純粋なる悪意
「あー、もう。ムカつくったらありゃしない!」
遊園地の地下。コントロールルームと呼ばれる部屋に、その女はいた。
バイオレットカラーの髪を持つ、正真正銘の美女。
だがしかし、その表情は苛立ちに歪み、恨み節を口にしていた。
ここには彼女しか居ないため、その正体を隠す必要もない。
女はホログラムの操作盤を弄り、この遊園地のシステムを書き換えていく。
「ちょーっと大人気ないけど。まぁ、いっか」
混じり気のない、”純粋なる悪意”をもって。
◆
ミレイの頭を使った作戦。もとい、バカ正直な行動が功を奏し。迷子センターに囚われていた冒険者たちは、全員まとめて解放された。
色々と、釈然としないものの。これ以上の面倒は勘弁だと、冒険者たちは遊園地から帰ろうとする。
すると、突然。
――緊急事態発生。これより、セキュリティレベルを最大に引き上げます。
遊園地全体の雰囲気が、一瞬のうちに変化し。
解放された冒険者たちを、再び襲い始める。
「おいおい、嘘だろ!」
彼らは何一つとして、遊園地のルールに反するようなことはしていない。しかし、そんな事はお構いなしとばかりに、ハッピーくんたちも押し寄せてくる。
その圧倒的な力に、冒険者たちは抗う間もなく蹂躙されていく。
そして、襲われるのは彼らだけではない。
「ヘ、ヘルプ!!」
急に、地面が底なし沼のようになり、ミレイは無様にも沈んでいく。
「……まったく」
再び魔法少女となったアリサが、ミレイの周囲を粉々に切断。
手を差し伸べ、救い出した。
「二人とも! ハッピーくんがこっちに来るよ」
キララが叫ぶ。
この遊園地に来てから、彼女たちは一度もルールを破っていないというのに。そんな事はお構いなしに、遊園地は矛先を向けてくる。
機械の翼、魔法での跳躍などを駆使し、ミレイ達は上空へと避難した。
「急におかしいわね。明らかに動きが変わったわ」
ハッピーくんに飛行能力が無いのが、唯一の救いであろう。
地上に居た冒険者たちは、すでにその姿を消してしまった。恐らくは、再び地下へと引きずり込まれたのだろう。ミレイたちも、そうなっていた可能性は十分にある。
「あっ、フェンリルが」
ホテルのバルコニーを見てみれば、暴れ回るフェンリルの姿があった。どうやら動物も、セキュリティシステムの対象になるらしい。
今までの、一定のルールに則った動きとは違い。
遊園地の防衛機構は、無差別に対象を襲うようになった。
「……どうやら、”黒幕”がいるようね」
明らかな違和感。
アリサの中で、疑惑が確信に変わった。
◇
もの凄い勢いで、三つの影が遊園地の地下通路を疾走する。
一つ目は、二振りの剣を手にする、魔法少女アリサ☆ブレイヴ。
圧倒的な攻撃性能をもって、障壁となる存在を薙ぎ払っていく。
二つ目は、聖女殺しと融合したミレイ。
前と後ろが優秀なので、特に何もしていない。
三つ目は、魔獣フェンリルと、その背中に乗ったキララ。
後方から迫りくるハッピーくんを、魔法弓の速射によって寄せ付けない。
それぞれの出し得る全力をもってして、ミレイ達は地下にあるであろう管理施設を目指していた。
(ミレイだけじゃない。キララの動きも、想像を遥かに超えてる。……雑魚ばかりじゃないのね)
二人に背中を預けながら。この世界の持つ力に、アリサは感心する。
セキュリティを全く寄せ付けない、圧倒的な力で。
三人は地下通路を駆け巡り。
その最奥。
”コントロールルーム”へと、辿り着いた。
分厚い扉を吹き飛ばすと、中にいたのは一人の女性。
ミレイたちの到来に、驚いたような表情を見せる。
「な、何なんですか、あなた達! わたしは今、この遊園地を止めようと必死に作業してるんです!」
「えっ、そうなの?」
バイオレットヘアの女性は、あくまでも自分の正当性を主張する。
しかし、そんな戯言を信じるのはミレイくらいなもの。
「……ダメだよ、ミレイちゃん」
「キララ?」
これまでになく真剣な。というより、深刻そうな表情で、キララが制止する。
「”この人は、絶対にダメ”」
これほどまでに直感が危険を告げるのは、”花の都で出会った商人”以来。
それに匹敵するほどの脅威が、目の前に立っていた。
ミレイたちは初めて、”巨悪”と対峙する。
◆
「わたしも同感ね。十中八九、この女が事件の黒幕よ」
直感ゆえに、女を警戒するキララと違い、アリサは理性的に敵を見定める。
こんなあからさまに怪しい人間、信じるのはよほどのお人好しだけ。
「二人とも、何か捕縛手段は持ってる?」
「うん。わたしに任せて」
アリサの要望に応え、キララは粘着性の魔法の矢を射出。
謎の女をぐるぐる巻きにしてしまう。
「そんな! どうして、こんな酷いことをするんですか!?」
女は悲痛な叫びを上げる。
ミレイからしてみれば、本当に悪い人には思えないのだが。
アリサもキララも、その敵意を隠そうとしない。
「ミレイちゃん、不用意に近づいちゃダメだよ」
「う、うん。わかった。」
捕縛した女を下がらせて、アリサはコントロールパネルへと近づく。
その二人が、すれ違う瞬間。
女は確かに、微笑んだ。
◇
遊園地を管理するメインフレーム、その操作盤を前にして、アリサは絶句する。
「……これは」
アリサが知るものよりも、数十年、いや数百年は進んだ技術であろうか。
非常に高度なテクノロジーによって構築されたものであり、彼女の頭脳をもってしても理解が出来ない。
「ッ」
しかし、分かりませんが通じる状況ではない。この遊園地がどのようにして機能しているのか。そして、あの女が何を行ったのか。それを解明するために、アリサは操作盤を動かし始める。
奮闘するアリサを応援しながら、ミレイとキララは謎の女の監視を怠らない。
「皆さん、何か勘違いをしていませんか? お願いします、わたしを解放してください」
「……」
自分は無実であると、女は訴えるものの。キララは聞く耳を持たない。
何があっても対応できるように、弓を握る手には力がこもっていた。
「あなたも、どうか助けてください」
「……ごめんなさい。二人が、ダメだって言うので」
ミレイとしては、助けを求める相手には応えてあげたいが。
流石に、見ず知らずの女性よりも、仲間の意見の方が優先された。
「どうしてですか? どうして、こんな酷い仕打ちを?」
「いや、その」
「わたしの目を見て話してください。嘘なんてついてません」
「あー、うん。わたしもそう思うんだけど」
解放してもらえるよう、ミレイを相手に女は食い下がる。
その瞳は、妖しく輝いていた。
「ダメなんですか?」
「はい。どれだけ頼まれても、わたしは二人の言うことを信じるので――」
ミレイは、そう言いながらも。
持っていた大鎌を、ゆっくりと動かし。
女を拘束していたキララの魔法を、自らの手で斬り裂いてしまう。
「……え」
自分が何をやったのか、ミレイには一瞬理解が出来ず。
「――ありがと! この恩は忘れないわよ〜!」
解放された女は、一目散にコントロールルームから逃げていった。
ミレイが、自らの手で解放したため。
キララもフェンリルも、女を素通りさせてしまう。
「ミレイちゃん!? 何で逃しちゃったの?」
「いや、その。……自分でも、なんでか」
ミレイは大鎌を持つ自らの手を見つめる。
操られた、という感じではない。
”ダメだと分かっているのに、なぜかやってしまった”。
そんな初めての感覚に、ミレイは戸惑う。
「ここは、わたし一人で十分だから、二人はあれを追いかけて。今捕まえないと、たぶん面倒くさいことになるわ」
つい逃してしまった。
それで話を終わらせられるほど、”生易しい存在”ではないため。
アリサは、二人に追跡を要請した。
◇
「きゃー、追いかけないで〜」
ミレイとキララが、二人がかりで女を追いかける。
女の走る速度は、常人のそれと変わらないものの。
まるで彼女を守るように、通路からハッピーくんの集団が出現する。
「やっぱり、あの人だけ認識されてないね」
「……そうなるように、システムを弄ってる?」
ハッピーくんを大鎌で薙ぎ払いながら、ミレイは思考する。
やはりあの女性は、見た目通りの人間では無いのかも知れないと。
ハッピーくんによる妨害が功を奏し、女はミレイたちから距離を取る。
このまま順調に行けば、逃げ切ることも可能であろう。
だがしかし。
「うっそ!」
彼女の行く手を阻むように、先回りをしたフェンリルが立ち塞がる。
その瞳は、彼女を獲物と認識していた。
フェンリルの登場に、女が足止めを食らっていると。
ハッピーくんを全滅させたのか。
ミレイとキララも、女の元へと追いつく。
「フェンリル、その人を通さないで!」
「わふ!」
完全に、挟み撃ち。
何の力も持たない女では、どうしようもない状況であった。
「はいはい。降参、こうさーん! ……せっかく楽しんでたのに。ほんと、おじゃま虫ね、あなた達」
何かを諦めたのか、女の口調が変化し。
面倒くさそうに、その手に”力”を具現化させる。
「”触らぬ神に祟りなし”って、知らないの?」
時には希望を、時には絶望を振りまく。
”虹色”に輝く、絶対的な力の象徴。
「無慈悲に、残酷に、殺してあげる♪」
悪しき神の力が、解き放たれた。




