正直者が報われる
人生において、これほど屈辱的なことがあっただろうか。
アリサは自分に問いかける。
ロープでぐるぐる巻きにされて、出来の悪いマスコットキャラに運ばれる。
ミレイやキララがここに居ないのが、唯一の救いだろうか。もしもこんな光景を見られてしまったら、どちらかの息の根を止めるしかない。
それほどまでに、恥ずかしい。
地面の中でもみくちゃにされ、剣を失うどころか、変身すらも解除されてしまった。
待機状態のステッキも手元には存在しない。こうなったらもう、アリサには戦う手段がなかった。
(失敗した)
あそこで剣を落とさなければ、こんな無様な結果にはなっていなかった。
しかし、後悔してももう遅い。変身は解けて、ステッキも失ってしまった。
――わたしなら負けないわ。
ミレイとキララに、あれだけのことを言っておきながら。
今の自分は、ハッピーくんに運ばれる、哀れな荷物でしかない。
(……恥ずかしい)
◇
「お父さんとお母さんが来るまで、これで遊ぶポヨン!」
「……」
そう言って渡されたのは、手のひらサイズのハッピーくん人形。
一体、これでどう遊べばいいのか。
アリサが連れてこられたのは、閉ざされた地下施設。
そこには、沢山の人々が収容されていた。
先ほどの冒険者の集団に、見知らぬ人々も。
よく見てみれば、昨日出会った髭面の冒険者もいる。
つまりアリサは、目的通りに行方不明者を発見したことになる。
とは言え、自分もその中の一人になったわけだが。
「よう、嬢ちゃん。また会ったな」
「……ええ」
アリサが思考停止していると、昨日の髭面の冒険者が話しかけてくる。
その隣には、見知らぬ女性が。剣を所持しているのを見るに、彼女も冒険者だろうか。
「こっちは、俺の女房だ」
話を聞くに、どうやら彼は行方不明になった妻を探しに、この遊園地へやって来たらしい。
しかし、やはり何の手がかりも掴めず。
結果として、同じ囚われの身として再会することになった。
「ごめんなさいね。依頼とか関係ないのに、うちのが邪魔しちゃって」
「……いえ。別に邪魔でもなかったので」
アリサには、どうでもいい話である。
どのみち彼からは、有益な情報も得られそうにない。
「しかしやはり、あの”きぐるみ”ってやつの中身には驚いたな」
「……あんた、まだ言ってるの?」
「きぐるみの中身?」
「そうよ。どう見てもあれは空っぽなのに、こいつだけ中に人が入ってるとか言ってるのよ」
きぐるみ。ハッピーくんの中身と言えば、アリサも空っぽであると認識している。
でなければ、あれほど容赦なく切断することは出来ない。
となれば、この男がデタラメを言っているわけだが。
「本当なんだよ! ちょっと目付きの悪い、美人の女だった。”お前と同じ香水”を使ってたぞ」
彼いわく。ハッピーくんとすれ違った際に妻と同じ香水の匂いがしたため、思わず呼び止めてしまったらしい。
そして彼は、その中身を暴き。
気づいたら、ここに運び込まれていたという。
「でもってその時一瞬、女の目が光ったような、気がしなくもないような」
「……そう」
確たる証拠のない、よく分からない話ではあるが。
アリサはそれを、”嘘”とは感じなかった。
◇
「……」
ハッピーくんに貰った人形を弄くりながら。アリサは、つまらなそうに周囲を眺める。
視線の先では、何人もの冒険者が力を合わせ、この場所からの脱出を図ろうとしていた。
アビリティカードの能力だろうか。
燃える剣を持つ者。
小さなドラゴンを召喚する者。
他にも、様々な武装をした者たちが扉を破壊しようと試みている。
しかし、扉は非常に強固なようで、まるで破壊できる様子がない。
多少のダメージは入るものの、扉や壁は見る見るうちに再生してしまう。
(あれでは無理、まるで火力が足りてない。向こうの剣も切れ味が足りない。……わたしの力なら、簡単に倒せる連中ね。冒険者って、この程度のレベルなのかしら)
アリサは冷静に戦力を分析する。
この場にいる冒険者が力を合わせても、ここを脱出することは不可能だろう。
魔法少女の力を持たないアリサも、それは同じであるが。
(あの二人が、ここを見つけられるとは思えない)
アリサは、自身のアビリティカードを具現化した。
5つ星、人界剪定機構ケラウノスを。
「……とりあえず、使ってみようかしら」
重い腰を上げて、アリサはカードを起動してみる。
だがしかし。
何一つ、目立った変化は起きず。
「?」
この瞬間、ハッピーハッピーランドの上空には、巨大な空中要塞が出現していたという。
地下施設からは、気づきようのない事だが。
(出現、してるのかしら)
見えない場所に出現していると、アリサは予想する。
(カードのテキストによると、街を吹き飛ばすほどの砲撃を行える。でも、この状況では絶対に使えない。……他に有効な使い道はないのかしら)
考え事をしながら、アリサは扉の前へと近づいていく。
周囲の必死の攻撃など、気に留める様子もなく。
他の冒険者たちも、仕方なく攻撃の手を止めた。
扉を前にして、アリサは考える。
「……ねぇ。わたしみたいに誰かが連れて来られた時に、攻撃して逃げようとは考えなかったの?」
周囲の冒険者たちに、アリサは当然の疑問をぶつけた。
「あの化け物に見つかると、ここに連れ戻されるんだよ。だから、あいつが居ない時にここを出ないと」
「……そう」
どうやら、この部屋から出ることだけが問題ではないらしい。
ここから脱出しつつ、なおかつハッピーくんにも見つかってはならない。
(無駄に抵抗せず、ここまで来ればよかったわね)
そうしていれば、ステッキを失くすこともなかった。
魔法少女の力さえあれば、ここから逃げ出すことも――
(……可能、なのかしら)
アリサは考える。
ここは狭い地下空間。おまけに、この人々も連れて行かなければならない。そんな状況で、ハッピーくんとこの遊園地を相手にしなければならない。
それは中々に、難易度の高い話である。
たとえ、魔法少女として万全の状態だったとしても、この現状から抜け出すことは出来ないかも知れない。
(でも、わたしがどうにかしないと、”あの二人”が――)
そうやって、アリサが思い詰めていると。
突如、目の前の扉が開く。
また別の人が連れて来られたのだろうか。
まさか、ミレイたちが捕まったのか。アリサはそう危惧するものの。
扉を潜ってくるのは、ハッピーくんが一体だけ。アリサの時とは違い、誰も抱えていない。
「……」
アリサが、無言でハッピーくんと対峙していると。
「――ふふふ」
ひょっこりと。ハッピーくんの後ろから、ミレイが顔を出してくる。
「ふふっ」
続いて、キララも同じようにひょっこりと。
二人とも、何とも憎たらしい笑みを浮かべていた。
「それで、迷子になったのは、どの子だポヨン?」
「へっ? あー、えっと」
ハッピーくんに尋ねられて、ミレイは部屋の中を見渡し始める。
目の前に立つアリサ以外にも、何十人もの人々が収容されている。
ミレイは、ほんの少しだけ悩み、頭を捻らせて。
「――この子、うちの子です!」
そう言って、アリサのことを指差した。
だが、それだけでは終わらず。
「あっちの人と、あの人、こっちの人もうちの子です」
次々と、片っ端に指をさしていく。
右から左へと、一人ひとり。
「あと、最後にあの人も」
そうやって、ミレイはこの場にいる全員を指差した。
「ほ、本当に全員、君の子供ポヨン?」
珍しく、ハッピーくんも困惑してしまう。
「もちろんです! わたしを疑うんですか?」
「そうそう! ミレイちゃんは、嘘つかないんだよ」
ミレイとキララは、大真面目に主張を行う。
それ受けて、ハッピーくんは機能が停止。
そうして、しばらく固まった末に。
「――わかったポヨン。みんな、気をつけて帰るポヨン」
たった一言、”それだけ”で。
あまりにも呆気なく、冒険者たちは解放された。
◆
”保護者”としてやって来た、ミレイの一言により。
冒険者たちは全員、地下から脱出することが出来た。
自分たち以外、誰も居なくなった地下施設で、ミレイ達は話をする。
「どうして、ここの場所が分かったの?」
アリサは地上でどれだけ探索しても、地下施設の所在に気づくことが出来なかった。
それなのになぜ、ミレイは容易くここに辿り着けたのか。アリサには分からない。
「ふふっ、ここは遊園地だからね。人を閉じ込める場所なんて、無いと思ったんだよ」
ミレイは、胸を張って答える。
「だから人が集められる場所、保護される場所はどこかなって思って。ハッピーくんに、”迷子センター”はどこって聞いたのさ」
遊園地のマスコットなら、迷子センターの場所くらい教えてくれる。
ミレイとキララは、それに案内されるままについていき。
ものの見事に、その場所が”正解”だった。
この遊園地が、何らかのシステムに従って動いているのなら。きっとそのシステムも動揺しているのだろう。
不審者として捕まえた冒険者たちの処遇に困り、苦肉の策として”迷子”というカテゴリーに当てはめた。
ゆえに、対応も迷子向けのものとなる。
親御さんが現れるまで、責任を持って子供を預かる。そのための厳重な扉と、ハッピーくんが存在していた。
「……狂ってる」
色々な事を理解し、アリサは頭が痛くなる。
「そういえばアリサちゃん、”まほー少女”の力は?」
「……ここに来る途中に、失くしてしまったわ」
今思い出しても、致命的な失態である。
「じゃあ、とりあえず。”落とし物センター”に行こっか」
「……あるわけないじゃない」
ミレイの提案に、アリサは呆れるものの。
「――ポヨヨン! 落とし物には気をつけるポヨン!」
あまりにも呆気なく、魔法少女の力は帰ってきた。
正直者。
素直に生きる者だからこそ、順応することが出来るのか。
「……」
自分の持つ常識と力が、まるで通用しない。
異世界の洗礼に、アリサは恐怖した。




