裏切り者
感想等、ありがとうございます。
帝都では、互角の戦いが繰り広げられていた。
並み居る強者を圧倒した幹部怪人、ゼスト。彼が直々に動き、帝都は跡形もなく吹き飛ばされるはずであった。
しかし、それを食い止めたのは二人の冒険者。
最強であることを受け入れた男、アルトリウスと。
無限の可能性を手に入れた少女、キララ。
その二人のコンビが、最強の怪人を食い止めていた。
「鬱陶しいッ」
ゼストが魔剣を振るい。増幅された漆黒の雷が二人に放たれる。
しかし、それに対してキララは正面から立ちはだかり。
――波動斬り。
アルトリウスから拝借した聖剣を一振り。ゼストの黒雷を斬り裂いた。
衝突したエネルギーは、とても比べられるものではない。
しかし、今のキララには”天才的な剣技”が宿り。不可能を可能にしていた。
「ッ」
アルトリウスも負けてはいない。残る6本の聖剣を操作し、ゼストを包囲。強力な魔力によって街への被害を最小に抑えていた。
虹のカードの持ち主と、白のカードの持ち主。
”この世界本来の守り手”が、ようやく躍動し始めていた。
「……俺一人では、少々手に余るか」
アルトリウスには魔力が、キララには技術が。負けはしないものの、ゼストはやはり不利を感じていた。
ゴモラとソドム、せめてどちらかがいれば。そんな事を考えていると。
流星のように、一人の怪人が帝都に飛来した。
鋭く、素早く。こんな芸当ができる怪人など一人しかいない。
「……」
幹部怪人、ソドム。地球にいるはずの彼が、なぜかここへやって来た。
まさかの登場に、仲間であるゼストも驚く。
ソドムは地球に残り、プロメテウスの周囲を守っていたはず。なぜ彼が、その任務を放棄してここへ来たのか。
「くっ」
怪人の増援に、アルトリウスの表情が曇る。
だがしかし。
キララだけが、全てを”理解”していた。
「――ソドム、動きを止めて!!」
その一言。一体、何を言っているのか。
しかし、ソドムは動いた。
目にも留まらぬスピードでゼストの懐に入り、凄まじい拳の連打を叩き込む。
「ぐっ!? 何を」
動揺するゼスト。
キララは、すでに聖剣を構えていた。
――緋天冥明流絶技、竜王花火。
放たれたのは、空間すら引き裂く天上の剣技。
今のゼストに、それを食い止める余裕はなく。
食い破られるように、彼の左腕が切断された。
「がああああッ」
大量の血が吹き出し、ゼストの表情が苦悶に染まる。
右腕があれば魔剣は振るえるものの、明らかに痛手であった。
ゼストは、憎しみを込めた瞳でソドムを睨む。
「お前、どういうつもりだ」
「どうもこうも。ただ僕は、”こっち側”になっただけさ」
今のソドムに、プロメテウスの呪縛はない。
完全に人としての自分を取り戻し、”救世主”の役に立つためにここへやって来た。
「ナイスタイミングだったよ」
「いや、礼には及ばないよ。この世界のキララくん。……ところで、どうして僕が味方だと?」
絶妙なタイミングで、ゼストに痛手を与えることができた。
それも全て、キララが動けたから。
「”そっちのわたし”と繋がってるから。ミレイちゃんの作戦も、ちゃんと理解してるよ」
キララの持つ白のカード。それは、平行世界の自分と”同期”すること。
手に入るのは、力や技術だけでない。記憶までも同期することができる。
だからキララは、ソドムの来訪に驚かなかった。
「とりあえず、敵を全員倒さないとね」
事態を覆すため、必要な戦力は揃った。
この世界の反撃が始まる。
◆◇
時は、昨晩まで遡る。
怪人たちの支配する地球。とあるビルの屋上で、ミレイたちはソドムと戦っていた。いや、正確に言えば戦いにすらなっていなかった。
この世界のキララ、怪人であるザイードの攻撃はまるでソドムに通用せず。圧倒的な実力差にミレイも動けず。
そんなさなか、ソドムは一つのゲームを提案した。
――君たちの隠れ家まで競争しよう。君たちが負ければ、子供たちも皆殺しだ。
絶対に勝つことのできない勝負。
でも、絶対に負けることはできない。
あまりにも不条理で、残酷で。
「――やめろぉぉ!!」
ミレイはただ、叫ぶことしかできなかった。
現実を認められない。子供たちの死など、認められるわけがない。
心の底から、ミレイは願った。”みんなを守りたい”と。
黒のカードが起動するのに、条件はそれで十分であった。
ミレイも知らないカードの特性。
”自分以外の誰かのため”なら、黒のカードは無限の可能性を引き出してくれる。
かつて、花の都の人々を守ろうとした時のように。
黒のカードの真上に、大きな光の輪が発生。
過去も未来も、世界すらも超えて。願いを果たせるだけの力を引き寄せる。
1日、2日、3日後と。高速で光の輪が回転。ミレイが、いつか出会うであろう未来を手繰っていき。
光の輪を回すこと、176回。
176日後に召喚するはずの存在を、強制的に呼び寄せた。
「熱ッ」
ミレイは思わず黒のカードを手放してしまう。
無理な挙動をしたせいか、カードは異様に熱を発していた。
しかし、奇跡はすでに果たされた。
ミレイの眼前に現れたのは、虹色に輝くアビリティカード。
5つ星 『腐敗の王ペンデュラカス』
カードが起動。
すると、一人の女性がこの場に召喚された。
ボロボロのウェディングドレスを身に纏った、肌の白い女性。
髪の色も真っ白で、薄っすらと腐敗臭が漂っている。
一体、彼女に何ができるのか。
しかし、ミレイにとってはこれが最後の切り札であった。
「……お願い。そいつを止めて!」
ミレイの言葉に、ペンデュラカスは振り返る。
その瞳は、恐ろしいほど濁っていた。
「人間の言うことを聞くなんて、屈辱にもほどがある」
言葉には棘があり、とても友好的には見えない。
しかし、今までのカードと同じように、彼女はミレイを放っておけない。
「……はぁ。仕方がない」
ミレイの願いを叶えるために、ペンデュラカスはソドムと戦うことに。
その身に宿る力を、爆発的に解放した。
衝撃波を伴う、強烈な魔力の波動。ミレイたちは思わず顔を背け。
再び、視線を戻すと。
そこには、一匹のドラゴンが存在した。
ただのドラゴンではない。まるで、死体のように全身が朽ち果てており、動いているのが信じられないほど。
これこそが、腐敗の王。
「ふはははっ、なんとおぞましい生き物だ!」
新たな敵の出現に、ソドムは喜びを露わにする。
魔獣大陸では、プロメテウスが竜王を倒してしまった。ゆえに、ドラゴンと戦えるのが嬉しいのだろう。
腐敗の王、ペンデュラカス。
幹部怪人、ソドム。
二つの超常生物が、正面から衝突した。
◇
速く強靭な怪人と、巨大で朽ちたドラゴン。
怪人の速さは圧倒的で、ドラゴンには捉えられず。戦いは一方的にも見えた。
だがしかし、どれだけ体を貫かれても、引き裂かれても、ドラゴンは止まることがなく。ドラゴンの鱗を殴るたび、怪人の拳は傷つき。ドラゴンの体を貫くたび、折れた骨が突き刺さる。
何一つ美しくない、地獄のような戦いが繰り広げられた。
怪人が倒れるのが先か、ドラゴンの再生が止まるのが先か。
二つの化け物。その限界は、ほぼ同じタイミングで訪れた。
「……この、羽虫が」
「……ふっ」
バラバラになり、動かなくなったペンデュラカスの残骸。そこに埋もれるように、ソドムは倒れていた。
全身ボロボロで、もう動けない。怪人であるため、いずれは傷も癒えるだろうが。今はもう動けない。
そこへ、ミレイがやって来る。
「……」
怪人とドラゴンは、確かに相打ちとなった。
しかし、そもそもこの勝負は、ミレイとソドムの対決である。
腐敗の王は、ミレイの武器に過ぎない。ミレイの武器に、ソドムは破れた。
その事実を双方が自覚した瞬間。呪いが消え去るように。ソドムはプロメテウスの呪縛から解放された。
少し遅れて、キララとザイードがやって来る。
熾烈な戦いの結果に、彼らも動揺を隠せない。
「終わったよ」
ソドムを倒し、彼に人の心が戻ったことを、ミレイは二人に説明した。
しかし、キララの表情は優れない。
「でもこの人、”いい人”なのかな?」
プロメテウスから解放され、人の心を取り戻した。結局は、それだけのこと。
ザイードは誠実で優しい心を持っていたため、キララに協力してくれた。
しかし、ソドムもそうとは限らない。子供たちを皆殺しにする。それを笑顔で言っていたような人物が、たとえ人間に戻っても、果たして素直に協力してくれるのか。
「……」
しかし、ミレイは一つも疑っていなかった。
ソドムの顔を見れば、一目瞭然なのだから。
ソドムは、涙を流していた。
喜びか、悲しみか。
プロメテウスの手駒として、今までやってきたこと。あらゆる記憶と感情が脳を駆け巡り。ただただ、涙を流していた。
「もう大丈夫だよ。君は自由だから」
全てを許す、女神の一言。
その言葉に、ソドムは救われる。
「……ずっと、嫌だったんだ。街を壊すのも、人を傷つけるのも」
「……うん。そうだろうね」
ソドムは賭けていたのだ。ザイードが人の心を取り戻したと言ったときから、ずっと。
ミレイに倒されれば、この地獄から解放される。ミレイに倒してほしい。
だがしかし、プロメテウスの呪縛が彼を縛り、敗北を許さなかった。
ミレイたちとの戦力差は圧倒的で、とても自分を倒せそうにない。
だから、ソドムは挑発を行った。城を壊した時のように、ミレイが本気を出せるように。
結果的に、ミレイは別の力を覚醒させたのだが。ソドムの賭けは成功し、こうして自由を手に入れた。
「僕たち幹部は、ちょっと特別でね。実は人間だった頃の記憶がほとんど残ってるんだ」
「なに!?」
衝撃の事実にザイードは驚く。
「だからこそ、ある程度の自由行動ができて。それと同時に、心がずっと苦しかった」
「……」
どれほどの苦しみだったのだろう。ミレイにはもはや想像もつかない。
人間としての意識があるのに、怪人としての行動を強いられる。ソドムの流す涙から、その重さが感じられた。
「君は、紛れもない救世主だ。本当にありがとう、異世界のレディ」
「……ううん。当然のことをしただけだから」
ミレイはこの世界を救うと決めた。
人の心に戻れるのなら、怪人であろうと救ってみせる。
「残りの幹部怪人も、僕と同じ苦しみを抱いているはずだ。どうか、彼らも救ってくれ」
「うん、もちろん。……でもそのために、君の力も貸してほしい」
それが、月夜の顛末。
ミレイは強力な味方を手に入れて。
その情報は、あちらのキララにも伝わった。
◆◇
時は、現在へ。
帝都ヨシュアで、ソドムはゼストと対峙する。
「ゼスト、君にも記憶があるはずだ。人間だった頃の、忘れられない自分が」
同じ幹部怪人として、ソドムはゼストを救いたいと思っていた。
プロメテウスの右腕、最強の怪人。そう呼ばれる彼にも、人としての心が残っており、ずっと苦しんでいるはずだと。
「プロメテウスの呪縛は分かる。だが、希望を捨ててはダメだ。あのレディなら、僕たちを解放してくれる」
なるべく多くの怪人を、殺さずに捕縛する。それがミレイの決定であり、ソドムがこの街へやってきた理由でもある。
最強の怪人、それを無力化するのは一筋縄ではいかないだろう。
「……一つ、勘違いしているようだな」
「なんだって?」
しかし。
そんな彼らの想いを、ゼストは一蹴する。
「俺は、ゼスト。主の忠実なる下僕にして、”自らの意思で怪人になった”男だ」
彼は口にする、自分という存在を。
かつて人間であった自分が、一体何をしたのかを。
――我々は、これからスカルレンジャーと名乗る。怪人どもを倒し、人類を守る希望の名だ。
特殊なスーツを身に纏う、5人の勇敢な人間たち。
”その男”は、その中心人物であった。
スカルレンジャーたちは、怪人たちと熾烈な戦いを繰り広げ。街や人々など、多くの犠牲を払いながらも、ひたむきに勝利を目指していた。
しかし、”それ”と出会ってしまった。
真っ白な風貌をした、全ての黒幕と。
――スカルレンジャーか。そんな力を得るなんて、人間も少しはやるようだね。
――でも、分かるだろう? 僕と君たちとの間に、絶対的な壁があることを。
それは、彼らに優しく語りかけた。
――僕の仲間にならないかい? 人の形を捨て、上位生命体としてこの星を統べるんだ。
甘く、温かく、まるで猛毒のような。
けれども、彼らは屈しなかった。
――ふざけるな。俺たちは人類の希望。死んでも貴様の味方にはならない。
――そうよ。わたし達の力を舐めないで。
仲間たちが、それに向かって立ち向かおうとする中。
”その男”だけが、すでに道を違えていた。
今まで仲間たちを鼓舞し。
戦闘で拳を掲げ、希望の象徴であった彼が。
――や、止めてくれ。なぜこんな真似を!
――リーダー! お願い、正気に戻って!
パンドラゲノムによって、変異させられたわけではない。彼は自らの意思で、人の心を捨てていた。
こんな人間は、彼くらいなものであろう。
――どうか、わたしに力を。あなたの忠実な下僕になります。
そうして、男は怪人になった。
「誰であろうと、あの方に勝つことなどできない。お前たち人類に、未来など無い」
それが、彼の心からの言葉。
スカルレンジャーの仲間を、全ての人類を裏切って。今の彼はここに立っている。
たとえ、プロメテウスの呪縛が消えようと、彼がミレイの味方をすることはないだろう。
彼こそが、”本物の怪人”なのだから。