白の覚醒
異世界、アヴァンテリア。
怪人たちによる侵攻が開始して、一晩が経過した。
一日目、怪人によって壊滅、占領された都市は一つもなく。アリサやマキナたちの尽力もあり、地上も浮遊大陸も戦況は拮抗しているように見えた。
怪人たちの当初の目論見は、失敗したと言える。
だがしかし、その結果を受けて一人の怪人が立ち上がる。魔獣大陸にて座していた大物、幹部怪人ゼストである。
この戦いを終わらせるために、最強の戦士が動き始めた。
◇
帝都ヨシュア。街の防壁の上で、アリサは仮眠を取っていた。いつでも戦えるように、魔法少女の姿のまま。
そんなアリサであったが、その気配に気づき、目を開けた。
「……来たわね」
アリサは空を見上げ、迷うことなく飛翔する。
その手には、あらゆる敵を斬り裂く二振りの聖剣。
魔法少女アリサ☆ブレイヴ。
地上へとやって来た上位怪人をたった一人で迎え撃った、紛うことなきこの世界の最高戦力。
しかし、これより対峙するのは規格外の怪人であった。
その怪人は、単独で帝都へと飛来する。
恐るべき力を秘めた、漆黒の魔剣を手にして。
「ふぅ」
対するアリサは、二振りの聖剣を構え。
全力を持って、怪人ゼストを迎撃する。
「――コズミック・ブレイヴ!!」
二つの聖剣を同調させた、究極の一閃。
それに対し、ゼストは黒雷を剣に纏わせ。
「遅い」
アリサの一閃を上回るスピード、鋭さで、強烈な斬撃を放ち。
「ッ」
その斬撃に薙ぎ払われ。
アリサは、地平線の彼方まで吹き飛ばされた。
最強の魔法少女を、難なく撃退し。そのまま変わらず、ゼストは帝都に落ちていく。
魔剣に、膨大なエネルギーを凝縮させながら。
「都を滅ぼせば、その心も折れるだろう」
帝都を跡形もなく吹き飛ばし、この戦いを終わらせるために。
ゼストは、魔剣の一撃を解き放った。
◆
「はぁ、はぁ」
帝都の地下、最深部のモノリスを目指すキララたちであったが。
その道のりは、”地獄”に等しかった。
病原菌を撒き散らす害獣。
攻撃の通用しないゴースト。
知性を持った凶悪な獣人。
戦ってはならない強大なドラゴン。
水溜りに潜む黒いナニカ。
そして、執拗に追い回してくる不死の怪物。
地下では無数の異界の門が開き、異世界から来た様々な生物がカオスな生態系を形成していた。
その危険度、混沌具合は今までの冒険の比ではなく。一介の冒険者であるキララ、不死の獣フェンリル、神の力を失ったアリアでは、あまりにも難易度が高すぎた。
フェンリルは、何度も致命傷を負い。キララとアリアも疲労困憊。
今もこうして、対処不能な不死の怪物を相手に苦戦している。
度重なる魔法の行使により、キララの弓には亀裂が生じていた。
「キララ、こいつらはもう諦めて、下を目指そう」
「……そうだね」
帰りのことなど考えない。ただ深くまで潜って、モノリスへと辿り着く。そこでキララのカードを修復できれば、この怪物たちもどうにかできるはず。
殺せない怪物を避けて、キララたちはより地下へと進んで行った。
◇
「……」
帝都の地下深く。モノリスを望める場所まで辿り着き。そこで、キララたちは言葉を失う。
先程から執拗に追いかけてくる、不死の怪物。それがどこから溢れてくるのか。
それは、”ここ”であった。
巨大なモノリス。その周囲に無数の異界の門が存在しており、そこから怪物たちが落ちてくる。
この世界は、どれほどの敵に囲まれているのだろう。地上は、今まさに攻撃を受けており。このような秘境では、得体の知れない怪物たちが静かに数を増やしている。
誰かが、何とかしなければ。この世界の滅びは止められない。
しかし、その可能性を持つ唯一の人間が、今は別の世界に連れ去られている。
まさに、絶体絶命の状況。
それでも、彼女たちは諦められない。
「キララ、上まで飛んでいって。敵はこっちで引き付ける」
「……わかった」
アリアとフェンリルが怪物たちを引き付け、その間にキララはモノリスの上部を目指すことに。
――モノリスの上部に、カードを差し込む場所がある。そこに白紙化したカードを差し込んで。
そうすれば、キララのアビリティカードは力を取り戻せる。怪人との戦いにおいて、戦力の一つになるかも知れない。
それだけに希望を託し、アリアを乗せたフェンリルは怪物の群れに突っ込んでいく。
(キララの実力から考えて、出てくるカードは多分4つ星。ここを切り抜けるだけの力は手に入るはず)
欲を言えば、やはり5つ星相当の戦力が欲しい。あのプロメテウスを倒すには、それでも足りていない。
だがしかし、5つ星に選ばれるのはほんの一握りの強者のみ。世界中を見ても、一人か二人。残念ながら、キララにそこまでの力はないだろう。
それでも、奇跡を起こしてくれると信じて。
空間を自在に跳び回り、キララは何とかモノリスの上部に到達。
それらしき場所を見つけて、何とかカードを差し込むことに成功した。
『エラーカードを確認しました。修復を開始します』
モノリスから機械音声が流れ、そこから光が溢れる。
魔力でもない。
世界に直接繋がる、神秘の光。
その光が消え去った時、キララの手には一枚のカードが授けられていた。
「成功した?」
アリアを乗せたフェンリルが、モノリス上部へと登ってくる。
果たして修復は完了したのか。
キララの持つカードへ視線を向けるも。
「……うそ」
それを見て、アリアは言葉を失う。
なぜなら、キララの持つカードは”白いまま”。
星も、文字も、何も描かれていなかった。
役割を終えたかのように、モノリスから光が失われる。
「やっぱり、ミレイのカードじゃないと」
モノリスを正常化できるのは、ミレイのカードのみ。今の状況では、カードの修復すらできないのだろう。
モノリスの周辺には、不死の怪物が大量に溢れている。これを切り抜けて地上に戻るのは絶望的であろう。
まさに、万事休す。
「キララ、ここにはもう意味がない。地上に逃げないと」
「……」
アリアが声をかけるも、キララは反応せず。
真っ白なカードを見つめて、黙っている。
「キララ!!」
大きく呼びかけても、それは変わらず。
気づけば、キララは”涙”を流していた。
「……そこにいたんだね、ミレイちゃん」
カードを抱き締めて、キララは全てを理解する。
ミレイが今どこで何をしているのか。
何を考えているのか。
どれだけ信じてくれているのか。
そして、自分がこれから何をするべきなのか。
”流れてくる情報”を、キララは全て受け入れる。
モノリスの周りを見れば、おびただしい数の怪物たち。モノリスを登って、こちらへと迫ってくる。
不死の怪物、抗えない脅威。魔法では倒せない相手。
だったら、”魔法以上の力”を使えばいい。
キララはその力を知らない。
ならば、知っている誰かになればいい。
「――わたしには無理だけど。”他のわたし”なら」
白いカードが、キララの中へと入っていく。
すると、彼女の中の何かが変わった。
同調、完了。
「……無限再生。多分、魂に術式が刻まれてるタイプ。なら、魂ごと破壊すればいい」
怪物たちを眺めながら、キララはその特性を理解。倒すための方法を思いつく。
壊れかけの弓に視線を送り。
すると、弓が勝手に修復を開始する。
その様子を見て、アリアは目を見開いた。
「魔力じゃない。その力は、”エーテル”?」
何気ない感じで、壊れかけの弓を修復し。
キララはそれを構える。
彼女が解き放つのは、魔法を超越した力。
”この世界では誰も到達していない”、別次元の神秘。
「――殲滅界法ヴブウス」
流星のように。美しい光の束が、キララの弓から溢れ。
不死の怪物たちへと降り注ぐ。
その光は、肉体だけでなく魂をも貫き。
おびただしい数の怪物たちを、ほんの一瞬で消し炭へと変えた。
「ふぅ……」
力の行使を終え、キララの体からカードが排出される。
慣れない力を使ったせいか、表情には疲労の色が窺えた。
とはいえ、立ち止まっている暇はない。
「地上に戻ろう」
キララは上を見上げた。
◆
大きな力の覚醒を感じて、フェイトは目を覚ました。
ベッドを体を起こし。周囲を見渡せば、大勢の人々が眠りについている。
九条瞳に、皇帝セラフィムなど。怪人との戦いで傷ついた者たちが、この場に大勢いた。
部屋の装飾を見るに、ここは皇帝の暮らす宮殿であろうか。
フェイトはベッドから起き上がり、重たい体を引きずって外を目指す。
「一体、何がどうなってんのよ」
世界は、ミレイはどうしたのか。それを知るために、フェイトは足を動かした。
◇
街では、二つの影が熾烈な戦いを行っていた。
一つは、幹部怪人ゼスト。
皇帝セラフィムなど、並み居る強者を寄せ付けなかった最強の幹部怪人である。
そしてもう一人は、”無数の剣”を操る冒険者。
「誰よ、あいつ」
フェイトにとっては、見覚えのない人物であった。
彼の名は、”アルトリウス・ジータン”。花の都からやって来た冒険者にして、ミレイの知り合いでもある領主のバカ息子。
なおかつ、アリアによって見出された”最強のカード”の持ち主でもある。
5つ星 『アルティマ・セブン』
アルトリウスが操るのは、強大な力を秘めた七つの聖剣。
彼は初めから分かっていた。自分が選ばれた人間であると。もしも世界が危機に瀕した場合、それを救わなければならない存在であると。
しかし、彼は臆病であるがゆえにその責務から目を逸らし、20年もの間ただのバカ息子として生きてきた。
しかし、自分よりずっと弱い人達が、怪人相手に戦う姿を。街を守るミレイたちの背中を見て、彼は冒険者を目指し。
恐怖を乗り越えて、ゼストに立ち向かっていた。
「はあぁぁ!!」
「なかなか、やるな」
神秘を秘めた、七つの聖剣。ほぼ初めての実戦であるものの、最強の怪人と互角に渡り合うことができていた。
この世界で、最高峰の才能の持ち主。
本来であれば、ミレイとパートナーになるのは彼のはずであった。
ミレイが世界中のモノリスを修復し、アルトリウスが彼女の盾となる。もしも運命が狂わなければ、そんな未来もあったのかも知れない。
しかし世界は、神の定めた運命を越え、誰も知らぬ結末へと進んでいく。
「……まったく、ムカつくわね」
傷もまだ癒えておらず、フェイトはその戦いを眺めることしかできなかった。
両者ともに、一歩も譲らぬ戦いを。
だが次第に、アルトリウスが押され始める。
「くっ」
「凄まじい力だが、練度が足りないな」
たとえ、潜在能力では勝っていても。アルトリウスにとってはこれが初めての死闘である。
経験値という一点のみで、ゼストは七つの聖剣を上回っていく。
だが、そんなさなか。
”無数の光の矢”が、ゼストのもとへと降り注ぐ。
その全てを、魔剣で打ち払い無傷なものの。
ゼストは新しくやって来た敵を見る。
冒険者の少女、キララ。
地下の地獄を潜り抜けてきたはずだが。
その体には傷一つなく、服も新品のように綺麗だった。
「ちょっとキララ! あんたの実力じゃ」
多少、魔法が上手くても、この領域の戦いにはついて行けない。
フェイトが止めようとするも、キララはただ微笑むのみ。
「大丈夫だよ」
その手にあるのは、彼女だけの”白のカード”。
「今のわたしは、何にでもなれるから」
白のカードが、キララの体へと入っていき。
驚くほどに、彼女の雰囲気が”変質”する。
キララは、アルトリウスのもとへと近づくと。
「これ、借りるね」
彼の操る、聖剣の一つを拝借した。
「ふぅ」
ゼストと向かい合い、キララは聖剣を構える。
キララの戦法は、弓矢や魔法を使うことが多い。少なくとも、剣を使ったことなど見たことがない。
しかし、今の彼女から放たれる雰囲気は、どんな剣よりも鋭く見え。
その美しさに、誰もが目を奪われる。
――緋天冥明流絶技、絶景花火。
キララの手から放たれたのは、異次元の剣技。
聞いたことがない。”この世界には存在しない技”を放ち。
「ッ!?」
ゼストの体を、深く斬り裂いた。
なぜ、そのような剣技を使えるのか。
なぜ、魔法を超えた神秘を扱えるのか。
無数に存在する平行世界。そこに存在する別の自分から、力を引き出すことができたら。
繋がり、情報を得ることができたら。
そこにあるのは、無限の可能性に他ならない。
それこそが、キララの得た力。
”白のカード”の能力であった。