。
◆
日が暮れて。
夜の帳が下りる頃。
魔女と少女の一行は、街道沿いにある木のそばで野営を行っていた。
焚き火の真上には、巨大な極彩色の怪鳥が丸焼きにされており。
それが今晩のディナーである。
明らかに、食用とは思えない鳥であったが。
他の2人が、躊躇なく口にする様子を見て。
恐る恐る、ミレイも鳥の肉を口にした。
「――ハッ。」
すると。
想像もしていなかった旨味が、口の中いっぱいに広がる。
ほっぺたどころか、下顎すら落ちてしまいそうな。
そんな未知なる美味に、ミレイは出会ってしまった。
ミレイが1人、感動に包まれている中。
「それにしても、素晴らしい技量ですね。あれ程の距離がありながら、一発で狙撃を成功させるとは。」
「えへへ。これでも、村一番の狩人だったので。」
怪鳥を仕留めた腕を褒められて、キララは照れてしまう。
「戦闘時のスタイルも、やはり弓が主体ですか?」
「そうですね。場合によっては、毒も使いますけど。」
キララは懐に手を入れて、そこから小さな小瓶を取り出す。
中身はドス黒く。
瓶にはラベルが貼ってあった。
「あれ? 名前なんて書いてあったっけ?」
小瓶を見て、ミレイが疑問を口にする。
「うん。マロアさんに倣って、わたしも毒に名前をつけようと思って。」
「そうなんだ。」
どんな名前を付けているのかと、気になって。
ミレイが小瓶に貼られたラベルを見てみると。
文字なのかすら定かではない、”ぐちゃぐちゃ”な何かが描かれていた。
「……なにこれ。」
「キララさん、文字が書けないのですか?」
「ううん、そういうわけじゃないけど。」
キララは自信ありげに胸を張る。
「ああいう、よく分からない文字っていうのが、”カッコイイ”んでしょ?」
マロアの商品名を見て。
キララは、そう学習していた。
「……ちなみにこれ、なんて書いてあるのか分かるの?」
ミレイが、恐る恐る尋ねると。
「――ううん。”もう忘れちゃった”。」
呆れてしまうほどに、キララはお気楽であり。
「……これ、毒だよね?」
ミレイは、この毒が使われないことを切に願った。
「パーシヴァルさんって、すっごく落ち着いてるし、魔法も神がかってるし。もしかして、かなり有名な冒険者なんですか?」
「冒険者ギルドが作られたのが、確か”50年くらい前”だから。もしかして、最古参のメンバーとか。」
ミレイとキララが、揃ってパーシヴァルの秘密を探ろうとする。
「いえいえ。確かにわたしは年寄りで、ギルドが出来る前から魔法使いをやっていますが。冒険者になったのは、ほんの20年ほど前ですよ。」
彼女が歩んできた世界は、ミレイたちが生まれるよりもずっと前の話。
「それまでは、”別の仕事”をしていたんです。ですがまぁ、飽きてしまいまして。自分の目で世界を見たくて、自由な冒険者になる道を選んだんです。」
「へぇ。」
「分かります! その気持ち。」
自分の目で、世界の全てを見てみたい。
それは、2人にも共通する”夢”であった。
「世界を旅するのは、本当に素晴らしい体験です。”皇帝セラフィム”の代になってからは、”戦争”もなく、情勢も非常に安定しているので。”行きたいという気持ち”さえあれば、どんな場所へだって行けるんです。」
見た目は、年老いた魔女といった風貌だが。
パーシヴァルの世界に対する思いは、何一つとして色褪せておらず。
そんな先輩冒険者の姿に、ミレイたちは尊敬の念を禁じ得ない。
「……”戦争”、か。」
先程、パーシヴァルの口から出た言葉を、ミレイは思い出す。
前の世界でも、今の世界でも。
戦争は、ミレイが生まれるよりもずっと前の出来事であり。
”自分には関係ない”、遠い世界のお話のように感じてしまう。
「パーシヴァルさんも、昔は戦争に参加してたんですか?」
そう、問いかけると。
パーシヴァルは、何かを思い出したように。
優しく微笑んだ。
「さぁ、どうでしょう。」
それはまだ、遠い世界のお話。
◇
夜空には、美しい星の運河が流れ。
耳元には、安らかなオルゴールの音が聞こえてくる。
キララはすでに、夢の世界へと旅立っており。
けれども、ミレイは眠ることが出来ず。
1人静かに、星を眺めていた。
そんな彼女のもとに、魔女が近づいてくる。
「眠れませんか?」
「……そうですね。思ったよりも、空が明るいので。」
インドア派なミレイにとって。
外で寝るという行為は、生まれて初めてであった。
この、恐ろしいほどに美しい夜空も。
キララたちにとっては、何の変哲もないものなのだろう。
だが、ミレイにとっては。
馬車に乗って浴びる風も、
丸焼きにして食べる鳥も、
夜空を彩る星々も、
何もかもが初体験であり。
心が、それに追いつかなかった。
「どうですか? この世界は。実際に暮らしてみて。」
「……とっても、良い世界だと思います。自分という1人の人間が、”本当に生きてる”って感じがして。」
「ならば。前の世界が、恋しくはありませんか?」
パーシヴァルは、それを聞きたかった。
「貴女のように、”平和で豊かな世界”からやって来た人は、その殆どが元いた世界への帰還を望みます。娯楽も文化も、何もかもが違いますから。」
ミレイの居た世界について、詳しく聞いたわけではない。
だが、その佇まいや、表情、言葉遣いなどから。
とても暮らしやすい、平和な世界の出身だと判断していた。
「……確かに、その気持も分かります。」
今まで、全てを肯定的に受け取ってきたミレイにも、その”違い”は理解出来ていた。
懐から、お守りであるスマートフォンを取り出す。
「この道具はわたしの世界だと、”これ1つで何でもできる”、とっても便利な優れものだったんです。でもこの世界だと、”何の役にも立たない”、単なる金属の板になってしまう。」
真っ暗な画面を見つめながら。
思い出すのは、きらびやかなソシャゲのキャラクター。
「でもみんな、その現実を受け入れられなくて。いつまで経っても、こいつを手放せないんだと思います。」
「……なら、貴女は?」
ミレイは未だに、スマートフォンを手放せずにいる。
まるで、もう一度、”どこかへ繋がる”ことを望んでいるように。
だが、それが叶わぬ願いであると。
ミレイはすでに、理解していた。
「――実は昨日、”裕福そうな異世界マニア”に出会ったので。そいつに、高値で売ってやろうと思ってるんです。」
「……ふふっ。それは、いい考えですね。」
「はい! ぼったくってやるつもりです。」
その笑顔に、偽りは無い。
だが、”心残り”。
前の世界への未練は、確かにあった。
『”結婚、おめでとう”。』
親友へと向けた、たった一言のメッセージ。
それが届くことを、切に願う。




