小さなヒーロー
迷宮のように入り組んだ、地下鉄の跡地。人間の居住地へと繋がるその場所に、人ならざる影がやって来る。
周囲を警戒しながら、その影は迷うことなく居住地へと向かっていき。
屈強な怪人の手が、居住地の扉を開けた。
「うわっ、ザイードだ!」
「逃げろ逃げろ〜」
怪人がやって来たことで、子どもたちは一斉に騒ぎ出す。
だがしかし、彼を敵とは認識していなかった。
無論、見た目は完全に人ではないため、怯える子どもも中にはいるものの。
それでも多くの子どもは、彼を歓迎していた。
「……」
無邪気な子どもたちの反応に、ザイードが困っていると。
騒ぎを聞きつけたキララが、彼のもとへとやって来る。
「おかえり、ザイード。何かあった?」
「ああ、少し報告がある」
相手が怪人であろうと、男であろうと。こちらの世界のキララは、普通に話すことができる模様。
いやむしろ、かなり好印象を持っているようにも見える。
二人は話をするために、奥にあるキララの個人スペースへと足を運んだ。
キララはリラックスした様子でベッドに腰掛け、ザイードは床に座る。
ザイードは、地上で見たものをキララに説明した。
「……幹部怪人。そっか、そんな敵が来たんだ」
「ああ。俺たちが”牧場”を襲ったのが、やはり引き金だろう。向こうも、こちらを本格的に認識したはずだ」
自分たちが起こした行動により、怪人たちの警戒心が強くなった。キララとザイードはそう思い込む。
この居住地にやって来た一人の”迷い人”が、本当の原因とも知らずに。
「しばらくは、慎重に動かないとね」
「ああ。食料はまだ保つのか?」
「うん。今日は大量だったから、しばらくは平気だよ」
自由に外を動き回れるのは、特別なスーツを身に纏ったキララと、怪人であるザイードのみ。
この居住地に集まった女性や子どもたちのためにも、絶対に失敗は許されない。
「あっ、そうだ。実は今日、新しい子が増えたから、挨拶してあげて。あんまり、驚かさないように」
「……そう、だな」
ここに集まった子どもたちは、みんな怪人によって大切な家族を失っている。ザイードに人の心があるとはいえ、全ての子どもたちが受け入れてくれるわけではない。中には、顔を見るだけで泣いてしまう子どももいる。
しかしそれでも、少しずつ受け入れてもらうしかない。
「おーい、ミレイちゃーん。ちょっとこっちにおいで〜」
ザイードを紹介するために、キララが新しい子どもを呼びに行く。
こういった挨拶は、第一印象が肝心である。
なるべく相手を驚かさないように、ザイードは姿勢を正した。
「実はここにね、怪人さんがいるんだけど、お話とかできるかな?」
「えーっと」
布越しに、キララと子どもの声が聞こえてくる。
「悪い怪人じゃなくて、とってもいい怪人さんだから。お話できるかな?」
「まぁ、うん」
「よし! 偉い子」
どうやら、顔を合わせることはできるらしい。
自分もまだ子どもだというのに、キララは賢明に子どもたちを導いていた。
恐怖に打ち勝ち、とても大きな敵と戦っている。
そんな彼女を支えるために、ザイードは存在していた。
「俺の名はザイードだ。絶対に怖いことはしないし、悪いやつとも戦ったり……」
初対面の子どもを相手に、自己紹介をするザイードであったが。
その子どもの顔を見て、完全に機能を停止してしまう。
「あ」
対する少女、ミレイも。見覚えのある姿に、思わず声が漏れる。
一体、いつぶりの再会であろう。
かつて、花の都を襲った怪人と、それを撃退した冒険者。
何もかもが変わってしまった中、運命が再び交差する。
◆
居住地から、少し離れた場所。地下鉄の構内を歩く、二つの影。
怪人、ザイードと。異なる世界からの迷い人、ミレイ。
ミレイはキョロキョロと、周囲の様子を気にしていた。
「心配するな。ここに他の怪人はいない」
「あ、うん」
とはいえ、それを言っているのが怪人なので、何とも反応に困ってしまう。
二人は話をするために、居住地から少し離れた場所にやってきた。
「ここは完成前の地下鉄だ。地図にも乗っておらず、出入り口も分かりづらい。そのおかげで、今まで安全が保たれてきた」
もし仮に、怪人が地下空間にやって来たとしても、迷路のように入り組んでいるため容易に居住地には辿り着けない。
地下という不便な環境ではあるものの、人間たちはこのような場所で暮らすしかなかった。
「お前は、向こうの世界から来た異世界人だろう? なぜこちら側に来た」
「……プロメテウスに、連れてこられたんだよ。わたしが同じ存在だって」
「……やはり、そうか」
ザイードの中で、色々と納得がいく。
「俺はお前に倒されたことで、自分が人間だったことを思い出した。だから今、彼女たちに協力している」
「そっか」
恨まれていないようで、ミレイは一安心。
「それで、質問だが。この世界を、救うつもりはあるか?」
「それって……」
「お前の力なら、怪人に人の心を戻せるはずだ。俺をそうしたように」
「でも、そんな力、自覚がないんだけど」
自分と怪人との間に、どのような関係があるのか。自分に一体何ができるのか。ミレイには分からないことだらけであった。
それに、下手に行動を起こして、プロメテウスに見つかることだけは避けたい。
「……それでも、お前の力が必要だ。このままでは、この世界に未来はない」
彼らは、正真正銘の崖っぷちであった。人類の生き残りはごく僅かで、文明はすでに崩壊している。
おまけに、まともに抵抗できるのはキララとザイードの二人だけ。敵の圧倒的な物量には抗いようがない。
その現実は、ミレイも薄々分かっていた。伸び伸びと生きるはずの子どもたちが、こんな地下に閉じ込められて。確かに笑顔はあるけど、それはキララというヒーローがいるから。
(助けられるなら、もちろん助けたい。でも、)
ミレイは、黒のカードを具現化。
今日のカード召喚を行った。
1つ星『妖精族の毒針』
妖精族が戦いの際に用いる武器。相手を軽く痺れさせる。
「……これが、わたしの持ってる力。一日一回、どこからか不思議なアイテムを召喚できる」
今日も今日とて、あまり使い道のないカードが召喚された。平和な日常の中なら、これでも笑いの種にはなるのだが。
救いを求めている世界では、あまりにも希望が生み出せない。
強力なカードは、全てアヴァンテリアに置いてきてしまった。
いや、もしも仮に全てのカードが揃っていたとしても、果たしてこの世界を救えるだろうか。
プロメテウスがいる限り、この世界に救いはない。
「わたしにできるのは、これくらい」
流石のミレイでも、今回ばかりはお手上げだった。
なにせ、無敵だった大人モードでも歯が立たないのだから。
「……だがそれでも、俺はお前に救われた」
「……そんなこと、言われても」
頼ってもらえるのは、素直に嬉しい。
だがしかし、自分にできることはあまりにも少なかった。
プロメテウスという、確かな恐怖もチラつく。
そう思い悩むミレイであったが。
「――待て、静かに」
ザイードが、何かに気づき。
優れた感知能力をもって、遥か彼方の地点を認識する。
「どうやら、敵がやって来たらしい」
怪人たちの魔の手が、この地下にまで迫ろうとしていた。
◆
「皆さん、大丈夫ですから、奥の方に隠れていてください」
女性たちが協力して、子どもたちを居住地の奥へと連れて行く。
子どもたちは怯えながらも、それでも笑顔でいようと、必死に励まし合っていた。
居住地の入口付近では、キララとザイードが万が一に備えて戦闘準備を。
最悪、サフラと協力すれば戦えるので、ミレイも戦闘に備える。
「……一番の理想は、”地下には何もない”と判断し、そのまま帰ってもらうことだが」
息を潜めて、ザイードは離れた位置にいる怪人の動きを察知する。
不規則な足音から判断して、侵入したのは知性のない雑魚怪人。
倒すことは容易だが、それで異常を察知して、上位怪人がやって来ては最悪である。
できれば入り口を見つけずに、そのまま去ってほしかった。
キララとザイード、そしてミレイも。一言も発さずに、ただ時が過ぎるのを待つ。
このまま素通りするか、それとも居住地がバレてしまうのか。
そんな緊張が続く中で、
――うわぁぁん。
赤ん坊の泣き声が、奥の方から聞こえてくる。
「ッ」
「……どうしよう」
ザイードもキララも、焦りの色を隠せない。
ある程度、年齢のいった子どもたちなら、言葉で理解してもらえるものの、赤ん坊には通用しない。
どうしようもないことなのだが。このタイミングでは、もはや致命的であった。
そして、嫌な空気は波及する。
赤ん坊が泣き始めたことで、我慢していた他の子どもたちも泣き始めてしまう。
女性たちが、それを必死に止めようとするものの、圧倒的に手が足りない。
このままでは、怪人たちにこの場所がバレてしまう。
どうするべきか、皆が思考する中で。
ミレイは、すでに動いていた。
「サフラ、みんなを抱き締めてあげて!」
『分かった』
奥の子どもたちの元へと向かい。
身体から出した触手で、子どもたち全員を絡みとる。
当然、突然の触手に子どもたちは驚くものの。
それを包み込むように、ミレイは”祈り”を込めた。
――大丈夫。わたしが、絶対に守るから。
真っ白な触手を通じて、ミレイと子どもたちが繋がり合う。
心と心。
体温と体温。
子どもも、赤ちゃんも。
別け隔てなく、優しく包み込む。
すると、不安や涙は、どこかへ消し飛んでしまい。
気がつくと、地下に侵入した怪人も、どこかへ消え去っていた。
(……バカだな、わたし)
サフラを通じて、子どもたちを抱き締めながら。
ミレイは考えを改める。
一体、何を悩んでいたのだろう。
わたしは冒険者。
難しいことは考えずに、ただ心に従って動けばいい。
子供のお守りから、街を守る戦いだって。
今までだって、ずっとそうしてきた。
「――みんな、安心して! わたしは異世界からやって来た、凄腕の魔法使いだから」
子どもたちが怯えて、太陽の下で笑い合えないなんて。
こんな世界は間違ってる。
かつての自分とは違う。
孤独や恐怖に、立ち止まったりはしない。
ミレイは、救世主になる決意をした。