アルトリウス
「ミレイさん、キララさん。少々よろしいでしょうか。」
なにか良いクエストはないかと。
代わり映えのないボードを見つめるミレイたちのもとに、受付嬢のソニーがやって来る。
その手には、1枚の依頼票が握られていた。
「実は、お二人にお願いしたい依頼がありまして。」
そう言って。手渡された依頼票を見てみる。
――
Fランク『お店の宣伝をお願いします』
うちのパン屋の宣伝をお願いします。自分ではちょっと自信がないので。声が大きくて、明るい方を募集します。
報酬金 200G
マロア・ルルーシュ
――
依頼票に目を通して。
「この、”マロア・ルルーシュ”って。ソニーのお姉さんじゃなかった?」
以前、一緒にパン屋に言った記憶があるため、ミレイには聞き覚えがあった。
「はい。これは姉からの依頼でして。どなたか信頼できる方にお願いしたいと、頼まれたんです。」
そこで白羽の矢が立ったのが、ミレイとキララの2人であった。
「正直、わたしも人見知りなので。話しかけられる冒険者の人と言ったら、お二人くらいのものでして。」
その残念すぎる理由に、ミレイは気を落とす。
「わたしも、男の人に話しかけるのは緊張するけど。ソニーは受付嬢なのに大丈夫なの?」
「これでも、多少は改善されたほうなんですよ? 先輩は、本当にピンチの時以外には手を貸してくれないので。変わらざるを得なかったと言いますか。」
「……そっか。」
ミレイには、何も言えなかった。
「どうする? ミレイちゃん。今日はこの依頼にする?」
「そだな。断る理由もないし。」
2人の意見は決まった。
「受けるよ、そのクエスト。」
◇
”ポッケパン”。
そこは、知る人ぞ知る、美味しいパンのお店。
お店は開いてから日が浅く。まだ街中に、存在が浸透しているとは言えない。
けれども、そのオシャレな店内と、人見知りながらも可愛らしい店主。
そして何より、ほっぺたが落ちること間違いなし、と絶賛されるほど、美味しいパンが魅力の店であった。
「……ポッケパンの店主、マロア・ルルーシュです。よろしくおねがいします。」
小柄で可愛らしい店主、マロアが頭を下げる。
ソニーの姉という話だが、妹と同様に身長はミニマムサイズだった。
「わたしはミレイ。よろしく。」
自分と同程度の大きさの相手に、ミレイは妙な安心感を覚えた。
しかし、ミレイは知らない。
ルルーシュ姉妹の身長が、共にミレイのそれを凌駕していることに。
「キララです。今日は頑張るので、よろしくおねがいします!」
そんな相棒の身長事情など知る由もなく。
キララはいつも通り、元気いっぱいである。
相手が男性ではなく、比較的年の近い女性であるため、機嫌も悪くなかった。
そんな2人と挨拶をして。
マロアは若干の”引き攣り顔”で、ほんの少し後ずさる。
「すみません。妹の紹介ということで、なるべく緊張しないように思ってたんですけど。もうちょっとだけ、距離を離せますか?」
「あっ、はい。」
そう言われて。
ミレイたちは素直に距離を離す。
「どうも、ありがとうございます。」
マロアの顔色は、少しだけ良くなった。
相変わらず、視線はそらしたままだが。
(あれ、パン屋って接客業だよな。)
果たして、これで商売が成立するのかと。
ミレイは不安に思う。
「……あのー。他に、従業員の方って居ないんですか?」
キララの質問に。
「いいえ? この店は、わたし一人ですけど。」
不思議な事を聞かれたと、マロアは首を傾げる。
「あれ? でも、この前店に来た時には、もうひとり女の人が居たような。」
ミレイはソルティアたちと来店した時のことを思い出す。
「ああ、”アッカちゃん”ですか。あの子なら今、材料の買い出しに行ってます。」
「アッカちゃん?」
(あだ名か、何かかな?)
ミレイがそう考えていると。
「――あっ、ちょうど帰ってきました。」
入口の方から音がして。
その方向に振り向くと。
そこには、”赤い瞳”が特徴的な、どこか不思議な雰囲気の女性が立っていた。
その手には、パンの材料の入った袋が抱えられており。
ミレイたちの方を一見すると、そのまま無言で店の奥へと入って行く。
「……なんか、静かな感じの人ですね。」
キララが所見を述べるも。
「アッカちゃんは、”人間じゃない”です。」
「えっ?」
その言葉に、2人は衝撃を受ける。
「彼女の正式名称は、”赤い瞳の剣士”。妹のアビリティカードです。」
「妹の?」
2人が思い浮かべるのは、先程までギルドで一緒にいた小柄な受付嬢の姿。
「はい。”3つ星”で戦闘もこなせる、とても優秀なカードなんですけど。わたしの手伝いのために、妹がわざわざ召喚してくれてるんです。指定した材料の買い出しなど、単純な命令ならこなしてくれるので。」
その話を聞いて。
今回の依頼の件も含めて、とても思いやりのある良い姉妹だと。
ミレイは思った。
だがしかし。
(……でもやっぱり、まともに接客できる人が居ないような。)
この店の、致命的な欠陥に変わりはない。
「マロアさんって、他に従業員を雇う気はないの?」
「いいえ、それはちょっと。知らない人と話すのは、かなりハードルが高いので。」
「……なおさら雇おうよ。」
ミレイは強く推奨した。
「お二人にお願いしたいのは、実際に声を出しての宣伝と、チラシ配りです。」
テーブルに置かれた、チラシの束を示す。
「おお、凄い。ちゃんとしたチラシだ。」
一体、どこにこんな印刷技術があるのかと。
ミレイは軽く疑問に思う。
「妹が”魔法の水晶”を使って作ってくれたんです。」
「へぇ。」
思いの外、ソニーが有能であることに。
ミレイは驚きを隠せない。
「……チラシに書いてある、この変な文字はなんですか?」
チラシを見て、キララが指摘する。
そこには、
”TP026”
”SSS−Lab”
”GX−R”
”BQ−CC85”
”EX2151”
など、まるで型番のような文字列が並んでいた。
「それは、特にオススメな”商品の名前”です。なので、ぜひとも宣伝をお願いします。」
自信満々な顔で。
マロアはその商品名に何の疑問も抱いてなかった。
「はぇ〜、変わった商品名ですね。」
「いや、食いもんに付ける名前じゃねーだろ。」
そのようなやり取りの後。
ミレイとキララは、それぞれチラシの束を持って外に出る。
日本での生活を含めて、こういった仕事は未経験のため。
ミレイは僅かばかり緊張していた。
「まぁ、とりあえず。手分けして頑張ろっか。」
「おー!」
相変わらずの元気さに、ミレイはもはや安心すら覚える。
「わたしは南側一帯を担当するから、キララは北側をお願い。」
「了解です!」
「いい? ちゃんと男の人にも渡すんだよ? じゃないとチラシも減らないからね。」
「分かってるよ〜」
「ホントか?」
少なくとも、今までの傾向から見て。
ミレイはキララが知らない男性相手にチラシを渡せるとは思えなかった。
「もっちろん。何なら、”勝負”してみない?」
「勝負?」
「うん! 勝った方は、負けた方を肩車できるの!」
「……”勝った方が、負けた方を”?」
ミレイは頭の中で考える。
果たしてそれは、勝負の報酬として成立しているのかと。
「それって普通、”逆”じゃないの?」
当然のように指摘するも。
「じゃあ、絶対負けないからね〜」
キララは満面の笑みを浮かべて、颯爽と走り去ってしまう。
「……うん。頑張って。」
キララの思考回路を理解できず。
ミレイは1人、混乱した。
「ポ、ポッケパンです。よろしくお願いします。」
声を出すとともに、チラシを差し出して。
「街一番のパン屋です。ぜひいらしてください。」
道行く人々に対して、パン屋の宣伝を行っていく。
ミレイの中では、これ以上ないほど、笑顔と大声で宣伝しているつもりではあるが。
(あー、すっごく恥ずかしい。)
自分でも気づかない内に。
声も態度も、果てには身長すらも縮こまっていた。
(何でこんなに恥ずかしいんだろう。)
笑顔、という名の引き攣り顔をしたまま。
ミレイは考える。
今までクエストを受けて来て、修羅場も掻い潜って。
多少の度胸は付いたつもりであったが。
ミレイの根本的な部分は、未だにインドアなゲーマー気質のまま。
やはり、恥ずかしいものは恥ずかしかった。
(アイツらのこと、人見知りだってバカにしてたけど。わたしも人のこと言えねーじゃん。)
チラシを持った手は、小刻みに震えたまま。
「……よろしく、お願いします。」
声も、どんどん小さくなっていく。
人前で声を出すことの恥ずかしさ。
自分から他人に声をかける緊張感。
それらも大きな要因ではあるものの。
ミレイにとっては、それを”1人”で行っているというのが、何よりも苦しいものだった。
(キララが居ないだけで、こんなに不安になるなんて。)
あれほど他人の心配をしておいて。
自分はなんて情けないのか。
自己嫌悪に陥るミレイであったが。
(……いや、駄目だ。キララだって1人で頑張ってるんだから。わたしも頑張らなくちゃ。)
キララは言った。これは勝負であると。
ならば、負けるわけにはいかない。
ミレイは強く、拳を強く握った。
「――お願いします! ポッケパンです!」
腹の底から振り絞った声に。
街の人達も、何事かと耳を傾ける。
「とても美味しいパン屋です。ぜひいらしてください!」
通行人たちも、徐々にチラシを受け取ってくれるようになり。
その達成感に、ミレイも気分を良くしていく。
だが、しかし。
「――あらまぁ。ちっちゃいのに偉いわねぇ。」
「あっ、ちょっと。」
道行くご婦人の手によって。
これでもかと言うほど、頭を優しく撫でられる。
チラシを受け取ってもらった手前、強く反発することも出来ず。
(うぅぅ。何という屈辱か。)
ミレイは自分のプライドと戦った。
◆
ミレイが、必死になってお店の宣伝をする中。
その方向に向けて、1つの”奇妙”な人影が近づいていた。
街の往来のド真ん中で。
”その男”は両手広げ、おかしなポーズを披露している。
未だ、年若い青年であろう。髪の毛は美しい金髪で、目鼻立ちも非常に整っている。
だがしかし。両手を広げて、まるで光合成をするかのような奇妙な様子が、その男の品位をドン底まで落としていた。
「ママー。アイツまた変なことやってるよ?」
「そうねぇ。絶対に真似しちゃ駄目よ。」
彼のその奇行は、街の人々にとっては珍しい事ではないのだろう。
子供は指を指し、大人は完全にスルーしている。
青年は、そんな周囲の様子などお構いなく。
1人で妙な歌を口ずさみ。
おかしな踊りをしながら、街中を練り歩いていた。
そんな彼の耳には、この世界には存在しないはずの”イヤホン”が装着されており。
リズムを刻むその手には、”音楽プレーヤー”が握られていた。
自分だけの音楽に包まれて。
周囲に変人と思われながらも。
彼自身は、非常にノリノリであった。
「いやぁ、本当に素晴らしいな! 流石は”異世界の魔導具”だ!」
身に着けているアイテムに、大層ご満悦なのだろう。
心の声がダダ漏れである。
「これぞ時代の最先端! 小遣いを注ぎ込んだ甲斐がある!」
もはや、自分以外など見えていないのだろう。
独自のダンスを踊りながら。
青年は街を練り歩く。
だが、しかし。
突如として、イヤホンから流れる音楽が消えてしまい。
「――なっ。」
青年は、奇妙なポーズのまま停止する。
「どういう、ことだ?」
音の止まった原因を探るべく。青年は手に持った音楽プレイヤーに目を向ける。
するとそこには、
大きく書かれた、”BATTERY LOW”という表示が。
「……意味が分からない。この呪文を唱えないといけないのか?」
手に持ったテクノロジーの使い方が分からずに。
青年はその場で立ち尽くす。
(……なんだあれ。)
今まで見た中でも、ぶっちぎりの変態の出現に。
ミレイの目は釘付けになる。
その手に握られているのが、自分にも馴染みの深いアイテムだとは気づかず。
(まぁ、いっか。)
珍しい虫でも見つけたように。
ミレイは気にしないことにした。
「ポッケパンです。”異世界出身”のわたしからしても、一番美味しいパンのお店です!」
そんな謳い文句を、口にしてしまったばかりに。
金色の”珍しい虫”が、ミレイの存在に目をつけた。
「ちょっとそこの君! 聞き捨てならないな!」
芝居がかった口調と、おかしなポーズを決めて。
青年がミレイのもとに近づいてくる。
(……うわぁ、反応しやがった。)
這い寄る変態の存在に。
ミレイの精神力が削られる。
「この僕を前にして、あろうことか異世界人を騙るとは。中々に良い度胸じゃないか。」
変態とミレイが対峙する。
無駄に容姿の良いだけでなく、彼の身長はかなり高く。
ミレイは完全に見上げる体勢になっていた。
「いや、誰だよお前。」
ミレイは至極真っ当な反応をする。
「まさか君、この僕を知らないのかい!?」
彼にとっては、随分と意外な様子であった。
「この街の領主の息子にして、天に選ばれし麒麟児。」
またもや変なポーズを決めて。
「――”アルトリウス・ジータン”とは、僕のことさ!」
自信満々な表情で、金髪の変態は名を名乗った。
目の前の生き物から発せられる、気色の悪い”陽のオーラ”に。
ミレイは思わず後ずさる。
(……ヤバい奴に、捕まってしまった。)
思いがけない、”ボスキャラ”との遭遇である。
そんなミレイの心情などつゆ知らず。
アルトリウスは髪をファサッと掻き上げた。
「君、名前は? 仮にもし本当に異世界人だというのなら、証拠の1つでも出してもらおう。」
「……あ、は、はい。」
アルトリウスに催促され。
職質をされたかのように、ミレイは急いで懐をまさぐり。
今ではお守り代わりに持ち歩いている、自身のスマートフォンを差し出した。
「ミレイと言います。これが証拠に、なりますか?」
恐る恐るといった様子で、首を傾げるミレイであったが。
「まっ、まさかそれは、”スマートフォン”!?」
アルトリウスは、とてつもない衝撃を受けていた。
「数多の異世界人が所有し。それでいて我が子のように手放さない。あの”超激レアアイテム”じゃないか!!」
一体何が、彼をそこまで駆り立てるのか。
ミレイには理解が出来なかった。
「……君は本当に、異世界人なのかい?」
「だから、そう言ってるじゃないですか。別にそんなに珍しいわけでもないし。嘘つくわけ無いだろ!」
目の前の人間が、自分より年下かどうかは定かではないが。
ミレイはとりあえず、敬うことを止めた。
そんなミレイの言葉を受けて。
ようやくアルトリウスは、彼女が異世界人であると認める。
「いや、まさかね。いくら平和な街とは言え、君のような異世界人が地上に居るとは。」
アルトリウスにとっては、不思議な事であった。
「大抵は浮遊大陸に移住するか。もしくは、魔獣に食い殺されるはずだから。」
「えっ、その二択なの?」
有って無いような選択肢に、ミレイは思わず声を漏らす。
「とは言え、本当に異世界人なら。君は”どんな世界”から来たんだい?」
そう質問されて、ミレイは考える。
「えっ、どんなって。地球っていう、割と平凡な――」
「――ちょ待った!」
アルトリウスが、ミレイの言葉を遮る。
「そこまででいい。実は僕、異世界にはちょっと詳しくてね。”地球”という単語にも聞き覚えがある。」
「へー、そうなんだ。」
だから何だと、ミレイは思う。
「実は、地球と言っても”色々と種類”があってね。それぞれが、全く異なる世界なのさ。」
「へぇ。」
「君がどの地球から来たのか、僕が見事的中させよう。」
「はぁ。」
面倒くさいと思ったが。
断ったら更に面倒くさくなると予想し、ミレイは抵抗するのを止めた。
「ズバリ、巨大なる戦姫が、大空を駆け巡る世界かな?」
「違う。」
「だったら。ヤンキーとかいう、攻撃的な集団に牛耳られている世界かい?」
「違う。」
「なら、機械で出来たドラゴンと、全面戦争をしている世界?」
「違う。」
「じゃあ、正義のヒーロー、スカルレンジャーによって――」
「――違う!」
何一つとして、言っている内容が理解できず。
ミレイはアルトリウスの言葉を遮った。
「えっと。それって本当に、地球に関する話なの?」
「ああ、もちろん。”美少女の絵”が描かれた、変わった服を身に着けた男性がそう言っていた。」
その話を、ミレイは脳内で転がして。
(……あぁ、アニメTシャツか。)
ポスターをサーベルとして扱う、レベルの高いオタクの人々を思い出した。
それと同時に、これ以上の議論が無駄であると気づく。
「あー、ごめんね。わたし、”そういうの分かんないや”。わたしの暮らしてた世界って、もっと平凡なところだったから。」
まるで、合コンでオタクをあしらうかのように。
ミレイは話を終わらせる。
すると、アルトリウスは。
残念そうにため息をつく。
「まぁ、仕方がないね。君は所詮、1つか2つしか世界を知らないわけだから。」
当然ながら、彼も異世界に行ったことは無い。
「それに比べて僕は、様々な世界の知識を集めては、こういった”珍品”を集めたりしてるのさ。」
そう言って、アルトリウスはミレイに音楽プレーヤーとイヤホンを見せた。
「あっ、何か音楽でも聞いてるの?」
「なにっ!? 君は、これが何なのか分かるのかい?」
「うん。似たようなの、わたしも持ってたし。」
やはり、どのような形であれ。
馴染みある物体との遭遇は、ミレイにとっても嬉しいものだった。
「実は、ついさっきまで音楽が流れていたんだが、急に止まってしまってね。良ければ、解決策を教えてもらえないだろうか?」
「あ、うん。ちょっと見せて。」
正直に頼まれてしまっては、ミレイにも断る理由はなく。
アルトリウスから音楽プレーヤーを受け取る。
だが、画面に表示された、”BATTERY LOW”という表示を見て。
「あっ……(察し)」
ミレイは、一瞬にして血の気が失せた。
そして、それと同時に悩む。
少年のように目を輝かせる、目の前の残念なイケメンに対して。
一体どうやって、現実を伝えるべきだろうかと。
充電という概念を説明しようにも、ミレイの頭では上手く説明できる自身がなく。
どのみち、この世界では充電する手立てもないだろう。
それでも、目の前の彼に対しては、何らかの答えを与えなければならない。
深く、深く。
思い悩んで。
そして、ミレイは。
「――残念。壊れちゃったみたい。」
アルトリウスに、笑顔でそう言い放った。