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月夜の叫び






 隠された地下鉄の跡地。そこに存在する居住地の出入り口に、怪人ザイードは待機していた。子供たちが不用意に外へ出ないように。そして、外敵の侵入にいち早く気づくために。

 そこへ、ミレイとキララの二人が帰ってくる。




「何か収穫はあったのか?」




 ザイードが尋ねるも。ミレイは浮かない表情で居住地へと入っていく。

 困った様子で、キララとザイードが顔を合わせる。




「ミレイちゃんいわく、プロメテウスを倒す方法が分かったんだって」


「なに、本当か?」


「うん、たぶん。わたしにはよく分からなかったけど。特定遺伝子だとか、フェールセーフだとか」




 ミレイとキララは、放棄された施設にて極秘のデータを閲覧した。プロジェクト・プロメテウス、その全貌を記したデータを。キララはそれを見ても理解できなかったが、ミレイは何かを察したようだった。

 知りたかった、最悪の情報を。















――いただきます!




 居住地にて、みんな揃っての夕食が行われる。

 大勢の子供たちはもちろんのこと、数人の女性も。ミレイやキララも一緒に、夕食の時間を過ごす。

 ミレイという新顔がいるおかげか、雰囲気はとても明るいものだった。


 唯一、怪人であるザイードは壁にもたれて腕を組んでいる。彼らには、食事の必要がないのだろう。




「ねぇ、ミレイ。魔法見せて!」


「あのニョロニョロ以外のやつ」


「ほら、皆さん。今は食事中ですよ」




 子供たちがミレイに魔法をせがみ、大人がそれを注意する。

 頼まれたら断れないため、ミレイは一つ手品を見せることに。




「じゃじゃーん」




 突如として、ミレイの顔に派手なパーティ用のサングラスが出現する。

 こっちの世界で手に入れた、数少ないカードの一つ。もちろん、1つ星である。




「うわっ、凄い」


「なんかマジックみたい」


「へんなの」




 あまりにもファンタジー要素が少ないため、子供たちには不評であった。




「空って飛べるの?」


「あー、うん。ちょっと前までは飛べてたんだけど」


「炎とかは?」


「うーん。今はちょっと厳しいかな」


「怪人より強い?」


「それは、考え方によるかも」




 子供たちの質問に、ミレイは一つ一つ真面目に回答する。今は食事の時間ではあるものの、やはりミレイは子供の相手をするのは嫌いではなかった。


 明るく笑う子供たち。その風景は、きっとどこの世界でも変わらない。子供が笑顔なら、それに勝る幸福などないだろう。

 この世界も、まだ完全に滅んだわけではない。いつかきっと、太陽の下で笑い合える日が来るはず。それを果たすためにも、怪人を、プロメテウスを倒さなければならない。


 プロメテウス打倒に繋がる情報を、ミレイは確かに手に入れた。だがしかし、今の彼女は決してのんきに笑うことなどできなかった。

 戦う覚悟はある。誰かを守るためならば、いくらでも勇気を振り絞れる。でももし、その先に”最悪の結末”が待っているとすれば。

 一人それを抱え込み、ミレイは胸を痛める。


 そんな落ち込んだ様子に、キララが気づく。




「ミレイちゃん、大丈夫?」


「……うん」




 心配をかけないよう、ミレイは笑みを作る。

 この世界を救うと誓ったのだから。たとえ心がボロボロになっても、前に進まなければならない。




「ちょっと、食欲がなくて」


「――なるほど。では、僕が食べさせてあげよう」






 聞こえたのは、”見知らぬ声”。

 途端に、空気が凍った。






「え」



 ミレイが後ろを振り向くと、そこにいたのは一人の怪人。ミレイはその怪人に見覚えがあった。

 帝都を襲撃した幹部怪人の一人。その名も、ソドム。


 ソドムは、誰にも、ザイードにすら察知されずに、ミレイの真後ろへと立っていた。




「ッ」



 ミレイは咄嗟に戦闘の意思を固める。

 だがしかし、すぐ隣には子供たちの姿が。手が届くほどの範囲にいるのに、攻撃などできるはずもない。


 あまりにも急な出来事なので、子供たちは状況をいまいち飲み込めていなかった。


 ミレイも、キララも、ザイードも。誰一人として動くことができない。

 そんな様子を見て、ソドムは笑みを浮かべる。




「そんな怖い顔をしないでくれ。僕が何をしたっていうんだい?」




 ひょうひょうと、フレンドリーな様子でソドムは言葉を発する。

 だがしかし、決して油断などできはしない。なにせ、誰にも気づかれずにここへ入り込むほど、超常的な力を有しているのだから。




「瞬間移動? それとも透明化?」


「ノーノー、残念」




 ソドムはキララの問いを否定する。




「僕はただ、”速い”だけさ」




 ここへやって来るにあたり、ソドムは何も特別なことはしていない。ただ単純に、地上でミレイとキララの二人を見つけ、後をつけてきたに過ぎない。

 ザイードに察知されないように気配を消し、誰の目にも留まらぬスピードで中へと入る。

 やったのは、ただそれだけのこと。




「みんな、奥の方に隠れてて!」




 キララの指示に従って、子供や女性たちが隠れ家の奥の方へと移動する。

 ソドムは、それを黙って見逃していた。そこにあるのは、圧倒的なまでの余裕。


 この場に残ったのは、ミレイ、キララ、ザイードの三人。




(どうにか、しないと)




 ミレイは焦りを募らせる。怪人に見つかったということは、遅かれ早かれプロメテウスに所在がバレてしまう。それだけならまだしも、ここの人たちに危害を加えられる可能性もある。

 それだけは避けたかった。




「ちょっと、まって。わたしが大人しく付いて行くから、みんなには手を出さないで」




 ミレイが、大人しく投降しようとするも。

 キララは制止する。




「……もう、逃げるのは止めよう。ここで勝てないと、このまま一生負け続けちゃう」




 キララは、幹部相手に戦う気満々であった。

 ザイードも同様である。




「ふはは。この僕と戦おうだなんて、面白いことを言う。そっちは三人かい? 一名、君がどうやって裏切ったのかは知らないけど」



 ソドムは、ザイードを見る。




「わたしが倒した怪人は、人間としての心を取り戻せる」


「……へぇ」



 ミレイの言葉に、ソドムは少しだけ驚いた。




「なるほど。それはそれは、なんとも面白い話だが。――ここじゃ狭いから、上で戦おうか」




 ソドムの提案に、三人は頷くしかなかった。

















 月明かりが照らす中。残骸の街に唯一残された高層ビルの屋上に、ミレイたちは集っていた。


 風が強く、恐ろしく空気が冷たい。


 ただ一人、ソドムだけは心の底から楽しそうに笑っていた。




「ここなら、他の連中に邪魔をされることはない。おまけに、高いところは最高だ」




 ソドムとは違い、ミレイたちに無駄口を叩く余裕などない。

 立場は圧倒的に劣勢。

 この場所へ来た以上、やることは一つだけ。


 静かに、戦いが始まった。




「はあぁぁッ!!」




 まず初めに、キララが一番槍として突撃。

 パワードスーツによって強化された、強力な拳を叩き込む。


 だがしかし、その拳は空を切り。





「わわっ!?」



 キララは勢いを止めきれずに、ビルの屋上から落ちていってしまった。





「キララ!!」


「心配は無用だ」




 キララはすぐに戻ってくる。そう確信しているからこそ、ザイードは迷うことなく攻勢に出た。

 彼もキララと同じく、純粋なる格闘タイプである。かつて、花の都でミレイたちを苦しめた時のように、怒涛の連撃を繰り出してく。




「ははははっ!! 惜しい! 惜しい!」



 しかし、ソドムは全ての攻撃を容易く回避する。




 ザイードも、必死に食らいつこうとするものの。振り抜いた拳は、どれも空を切るばかり。まるで相手にもなっていなかった。




「さて、休憩タイムだ」


「ッ」




 ソドムに額をデコピンされ。

 それだけで、ザイードは吹き飛ばされてしまう。


 その一方的な戦いを、ミレイはただ見ていることしかできなかった。




「……」




 幹部クラスの怪人が、強いというのは知っていた。だがしかし、あのザイードがまるで赤子のように弄ばれている。その光景に、言葉も出ない。


 今のミレイにできる攻撃は、触手を変化させて打撃を与える程度。

 もはや、立ち向かおうとすら思えない。それほどの実力差が存在していた。


 ミレイが怖気づいていると。外壁を上って、キララが屋上へと舞い戻ってくる。

 身に纏うスーツのおかげか、ビルから落ちても怪我をした様子はなかった。




「ザイード、どんな感じ?」


「そう、だな。……奴に足が付いてなかったら、勝負になったかも知れん」




 そう言わしめるほど、両者の間には高い壁があった。




「まったく拍子抜けだな、君たち。その程度の実力で、僕たちに抗うつもりなのかい?」



 残念そうに、ソドムは肩を落とす。





 攻撃が、当たりさえすれば。


 キララとザイードがそんな事を考えていると、ソドムが一つ提案をしてくる。





「君たちに、一つチャンスをあげよう。僕は今から、この場から一歩も動かない。どうぞ、好きに攻撃するといい」




 そう言って、ソドムはその場で腕を組んだ。


 スピード自慢の怪人が、一歩も動かないと宣言する。

 一体、どれほどの余裕なのか。




「ふざけるなッ」




 ザイードは憤慨し。

 ソドムの顔面に、その拳を叩き込んだ。


 だがしかし、ソドムは微動だにせず。

 拳の一撃を食らっても、血の一滴も流さない。




「ふふっ。そんなパンチ、痛くも痒くもないさ」




 上位怪人と幹部怪人。同じく、知性を持った存在だというのに。

 あまりの実力差に、ザイードは愕然と立ち尽くす。


 すると、




「ザイード、離れて!」




 続いて、キララの番。

 身に纏うスーツが輝きだし、エネルギーを溜め始めた。


 彼女の纏うスーツは、対怪人戦に特化して造られたもの。それより放たれる一撃は、上位怪人をも凌駕する。まさに、人類の叡智の結晶である。


 右の拳に、全てのエネルギーを集中させ。

 ソドムの胴体に、渾身の一撃を叩きつけた。




「んん」




 だがしかし、ソドムは僅かに後退するのみ。

 先程の攻撃と同様に、まるでダメージの入った様子がなかった。




「そんなっ」


「ふふっ、中々の衝撃だったよ。良いマッサージになった」




 絶対的。

 これこそが、幹部怪人の力。

 自慢のスピードだけでなく、パワーや耐久面においてもキララたちを圧倒していた。




「他の怪人を数体狩った程度で、勘違いしてしまったようだね」




 キララとザイードのコンビは、これまでに数体の上位怪人を撃破してきた。

 その力があったからこそ、多くの子供や女性たちを助けることができた。


 まだ負けてはいないと、決して諦めることはなく。

 敵の強大さを、欠片も知らぬままに。




「さて、もう攻撃は終わりかな? 飽きてしまったから、そろそろ死んでもらおうか」




 圧倒的なソドムに対し、キララたちは抗う術を持たず。




「でも待てよ? それじゃあ面白くないし、違うゲームにしようか」




 そんな中、ソドムは考えを改めた。




「今から、”かけっこ対決”をしよう」


「……かけっこ?」




 なぜ、かけっこなのか。ミレイは思わずつぶやく。




「そう、かけっこだ。ゴールは、君たちのいたあの隠れ家。もしも君たちが勝ったら、特別に人間たちを殺すのは止めにする。でも僕が勝ったら、みんな仲良く皆殺しだ」


「……え」





 みんな、仲良く、


 子供たちの笑顔が、ミレイの脳裏をよぎる。





「よーし、準備運動をしようか」




 ソドムはその場でぴょんぴょんと飛び跳ね、かけっこの準備運動をする。

 対するミレイたちは、まるで意味が分からないという様子。


 いや、本当は分かっていた。

 決して勝ち目のない、最悪の勝負であると。




「ちょっと待ってよ! わたしを連れて行けば、それでいいんじゃないの?」


「うーん。でも、それじゃつまらないし」




 ソドムは、あっけらかんと答える。

 微塵も悪意など無いように。




「僕たち最上位の怪人は、その強さゆえに自由なのさ。だから王の命令をこなしつつ、こんな寄り道だってできる」




 彼らは、怪人。

 こうやって人類を滅ぼしてきた。




「ふふっ。君たちが戻る前に、子供たち全員の頭を集めないと」




 人とは、決して相容れない生き物。




「……まって。やめて」




 彼を何とか止めようと、ミレイは黒のカードを具現化。

 望みを込めて、カードを召喚するも。





 1つ星 『砂漠の花』


 砂漠に咲いた美しい花。たくましい生命力を持つ。





 そこに、希望などは無く。

 だがそれでもと、現実を受け入れられずにミレイは黒のカードを握り締める。




 奇跡を、救いを。

 みんなを守れる力を。




 しかし、溢れ出るのは悔しさによる涙のみ。





『ミレイ、無理だ。召喚はすでに終わっている。そのカードは、もう使い物にならない』




 サフラの制止も、関係ない。




――大丈夫。わたしが、絶対に守るから。




 子供たちと約束したのだ。

 いつかきっと、太陽の下で笑い合えるようにすると。





「――やめろぉぉ!!」





 ミレイの悲痛な叫びが、月夜の空に鳴り響いた。






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