孤独な戦い
感想等、ありがとうございます。
『逃げなさい!!』
上空に佇む龍神の口から、超威力の衝撃波が放たれる。
その刹那、ミレイは聖女殺しの言葉に反応し、キララを抱えると全速力でその場から離脱した。
まさに間一髪。
ミレイたちのいた場所は、大爆発が起きた後のように吹き飛ばされた。
今のミレイでも、食らったらひとたまりもない威力である。
今までとは次元の違う相手。先日戦った魔法少女たちも強かったが、今回の敵は”質”が違いすぎた。
思い返せば、あの魔法少女たちは優しかったのかも知れない。敵同士ではあるものの、互いの攻撃は”相手を止めようとする程度”の力に収まっていたのだから。
しかし、目の前の怪物はそれとはまるで違う。
明確な殺意を、ミレイはひしひしと感じていた。
「……フェイト、頼む」
自分だけの力では敵わない。これほどの存在と戦うなら、こちらも常識外の力が必要になる。
ゆえに、それを可能にする唯一の存在、すなわち最強の仲間を呼ぼうとしたのだが。
『――ごめん! 今ちょっと手が離せないの!』
「えぇ!?」
遥か遠方にいるであろうフェイトから、”召喚拒否”を告げられてしまう。
非常に遺憾ながら、フェイトは力が強すぎるため。向こう側から拒否されると、ミレイでも引っ張ってくることが不可能であった。
自由意志を持つがゆえの弊害である。
「いや、その、フェイトさん。ほんとに、シャレにならない相手というか。ぶっちゃけ、来てくれないと困るというか」
『ほんとにごめん! ぜーったいに無理! 少なくともあと数分。いや、十分くらいは待ってて!』
一体、フェイトは何と戦っているのだろうか。これほどに拒絶するということは、向こうもかなり危険な状況なのかも知れない。
もしかしたら、帝都にも強大な敵が現れたとか。
なにはともあれ、フェイトを呼べないという最悪の事実だけが、脳内を駆け巡る。
この龍神を相手に、今ある力だけで抵抗しなければならない。
「――ミーティア!!」
戦闘が可能で、なおかつこのレベルの相手とも張り合える存在。
ミレイがこの場で召喚できる戦力は、ミーティア・ドラゴンだけであった。
3つ星以下では相手にならず、フェンリルは自己修復に時間がかかる。
敵が巨大なら、こちらはスピードで勝負するしかない。
漆黒、悪魔の翼をはためかせ、ミレイは空へと飛翔する。
「……ミレイちゃん」
今のキララでは、その背中を見つめることしか出来なかった。
◇
「あら。あなた、意外と根性あるのね」
崩壊した遊園地の上空で、ミレイと龍神が対峙する。
周囲にはミーティアが飛び回っているものの、彼女の眼中にはなかった。
”4つ星程度の力”では、もはや相手にはならない。
ミレイが”憑依融合”という超常の力を行使して、ようやく敵として認識されていた。
「ねぇ。今のあなたと、小さい時のあなた。どっちが本当の姿なの?」
「……小さい方、かな」
「そう! 子供を殺すのは久しぶりだから、興奮しちゃいそう!」
「ひっ」
衝撃的な言葉に、ミレイは戦慄する。
何よりも恐ろしいのは、それが嘘偽りのない”本心”ということ。
「あ、アクメラさん。あれに勝てますでしょうか?」
『……』
聖女殺しの中の人に尋ねるも、不穏なことに返事がない。
「あの」
『……尻尾を巻いて逃げるか、ぶち殺されるか。あんたはどっちを選ぶの?』
「……了解」
勝てる勝てないの問題ではない。例えどんな敵が相手でも、今のミレイに逃げるという選択肢はなかった。
キララだけじゃない、地下にはアリサだっている。
その時点で、道は一つしかなかった。
(勝つ必要なんてない。時間さえ稼げれば、フェイトもこっちに来てくれるはず)
これほどに強大で、恐ろしい相手と戦ったことはない。
しかし、この世界に来て、ミレイは様々な困難を乗り越え、経験を積んできた。
決して、一人じゃない。
その想いを胸に、ミレイは”本気”になる。
◇
自分よりも強い人間は知っている。
魔法少女であるアリサに、修行後の九条瞳、師匠であるセラフィムなど。
最強の冒険者であるマキナや、頼れる仲間であるフェイトも自分よりずっと強い。
それでも、彼女たちのことを怖いと思ったことは一度もなかった。
確かに凄まじい力を持っているが、それ以前に人として好きだから。
しかし、この世界にいるのは善人だけではない。
4つ星カード、聖女殺し。
その力と心身ともに一つとなり、ミレイは漆黒の翼で空を飛翔する。
瞬間的な加速力は、ミーティアにも匹敵するほどであり。
巨大な敵を翻弄するかのように飛び回る。
「うぅ、ちょこまかと〜」
事実、龍神はその巨体故にミレイとミーティアの動きを把握できていなかった。
スピードという一点において、ミレイたちは敵の追従を許さない。
だがしかし。
「ッ」
敵の巨体めがけて、ミレイは大鎌から黒い斬撃を放つものの。
龍神の防御力が高すぎるのか、表面を軽く斬り裂くのが精一杯であった。
「チクチク、いったーい!」
龍神も、痛み自体は感じている。
しかし、文字通りのかすり傷程度であり、何一つ決定打とはなり得ない。
ただ速いというだけでは、この勝負に勝つのは不可能であった。
『マスター、力に”憎しみ”が乗ってないわよ。もっと本気で、ぶち殺すつもりで戦いなさい!』
「それは、分かってるけど」
聖女殺しという力は、敵への憎しみ、攻撃衝動の大きさに左右される。
つまり相手を憎むほど、殺したいと思うほどに威力が上がる。
ゆえに、ミレイとの相性は最悪であった。
誰かを本気で憎んだことなど、今の今まで無いのだから。
ミレイの攻撃でも、かすり傷。ミーティアに至っては敵とも認識されていない。
巨大な龍神を相手に、完全に攻めあぐねていた。
「わたしも、頑張らないと」
その頃、地上では。
キララが足の治療を完了し、何とか立ち上がろうとしていた。
上空へと弓を構え、魔力を集中。
ミレイを援護するべく、渾身の一撃を解放する。
キララの放った一射は、見事な軌道を経て。
龍神の顔面付近へと命中した。
しかし、傷一つ付けられない。
「かゆーい!」
嘲笑うかのように、龍神はキララの方を見つめる。
「ほんと、世界って残酷よねぇ。どれだけ努力しても、どれだけ善行を重ねても、現実は何一つ覆らない」
余裕を見せる龍神に対し、ミレイは怒涛の斬撃を浴びせるものの。
その行動を抑制することすら出来ない。
「モブキャラがどれだけ頑張っても、無駄なのよ!!」
「くっ」
鬱陶しそうに、龍神が身体を激しく動かす。
たったそれだけの行動だというのに、付近にいたミレイは簡単に吹き飛ばされてしまった。
攻撃ですらないのに、ただ暴れるだけで災害となる。
「……ねぇ。もしかしてあなた達、何だかんだ殺されないって思ってる? 可愛い女の子だから、ひどいことしないだろうって」
ミレイたちに対し、龍神が尋ねる。
「今までどうだったのか知らないけど、わたしはそんなに優しくないのよ? ……わたしの大好きな趣味、特別に教えてあげる」
龍神が口を開き、そこに魔力が集っていく。
狙いは、地上にいるキララ。
「あなた達みたいな連中を、絶望に叩き落とすことよ!!」
遊園地ごと吹き飛ばすような、超威力の衝撃波が放たれる。
避けようにも、それはあまりにも巨大で、絶望的で。
キララは、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
だがしかし、
「――エネルギーバリア、出力全開」
衝撃波を迎え撃つような形で、遊園地上空にドーム状のバリアが出現。
その威力を、真正面から相殺した。
「ちょ、何でよ!」
龍神が悪態をついていると。
この場に、もう一人の戦士が。
「やっぱり、とんだ敵だったわね」
「アリサ!」
魔法少女、アリサがやって来る。
「この僅かな時間で、ここのシステムを掌握したわけ? このレベルのテクノロジーを?」
アリサの登場に、龍神は動揺を隠せない。
現れたことよりも、セキュリティシステムを掌握されたことへの驚きが大きかった。
「ムカつくッ」
彼女自身、システムを理解するのにかなりの時間を使ったというのに。
「――”ケラウノス”」
そんな相手の苛立ちなど知らず、アリサは自身のアビリティカードを起動。
龍神の真上に、巨大な空中要塞が出現する。
「デカブツには、デカブツよね」
一切の迷いなく、アリサは指令を送り。
龍神めがけて、ケラウノスの主砲が火を吹いた。
極太のレーザー光線が、その巨体に直撃する。
「ぎゃああああ!?」
5つ星カード、人界剪定機構ケラウノス。
主砲から放たれる一撃は、街をも消し去るという。
強大な龍神であっても、流石にダメージは免れない。
「痛い痛い痛い痛い!!」
街をも消し去る一撃。それを背中に浴びて、龍神は悲鳴を上げる。
「……これで、仕留められればいいけど」
破壊力に秀でた、こちら側の最大戦力。
もしもこれで倒せないのなら、非常に面倒くさいことになる。
しかし、敵はどこまでも強大であった。
「こんのっ!!」
龍神は、ビームの濁流から抜け出すと。
ケラウノスに対し、反撃とばかりに衝撃波を解き放つ。
その直撃を受け、空中要塞は傾き。
激しい爆炎を上げ始めた。
明らかに、ダメージは甚大である。
「……どんだ化物ね」
龍神と化した女と、巨大な空中要塞。
同じ5つ星相当の力とはいえ、全くの互角とはいかなかった。
「やっぱり、頼れるのは自分自身」
ケラウノスだけでは、あれには勝てない。
アリサは二振りの剣を手に、上空に佇む神を見上げる。
最強の魔法少女、アリサ☆ブレイヴ。
果たしてその力は、神の領域にも届くのか。
「ふぅ」
力強く、空へと飛翔した。
◆
「ッ」
滅茶苦茶な威力の衝撃波を、二振りの剣で受け止めながら、アリサは考える。
世界の広さというものを。
魔法少女、妖精の国、その程度の存在に驚いていた頃が懐かしい。
様々な物を召喚する人や、自己増殖する未来の遊園地。果てには、巨大な龍と戦っている。
ただの魔法少女から、伝説級の力へと昇華し。もはや無敵とも思えたこの力。
だがしかし、それをもってしても、勝てるかどうかという相手が目の前にいる。
まさに、井の中の蛙。
一つの世界では敵無しでも、他の世界では分からない。
アリサは別に、戦いが好きというわけではない。
自身を最強と自負しつつも、物事を暴力で解決するのは好きではない。
出来ることなら、この遊園地の問題も、力に頼らずに解決したかった。
「……面倒くさいわね」
アリサが戦う理由、そこに使命感はない。悪を許さないという、善意もそこまではない。
ただ、ここで終わるわけにはいかなかった。
なぜなら、まだこの世界のことを全然知らないから。
”彼女の言った通り”、この世界は本当に素晴らしい場所なのか。
それを知るまでは、絶対に負けられない。
「――コズミック・ブレイヴ!!」
完全同調させた、二振りの剣による全力の一閃。
それは衝撃波を真っ向から叩き斬り、龍神の体に大きな傷を付けた。
しかし、それでも決定打とはならず。
「痛いわねッ!」
「ッ」
龍神が体を振るうと、アリサは軽々と吹き飛ばされた。
「大丈夫!?」
「ええ、何とか」
吹き飛ばされたアリサの元へと、ミレイがやって来る。
「もう少し時間を稼げれば、たぶん強力な助っ人が来てくれるんだけど」
「例の、最強さんかしら」
「うん」
ミレイが召喚しようとしたものの、なぜ拒否されてしまった、最強の仲間であるフェイト。
一体、何と戦っているのかは不明だが。
彼女を呼ぶことさえ出来れば、戦況は大きく変わるはず。
「分かった。――でも、倒すつもりで戦うわ」
アリサにもプライドはあった。
これは、”自分たちの戦い”なのだから。
「もう、しぶといわね!」
小さな光が集まり、巨大な龍神へと対抗する。
格上相手でも関係ない。
全力の、その先を引き出すように、必死に食らいつく。
「攻撃が、通じないなら」
キララも、ただ黙ってはいられないと。
純粋な破壊ではなく、それ以外の方向への力を練り上げる。
その弓から放たれた一射は、龍神の顔面付近へと飛んでいき。
そこで弾けると、真っ黒な煙を広範囲へと拡散させた。
狙いはもちろん、視界を奪うため。
それをチャンスとばかりに、ミレイは”別の力”を右腕に具現化。
「――ライノ!!」
真っ赤なガントレットから放たれる爆炎を、ゼロ距離で敵の胴体にぶち当てた。
「うぐっ」
それには、龍神もたまらなく声を漏らす。
「三対一なんて、卑怯だわ!」
苛立ちと、叫び声を上げる彼女であったが。
それと対峙する魔法少女には、何一つ関係なく。
「――卑怯もラッキョウも、無いのよ!」
二つの剣から放たれる斬撃を、その顔面へと命中させた。
深く、鋭く、最大の一撃を。
「ぎゃああああッ!!」
流石に、その一撃は堪えたのか。
痛みに悶絶するように、龍神は大暴れ。
これは危ないと、ミレイたちも距離を取る。
「……よくも、やったわね」
確かな憎悪とともに、龍神がアリサを睨みつけると。
より上空へと浮かんでいき、口元にエネルギーを溜めていく。
「絶対に、許さないッ」
そこにあるもの、全てを吹き飛ばすために。
最大威力の衝撃波を、解き放とうとして。
「――ッ!?」
遥か彼方から飛来した、”巨大な氷の剣”に胴体を貫かれてしまう。
どこからの攻撃なのか、どれほどの威力なのか。
貫かれた彼女には、何一つ理解が出来ず。
それを知るミレイとキララは、この上ない安心を感じる。
剣が体に刺さったまま、龍神はゆっくりと高度を下げる。
いかに彼女といえども、そのダメージは甚大であった。
「……これは流石に、分が悪いわね」
周囲には、目障りな敵がうろちょろし。更には、得体の知れない強者も控えている。そんな状況では、最悪命を失う可能性まであった。
ゆえに、彼女の戦いはここまでである。
「ねぇおチビさん、あなたの名前は?」
龍神がミレイに問いかける。
「わたしは、ミレイ」
「そう。……わたしの名前は”シャクティ”よ。縁があったら、また会いましょ」
二人は、互いの名前を交換した。
「覚えてなさい。いつか必ず、とびっきり残酷な方法で殺してあげる」
最後に、そんな言葉を残して。
傷ついた龍神、シャクティは遥か彼方へと飛んでいった。
「出来れば、もう二度と会いたくないわね」
「……うん」
ミレイたちの記憶に、確かな脅威を刻んで。
◇
遊園地のある場所から、遥か彼方。
帝都ヨシュアの上空。
「ふぅ……」
強大な敵を感じながら、天使モードのフェイトはため息を吐く。
たった一発の攻撃だが、それで戦いが終わったのなら十分である。
今の彼女は、応援として駆けつけることすら出来ないのだから。
天使モードが解除され、フェイトは街へと。
すぐさま、イーニアの家へと戻っていく。
「うぐっ、お腹が……」
この日、ミレイとアリサの好物である寿司を、自分も食べられるようになるべく。
フェイトは秘密裏に、”生魚”への挑戦を行っていた。
だがしかし、選んだ魚と自己流の食べ方が悪かったのか。異世界の寄生虫による、深刻な食中毒に陥っていた。
彼女の孤独な戦いを、知る者はいない。




