わたし達の世界
感想等、ありがとうございました。
とある地球。
怪人という種の出現により、人類が滅亡寸前まで追い込まれた世界。
その日は、”晴天”であった。
「ほら、走って転んじゃダメよ〜」
大勢の子どもたちが、青空の下で駆け回り。女性がそれを見守っている。
怪我をしないように注意をするものの、女性の顔には笑顔があった。
一方的で、とても激しく凄惨な、破壊と殺戮の果て。
滅び去った文明が蘇るまで、一体どれほどの時と労力が必要となるのだろう。
”人の心”が戻ったからといって、全ての問題が解決したわけではない。人間とは、必ずしも善ではないのだから。良き道へと進む怪人もいれば、より悪しき道へと堕ちる怪人もいる。
人の心は、ある意味で怪人よりも残酷なのだから。
「行こうか、ザイード」
「ああ」
人が怪人へと変異したように、怪人を人に戻す方法は存在するのか。
少女と怪人は、その道を追い求める旅へ。
王が消え、神は居らず。
ここは、滅びかけの世界。
世界として、星としての繁栄は、まだ遠く。
だがしかし、それでも。
子供たちは、青空の下で笑っていた。
◆
「やることが多すぎるにゃん!!」
「仕方ないじゃない。街の防衛システムは、全部あなたの設計なんだから」
アヴァンテリア、帝都の防壁では。
冒険者タマにゃんと、受付嬢サーシャが揉めていた。
タマにゃんによって築かれた帝都の防壁は、自動展開する優れものである。
だがしかし、プロメテウスを始めとする怪人たちの攻撃には無力で、無惨にも破壊されてしまっていた。
「ここが終わったら、次は都市循環魔力の復旧作業よ」
「にゃん!?」
「あなたが設計図を残してないから、こんな面倒くさいことになってるのよ!」
「こんなに壊されるなんて、想定外にゃ〜ん!!」
なんだかんだ、帝都は活気を取り戻しつつあった。
異世界からの侵略、怪人たちの脅威は過ぎ去り。
人々の知恵と根性、魔法の力によって、世界は驚くほどのスピードで元の姿へと戻っていた。
戦いで傷を負った者たちは、すでに万全の状態で復帰し。
住処を失った赤き竜王は、どこかの空へと消えていった。
一つの問題が起きて、大きな変化があったとしても。
ここは元々、様々な文化が混ざりあった世界なのだから。
「空から大量の岩が落ちてきてる!? なんでそれをわたしに頼むのよ!」
「かなり、大規模な異界の門が発生しているらしいので。ミレイさんたちが居ない以上、フェイトさんが適任かなって」
ギルドではいつも通り、問題解決のために冒険者たちが駆り出されていた。
「門を閉じられる術者は、こちらで用意しますので……」
「――みんな、大変よ! 聖都イライザでも、門が大量発生してるらしいわ。そっちに魔法使いたちを送りましょう」
「あっ、はい! わかりました!」
門を閉じられる人材は、別の街へと送られることに。
「ちょっと、わたしの方はどうすんのよ!」
「えっと、どうしましょうか……」
多発するクエストに、受付側も大混乱。
すると、
「仕方がないですね。フェイトさんの依頼には、わたしがついて行きましょう」
刀を携えた冒険者、ソルティアが名乗り出る。
「……ソルティア。あんた、異界の門を閉じれるの?」
「大丈夫です。今のわたしなら、頑張ったら斬れそうなので」
「え」
ソルティアは自信満々だが。フェイトと、受付嬢のシャナは唖然とする。
だがしかし、今はとても忙しいので。
「で、では、頼みましたー!!」
「無理じゃない!?」
空から降ってくる大量の岩には、フェイトとソルティアが対処することに。
冒険者ギルドも、いつも通りといえば、いつも通りであった。
戦いには敗れたものの、皇帝セラフィムは無事に復帰。
帝都に集まっていた各地の強者たちも、それぞれの街へと戻っていった。
多くの人々の努力と、奇跡が重なったことで、貴重な人材は失われることはなく。
むしろ、増えた部分も。
最速を自負する幹部怪人、ソドムはこちらの世界へと残り、冒険者として活躍する道を選んだ。自らを救ってくれた少女、ミレイの助けとなるために。
武蔵ノ国では、もう一人の幹部怪人がいるという噂もある。
世界の歪み、モノリスの暴走。異界の門を起点とする事件は頻度を上げ、いずれまた、大きな戦いも起きるであろう。
だがしかし、それ以上の勢いでこの世界の人々は強くなっていく。
今回、世界を救った二人の少女。
ミレイとキララは、今この世界には居なかった。
◆◇
星を滅ぼすほどの、膨大なエネルギーの中。
キララに支えられながら、ミレイはプロメテウスにキスをした。
そんな、予想もしなかった行動に、プロメテウスは唖然とする。
「なぜ、今さらそんな事を。……僕は、もう」
「……」
その問いに、ミレイは答えない。
ただ、大粒の涙を流すのみ。
それが一体、どういう意味の涙なのか。
彼には理解ができなかったが、次第にそれが分かってくる。
(――あぁ)
思い返せば。しっかりと触れ合ったのは、これが初めてかも知れない。
唇を重ねて、相手の体温を感じ。それと同時に、プロメテウスは悟った。
壊れていく、自分という存在に。
唇から伝わるように、全身へと、崩壊の波が伝わっていく。
プロメテウスは、”自壊”を始めていた。
「ごめんね。ごめんね」
ミレイの声、あるいは想いが伝わってくる。
これこそが残酷な真実。ミレイが戦慄した、人間の恐ろしさ。
プロメテウスに対し、ミレイは特別な力を使ったわけではない。
ただ本当に、愛情表現のようにキスをしただけ。
だがしかし、それこそが”神を殺す唯一の方法”であった。
プロメテウスの創造主は、向こうの世界のミレイである。彼を構成する細胞の多くは、ミレイを元にするものが多く。ある意味で、両者は親子にも近い関係にあった。
古くより、親と子が結ばれることは許されない行為とされている。それを意識してなのかは不明だが、あちらの世界の”悪魔《ミレイ》”はセーフティを用意していた。
”ある特定のDNA”を経口摂取することで、プロメテウスという生命体は自己崩壊する。
そして、その特定のDNAの持ち主こそ、彼の創造主であるミレイそのもの。
並行人物の同一人物、パラレルツインであろうと、ミレイはミレイであり。
ミレイとプロメテウスは、広い世界で唯一、愛し合ってはならない存在であった。
他の誰でもいいのに、ミレイだけは駄目。
ミレイとだけは、繋がれない。
どれだけ、残酷な”運命”なのだろう。
人を怪人へと変えるパンドラゲノム。ミレイがそれに完全適合できたのは、単純に生物として近しかったから。
ほとんど親子のような関係なのだから、その適合率も当然のものである。
多くの人間を怪人へと変え、世界をも越えて。ようやく見つけ出した、運命の相手。しかしその人物こそが、自分を殺す唯一の毒であったとは。
人に作られし神、プロメテウス。
何のために、誰によって生み出されたのかすら知らず。それを探し求めた戦いの中で、創造主を含む多くの人々を殺し。
ようやく見つけ出した”愛”すらも、手に入れることは叶わない。
「こんなのって、ないよ」
なんと恐ろしく、悲しい運命。
これを生み出した平行世界の自分は、一体どれほどの罪人なのだろう。
ミレイはただ震え、涙するしかなかった。
相手を殺すと知りながら、”キス”という行為をしたのだから。
とっくの昔。冒険者として、戦うことを決意した時から、誰かの命を奪うことは覚悟していた。
だがしかし、まさかこんな方法で、こんな相手を殺すことになるだなんて。
「……」
自らの行いに震えるミレイを、キララは優しく抱きしめる。
大きな純白の翼を広げ、力の濁流から守るように。
そんな二人の様子を、プロメテウスは見つめていた。
支え合って生きる、”人間という生き物”を。
勝手に生み出して、勝手に終わりを設定して。決して手の届かない願いを、目の前に吊るされ続けた。
自分という罪を生み出した、おぞましい生き物。
だと、いうのに。
(――あぁ、なんて美しいんだ)
プロメテウスが抱くのは、羨ましいという感情。
お互いを支え、補い合う二人の少女。
できれば自分も、そうやって愛し合いたかった。そうやって触れ合いたかった。
ただの一人として、君たちと出会いたかった。
――”人間”として、生まれたかった。
そんな願いを抱きながら。プロメテウスは涙を一粒、その存在が崩壊していく。
星を滅ぼすほどのエネルギー、その全てを巻き添えにして。
消えゆく、一つの命。
それに手を伸ばしたのは、不思議なことに”キララ”であった。
「どうして、君が」
「……ミレイちゃんの涙を。あなたの願いを、そのままにできないから」
ここに至るまでに、ミレイもキララも、持ちうる全ての力を出し切ってきた。
ここに辿り着いただけでも、十分に奇跡と言えるほどに。
それでもキララは、ここをゴールにはしたくなかった。
この長きに渡る戦いを、”ミレイの涙”で終わりにはしたくなかった。
だから今、根性を振り絞る。
肉体を越え、境界を越え。キララの手は、プロメテウスの魂へと。
その領域で、二人は一つに重なった。
――わたしにも分かるよ、君の気持ち。
――大切な人と繋がりたくって。それでも、どうしたらいいのか分からなくて。
――心って、とっても難しいから。
――それでも君は、そこに立っているじゃないか。ミレイの横に。
――そうだね。きっと、願い続けたからだと思う。
――願い、続けた?
――うん。だから、君も願って。
――このまま消えていいの? 終わっていいの?
――僕は、……僕は
破壊と創造の境界で、プロメテウスは願い。
世界が終わるような、始まるような。
強烈な光が、アヴァンテリアに満ちた。
◆◇
現在。
怪人による脅威も、神秘も存在しない、とある地球。
日本にある、なんてことのない住宅街に、異界の門が開いた。
異界の門から出てきたのは二人の少女、ミレイとキララ。
いつもと変わらない二人だが、決定的な違いが一つ。
キララの腕には、”真っ白な髪をした赤ん坊”が抱かれていた。
れっきとした、人間の赤ん坊である。
「じゃあ、一週間くらいしたら迎えに来る。それまでゆっくり楽しんで」
門からひょっこりと顔を出すのは、アヴァンテリアの神である少女、アリア。
「ありがとね、アリア」
「それはこっちのセリフ。ミレイとキララが居なかったら、世界は完全に滅んでた。結構、派手な感じだった」
ミレイとキララに対し、アリアは感謝を口にする。
「その赤ん坊も、正直めちゃくちゃ危険だけど。二人だから許す」
「えぇー? ”ネオ”は、とってもいい子だよ?」
そう言って、キララは赤ん坊を抱き締める。
ネオと名付けられた赤ん坊は、ミレイとキララの二人にとても懐いていた。
「……二人が一緒だから、安定してるだけ。その小さな体には、未だに神としての資質がある」
アリアは、ネオのことを非常に危険視していた。
ミレイとキララという”親”が居なければ、アヴァンテリアへの明確な脅威になると。
あの戦いが終わった後。ミレイとキララは、小さな赤ん坊を抱えて帰ってきた。
その子が何者なのか、どこから生じたのか。誰もが疑問に思ったが、それを尋ねることはできなかった。
――この子は、わたし達が育てるから。
全ての責任を、一つの命を守るように。ミレイが一言、そう宣言したのだから。
願いは、戦いは、そうして終焉を迎えた。
「じゃあ、また来る」
二人への挨拶を終えると、アリアは異界の門とともに消えていった。
ミレイたちは、何の変哲もない住宅街に残される。
改めて、ミレイは周囲の風景に目を向けるのだが。
「げっ」
目の前の家を見て、ミレイは顔をしかめた。
「ここ、家の目の前じゃん」
そこは、とある一軒家。表札には、”星奈”と書かれていた。
「ミレイちゃん。これ、なんて書いてあるの?」
「……ほしな。わたしの名字だよ」
「へぇ〜。……えっ! じゃあ、ここがミレイちゃんのお家なの?」
「まぁ、そうなるかな」
ミレイは若干引きつった表情で、家の様子に目を向ける。
「車もあるし。パパとママ、居るのかな。……うわぁ、死ぬほど緊張してきた」
「大丈夫だよ、ミレイちゃん。ほらほら、ネオも大丈夫だって言ってるよ〜」
「まだ話せないだろ」
二人の会話に挟まれて、ネオはきゃっきゃと笑っている。
「そだね。空を飛んだり、物を動かしたりはできるけど」
普通の人間とは、ちょっと違う赤ん坊。
それでもキララは、とても愛おしく抱き締める。
ネオは、ミレイとキララの愛情と、とあるヒトの願いによって生み出された、まさに奇跡の結晶である。
キララにとっては、本当の我が子と言っても過言ではなかった。
「冷静に考えてさ。仕事帰りに行方不明になった娘が、”こんな格好”になって帰ってきたら、どう思う?」
「うーん」
真っ白な髪の毛に、真紅の瞳。おまけに、見知らぬ少女と赤ん坊を連れている。一体、何があったらこうなるのか。
「だいじょーぶ! ミレイちゃんのご両親なら、きっと優しい人だろうし」
「いや、どうだろう。パパはともかく、ママはちょっとキツいというか、なんというか」
家の目の前で、ミレイとキララがそんな会話をしていると。
ゆっくりと、玄関の扉が開き。
「――うるさいわよ、あなた達」
聞こえてきた声に、ミレイは停止する。
そして、ゆっくりと顔を動かして。
ドアを開けた、一人の女性と顔を合わせる。
「……あ。えっと、その」
何を言ったらいいのか、どんな表情をしたらいいのか。
突然の再会に、ミレイがあたふたしていると。
女性は玄関から出て、ミレイのそばへとやって来る。
「どうしたの? その髪の毛。……あと、カラコン入れてる?」
「いやぁ、何というか。ちょっと、色々あったというか」
とても、一言では説明できないことだらけで、ミレイは何も言葉が出てこない。完全に、頭が空っぽになっていた。
初対面の相手ということもあり、隣のキララも緊張で固まっており。
唯一、ネオだけが無邪気に笑っていた。
キララとネオという、ツッコミどころしかない存在に、女性は目を向けて。
それでも、何でもないかのように、ミレイの頭に手を置いた。
「ちょっと、背が伸びたかしら。……中学の頃から微塵も変わらなかったのに。この半年で、そんなに変わった?」
「えっ」
見た目ではほとんど分からない、ちょっとした変化。
それでも彼女は、当然のように気づいていた。
「……分かるの?」
「当たり前じゃない。だって、あなたの”母親”なんだから」
頭を撫でられながら、そんな言葉を言われて。
ミレイの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「それで。隣の女の子と、赤ん坊は誰かしら」
「……えへへ。話すと、長くなるんだけどね」
始まりは唐突に、日常は刺激的に。
多くの出会いと、壮大なる冒険の途中。
「――ただいま!」
新しくできた、”大切な家族”と一緒に、ミレイは故郷へと帰ってきた。
◆◇ 第一部 完
「わぁ。ミレイちゃんのベッド、意外と大っきいね」
「……大きくなるって、思われてたんじゃないかな」
およそ半年ぶりとなる、父と母との再会を終えて。
ミレイ、キララ、そしてネオの3人は、ミレイの部屋へと足を運んでいた。
「えへへ。これなら、3人で寝られそうだね」
「……まぁ、いいけど」
久々の部屋に、ミレイも不思議な気持ちで部屋を眺める。
「あっ、どうしよ。ネオのミルクを置いてきちゃった」
「普通に、そこらへんで売ってるから」
「ならよかったぁ。わたしたち、おっぱい出ないからね」
「出たら大問題だよ」
そんな会話をしつつ、ベッドでくつろぐミレイたち。
「可愛いでちゅねぇ、ネオくーん」
そう言って、キララはネオのほっぺたにキスをする。
「ふふっ。もしかしたら、キララのファーストキスなんじゃない?」
「え? 違うよ?」
「……え」
ミレイは固まる。
「わたしのファーストキスは、普通にミレイちゃんだよ?」
「……身に覚えがないんだけど」
「あー、うん。基本的に、ミレイちゃんが寝てるときにしてたから」
「……」
ミレイは恐ろしい事実を知った。
「ちなみに、いつ頃から?」
「えーと。ずーっと、前から?」
唐突なカミングアウトに、ミレイは唖然とするしかない。
「……あれ。じゃあもしかして、わたしのファーストキスの相手は、プロメテウスじゃなくて」
「うん! もちろん、わたしだよ」
キララは即答する。
(……だから、あの時あんまり反応がなかったのか)
かなり、葛藤があってのキスだったのだが。
ミレイのファーストキスは、とっくの昔に終わっていたらしい。
「ふっふっふ。正直に言ったから、これからはキス以上のこともできるね!」
「あっ、こら! ネオも居るんだぞ!」
――キララは、どうしたいにゃん?
かつてミレイが、プロメテウスに連れ去られた時。
帝都で、タマにゃんにそう問われて、キララは即答した。
――ミレイちゃんと一緒に居たい。それで、思いっきりペロペロしたーい!!
その願いを胸に、キララは戦い続け。
そして、”今”を手に入れた。
「ミレイちゃん、わたしに任せて!」
「ぎゃー!!」
二人の絆は、止まらない。
ここまで読んでくださった方、今までありがとうございました。
ガチャの結果を完全なる運でやってしまった結果、フェイトという存在で構成が吹き飛びまして。
自分でも、まるでシュミレーションゲームをしているような難しい作業でした。
とりあえず、これで一部完結となりますが。ミレイとキララの冒険はまだまだ続いていくと思います。
今まで読んでいただき、本当に感謝です。