月夜の叫び
隠された地下鉄の跡地。そこに存在する居住地の出入り口に、怪人ザイードは待機していた。子供たちが不用意に外へ出ないように。そして、外敵の侵入にいち早く気づくために。
そこへ、ミレイとキララの二人が帰ってくる。
「何か収穫はあったのか?」
ザイードが尋ねるも。ミレイは浮かない表情で居住地へと入っていく。
困った様子で、キララとザイードが顔を合わせる。
「ミレイちゃんいわく、プロメテウスを倒す方法が分かったんだって」
「なに、本当か?」
「うん、たぶん。わたしにはよく分からなかったけど。特定遺伝子だとか、フェールセーフだとか」
ミレイとキララは、放棄された施設にて極秘のデータを閲覧した。プロジェクト・プロメテウス、その全貌を記したデータを。キララはそれを見ても理解できなかったが、ミレイは何かを察したようだった。
知りたかった、最悪の情報を。
◇
――いただきます!
居住地にて、みんな揃っての夕食が行われる。
大勢の子供たちはもちろんのこと、数人の女性も。ミレイやキララも一緒に、夕食の時間を過ごす。
ミレイという新顔がいるおかげか、雰囲気はとても明るいものだった。
唯一、怪人であるザイードは壁にもたれて腕を組んでいる。彼らには、食事の必要がないのだろう。
「ねぇ、ミレイ。魔法見せて!」
「あのニョロニョロ以外のやつ」
「ほら、皆さん。今は食事中ですよ」
子供たちがミレイに魔法をせがみ、大人がそれを注意する。
頼まれたら断れないため、ミレイは一つ手品を見せることに。
「じゃじゃーん」
突如として、ミレイの顔に派手なパーティ用のサングラスが出現する。
こっちの世界で手に入れた、数少ないカードの一つ。もちろん、1つ星である。
「うわっ、凄い」
「なんかマジックみたい」
「へんなの」
あまりにもファンタジー要素が少ないため、子供たちには不評であった。
「空って飛べるの?」
「あー、うん。ちょっと前までは飛べてたんだけど」
「炎とかは?」
「うーん。今はちょっと厳しいかな」
「怪人より強い?」
「それは、考え方によるかも」
子供たちの質問に、ミレイは一つ一つ真面目に回答する。今は食事の時間ではあるものの、やはりミレイは子供の相手をするのは嫌いではなかった。
明るく笑う子供たち。その風景は、きっとどこの世界でも変わらない。子供が笑顔なら、それに勝る幸福などないだろう。
この世界も、まだ完全に滅んだわけではない。いつかきっと、太陽の下で笑い合える日が来るはず。それを果たすためにも、怪人を、プロメテウスを倒さなければならない。
プロメテウス打倒に繋がる情報を、ミレイは確かに手に入れた。だがしかし、今の彼女は決してのんきに笑うことなどできなかった。
戦う覚悟はある。誰かを守るためならば、いくらでも勇気を振り絞れる。でももし、その先に”最悪の結末”が待っているとすれば。
一人それを抱え込み、ミレイは胸を痛める。
そんな落ち込んだ様子に、キララが気づく。
「ミレイちゃん、大丈夫?」
「……うん」
心配をかけないよう、ミレイは笑みを作る。
この世界を救うと誓ったのだから。たとえ心がボロボロになっても、前に進まなければならない。
「ちょっと、食欲がなくて」
「――なるほど。では、僕が食べさせてあげよう」
聞こえたのは、”見知らぬ声”。
途端に、空気が凍った。
「え」
ミレイが後ろを振り向くと、そこにいたのは一人の怪人。ミレイはその怪人に見覚えがあった。
帝都を襲撃した幹部怪人の一人。その名も、ソドム。
ソドムは、誰にも、ザイードにすら察知されずに、ミレイの真後ろへと立っていた。
「ッ」
ミレイは咄嗟に戦闘の意思を固める。
だがしかし、すぐ隣には子供たちの姿が。手が届くほどの範囲にいるのに、攻撃などできるはずもない。
あまりにも急な出来事なので、子供たちは状況をいまいち飲み込めていなかった。
ミレイも、キララも、ザイードも。誰一人として動くことができない。
そんな様子を見て、ソドムは笑みを浮かべる。
「そんな怖い顔をしないでくれ。僕が何をしたっていうんだい?」
ひょうひょうと、フレンドリーな様子でソドムは言葉を発する。
だがしかし、決して油断などできはしない。なにせ、誰にも気づかれずにここへ入り込むほど、超常的な力を有しているのだから。
「瞬間移動? それとも透明化?」
「ノーノー、残念」
ソドムはキララの問いを否定する。
「僕はただ、”速い”だけさ」
ここへやって来るにあたり、ソドムは何も特別なことはしていない。ただ単純に、地上でミレイとキララの二人を見つけ、後をつけてきたに過ぎない。
ザイードに察知されないように気配を消し、誰の目にも留まらぬスピードで中へと入る。
やったのは、ただそれだけのこと。
「みんな、奥の方に隠れてて!」
キララの指示に従って、子供や女性たちが隠れ家の奥の方へと移動する。
ソドムは、それを黙って見逃していた。そこにあるのは、圧倒的なまでの余裕。
この場に残ったのは、ミレイ、キララ、ザイードの三人。
(どうにか、しないと)
ミレイは焦りを募らせる。怪人に見つかったということは、遅かれ早かれプロメテウスに所在がバレてしまう。それだけならまだしも、ここの人たちに危害を加えられる可能性もある。
それだけは避けたかった。
「ちょっと、まって。わたしが大人しく付いて行くから、みんなには手を出さないで」
ミレイが、大人しく投降しようとするも。
キララは制止する。
「……もう、逃げるのは止めよう。ここで勝てないと、このまま一生負け続けちゃう」
キララは、幹部相手に戦う気満々であった。
ザイードも同様である。
「ふはは。この僕と戦おうだなんて、面白いことを言う。そっちは三人かい? 一名、君がどうやって裏切ったのかは知らないけど」
ソドムは、ザイードを見る。
「わたしが倒した怪人は、人間としての心を取り戻せる」
「……へぇ」
ミレイの言葉に、ソドムは少しだけ驚いた。
「なるほど。それはそれは、なんとも面白い話だが。――ここじゃ狭いから、上で戦おうか」
ソドムの提案に、三人は頷くしかなかった。
◆
月明かりが照らす中。残骸の街に唯一残された高層ビルの屋上に、ミレイたちは集っていた。
風が強く、恐ろしく空気が冷たい。
ただ一人、ソドムだけは心の底から楽しそうに笑っていた。
「ここなら、他の連中に邪魔をされることはない。おまけに、高いところは最高だ」
ソドムとは違い、ミレイたちに無駄口を叩く余裕などない。
立場は圧倒的に劣勢。
この場所へ来た以上、やることは一つだけ。
静かに、戦いが始まった。
「はあぁぁッ!!」
まず初めに、キララが一番槍として突撃。
パワードスーツによって強化された、強力な拳を叩き込む。
だがしかし、その拳は空を切り。
「わわっ!?」
キララは勢いを止めきれずに、ビルの屋上から落ちていってしまった。
「キララ!!」
「心配は無用だ」
キララはすぐに戻ってくる。そう確信しているからこそ、ザイードは迷うことなく攻勢に出た。
彼もキララと同じく、純粋なる格闘タイプである。かつて、花の都でミレイたちを苦しめた時のように、怒涛の連撃を繰り出してく。
「ははははっ!! 惜しい! 惜しい!」
しかし、ソドムは全ての攻撃を容易く回避する。
ザイードも、必死に食らいつこうとするものの。振り抜いた拳は、どれも空を切るばかり。まるで相手にもなっていなかった。
「さて、休憩タイムだ」
「ッ」
ソドムに額をデコピンされ。
それだけで、ザイードは吹き飛ばされてしまう。
その一方的な戦いを、ミレイはただ見ていることしかできなかった。
「……」
幹部クラスの怪人が、強いというのは知っていた。だがしかし、あのザイードがまるで赤子のように弄ばれている。その光景に、言葉も出ない。
今のミレイにできる攻撃は、触手を変化させて打撃を与える程度。
もはや、立ち向かおうとすら思えない。それほどの実力差が存在していた。
ミレイが怖気づいていると。外壁を上って、キララが屋上へと舞い戻ってくる。
身に纏うスーツのおかげか、ビルから落ちても怪我をした様子はなかった。
「ザイード、どんな感じ?」
「そう、だな。……奴に足が付いてなかったら、勝負になったかも知れん」
そう言わしめるほど、両者の間には高い壁があった。
「まったく拍子抜けだな、君たち。その程度の実力で、僕たちに抗うつもりなのかい?」
残念そうに、ソドムは肩を落とす。
攻撃が、当たりさえすれば。
キララとザイードがそんな事を考えていると、ソドムが一つ提案をしてくる。
「君たちに、一つチャンスをあげよう。僕は今から、この場から一歩も動かない。どうぞ、好きに攻撃するといい」
そう言って、ソドムはその場で腕を組んだ。
スピード自慢の怪人が、一歩も動かないと宣言する。
一体、どれほどの余裕なのか。
「ふざけるなッ」
ザイードは憤慨し。
ソドムの顔面に、その拳を叩き込んだ。
だがしかし、ソドムは微動だにせず。
拳の一撃を食らっても、血の一滴も流さない。
「ふふっ。そんなパンチ、痛くも痒くもないさ」
上位怪人と幹部怪人。同じく、知性を持った存在だというのに。
あまりの実力差に、ザイードは愕然と立ち尽くす。
すると、
「ザイード、離れて!」
続いて、キララの番。
身に纏うスーツが輝きだし、エネルギーを溜め始めた。
彼女の纏うスーツは、対怪人戦に特化して造られたもの。それより放たれる一撃は、上位怪人をも凌駕する。まさに、人類の叡智の結晶である。
右の拳に、全てのエネルギーを集中させ。
ソドムの胴体に、渾身の一撃を叩きつけた。
「んん」
だがしかし、ソドムは僅かに後退するのみ。
先程の攻撃と同様に、まるでダメージの入った様子がなかった。
「そんなっ」
「ふふっ、中々の衝撃だったよ。良いマッサージになった」
絶対的。
これこそが、幹部怪人の力。
自慢のスピードだけでなく、パワーや耐久面においてもキララたちを圧倒していた。
「他の怪人を数体狩った程度で、勘違いしてしまったようだね」
キララとザイードのコンビは、これまでに数体の上位怪人を撃破してきた。
その力があったからこそ、多くの子供や女性たちを助けることができた。
まだ負けてはいないと、決して諦めることはなく。
敵の強大さを、欠片も知らぬままに。
「さて、もう攻撃は終わりかな? 飽きてしまったから、そろそろ死んでもらおうか」
圧倒的なソドムに対し、キララたちは抗う術を持たず。
「でも待てよ? それじゃあ面白くないし、違うゲームにしようか」
そんな中、ソドムは考えを改めた。
「今から、”かけっこ対決”をしよう」
「……かけっこ?」
なぜ、かけっこなのか。ミレイは思わずつぶやく。
「そう、かけっこだ。ゴールは、君たちのいたあの隠れ家。もしも君たちが勝ったら、特別に人間たちを殺すのは止めにする。でも僕が勝ったら、みんな仲良く皆殺しだ」
「……え」
みんな、仲良く、
子供たちの笑顔が、ミレイの脳裏をよぎる。
「よーし、準備運動をしようか」
ソドムはその場でぴょんぴょんと飛び跳ね、かけっこの準備運動をする。
対するミレイたちは、まるで意味が分からないという様子。
いや、本当は分かっていた。
決して勝ち目のない、最悪の勝負であると。
「ちょっと待ってよ! わたしを連れて行けば、それでいいんじゃないの?」
「うーん。でも、それじゃつまらないし」
ソドムは、あっけらかんと答える。
微塵も悪意など無いように。
「僕たち最上位の怪人は、その強さゆえに自由なのさ。だから王の命令をこなしつつ、こんな寄り道だってできる」
彼らは、怪人。
こうやって人類を滅ぼしてきた。
「ふふっ。君たちが戻る前に、子供たち全員の頭を集めないと」
人とは、決して相容れない生き物。
「……まって。やめて」
彼を何とか止めようと、ミレイは黒のカードを具現化。
望みを込めて、カードを召喚するも。
1つ星 『砂漠の花』
砂漠に咲いた美しい花。たくましい生命力を持つ。
そこに、希望などは無く。
だがそれでもと、現実を受け入れられずにミレイは黒のカードを握り締める。
奇跡を、救いを。
みんなを守れる力を。
しかし、溢れ出るのは悔しさによる涙のみ。
『ミレイ、無理だ。召喚はすでに終わっている。そのカードは、もう使い物にならない』
サフラの制止も、関係ない。
――大丈夫。わたしが、絶対に守るから。
子供たちと約束したのだ。
いつかきっと、太陽の下で笑い合えるようにすると。
「――やめろぉぉ!!」
ミレイの悲痛な叫びが、月夜の空に鳴り響いた。