ミレイ
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人で溢れた帝都の街並み。
その片隅に、二人の少女が座っていた。
10代前半ほどの見た目に、真っ白な髪の毛。
幼い双子の姉妹にも見えるが、その中身はとんだ色物コンビである。
「元気そうでよかった」
「う、うん」
地面にしゃがみ、ミレイとアリアは言葉を交わす。
しかし、ミレイはどこか緊張している様子だった。
「モノリスは、どの程度正常化できてる?」
「えっと」
「所在を探すために冒険者になったのは、いい考えだと思う。わたしでもそうする」
「あ、うん」
「本当なら、ミレイの活躍を待ちたかったけど。想定よりも歪みが大きいから、降りてきた」
「あー」
明らかに、知識がある前提で話すアリアに、ミレイは顔を引き攣らせつつ。
満を持して、告白する。
「ごめん! 実はわたし、ほとんど覚えて無くて」
「……ん?」
首を傾げるアリアに対し、ミレイは事情を説明した。
お酒を飲むと、その間の記憶を一切失うこと。
この世界に来た時の記憶も、それが原因で覚えていないこと。
アリアについてはつい最近思い出したものの、交わしたやり取りを殆ど覚えていないこと。
それら全てを、包み隠さず打ち明けた。
その話を聞いて、アリアはしばらく口が空いていたが。
何とか、事情を飲み込んだ様子。
「……確かに、わたしも悪かったかも。散々暴れまわったミレイを、花の都の側に放置しちゃったから」
「あぁ、そうなんだ」
この世界で目覚めた時、ミレイは草原の真っ只中に放置されていた。
もしも、その前にもう一度話をしていれば、きっと多くのことが変わっていただろう。
とはいえ、ミレイはここまで何とか生きてきた。
なぜこの世界に呼ばれたのか、それはずっと疑問であったが。
「忘れたなら、もう一度説明する。わたしがミレイを呼んだのは、この世界を救ってもらうため」
「あ、うん。それは、なんとなく思い出したんだけど。……どうして、わたしなのかなって」
こんなにも、普通の人間なのに。
「……ミレイ、マスターキーは出せる?」
「マスターキー?」
「最初に渡した、黒いカードのこと」
「あー、うん。黒のカードね」
それなら簡単と、ミレイは黒のカードを具現化する。
するとアリアは、”この世界”について語り始めた。
「――約1000年前、この世界にある一人の”魔女”が現れたの」
それは、ありとあらゆる奇跡に精通した、とても強力な魔女。
当時、アリアは神としての自我が芽生えたばかりであり、世界について無知にも等しい状態であった。
それゆえ、この世界に訪れた魔女のことを信用してしまい、彼女の言う通りに行動してしまった。
世界をより良くするためと、空間を制御する巨大な制御装置を世界各地に創造。
後に、”モノリス・ターミナル”と呼ばれる物である。
魔女には、モノリスを用いた”別の目的”があったのだが、当時のアリアではそれに気づくことができなかった。
魔女はこの世界を使って、一つの実験を行おうとしていた。
”複数の世界が衝突したらどうなるのか”、その結果を知るための実験を。
人間が、化学の実験をするのと同じように。
AとBを混ぜたら、どういう反応を引き起こすのか。
魔女はそれを、世界単位で行おうとしていた。
そして、その実験の起点として選ばれたのが、この世界である。
魔女の実験が始まって、アリアはようやく彼女の企みに気づき。持てる力の全てを使って、魔女をこの世界から追放することに成功した。
だがしかし、実験が中途半端に起動した結果、世界には多くの異常が発生してしまった。
天使を始めとする、様々な種族の出現。
強力な魔獣たちなど。
重力にも異常が起き、いくつかの大陸が空へと浮かんでしまった。
それが、1000年前に起きた”大変動”と呼ばれる出来事である。
「えーっと。それと、わたしが呼ばれたことに、なにか関係が?」
「……滅茶苦茶になった世界を、わたしなりに直そうとした。でも――」
魔女にそそのかされて創ったモノリスを、アリアは制御することができなかった。
しかし、どうにかして別の方法で世界を良くしようとした結果。
アリアは”アビリティカード”という概念を生み出し、人々に力として与えた。
人々は、アビリティカードの力を使い。
様々な争いを経つつも、この1000年の歴史を築き上げた。
「でも最近になって、”厄介な問題”が起こるようになった」
「問題?」
「うん。それは、ミレイもよく知ってると思う」
ミレイは、脳みそを少し働かせる。
「もしかして、”異界の門”?」
「正解」
1000年近く放置された結果。
世界各地のモノリスが、少しずつ”暴走”を始めていた。
「どうにかして解決しようと思ったけど、わたしじゃモノリスは動かせないから」
この世界に残されたのは、魔女の残した”マスターキー”のみ。
彼女だけが、このキーを使ってモノリスを制御することができる。
色々と考えた結果、アリアは”動かせる人間”を他の世界から呼ぶことにした。
「じゃあ、つまり。それがわたしってこと?」
「そう。厄災の魔女、ミレイと同じ名を持つ存在。”平行世界の同一人物”、パラレルツイン」
世界の数だけ、人が存在し。
どの世界にも、不思議と同じ人間がいる。
そのうちの一人を連れて来れば、きっとモノリスを正常化させられる。
アリアはそう考えた。
「だから、わたしなんだ」
「うん、予想は的中。ミレイはマスターキーを起動することができる。つまり、この世界を正常に戻せる唯一の人間」
「ほ、ほんとにごめん。そんな大事な役割があるのに、今までずっと忘れてて」
「ううん。結果として、これで良かったのかも。モノリスは危険な場所にある事が多いから。……もしも真っ先に向かってたら、たぶん簡単に死んでた」
「あぁ、確かに」
今まで、ミレイがモノリスと遭遇した場所は、魔獣が大量にいる場所であったり、深い海の底など。
「モノリスは、世界中の”33箇所”にある。それを全て正常化させれば、この世界は救われる」
「……へ?」
思ったよりも、数が多かった。
「半分以上のモノリスは、きっと目に見えない場所にある。大変動の影響で、地中に埋まったり、海に沈んだり」
「あー」
「場所はわたしにも分からないから、ミレイには頑張って探してほしい」
「うーん。と言ってもなぁ」
中々に、無理難題である。
「もしも、モノリスが近くにあったら、きっとマスターキーが反応するはず。今まで、そういう事はなかった?」
「……あ」
思い返してみれば、黒のカードが”勝手に起動した”ことが何度かあった。
花の都で起きた一件と、異世界樹の出現した地下空間で。
カードが勝手に起動し、異界の門を閉じようとした。
(もしかして、近くにモノリスがあったってこと?)
それならば、謎の現象にも納得ができた。
「でも、さ。よりにもよって、どうしてわたしなの? 色々な世界に、その魔女と同じ人間がいるなら、もっと有能な人もいたんじゃない? ほら、わたしなんかより」
「……確かに。無数のパラレルツインの中でも、ミレイはトップクラスに能力が低い」
「うぐっ」
「正直、”底辺”だと思う」
「ううぅぅ」
何とも、ひどい言われようである。
「でも、ミレイだけが”善人”だった」
「え。どういうこと?」
「何でか分かんないけど、どの世界でもミレイと同質の人間は”ろくでもない奴”ばっか。恐ろしい怪物を生み出して世界を破滅に導いたり、人類を一つにしようとしたり、生命の禁忌に手を伸ばしたり。この世界に連れてきたら、もっとひどいことになる」
「……なにそれ」
この世界を滅茶苦茶にした、厄災の魔女も然り。
ミレイという人間は、どの世界でも”破滅”を象徴する存在であった。
しかしある時、アリアは”彼女”のもとに辿り着いた。
「どの世界よりも小さくて、どの世界よりも弱っちい。……でも、どの世界よりも優しくて、それでいて孤独な人」
それが、ミレイの選ばれた理由。
無数にある可能性の中で、唯一と言っていい普通の人間。
だがしかし。
普通だからこそ、ミレイは誰よりも”特別”であった。
「……そっか。だから、わたしなんだ」
今までずっと気になっていた、この世界に呼ばれた理由。
ミレイはようやく、それを知った。
◆
アリアと話し、自らの使命を知ったミレイであるが。
あと一つだけ、気になることが残っていた。
それは、アリアが叶えてくれたという、”三つ目の願い”。
「よく、覚えてないんだけど。わたしのために、役に立つ人間を用意するって話、してなかった?」
「うん、した。わたしはまだやることがあったから、そいつにミレイを手伝わせようと思って」
「……そう、なんだ」
ミレイを手伝うために、用意させられた人間。
それを聞いて、ミレイは真っ先に”彼女”の顔が思い浮かんだが、そうだとは思いたくなかった。
あの運命の出会いを、否定したくない。
用意された存在なんて、思いたくない。
「でも、よりにもよってあいつ――」
その運命の真実を、アリアが口にしようとした時。
”空から飛来した何か”が、帝都の街中に墜落。
凄まじい衝撃が、周囲に響き渡った。
「くっ」
建物や人が、容赦なく吹き飛ばされ。
ミレイとアリアは、咄嗟に抱き合うことで衝撃に耐える。
幸いにも、ミレイの体から出た”白い触手”が盾となり、二人は無傷で済んだ。
「さんきゅ、サフラ」
『まったく。興味深い話の最中だというのに』
サフラとしても、ミレイに関する情報には興味津々な様子。
しかし、そうも言っていられない状況になってしまった。
「何なんだろ」
「……まさか」
飛来した何かに、心当たりがあるのか。アリアは落下地点へと駆けていく。
「アリア!?」
ミレイも、急ぎ後を追うことに。
落下地点にいたのは、”巨大な赤き竜”であった。
しかし、深いダメージを負っており、瀕死に近い状態に見える。
「うわっ、でっかいドラゴン」
ひたすら驚くミレイと違い、アリアは迷うことなく赤き竜の元へと近づいていく。
「竜王、何があったの?」
『……おぉ、我が神よ』
アリアの声に、赤き竜が応える。
『悪しき者たち。”恐るべき者”が、来た』
「……恐るべき、もの」
竜王が口にするのは、ある一つの脅威について。
「ちょっとアリア、大丈夫?」
心配から、ミレイも側に寄ってきて。
突然の事態に、動揺する彼女たちであったが。
「――どうやら、運命が祝福してくれるらしい」
空より降臨する、一人の青年。
真っ白な髪の毛と、深紅の瞳を持つ者。
「初めまして、僕はプロメテウス」
彼は空中に静止しながら、まっすぐにミレイを見つめていた。
ただ、柔らかな笑みを浮かべて。
「約束通り、会いに来たよ」




