落日
悪魔の力を宿した強力な大鎌。聖女殺しとの憑依融合を果たし、ミレイはプロメテウスへと戦いを挑む。
「はあぁ!」
大鎌から放たれる一閃。巨大な漆黒の斬撃が、一直線に解き放たれる。
凄まじい魔力の込められた一撃だが。
プロメテウスはそれを片手で受け止め、力ずくで握り潰した。
とは言え、彼は僅かながら”手のしびれ”を感じ取る。
「……驚いたよ。今の攻撃は、さっきの彼女より強かったかも」
そう称賛するものの。
この程度の力では、彼にはまるで通用しない。
「こんのぉ!」
ミレイは漆黒の翼をはためかせ、プロメテウスへと接近。
大鎌を用いた、全力の近接攻撃を繰り出していく。
プロメテウスは、それを片手のみで捌いていくも。
「ッ」
表情には、若干の焦りが見え始めていた。
「……やれやれ。君には手荒な真似はできないし。かといって、無視できるような攻撃でもない。……どうしようかな」
先ほどのフェイトとは違い、彼にとってミレイは”特別な存在”であった。下手に攻撃して、傷つけるようなことはしたくない。それゆえ、対処に苦戦してしまう。
しかし、そんな事情などミレイには関係なく。
「――元の世界に、帰れ!!」
今まで以上の、渾身の一撃を近距離で叩き込んだ。
「ッ」
プロメテウスは両手を使い、その一撃を何とか受け止めるものの。
衝撃が大きすぎたのか。
帝都に広がっていた、彼の力が消失。
街の人々が自由に動けるようになる。
当然、すぐ近くにいたマキナも、それにより動けるようになり。
瞬時に光に変化すると、ともにプロメテウスへの攻撃を開始した。
「ッ」
ミレイとマキナ。二人揃っての攻撃には、流石の彼も鬱陶しさを感じるようで。
「”ゼスト”、有象無象の相手を頼む」
「了解しました」
そう言って指示を出し、ミレイ以外への対処を三体の怪人たちに任せることに。
「ぐっ」
邪魔なマキナを、軽い衝撃波によって吹き飛ばし。
プロメテウスは、再びミレイと向かい合う。
彼女を無傷のまま手に入れるために。
「街をめちゃくちゃにすんな!」
「したくてやってるわけじゃないさ。君が大人しく来てくれれば、すぐにでも手を引こう」
「……勝手な奴!」
言葉では止められないと確信し。
ミレイは再び、攻撃を開始した。
◇
街を縛り付けていたプロメテウスの力が消え。
帝都の人々はこの事態への対処のために動き出す。
しかし、それと同時に、三体の幹部怪人たちも行動を開始した。
「敵を主に近づけるな」
三体の中でも、リーダー格であろうか。
マントの怪人、ゼストが他の二体に指示を出す。
「ソドムは、あの素早い女の足止めを。ゴモラは巨大化して暴れろ」
「「了解」」
指示を受け、細身と巨体の怪人が動き出し。
その場に残ったゼストは、上空へと目を向けた。
そこに見えるのは、空中戦艦アマルガム。
アマルガムに対し、ゼストはゆっくりと指を向けると。
「――墜ちろ」
凄まじい”黒雷”が、指先からアマルガムへと解き放たれ。
その一撃で、アマルガムは撃墜された。
「くっ」
衝撃波によって、吹き飛ばされたマキナ。
すぐさま体勢を整え、ミレイのもとへ援軍に向かおうとするも。
そんな彼女に対し、凄まじい速度で”蹴り”が放たれる。
「失礼、レディ」
細身の怪人、ソドム。
ひょろりとした体つきながら、その足から繰り出される蹴りは強靭であり。
受け止めたマキナの腕が、軋むように音を立てる。
マキナとソドム。
双方が、建物の上で対峙する。
「いやはや、驚いた。まさか、生身の人間でここまで強いとは。異世界とは素晴らしい」
「……」
ソドムはおちゃらけた様子で軽口を叩き。
対するマキナは、無駄口を好まない。
「IV=ミューラー」
その手に、光の剣を生成する。
彼女にできること、するべきことはこれしかない。
最強の冒険者と、幹部怪人との戦いが始まった。
その頃、帝都の街中では。
恐れおののくような、市民たちの悲鳴が鳴り響いていた。
人も建物も、容赦なく蹂躙されていく。
突如として現れた、一体の”怪獣”によって。
――オオオオオオォォッ!!
幹部怪人、ゴモラ。
彼の持つ能力は、巨大化。
その姿は100m近くまで巨大化し、もはや怪人などというカテゴリーには当てはまらない。
ただ、大きくなる。単純ながらも、あまりにも強大な力であった。
巨大化したゴモラによって、帝都の街が蹂躙されていく。
「戦える奴は、あいつの足止めを! 他の冒険者は市民の避難を優先して!」
サーシャを筆頭とした、五人の受付嬢たちが対処に当たる。
普段は悠々と仕事をこなす彼女たちだが、この異常事態は流石に理解の範疇を超えていた。
この五人の受付嬢は、全員がAランク冒険者以上の力を持つ凄腕の魔法使いでもある。
しかし、圧倒的な怪物を前にしては、他と同じく無力に等しかった。
帝都の冒険者達が攻撃を加えるも、ゴモラの巨体には通用しない。
「なんて巨体なんだ」
「これは流石に、規格外だな」
ロボット兵士であるブラスターボーイと、漆黒のアーマーを纏ったエドワードが戦地に立つ。
ブラスターボーイも、人より遥かに大きなロボットではあるものの、そのサイズは18mほど。勝負の成り立つ大きさではなかった。
けれども彼らは、少しでも街の被害を抑えるために参戦する。
この世界には、”もっと強い人々”がいると知っているから。
だが、しかし。
その強者たちが集められた、ハートレイ宮殿では。
集められた大会参加者たちが、すでに”壊滅状態”に陥っていた。
地に伏した、選りすぐりの強者たち。
その光景を生み出したのは、黒雷を纏った幹部怪人、ゼスト。
浮遊大陸からやってきた天使や、魔法使い、サムライなど。先ほどミレイたちと自己紹介を交わしていた少女、レイ=エフも意識を失っている。
その中には、Sランク冒険者にも引けを取らない実力者も混じっていたが。
立っているのは、ごく僅か。
「化け物め」
「……ぁ」
古びた魔法の杖を握り締めた、皇帝セラフィムと。
その背後で守られていた、弟子であるキララ。
「ふぅん」
そして、黄金の魔力を纏った九条瞳と。
花の都からやって来た、二人の参加者たち。
「何なんだ、こいつ」
「シャキッとしろよ、バカ」
領主のバカ息子、アルトリウスと。
九条と同じ世界から来た因縁の少女、七瀬奈々。
ゼストの”初撃”を受けて無事だったのは、その五人だけであった。
「なるほど。お前たちなら、少しは楽しめそうだな」
五人を前にして、ゼストは不敵に笑う。
三体の幹部怪人が、帝都を蹂躙していた。
◆
帝都から、かなり離れた場所。
修復中の遊園地にて。
「……なにかしら」
作業中のアリサが、帝都の方へと視線を向ける。
不安を感じさせる真っ黒な暗雲が、帝都の上空に漂っていた。
――オオオオオオォォッ!!
巨大怪人ゴモラが、我が物顔で街を蹂躙していく。
ブラスターボーイに、エドワード。その他の冒険者や、受付嬢たちが抵抗するも、その侵攻はまるで止められず。
街の守護者であるイーニアが、街の防壁から生成した巨大ゴーレムで迎え撃つも。
「ッ、何なのよッ!!」
たとえ同等の大きさでも、屈強な怪人とゴーレムでは、宿る力が段違いであり。
まるで相手にならず、粉々に破壊されてしまう。
そんな、絶望的な光景を見て。
「……くっ」
戦闘中のミレイも、思わず表情が歪む。
今まで暮らしてきた街並みが、凄まじい勢いで壊されていく。
――自分のせいで。
壊される街に怒りを覚えるのは、他の者も同じ。
皇帝の懐刀であるマキナも、すぐさま応援へと向かいたかった。
しかし、目の前の飄々とした怪人が、それを許さない。
「ッ」
マキナは光の剣を手に、怪人ソドムへと斬りかかるものの。
「はははっ」
信じられないほどのスピード、卓越した体術によって、ソドムはマキナの攻撃を受け止めていく。
この怪人を倒さない限り、他の応援には迎えない。
だがしかし。
それを不可能とするほどに、怪人たちは”あまりにも強すぎた”。
そして、ハートレイ宮殿では。
「はあああぁぁッ!!」
カードの能力を使い、二人に分身した九条が、ゼストに殴りかかる。
しかし、その拳は容易に受け止められ。
「ぐぅっ」
黒雷の放出により、九条は派手に吹き飛ばされてしまう。
すると、その隙間を縫うように、同郷である七瀬が接近し。
自らの手のひらを、ゼストの胸に押し当てた。
「――激震ッ!!」
凝縮された”振動の力”が、ゼストの体内に解き放たれる。
そこに込められていたのは、街をも破壊する”大地震クラス”のエネルギー。
彼女がこの世界で手に入れた、切り札にも等しい力だが。
それでも、ゼストには届かず。
「お返しだ」
「ッ」
黒雷を纏った掌底を、七瀬に繰り出し。
その圧倒的な力をモロに受け、七瀬は九条と同じように吹き飛ばされた。
この世界で、頂点に位置する実力者たち。その力がまるで通用しない。
ゼストという怪人は、他の幹部と比べても別格の力を有していた。
「……そんな、奈々が一瞬で」
ともに修行した仲間が倒され、アルトリウスは戦意を喪失してしまう。
その身には、他の誰よりも”大きな力”が宿っているものの。
生来の臆病さと、実戦経験の少なさから、動くことができなかった。
すると、そんな彼の肩に、セラフィムがそっと手を置く。
「無理をするな。後ろに下がっていろ」
そう言って、セラフィムが前に立ち。
握られた杖に、魔力が集う。
「キララ、お前も動くなよ。足手まといになる」
「……はい」
師であるセラフィムの言葉に、キララは従うしかない。
自分が役立たずであると、理解しているから。
他のみんなのように、圧倒的な魔力もない。
他のみんなのように、強力なカードも持ってない。
ちょっと魔力が高くて、ちょっとセンスがあって。
自分の才能はそこ止まり。
”超越者”の領域には届かない。
立場的には、皇帝であるセラフィムを守らないといけないのに。
その背中を見つめながら、自分は何もできない。
大切な、ミレイのもとにも向かえない。
セラフィムとゼスト。
両者の力の衝突を、ただ見つめることしかできなかった。
◇
「はぁ、はぁ」
街が、壊されていく。
人が、傷ついていく。
それを命じている男が、目の前にいるのに。
自分の力では届かない。
ミレイは、胸が張り裂けそうだった。
「……やめてよ」
「それは、君次第だ」
プロメテウスは変わらずに笑う。
運命は覆らないと、知っているから。
「彼らは、僕の一言で戦いを止めるし。逆に、もっと苛烈にもできる」
「そんなっ……」
人の力では、抗えない領域がある。
敵わない世界がある。
そんな事実を、無理やり押し付けられ。
「わかった……」
ミレイは、その一言を口にし。
やがて、戦いは終わりを迎えた。
 




