決意の夜
帝都で目覚めた、大いなる救世の光。その光に触発されたかのように、アヴァンテリア全域で冒険者達が攻勢に転じていた。
数十体の上位怪人によって襲撃された浮遊大陸は、マキナ率いるSランク冒険者が対処。ほぼ全てを殲滅し、国と街を崩壊から救った。
幹部怪人ゴモラによって襲われる武蔵ノ国は、ソルティアたち冒険者が必死の抵抗により持ちこたえ、ほぼ膠着状態だったのだが。
どこからかふっ飛ばされてきた一人の魔法少女の参戦により、戦況が変化。ゴモラを守護する光の結界をぶち破り、総攻撃によって巨大怪獣の撃破に成功した。
そして、帝都では。
「くっ」
片腕を失った最強の怪人ゼストが、苦悶の表情を浮かべていた。
彼を取り囲むのは、強力な三人の戦士。
人の心を取り戻した怪人、ソドム。
5つ星カードの保有者、アルトリウス。
そして、”一つの世界”を身に宿す、ただの冒険者キララ。
究極の守護者達によって、帝都は守られていた。
ゼストが右手の魔剣を振るい、強烈な黒雷が周囲に放たれる。
街の一角をたやすく吹き飛ばすほどの威力だが。
アルトリウスが、それに対抗するように六つの聖剣を展開。
黒雷を完全に封じ込める。
「ッ」
ただ、攻撃を防御されるだけではない。
最速の怪人、ソドムの不意打ちにより隙を作られ。
その間を縫うように、キララの驚異の斬撃が飛んでくる。
その猛攻、もはや人の領域にあらず。
片腕を失ったゼストでは、とても捌き切れるものではない。
「こんな、バカなことが……」
ゼストは全身が傷だらけに。
勝敗は、すでに見えていた。
だがしかし、こんな場所で、こんな死に方など彼には許容できず。
「おのれっ!!」
彼は、全身に黒雷を帯び。
漆黒の閃光と化して、空の彼方へと消えていった。
おそらく、魔獣大陸へと逃げたのであろう。
「か、勝ったのか?」
緊張の糸が解け、アルトリウスの聖剣が消失する。
初めての命のやり取りが、これほどの激戦だったのだから。彼の緊張はどれほどだったのか。
「ふぅ」
ゼストの撃退に成功し、ソドムも一安心。安堵のため息を吐いた。
そして、キララは。
「……」
「ッ、ちょっとアンタ!」
ふらりと倒れそうになった所を、フェイトに抱きとめられる。
白のカード。平行世界の自分と同期し、知識や技術、能力を会得する超常の力。
その反動はどれほどのものか。柔軟性のあるキララでも、流石に辛いものがあった。
「はぁ、はぁ」
それでも意識を失っていないのは、彼女の精神力によるものか。
そこへ、フェンリルに乗ったアリアがやって来る。
「……そのカード、明らかに”魂”に影響を与えてる。多用はしないほうが良い」
別の自分と同期、一つになるということ。魂の融合と言えば、ミレイの使う憑依融合とも同じだが。あちらは二つの魂が”信頼”よって支え合っている。
対して、キララの力は一方的な同期。下手に使いすぎれば、魂に傷が付き、精神崩壊の可能性すらあった。
「ッ」
しかし、キララの瞳には力があり。
”自分の知っている全て”を、フェイトたちに伝える。
「ミレイちゃんが、明日にもこっちの世界に戻ってくる」
「はぁ? アンタ、一体何を」
「そうだよね、ソドム」
「あ、ああ。その予定だが」
なぜそれを知っているのか、ソドムは驚くしかない。
「そっちの世界のわたしと、繋がったから。ミレイちゃんの作戦は分かってる。ミレイちゃんは、わたし達の力を――」
無理して、言葉を続けようとするキララを、フェイトは抱き締めて止める。
これ以上、無理はさせられない。
「ソドムとか言ったかしら? 話の内容から察するに、その作戦ってやつ、アンタも知ってるのよね?」
「ああ、もちろん。それを君たちに伝えるのが、僕の役目だからね」
そのために、ソドムはこちらに派遣されてきた。
ミレイの考えを伝えると同時に、戦いの役に立てるように。
話の続きは、ソドムに任せて。ひとまずキララは眠ることに。
「平行世界の自分と繋がる。正直、人間の扱う力じゃないわね」
「キララの才能が、それだけ突出してたから、だと思う」
横になったキララを見つめながら、フェイトとアリアが話す。
この二人からしてみても、キララの力は異常であった。
ギルド本部の真ん中で。
多くの冒険者、受付嬢たちに囲まれながら、ソドムは話し始める。
「まず最初に、最も大事なことを伝えよう」
たとえ怪人が相手でも、彼らはしっかりと耳を傾ける。
ミレイの味方を名乗っているのだから、ソドムを信じることができた。
「――ミレイは、こちらの世界にプロメテウスをおびき寄せるつもりだ」
その一言に、周囲は騒然とする。それもそのはず、ただこの世界に戻ってこればいいのに。なぜ、わざわざ化け物を呼び込むのか。
しかし、ミレイには彼女なりの”信念”があった。
「彼女は信じているのさ。君たちと、そして自分の力を合わせれば、どんな相手にも勝つことができると」
前回は、完全なる不意打ちであった。こちら側は敵の強さを知らず、ほぼ一方的に蹂躙されてしまった。
しかし、今回は違う。残る幹部怪人はゼストのみ、しかも彼は手負いである。向こうの世界には更に大量の上位怪人が存在するだろうが、”こちら側の化け物”をぶつければ負けることはない。
しっかりと準備を整えれば、プロメテウスを相手に総力戦を仕掛けることができる。
マキナ、アリサ、アルトリウスに、キララ。仲間になったソドムに加え、フェイトも明日には傷が癒えているだろう。
ミレイも、こちらの世界に戻れば強力な憑依融合が使えるようになる。
それら全ての力をもって、プロメテウスを倒そうと考えていた。
「プロメテウスを倒すことができれば、”向こう側の世界”が救われる。あのレディは、どちらの世界も救おうとしているんだ」
それが、ミレイの決意。逃げるのではなく、勝つために戦う。
ただこちらの世界に逃げたとしても、またいつかプロメテウスがやって来るかも知れない。だからこそ、ここで終止符を打つ必要があった。
「プロメテウスは強大だ。僕でも、きっと歯が立たないだろう。そんな敵が相手でも、戦える者はいるかい?」
挑発にも取れる、ソドムの一言。しかし、何人かの人物は笑みを浮かべていた。
この世界には、”最強を自負する者”が何人もいるのだから。
「やってやろうじゃない!」
皆を代表するように、フェイトが声を上げる。
決戦は明日、魔獣大陸メビウスで。
◆◇
その夜、地球では。
「綺麗だね」
「うん」
ミレイとキララが、星空を見ていた。
怪人たちの気配もない、静かな街。小さなビルの屋上で、二人は星空を見る。
美しい星の海が、視界いっぱいに広がって。人類が滅び、空気がきれいになっているのか。かつては都会であったこの場所でも、残酷なほどに空は美しかった。
星にとって、自然にとって、どちらのほうが良いのだろう。人が反映し、少しずつ汚染される世界か。文明が滅び、汚染が浄化されつつある世界か。
そんな事を考えてしまうも、すぐに否定する。
わたし達は、人間なのだから。
「明日で、全てが決まるんだね」
「うん」
「……ちょっと、緊張しちゃうなぁ」
この世界のキララは、戦える唯一の人間として、孤独な戦いを続けてきた。
ザイードという頼れる仲間ができても、希望は遙か遠く。
絶望に押し潰されそうな。
そんなさなか、ミレイという救世主に出会った。
そして明日、この世界の命運が決まる。
「ソドムが、ちゃんとメッセージを伝えてくれればいいけど」
「確かに、それは心配かも」
ミレイの抱く一つの懸念。敵と間違えて、ソドムが攻撃される可能性があること。
向こうのキララが持つ特異な力のおかげで、その心配は無用なのだが。こちらの二人は、ただ祈ることしかできなかった。
「けど、そっちの世界は大丈夫なのかな?」
「なにが?」
キララには、一つの懸念が。
「ソドムの話が確かなら、幹部が二人と、大勢の上位怪人が攻め込んでるから。ミレイちゃんの世界は、今頃どうなってるんだろう」
幹部の強さは、ソドムとの戦いで恐ろしいほどに理解できた。大量の上位怪人も、もちろん脅威である。それに対抗できるなど、キララにはとても想像ができない。
しかし、ミレイは違った。
「大丈夫だよ。みんな、わたしなんかよりずっと強くて、信念があるから」
仲間への信頼。みんなの戦闘能力と、心の強さはよく分かっている。
自分のように、与えられた力ではない。自分だけの”本当の力”を持っている者たちばかり。だからミレイは、不安を抱いていなかった。
そんなミレイを見て、キララは少し羨ましく思う。
「仲間が、いっぱいいるんだね」
「どちらかと言うと、”友達”、かな」
ミレイの最も大切なもの。こうやって離れ離れになって、ようやく理解できる。自分は友達を、みんなを愛しているのだと。
そんな気持ちを、正面からさらけ出すミレイだからこそ。
キララも、本音を打ち明けられる。
「……ザイード、いないよね?」
「え、いないと思うけど」
キララは、周囲にを警戒する。間違っても、こんな話を彼に聞かれたくはないから。
頬を少し赤らめて、その表情は年相応の少女のようだった。
「実はわたし、ザイードが好き、なんだよね」
「…………まじか」
確かに、仲がいいとは思っていたが。どちらかと言うと、戦友的な意味での友好関係だと、ミレイは思っていた。
だがしかし、キララも年頃の少女である。相手が誰でも、そして人でなくても。恋というのは、いつ訪れるのか分からない。
「わたしは、応援するよ」
ミレイは知っている。恋をするのは人間だけではない。異世界に生きていれば、色々なものを知れる。
植物だって、機械だって。それこそ、怪人だって恋をする。
その一方的な恋心が原因で、ミレイはこの世界にやって来てしまったのだが。
「いつか、彼を人間に戻してあげるのが夢なんだぁ。ほら、薬とかを研究して」
「……キララなら、できると思う」
ミレイには、確証があった。
「わたしの世界のキララも、薬とか作るのが得意だから」
「……そっか」
わたしの世界のキララ。
その言葉にも、彼女は驚かない。
「やっぱり、そっちのわたしと知り合いだったんだね」
「うん」
こっちの世界で、初めて会ったはずなのに。どこか不思議な距離感を感じる。
そのため、キララは薄々感づいていた。
ミレイにとって、それが特別だと。
「――わたしの、最高の友達だから」
この世界を救いたい。子供たちが、青空の下で笑い合える世界を作りたい。
それが、ミレイの戦う理由ではあるものの。最も大事なのは、もう一つの方。
みんなのいる世界に、キララのもとに帰りたい。
だから、逃げずに戦うと決めたのだ。
この世界を救うため。
向こうの世界に帰るため。
――明日は頑張ろう!!
星空に誓いを。
戦いに備えて、二人は眠りについた。
◆
廃墟の中。薄い布に包まれながら、ミレイとキララは眠りにつく。屋上ではザイードが周囲を見張っており、二人の安眠を守っていた。
そんな中で、ミレイは一人。
眠れず、悩みに包まれていた。
「……」
ミレイの胸にあるのは、”たった一つの懸念”。
その事実があるからこそ、どうしても恐怖を感じてしまう。
プロメテウスに勝つ、怪人たちに勝つという次元の話ではない。もっと別の、”心の問題”を抱えていた。
あの研究室で見つけた、この世界の自分が残した記録。
プロメテウスの誕生理由と、創造主の残したセーフティ。
ミレイは知っている、”プロメテウスを殺す方法”を。
知っているからこそ、怖くて怖くてたまらない。
この世界の自分が犯した”罪”。
人間の恐ろしさに、悲しみすら抱く。
本当は、誰とも戦いたくはない。
勝っても負けても、どこかに悲しみがこびりつく。
(……お願い。こんな手を、使わせないで)
一人、恐怖に震えながら。
ミレイは夜を過ごした。