無益と、幻想の魔女
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「……ふぅ。」
面倒な生き物を、やっとのことで追い返し。
ミレイは石垣の上で、ほっと一息をついた。
説明が面倒だという理由で、”音楽プレーヤーが壊れた”と嘘を吐いたものの。結局その後、ミレイは充電という単語を、つい漏らしてしまい。
金髪の異世界マニア相手に、バッテリーと充電の仕組みを説明する羽目になった。
だが、恐らくは理解出来ていないだろう。
(なんか、無駄に体力を使ったな。)
根気よく頑張ってはいるものの、チラシはまだ半分近く残っている。
ミレイは石垣の上に座り。
1人、リラックスモードに入っていた。
そうして、のほほんとしていると。
「――ミレイちゃーん。おつかれ〜」
相変わらず笑顔なキララが、小走りでミレイの元へやって来る。
「あれ? まだお昼には早いけど。もう休憩しちゃう?」
「うん! チラシもだいぶ配り終わったし、結構疲れたから。」
そう言って、キララが抱えているチラシの束を見て。
「なっ!?」
ミレイは驚愕する。
(嘘、だろ。”ほとんど残ってない”じゃないか。)
見た所、キララの持つチラシは”残り数枚”と言った様子で。
まだ半分近く残っているミレイとは、まさに雲泥の差であった。
(……一体、どんな手品を使ったんだ?)
まさかキララが、”正攻法”でチラシを捌いているとは思わずに。
何かトリックでもあるのではと、ミレイは勘ぐる。
そんな、相方の心境などつゆ知らず。
「マロアさんに貰ってきたから、一緒に食べよ。」
キララは袋からパンを取り出し、ミレイに差し出した。
「……うん。そうだね。」
そうやって、ミレイは平静を装いつつも。
(こうなったら、なりふりかまっていられない。文字通り、”客寄せパンダ”でも使うか?)
キララに勝つ道を、なんとか模索しようとしていた。
◇
全部で5つ存在する、浮遊大陸の内の1つ。
”観光都市アンヘル”。
美しき街並みは昼夜を問わず輝きに満ちており。
夜になると、きらびやかな花火も打ち上げられている。
そんな都市の中でも、最上級に位置づけられるリゾートホテル。
”ホテル・カリオストロ”にて。
名物である、夜間限定の”屋外カジノ”に。
その”老婦”は居た。
いかにも、魔女といった服装ながら。
ワイングラスを片手に賭け事に興じるその姿は、他の客たちにも劣らない上品さを醸し出していた。
「そう言えば、聞きましたよ? ようやく後継者を選ぶ気になったとか。」
彼女が話しかけるのは、側に立つ1人の男性。
この世界では珍しい、”黒のスーツ”に身を包んだ”老紳士”である。
「相変わらず、”パーシヴァル”殿は耳が早いですね。」
その魔女、パーシヴァルとは旧知の仲なのであろう。老紳士は楽しげに微笑む。
「それで、後継者というのは?」
「ええ。王家の古い血筋を辿った所、実際には存在しない――」
そのまま、話を続けようとする老紳士であったが。
「――おや?」
夜のはずなのに。
空が妙に明るいことに、周囲の人々が気づく。
そして、その光の”出処”を見つけると。
「――隕石だ!!」
天より飛来する、光り輝く火球の存在に。
大声で叫び、急いで逃げ出したりと。
カジノにいた人々は、パニックに陥っていた。
だが、そんな中でも。
「まったく。天下のカリオストロだと言うのに、情けない限りです。」
「ふふっ。」
老紳士と、魔女パーシヴァルの2人だけは、何一つ動じる様子が無かった。
「ご心配なく。”隕石程度”でしたら、私の力でどうとでもなりますので。」
そう言って。
老紳士がかざした手のひらに。
輝ける、”4つ星”のカードが出現する。
その力を持って、隕石に対処しようとするものの。
「――それには及びませんよ。」
パーシヴァルは、ワイングラスを見つめたまま。
老紳士を制止した。
「あの軌道では、どのみちこの大陸には当たりません。」
どこまでも冷静に。
その瞳で、全てを見透かすように。
彼女は自信満々な様子であった。
「いえ、ですが。」
それでも、老紳士は隕石への対処を検討する。
「まぁ、見ていてください。」
けれども、パーシヴァルは聞く耳を持たず。
「しかしながら。」
「わたしの計算は完璧なので。」
「いいえ、そうではなく。」
老紳士の声など気にも留めず。
パーシヴァルは不干渉を強く推奨した。
彼女の言葉に、老紳士は逆らえないようで。
そんな、彼女の予想通り。
隕石は勢いよく、観光都市アンヘルのスレスレを横切って行き。
都市への被害は、当然ながら皆無であった。
「言った通りでしょう?」
パーシヴァルはしたり顔で、ワインを口へと運ぶ。
だがしかし、老紳士は困り顔のままであった。
「ですが、あの火球は”魔獣大陸”から飛来した物では? それに現在の軌道からして、真下は帝国領ですし。」
そう、指摘されて。
ワイングラスを持った手が、ピタリと止まる。
パーシヴァルは、事の重大さを完全に失念していた。
「……不味い、ですね。」
後悔、先に立たず。
そんな、”つい先日”の出来事を思い出しながら。
降り立った山を越え。
平坦なる荒野を越えて。
魔女パーシヴァルは、花の都ジータンを訪れていた。
自身が見過ごしてしまった、件の火球を追い求め。
もしも杞憂であれば、ついでに観光でもしようという腹積もりである。
見た所、街に火の手が上がっている様子は無く。
ひとまず安心して、彼女は街へと入っていく。
「……おや?」
街の入口を潜ったパーシヴァルであったが。
すぐ近くの石垣の上で、楽しそうにくつろぐ、”2人の少女”の姿が目に留まる。
髪の色も、身長も違い、姉妹というわけではなさそうだが。
とても楽しそうに笑って、パンを頬張る姿は、とても微笑ましいものであった。
「平和な証拠ですね。」
街の入口付近で。
衛兵すら居らず、少女2人が安全に過ごせる。
このように平和な街は、帝国の中でも珍しかった。
どうせなら話してみようと。
パーシヴァルは少女たちの元へ近づいていく。
「美味しそうなパンですね。お店の宣伝ですか?」
少女たちの側には、パンのイラストが描かれたチラシの束が置かれており。
パーシヴァルはそう予想する。
だがしかし。
パーシヴァルの問いかけに、少女たちは応えず。
それどころか、目の前にいる彼女の存在にすら、気づいていなかった。
「うん? ああ、そうでした。”認識阻害”がありましたね。」
自分のうっかりに気づき、パーシヴァルは笑い。
自身に掛かった魔術を解こうとするも。
背の低い方の少女。
彼女の手のひらに出現した、得体の知れない”黒のカード”を見て。
パーシヴァルはその手を止めた。
(……これは。)
未知なる存在との遭遇に。
パーシヴァルは息を潜め、目の前でその展開を見つめた。
「今日はどんなカードが出るんだろ。」
「ピエロ、乾電池と。変なのが続いてるからな。」
2人の少女は、周囲に誰も居ないと思い込み。
秘匿すべき”奇跡”を、魔女の目の前で披露する。
黒のカードの真上に、”異界の門”を思わせる光り輝く輪っかが発生し。
その中から、存在しないはずのアビリティカードが出現する。
有り得るはずのない、その現象に。
パーシヴァルは釘付けになる。
「……2つ星。”安眠男爵のオルゴール”だって。」
「安眠男爵?」
「うん。これを使いながら眠ると、寝付きが良くなるらしい。」
「おお! 便利だね。」
「今日の夜、早速使ってみようか。」
「うん!」
そのようなやり取りを、間近で観察して。
(なるほど。”カードを生み出すカード”、ということですか。そして恐らく、1日1回という条件付き。)
パーシヴァルは、少女の持つ”黒のカード”の仕組みを考える。
アビリティカードという存在と、それに宿った能力の関係性。
それらの仕組みについて、”人よりも多くのことを知っている”からこそ。
目の前の少女、”その本人”の異常性を看破する。
(……これは、思わぬ掘り出し物ですね。)
予定外ではあるものの。
明らかに普通ではない、”少女たち”との出会いに。
パーシヴァルは笑みを浮かべた。
そしてそのまま、認識阻害を解くことなく。
パーシヴァルは街の中へと入っていった。
◆
「随分と、お久しぶりですね。」
「これはこれは、高名なるパーシヴァル殿がお見えになるとは。」
冒険者ギルドの奥。
来賓用の応接室にて。
魔女パーシヴァルと、ギルドマスターの2人が対談する。
「今回は、観光か何かですか?」
「ええ、そんな所ですよ。”コッコロ”さんも、お元気そうで何よりです。」
”コッコロ”。
それこそが、屈強なる大男、ジータンのギルドマスターの本名であった。
「……ああ。名前で呼ばれるのは、随分と久しぶりでね。少し驚いていました。」
「まさか貴方のご両親も、”こんな立派”に成長するとは思ってなかったでしょうね。」
「恐らくは、そうでしょう。」
はるか昔。幼き頃の少年なら、コッコロという名も似合っていただろう。
だがしかし、”全身傷だらけの大男”には、あまりにも不相応な名前である。
それ故に、彼は本名を名乗ることは少なく。
少なくとも、この街にいる間は”ギルドマスター”という肩書で名乗っていた。
「実は、今日ここへ来たのは、少々聞きたいことがありまして。」
「なんでしょう。」
「昨日、もしくは一昨日くらいに、この街の付近に隕石が落ちませんでしたか?」
「隕石? ……あぁ、そう言えば。アセアンとの境界付近に、”何か”が落下してきた、という話は聞きましたな。」
「それで、その落下した物は?」
「一応、魔獣大陸から、という可能性もあるので。アセアンの冒険者が調査に出たらしいですよ。”Aランク”を含めた、精鋭部隊だそうで。」
「そう、ですか。」
その話を聞いても、パーシヴァルの中の不安は拭えない。
「……なにも無ければ良いのですが。あの街の冒険者は、少々当てになりませんからね。」
「まぁ、それは確かですな。」
”同じAランク”という肩書であっても。全員が全員、コッコロほどの実力者とは限らない。
箔をつけるために、”街ぐるみ”で御輿を担ぐこともあるのである。
「もしも万が一、この街に危険が迫るようであれば。わたしに優先して、話を回してください。」
ついうっかり、見逃してしまった事情もあるため。
パーシヴァルには、この街を守る義務感があった。
「そう言えば、少々話は変わりますが。」
パーシヴァルは、つい先程の記憶を思い返す。
「街の入口付近で、パンの宣伝をしていた少女たちを見かけまして。彼女たちについて、何か教えて頂けないでしょうか。」
「パンの宣伝? ……あぁ、嬢ちゃんたちか。」
ギルドマスターである彼には、街の生きた情報が多く集まっており。
最近よく絡む、例の少女たちであると予想する。
「最近うちに入った、若い冒険者のコンビですよ。まるで姉妹のように仲が良くて、うちの娘とも気が合うようです。」
少々嬉しそうに、ギルドマスターは少女たちについて語った。
「背の高い方は、白紙化したカード。小さい方は4つ星と、何ともミスマッチなコンビですが。ありゃ”2人とも”、将来化けると思いますよ。」
自信、というよりも確信を持って。
ギルドマスターはそう言い切った。
「……確かに、面白い2人ですね。」
パーシヴァルの関心は、すでに2人の少女に対して向けられていた。
地上に落下した火球など。
彼女にとっては所詮、単なる”暇潰し”に過ぎないのだから。
◇
夕暮れ時。
ポッケパンにて。
「今日は本当に、ありがとうございました。」
店主であるマロアが、深々と頭を下げた。
「いやぁ。」
「あはは。」
お礼を言われた2人。
ミレイとキララは、照れくさそうに頬を緩める。
「お陰様で、今日の売上は過去最高。まるで天地がひっくり返ったようでした。」
人見知りの彼女にとって。
それは文字通り、天地がひっくり返ったのであろう。
服は汚れ、髪の毛は乱れて。
今日一日の、彼女の”激闘”を物語っていた。
「願わくば、このままポッケパンの”全国展開”を狙っていきたいので。これからも精進していこうと思います。」
やる気に満ち溢れるマロアであったが。
「いや、その前に従業員雇おうよ。」
やはりミレイは、それを強く勧めた。
非常に大変な、今日1日を終えて。
ミレイとキララは共に帰路につく。
真っ赤な夕焼けが、その身に染みるようで。
満足気に家へと帰ろうとするミレイであったが。
何故かその場でしゃがみ込み。
満々の笑みで背を向ける、キララの姿を見て。
「……あ、そっか。」
今日、自分が負けたのだと思い出す。
「ふーん。ふふーん。」
ご機嫌そうに、鼻歌を口ずさみながら。
キララは非常に楽しい時間を過ごす。
そんな彼女の頭上で。
ミレイは、いつもよりずっと高い視点を味わっていた。
周囲の人々には、姉が妹を肩車しているように見えているのだろう。
実際、当事者であるミレイですらそう思っているのだから。
もはや救いようがなかった。
なので、これ以上の恥の上塗りは勘弁と。
ミレイは縮こまり、キララの頭にしがみつく。
それにより、キララはますますご機嫌になるのだが。
ミレイには知りようがなかった。
(てか、こいつ。ガリガリなのに、よく肩車なんか出来るな。)
確かに、身長差こそあるものの。言うほどミレイは軽くなく。
何なら、危険な痩せ方をしているキララのほうが、むしろ軽いのではないか、という疑惑すらあった。
それだと言うのに。
ミレイを肩車するその身体には、何一つとして揺らぐ気配はなく。
しっかりと力強く、その重さを支えていた。
(……まぁ、わたしが単純に知らないだけで。キララは本当は、もっとずっと強いのかも。)
そう、今日の勝負にしてみても。
キララは何一つとして手を抜かず、全てのチラシを配り終わった。
それは、本当に凄いことである。
そんな、キララの強さに。
ミレイはまるで自分のことのように嬉しくなる。
(――お疲れ様。今日も本当に頑張ったね。)
可愛い妹分の頭を、ミレイはそっと撫でた。




