君と運命
一人、窓のそばに立ちながら、ミレイは外の風景を眺める。
いつもと違う、深刻な表情。
憂いを帯びた瞳で。
ミレイが着ているのは、”純白のウェディングドレス”。
小柄な体型にも似合う、可愛らしいデザインをしていた。
しかし、ミレイは決して、望んでこれを着ているわけではない。
「――よく、似合っているよ」
ミレイに声をかけたのは、”真っ白な髪をした青年”。
ミレイと同じ、深紅の瞳を持ち。ミレイと対になるように、白のタキシードを身に纏っている。
青年の表情は、とても穏やかで。不機嫌そうなミレイとは対象的であった。
「”プロメテウス”」
「……そんな顔をしないでくれ。僕たちは、ここで永遠を共にするんだから。もっと仲良くしよう」
その男、プロメテウスは優しい言葉を口にするものの、ミレイは決して心を開かない。
ここに、何一つ自由は無いのだから。
二人のいる城は、滅びた世界の真っ只中に存在する。
城の外には、ただ廃墟が広がるのみ。
まるで、核戦争が起きた後のように、世界は荒廃していた。
この星の名は、地球。
◆◇
時は、少し遡り。
帝都ヨシュア。
「「うわぁ〜」」
ミレイとキララは、二人揃って驚いたような声を口にする。
この日、帝都は人で溢れていた。
普段より、この街が世界一の都市であるのは変わりないが、今日は一段と人が多い。
その理由は単純。
帝都最強決定戦、世界一の強者を決める戦いが、この街で開催されるから。
全世界、20の都市で行われた予選会を突破し、選び抜かれた強者たち。
それが一堂に会するのだから、その結末を見届けようと世界中から観光客が集まっていた。
天使や妖精など、人間以外の種族も多く見られ。帝都でもお目にかかれない、魚人のような種族も訪れている。
その他に、見たことのない魔獣を連れた集団や、異国から来たサムライなど。
ミレイとキララは、ただそれを眺めるだけでも楽しかった。
「いい匂いがする」
「それな〜」
観光客が多いこともあり、街ではたくさんの出店が開かれていた。
まるで、お祭りのように。
食欲を誘う香りが、街中から漂ってくる。
「行こうか」
「うん!」
お腹も空いてきたので、ミレイとキララもお祭り気分を楽しむことに。
◇
「はむっ」
フェイトはギルドの屋根に座り、地上を見下ろしていた。
こんがりと焼けた、骨付き肉にかぶりつきながら。
見慣れない人間たちを、一人一人、値踏みするような視線で見つめている。
例えば、四枚の羽根が生えた、天使の男。
「雑魚」
妖刀らしき得物を携えたサムライ。
「これも雑魚」
巨大なクマのような魔獣に乗った少女。
「論外」
彼らは一応、”本戦に出場する強者”である。
キララと同様、各都市での予選を勝ち上がった実力者たち。
しかし、フェイトはそれらを雑魚と呼ぶ。
この世界では、”上澄み”に位置する者たちでも、フェイトからすると比べるまでもない格下であった。
とはいえ、中にはそうでない者も。
「……あの船って」
帝都へと飛来する、巨大な影。
その名は、空中戦艦アマルガム。
異世界樹との戦いを共に潜り抜けた、冒険者イリスのアビリティカードである。
花の都ジータンから、大会出場者を連れてきたのだろうか。
フェイトは、鋭い視線で船を睨む。
「ふーん」
”船に乗っている存在”には、流石の彼女も無視が出来なかった。
「もぐ。むむぐむ。んぐぐ、むぐぐ?」
(おっ、アマルガムじゃん。イリスさん来たのかな?)
「あー、ほんとだ〜」
買い食いをするミレイとキララも、空から訪れた巨大な影に気づく。
アマルガムは非常に目立つので、街のどこにいようと一目瞭然であった。
「ジータンからも、代表の人が来たのかな?」
「うん。誰だろな」
ミレイは、花の都にいるメンツを思い出す。
ギルドに所属する人間で、それなりに強い人間など、カミーラとギルドマスターくらいしか思い浮かばなかった。
残りは有象無象で、Sランクのイリスは大会には出場できない。
二人が、そんな事を考えていると。
「――花の都からは、アルトリウス・ジータンと、七瀬奈々という人物が出場しているはずです」
「えっ?」
一人の少女が、声をかけてくる。
腰まで伸びた青色の髪の毛に、スレンダーな体型をした少女。
水着のようなボディースーツを身に纏い、かなり浮いた格好をしていた。
「えっと、君は?」
「初めまして。わたしの名は、”レイ=エフ”。ギドラ王国、科学特別研究所から参りました」
自己紹介をし、彼女はミレイたちに頭を下げる。
「どうも、ご丁寧に」
「どうも」
つられる形で、二人もお辞儀を。
「あなたは、ミレイさんですね」
「えっ。あ、はい」
初対面の彼女に名前を呼ばれ、ミレイは驚く。
「帝都ヨシュアでの予選会に出場。多彩な能力を駆使し、準決勝まで勝ち上がるも、キララ選手との戦闘中に突如逃亡。結果、準決勝敗退という結果に」
「お、おー」
レイの口から出た情報に、ミレイは感心。
続いて彼女は、キララの方を向く。
「あなたは、キララ選手。弓と魔法を高度な次元で使いこなす実力者。アビリティカードの能力は不明で、予選では温存していたと考えられる」
「……えへへ。べつに、そういうわけじゃないんだけど」
細かな情報はともかくとして、レイは他の選手達の情報を保有していた。
「よく、そんなに調べてるね」
「いいえ。全ての都市に小型の偵察機を送っているので、この程度の情報は容易く入手できます」
「おぅ」
想定外の理由に、ミレイも言葉を失くす。
「ちなみにわたしも、ギドラ王国の代表として本戦に出場予定です。もしも対戦相手となった時は、よろしくお願いします」
「……うん、わかったよ」
キララ相手に、そう言葉を残し。
彼女も紛れもなく、選び抜かれた強者であった。
◆◇
空に浮かぶ、巨大な浮遊大陸。
その中で最大の面積を誇り、なおかつ人類の踏み入ることのない魔境。
魔獣大陸メビウス。
Sランク冒険者でも迂闊に近寄れない、魔獣たちの暮らす楽園であり。
地上とは比べ物にならない危険生物たちの宝庫でもある。
そこでは今、ある異変が起こっていた。
大陸の至るところに、”おびただしい数の死骸”が溢れる。
どれもこれも、ここで暮らす魔獣たち。
彼らは、一方的に狩られていた。
狩りを行うのは、”異世界から来た怪人”。
様々な容姿をした、黒い肌の怪人集団である。
怪人たちは、一体一体が強大な力を持ち。この大陸の魔獣たちをも蹂躙していた。
文字通り、外来種による侵略である。
だがしかし、それには”王”も黙っていない。
『――ガアアアア!!』
巨大な赤き竜が、空より飛来し。怪人たちに食らいついていく。
この赤き竜こそ、魔獣大陸を統べる王。
皇帝セラフィム、マキナと並び、この世界の”三強”と呼ばれる存在でもある。
他の魔獣たちとは、次元の違う戦闘力を持つ。
数多の強者を屠ってきた、生ける伝説。
この竜王がいる限り、何人たりとも魔獣大陸には手を出せない。
それが、この世界の常識であった。
だがしかし。
赤き竜の戦いを見つめる、”三体の怪人”がいた。
他の怪人とは、纏っている空気が違う。
かつて、花の都に出現した怪人よりも、遥か上の位置に立つ、”幹部級の怪人たち”。
「……主よ。あの巨大な竜は、わたしが仕留めてまいります」
怪人の一人が、そう言って竜のもとへ向かおうとするも。
「――いいや、大丈夫だよ」
”白髪の青年”が、怪人の動きを制止する。
彼の言葉には逆らえないのか、怪人はすぐさま身を引いた。
「……たまには、僕も運動しないとね」
人と同じ姿をしながら、彼が従えるのは異形の怪人たち。
真っ白な髪と、深紅の瞳を持つ青年。
彼の名は、”プロメテウス”。
◆
『本選出場者の方は、宮殿へお越しください。皇帝陛下のお言葉を――』
街中に流れるアナウンスに従って、本戦に出場する選手たちは宮殿へと向かっていく。
そして、それはキララも例外ではなく。
ミレイは一人、ぽつんと残されてしまった。
「むぅ〜」
お祭り騒ぎも、一人では楽しくない。
フェイトか、ソルティアでも誘おうか。
そんな事を考えつつ、街中をうろちょろしていると。
「――ミレイ」
幼い少女のような声に、名前を呼ばれて。
ミレイは驚き、立ち止まる。
それは、つい最近になって思い出した、とある友人の声だった。
「……”アリア”?」
振り返ると。
そこに立っていたのは、真っ白なワンピースを着た白髪の少女。
背丈も髪色も、今のミレイと似たような感じで。
まるで、双子の姉妹のようにも見える。
「うん。久しぶり」
それは、人と神の再会。
失われていた運命が、動き出した。




