ろくでなし
真っ赤な瞳に、白い髪の毛。
元々、ただでさえ大人に見えない低身長だったのに。ここまで容姿が変わると、まるで色物キャラになったみたい。
よく知っているようで、知らない少女に背負われたまま。ミレイはこの世界の街並みを視界に収める。
粉々に砕けた道路に、消し飛んだ建物。辺り一帯が瓦礫の山で、これを再建するのは大変であろう。再建する者が、居たらの話だが。
これまで見てきた世界の中で、ここは最悪に近い世界だった。ここが地球だとは、とても信じたくはない。
この世には無数の並行世界があって、無数の自分が生きている。
この世界にも、わたしはいたのだろうか。
密着していると、キララの髪の毛が鼻先をくすぐる。
似ているようで、初めての匂い。嫌いではないけど、やはりどこか違う。
帰りたい。もう一度、会いたい。
でもその前に、この世界の問題を解決しなければ。
それを可能にする力が、自分にはあるのだから。
◆
「よっと」
ミレイを背負ったまま、キララは軽々と駆けていき。居住地からだいぶ離れた場所までやって来た。
これだけ離れていれば、怪人たちと戦いになっても居住地に被害が出ることもない。
ミレイは地面に下ろしてもらい、その目で周囲の様子を見る。痛々しい、破壊の跡を。
「ほんと、ひどいね」
「……うん」
どこか悲しげな、キララの声。
彼女にとっては、この光景が当たり前になってしまっていた。平和だった頃が、もう思い出せない。
「最初はね、ちょっとした事件だと思ってたんだ」
怪人。それがこの世界における異常であり、全てを変えた元凶。
化け物のような男、銃弾が効かない、人を殺した。そんなニュースがテレビで流れつつも、どこか他人事のように眺めていた。
――昨日のニュース見た?
――見た見た。面白すぎでしょ。
――ねー。映画みたい。
そんなふうに、みんな笑い話にして。
しかしそれは、ほんの始まりに過ぎなかった。
怪人たちは爆発的に勢力を拡大していき、世界は瞬く間に蹂躙された。
「よいしょっと。……あー、涼し〜」
瓦礫の上に座って、キララはスーツの両足部分を脱ぎ捨てる。
その様子を見て、ミレイは目を見開いた。
そこに”あるべきもの”が、無かったから。
「……わたしもね、ちょっと前までは普通の女子高生だったんだよ? でも、怪人とスカルレンジャーの戦いに巻き込まれちゃって」
「スカルレンジャー?」
「怪人と戦う、ヒーローみたいな感じかな? とっくの昔に、壊滅しちゃったけど」
この世界にも、悪に抗うものは存在した。
しかし、必ずしも正義が勝つとは限らない。
「わたしがこのスーツを手に入れたのは、ほんの偶然。でもそのおかげで、こうしてみんなのために戦えるから」
とても眩しい、キララの笑顔。
たとえ世界が違っても、変わらないものは存在する。
「偉い偉い」
ミレイは、優しくキララの頭を撫でた。
「あー! わたしのほうがお姉ちゃんなんだよ?」
「そう? これでもわたし、20歳なんだけど」
「うっそ!?」
何も怖くはない。
わたしたちなら、大丈夫。
◇
ミレイとキララは、物陰からひょっこりと顔を出し。
二人が見つめる先には、一体の怪人がいた。
酔っぱらいのように、おぼつかない足取りをした仮面の怪人。知性を持たない、雑魚怪人である。
彼らは上位怪人の命令がなければ動けないため、普段はこうして徘徊している。
幸いにも、周囲にいるのはこの一体だけであり。
今回の実験には、もってこいの相手であった。
「よしっ」
ミレイは気合を入れると、その深紅の瞳で怪人を睨みつける。
強烈な念を送るように。
すると、怪人の動きがピタリと停止した。
「おおっ、やったの?」
「……」
その光景に、キララは大興奮。
しかし、ミレイは首を傾げた。
何となくではあるものの、怪人に干渉できたという感覚はある。怪人の動きが止まったのも、自身の力によるものだろう。
だがしかし、あの怪人を”解放できた”という実感はない。
――俺はお前に倒されたことで、人としての心を取り戻した。
ミレイは、ザイードの言葉を思い出した。
怪人という存在に、ミレイは干渉することができる。しかしプロメテウスの支配を打ち破るには、それ相応の”衝撃”が必要なのかも知れない。
(あのタイプの怪人なら、簡単に倒せるはず)
ミレイは一つ、賭けに出ることに。
(ねぇ、サフラ。触手で戦闘モードとか、できる?)
(そうだな。硬さを変えたり、物理的な攻撃は可能だろう)
(なら、お願い。ただし殺さないようにね)
脳内会議を終えると、ミレイは物陰から飛び出した。
怪人は、ミレイの登場に気づき。
彼女を敵と認識し、襲いかかってくる。
「ミレイちゃん!?」
「大丈夫!」
今、手元に強力なアビリティカードはない。戦いの才能だって無い。
だがそれでも、これまでの”軌跡”がある。
「――サフラパンチ!!」
彼女の腕から伸びた触手が、巨大な拳の形になり。
雑魚怪人を正面からぶっ飛ばした。
◇
倒された怪人が、ゆっくりと起き上がり。
ミレイは、深紅の瞳でそれを見つめる。
何かが、確かに変わったはず。
怪人は、どこか困惑した様子のまま周囲を見渡し。
ミレイの顔を見た。
何かを言いたいのか。
何かを表現したいのか。
しかし、雑魚怪人である彼らには言葉を発するための器官がなく。顔に当たる部分には、ただ真っ白な仮面が存在するのみ。
仮に、プロメテウスの支配から解放され。この怪人に、人の心が戻っていたとしても。もはや表現することは叶わない。
それを、理解してか。怪人は静かに震え始める。
「どうしたの?」
ミレイが問いかけるも、彼にはもう通じない。
自分が、どうしようもない存在に成り果ててしまったと悟り。
怪人は仮面に手を向ける。
「ッ、待って!」
ミレイの制止もむなしく、怪人は仮面を外し。
”何もない素顔”を晒した。
上位怪人と、彼らのような雑魚怪人。
何が違うのか、どうして違ってしまうのか。
取り戻した自我の重さに、耐えきれないように。
仮面を外した怪人は、黒いドロドロの液体になって”死滅”した。
「……なんで」
ミレイは、残された仮面を拾い上げる。
かつて、花の都でも同様の現象が発生した。
異界の門が消えた後、残された大勢の怪人たちがこれと同じような行動をして、ドロドロの液体に変わってしまった。
きっと彼らも、世界の接続がキレたことでプロメテウスの支配から解放されたのだろう。
そして、変わり果てた自分の存在に耐えきれず、形を失ってしまった。
解放されても自我を保てるのは、ザイードのような上位怪人だけ。
一度、怪人に変えられてしまった以上、人として生きる道は存在しない。
「……怪人って、何なの?」
プロメテウスによって変異させられた、人間の成れの果て。ミレイの力で解放したとしても、人に戻ることはできない。
あまりにも、救いがなさすぎる。
たとえプロメテウスを倒せたとしても、怪人に変えられた多くの人類は死ぬ運命にあった。
この星は、黒いドロドロまみれになってしまう。
それでは、この世界は救えない。
もっと根本的に、怪人という存在を知る必要がある。
「怪人がどこから来たのか、知りたい?」
「うん」
「……なら、行こっか。実は一つ、あてがあるんだよね」
世界を、ヒトを救うために。
◆
ミレイとキララが訪れたのは、巨大な研究施設。
ここを管理していた会社の名は、クロノス社。すでに滅んでしまったものの、この世界では有数の大企業である。
二人は施設の中を進んでいき、とある部屋へとやって来た。
「前にここで、怪人がどうとかっていう資料を見たような……」
クロノス社は、キララの装着するパワードスーツの開発も行っていた会社である。それらの装備を求めて、キララとザイードは各地の施設を巡っていた。
とはいえ、この場所に兵器関連の技術は残されておらず。
その代わりに、別のものが眠っていた。
(ミレイ、そこの壁に何かがあるぞ)
「へ?」
サフラに促されて、ミレイは壁を調べてみることに。
特におかしな部分は存在しないものの、よく見るとタッチパネルのようなものが備え付けてある。
照明や空調の管理パネルであろうか。
そう思い、試しに触れてみると。
――認証完了。
「えっ」
どういう理屈か、パネルが起動し。
何もないと思われた壁に、隠し通路が出現した。
「ミレイちゃん、これって」
「……なんか開いた」
なぜ自分に、ここを開ける資格があったのか。
その奥に眠る真実に、全てが記されていた。
◇
ついに、念願のプロジェクトに着手できる。上の連中のご機嫌取りをしてきたかいがあった。
プロジェクト・プロメテウス。
宇宙環境に適応可能な”新人類”を、遺伝子操作によって生み出す計画。
人類の未来のためとか、みんな真面目に言ってるけど。正直、滑稽すぎて笑っちゃう。
わたしは、わたしのやりたいことをする。
プロメテウスの名の通り、わたしは”神”を作り上げる。
隠し通路の先にあったのは、表には出せない極秘の研究室。
独自の発電設備により、まだその機能が生きており。
そこでミレイが目にしたのは、ある一人の研究者の記録。
どこからか情報が漏れたのか、上からプロジェクトの即時停止を命令された。
実験体は、全て廃棄しろとの話。
ふざけんな。わたしの遺伝子をベースにした、子供にも等しい存在なのに。
処分なんて絶対に許せない。
70億のゴミよりも、この子一人のほうが価値がある。
ここの設備が使えないなら、他にどんな方法を使ってでも誕生させないと。
「つまりここの研究者が、怪人の王を生み出したってこと?」
「……そう、なのかな」
記録を読み進める中で、ミレイは手の震えが止まらなくなる。
この部屋へと続く道も、そして残されたコンピュータも。全て、自分の”生体認証”で突破することができた。
この研究者が誰なのか、嫌でも理解ができてしまう。
――どの世界でも、ミレイと同質の人間はろくでもない奴ばっか。
アリアの言葉を思い出す。
つまりこの世界のミレイも、同様の”ろくでなし”だったのだろう。
「何か、怪人の弱点とかって書いてない?」
「えぇっと、どうだろう」
残された記録を、洗いざらい読み進めていく。
プロメテウスが、どのようなプロセスを経て生み出されたのか。
弱点や、止める手段は存在しないのか。
そしてミレイは、”その部分”に辿り着いた。
記されていたのは、プロメテウスに打ち勝つための決定的な情報。
この世界を救うための、唯一の光。
だがしかし、
「……そんな」
辿り着いた真実に。
待ち受けていた、どうしようもない現実に。
ミレイは一人、”絶望”した。