二人で最強
思い返せば。この世界に召喚されてから、わたしはずっと”幸せ”だった。
自らの運命を呪い、世界を呪い。
最後には、大切な家族によって命を絶たれた。
もしも。もしも、もっと平和な世界で生まれたら。
もしも、普通の友達ってやつができたら。
そんな、もしもを考えながら死んで。
気づけば、”氷の少女”はアヴァンテリアに召喚されていた。
小さくてよくわからない、愛しいマスターによって。
――だからわたしは、誰よりも強くなれる。
うちに秘めた少女の心と共鳴し、ミレイの力が際限なく上昇していく。
背に輝く、12枚の翼。
それはまるで、世界を包み込むような神々しさに満ちていた。
『行くわよ!』
「うん!」
二人で一つ。
怪人の王を倒すために、”ミレイ/フェイト”は飛翔した。
「……ミレイちゃん」
そんな彼女たちの姿を見つめながら。
それでもキララは、ただ見守るだけを良しとせず。
胸の中にある、白のカードを起動。
”可能性の海”の中から、たった一つの希望を模索する。
◆
天上に君臨する、怪人の王。
今まで違うのは、赤き瞳の輝きが増したこと。
そして、頭の上に”光り輝く輪”が存在することだろう。
見た目の変化はその程度。
だがしかし、力は別次元へと至っていた。
もはや生物の領域にあらず。
たとえ神であろうと、彼の行く手を阻めない。
そんな領域へ、立ち入る者が1人。
「やぁ。よく来たね」
フェイトとの憑依融合により、天使と化したミレイ。そんな彼女に対し、プロメテウスは紳士のように声をかける。
力を覚醒させた時は、同時に感情を爆発させていたものの。今となっては冷静になり、まるで世界の全てを知ったような顔をしていた。
ミレイとプロメテウス。共に超常的な力を有し、世界の命運は彼女たちの行く末にかかっている。
だがしかし、ミレイはまだ”別の道”を模索しようとしていた。
「今すぐ、その力を収めて。この世界で平和に暮らすって言うなら、わたしも乱暴は止めてあげる」
『ちょっとミレイ!? アンタ、今さら何言ってんのよ!』
心の中でフェイトが叫ぶも、ミレイは諦めない。
「君の気持ち。わたしを好きって気持ちには応えられないけど。それでも、この世界なら君を受け入れてあげられる。だから――」
「いいや、その選択はあり得ないよ」
プロメテウスは、きっぱりとミレイの提案を拒絶する。
言葉で解決できるのなら、こんなことになっていない。
「僕が欲しいのは君だけだ、世界じゃない。君一人が居ればそれで良い」
「それは無理。わたしは、この世界でみんなと暮らしたい。あなたのお嫁さんにはなれない」
ミレイも、彼の要求を拒絶する。
もう力には屈しない。みんなが信じてくれたように、自分も”自分の力”を信じると決めたのだから。
「……そうか。なら、どうしたら良いんだろうね」
言葉でも、力でも手に入らないのなら。どうすれば彼女を手に入れられるのか。
プロメテウスは考え、地上の世界を見下ろした。
「例えば。世界に、僕と君だけになれば。君は僕を選んでくれるかな?」
「ッ、そんなことは、絶対にさせない!」
片方は、世界を滅ぼすため。
もう片方は、世界を守るため。
とても単純な理由で、両者の戦いは始まった。
◇
プロメテウスの持つ力は、小細工なしの”サイコキネシス”。
ものを触れずに動かしたり、衝撃波を放ったり、バリアを展開したり。
また、超重力を発生させることもできる。
天上へと至った今の彼は、その力が更に増しており。
大陸を割るほどのエネルギーが、衝撃波として解き放たれる。
「ッ」
それを受け止めるのは、ミレイが展開した氷の大剣。
そこに秘められた力も、もはや以前のフェイトのそれとは比べ物にならず。
世界全体を揺らすほどの、力の衝突が発生する。
衝撃波と、氷の大剣が同時に弾け。
周囲の雲が吹き飛ばされたことにより、晴天が両者を照らす。
ミレイもプロメテウスも、戦うための”技術”など有していない。
両者ともに、得意なのは一つだけ。
”圧倒的なパワー”を解き放つこと。
「これなら、どうだ!」
12枚の翼を輝かせ、ミレイが力を行使。
すると、海から”巨大な氷の龍”が出現し、プロメテウスめがけて上っていく。
全力のエネルギーを込めた、その龍は。プロメテウスの張っている障壁を食い破り。
そのまま、彼とともに空の彼方へと。
「ッ、面倒な」
氷の龍は、プロメテウスの力にも負けず。
上へ、上へと飛翔していく。
その先にある、”宇宙”を目指して。
だがしかし、
「僕は。――僕はっ!!」
彼の、力ずくの拳により、氷の龍は砕かれ。
そのお返しとばかりに、彼の手に”光”が集っていく。
「あわわっ、どうしよう」
『馬鹿! こっちも力を溜めんのよ!』
フェイトのアドバイスに従って、ミレイも魔力を溜めていく。
これから放たれるであろう、彼の強力な一撃に対抗するために。
しかし、ミレイは忘れていた。
プロメテウスにとっての敵が、”ミレイではない”ことに。
「――さぁ、滅びろ!」
手中に集めたエネルギーを、彼は二つに分割し。
地上に向けて放出した。
ミレイを避けて、”世界”を壊すために。
「ッ、やばっ」
とっさの判断で、ミレイは氷の剣を生成。
プロメテウスの放った、一つのエネルギーを吹き飛ばす。
だがしかし、もう片方への対処には間に合わず。
大陸を潰すほどのエネルギーが、帝国の大地へと。
衝突する前に、”バラバラに斬り裂かれた”。
「……馬鹿な。あれを止められる者が、他にいるはずが」
プロメテウスは知っている。この世界の強者たちを。
今の一撃に対処できるのは、天使と化したミレイのみ。他の誰にも、その力は止められるはずがない。
しかし、そんな彼の予想を打ち砕くように、”もう一人の少女”が空へとやって来る。
「――ようやく見つけた。”最強のわたし”」
可能性の海を越えて、たった一つの自分。
キララと呼ばれる存在の中でも、最強であろうモノ。
”大きな純白の翼”を広げて、その手には身の丈を超える”鋼鉄の大剣”。
翼は自由を、剣は力を。
黒と白、対になる二つのカードのように。
ミレイとキララ。
二人の天使が、肩を並べた。
◆
数多の並行世界。数多の可能性。
キララという存在は、多くの世界において”正義の側”であり。
その可能性もまた、一つの正義の存在であった。
種族としての天使なのか、それとも人を超えた存在なのか。
ただ、確かなのは。
それが紛れもない”キララ”であり、数多の可能性の中で”最高峰の力”を持つということ。
翼による加速は、音速を遥かに超え。
大剣による一撃をプロメテウスに叩き込む。
「ッ」
純粋なる物理攻撃。
ただ、圧倒的に強く、圧倒的に速い。
それだけの斬撃、だというのに。
プロメテウスの障壁は砕かれ、彼は衝撃で吹き飛ばされる。
一体、どれほどの力が彼女の華奢な体に秘められているのか。
プロメテウスの持つエネルギーと、キララの内包する未知なる力。
それはほぼ、”互角”に見えた。
「すっご」
キララの戦いを見て、その力に瞳を奪われるミレイだが。
その中にいる人物は、冷静に物事を判断する。
『あいつ、多分死ぬほど無茶してるわよ』
「どういうこと?」
『バカ。わたし達の力は、”絆”によって発揮してる力なの。だから、お互いにお互いを支えて、憑依融合とかいう奇跡を起こせてる』
しかし、キララの力は似ているようでまるで違う。
『平行世界の自分と繋がる? わたし達の力と違って、キララの力は”一方的”なのよ。だから、とんでもない負担がかかってるはず』
「そんなっ」
『あいつのことだから、きっと平気な顔で無茶してるけど。さっさと決着付けないと、どうなるか分かんないわよ』
「……そう、だね」
思えば、全てが奇跡の連続だった。
この世界に連れてこられて、キララと出会って。みんなと出会って。
フェンリル、RYNO、フェイトと、多くの仲間に助けられて。
だからこそ、今のこの戦いが成立している。
「――倒そう」
キララと同じように、”全力を込めた大剣”を生成し。
12枚の翼をもって、ミレイは加速した。
◇
思えば、ずっと一緒に居たはずなのに。
こうやって”肩を並べて”戦ったのは、どれくらいあったのだろう。
始まりの日。
異界からやって来た怪物と、キララが戦い、ミレイは逃げ。
その後、ミレイの召喚したフェンリルが怪物を倒した。
黒き怪人たちが花の都を襲った日。
みんなが必死に怪人と戦う中、ミレイは何もできず。
それでもどうにかしようと、RYNOの力で怪人を追い返した。
モノリスの調査で戦った、黒き竜。
Sランク冒険者、イリスでも敵わない相手に、暴走したミレイが全てを終わらせた。
霧の都が、雪の都へと変貌した日。
ミレイとフェイトの活躍に、キララは居合わせず。
深海での戦いでは、ミレイが”憑依融合”という力に目覚め。
突如出現した遊園地での戦いでは。
ミレイとアリサの勇姿を、キララは見つめることしかできなかった。
キララがミレイを助け、ミレイがキララを助ける。そんな戦いばかり。
二人が本当の意味で協力した戦いは、花の都にいた頃に一度だけ。
空から飛来した魔獣、ブラスターゴーレムの討伐を師匠に頼まれた時。
歩く火山のように強力な魔獣を相手に、ミレイとキララは作戦を立てて挑んだ。
――冷やして、ズドンかな。
――そうだね。
たったそれだけの作戦会議をして。キララの魔法と、ミレイの召喚の力で魔獣を倒した。
あの、”灼熱の戦い”以来であろうか。
「キララ、敵の防御を崩して!」
「オッケー!」
神速の翼、大剣を手に。
圧倒的な戦闘力をもって、キララがプロメテウスを追い詰めていく。
「くっ」
プロメテウスは、それを防御するのに精一杯で。
キララの後方で力を束ねる、ミレイの姿に気づけない。
氷の大剣に、サフラの触手を纏わせて。
そこに宿らせるは、自分にある全て。
その一撃に、全てを込める。
「――キララ!」
「――お願い、ミレイちゃん!」
キララの斬撃によって、無防備になったプロメテウス。
その体めがけて、ミレイは飛翔した。
一つの世界、一人の人間では成し得ない。
”究極の一閃”が。
プロメテウスを、貫いた。
◆
「終わった、のか?」
帝都。
ギルド本部の外で、皇帝”セラフィム”が空を見上げている。
その側には、この世界の神である”アリア”と。
セラフィム同様に治療中の、”赤き竜王”が佇んでいた。
本来なら、彼女たちが守るべき世界だが。今はただ、見上げることしかできず。
世界の命運は、二人の少女に委ねられていた。
「……」
空を見つめながら、アリアの表情が険しくなる。
「あれじゃ、ダメ」
神話の如き戦い、それが行われていた空では。
”予期せぬ異常事態”が発生していた。
◇
ミレイの一撃によって、胴体には大きな風穴が。
それはプロメテウスにとっても、致命傷となりうる傷だったのだが。
”ある領域”を超えた彼にとって、死という概念は生物のそれと異なるのか。
もしも仮に、”星”が致命的なダメージを負ってしまった場合、どのような現象が起きるのだろう。
本物の星ではなかったとしても、神に等しいプロメテウスには星に匹敵するほどの”膨大なエネルギー”が内包されていた。
そして今、プロメテウスという入れ物が壊れ。
制御を失った力が、彼の体から溢れようとしていた。
この世界、アヴァンテリアを滅ぼすほどの勢いで。
(……あぁ、これが僕の結末か)
自らの終わりを悟りながら、プロメテウスは自分という存在を思う。
人間の支配する地球で、自分は生まれ。
なぜ生まれたのか、何のために存在するのか。
それすら理解できぬまま、自らと同じ存在を探し続け。
遠い世界で見つけた、あの少女に拒絶され。
その結末が、これである。
ミレイとキララ。
それが、自分を倒した人間の名前。
愛する存在に殺されるのなら、それほど悪い終わり方ではないのかも知れない。
そんな事を、考えていると。
――くっ。
彼の体より溢れるエネルギー。
膨大な熱量をかき分けて、その”二人の少女”が彼のもとへと近づこうとしていた。
膨大な熱量に耐えきれなかったのか、それとも力を使い果たしたのか。
ミレイとフェイトの憑依融合は解け、その代わりに機械の翼を。
しかし、その機械の翼すらも融解しかけており。
そんな彼女を、キララが必死に支えていた。
(なぜ、今さら)
彼女たちに、もう力は残っていない。星をも飲み込むこの力の濁流を、止めることなどできないはず。
それならば、どこか別の世界へ逃げるなり、生きる道を探せばいいのに。
どうして、まだ諦めようとしないのか。
なぜ、手を伸ばそうとしているのか。
(どうして、君は。――”君たち”は)
膨大なエネルギーに抗いながら、力を合わせて二人はプロメテウスのもとへ。
ミレイが、彼の頬に触れる。
「――ごめんね」
”この方法”だけは使いたくなかった。
”大粒の涙”を流しながら、まるで大罪を背負うかのように。
ミレイは。
プロメテウスに、”キス”をした。