きえる
怖い顔。
もとい、真剣な表情でアリサが調査を開始した頃。
ミレイとキララはというと。
「やっぱ最初は、ジェットコースターかな」
アリサに言われた通り、アトラクションの調査を行うべく。一番大きなジェットコースターへと足を運んでいた。
遊びではなく、れっきとした調査である。
だが、しかし。
「ポヨヨヨヨ〜ン。この線より大きくないと、このアトラクションには乗れないポヨン」
「え」
ジェットコースターを前にして、ミレイは凍りつく。
ハッピーくんが指し示すパネルには、大きく”140cm”と書かれていた。
140cmとは、ミレイの嫌いな言葉の一つである。
「嘘、だろ」
「ミレイちゃん……」
なぜ、異世界に来てまで、身長制限に引っかからなければならないのか。
今までに味わってきた屈辱が、ミレイの脳内を駆け巡る。
「いや、まぁ。……最近、成長期が来てるし」
キララが言うには、ミレイは最近大きくなっているらしい。
正直、自分では自覚がないものの。
意を決して、ミレイはパネルの前に立ってみる。
「……どう?」
「ポヨヨン」
ハッピーくんが、パネルとの身長を見比べる。
「139cmポヨン。あと1cm足りないポヨン」
「あぁー。惜しいね、ミレイちゃん」
残念ながら、ミレイの身長は基準を満たしていない。
だがしかし、
なぜかミレイは、その場でプルプルと震えていた。
「ミレイちゃん?」
明らかに、様子がおかしい。
「――あとちょっとで、140いくんだっ」
ミレイは、思わず感動していた。
記憶が確かなら、身長は136cm程度で停滞していたはず。
なのに、ここへ来て驚異的な伸びを見せている。
この世界が、ミレイに何らかの影響を与えていた。
とはいえ、
「でも、ミレイちゃん乗れないね」
「うん」
確かに身長は伸びているが、基準となる140cmには届かない。
1cm、されど1cmである。
「ハッピーくん、ちょっとくらい大目に見てよ」
「申し訳ないポヨン。規則で決まってるから、君は乗せられないポヨン」
ミレイは、きっぱりと断られた。
「”もう少し大人になったら”、また遊ぶポヨン」
「うぐっ」
若干、心を抉られながら。
「わたしはここで見てるから、とりあえず乗ってみたら?」
仕方がないので、ミレイは保護者に徹することに。
「えぇ〜 ミレイちゃんと一緒に乗りたいよぉ」
「うぅ、そんなこと言わんといて」
悲しいかな、ルールは守らなければならない。
それが、大人というものである。
「――あっ、そうだ! ミレイちゃん、あの大きくなる技を使ったら?」
「……おお、忘れてた」
ミレイは、手軽なドーピング法を思い出した。
――きゃー!!
遠くのジェットコースターから、ミレイたちの悲鳴が聞こえてくる。
とはいえ、アリサには関係ない。
「わざわざ乗って、悲鳴を上げる。何が面白いのかしら」
アリサには、絶叫マシンに乗る気持ちが分からない。
そもそも、遊園地自体が嫌いであった。
その昔、アリサは一度だけ、家族と遊園地に行ったことがある。
アリサ以外の家族は全員普通で、遊園地も普通に楽しめる人たちだった。
しかし、幼いアリサが”全部イヤ”と駄々をこねるので、以降一度も行くことはなかった。
仲良くしなければならない。
楽しまなければならない。
そういった感覚が嫌いだった。
「……」
アリサは、遠くのジェットコースターを見る。
ミレイたちは嫌いではないが、真面目に仕事をする上では邪魔になる。
だからアリサは、別の道を歩む。
今は、まだ――
◇
「おい、そこの嬢ちゃん」
アリサが遊園地内を探索していると、見知らぬ男に声をかけられる。
軽めの鎧を身に纏った、髭の生えた男。
筋肉質な身体に、腰には剣と、戦士であることは容易に分かる。
「なに?」
「嬢ちゃんは、ここの人間か?」
「いいえ、わたしは調査に来てるだけ。ただの冒険者よ」
「そうか」
どうやらこの男も、外部からこの遊園地へやって来たらしい。
「俺はクエストを受けたわけじゃないが、知り合いが行方不明になっててな。それで、乗り込んだわけだが」
「今の所、成果はなしと」
「ああ、さっぱりだ」
この遊園地が、一体どういう仕組みで動いているのか。
いや、そもそも彼は、”遊園地という概念”すら理解していないのかも知れない。
「ここはまるで異世界だよ。嬢ちゃんも、くれぐれも気をつけるんだな」
「ええ」
そう言葉を交わして、男はその場を去っていった。
わざわざ単身で乗り込んできた辺り、彼は戦える冒険者なのだろう。
「……色々なタイプが居るのね」
アリサは、一瞬で興味を失った。
次はどこを調べようかと、アリサは園内マップを開いてみる。
書いてあるのはアトラクションについてのみで、どこで管理しているのかも分からない。
「?」
マップを見るうちに、アリサは小さな疑問を抱いた。
「こんなアトラクション、さっきまであったかしら」
◇
「ここはイカれてやがる」
アリサと分かれたあと、髭面の冒険者は一人で園内を探索していた。
遊園地という異世界の文化に、恐怖すら覚えながら。
そんな中、彼はマスコットキャラのハッピーくんとすれ違い。
「ッ」
ある事に、気づいた。
「おい、お前!」
ほとんど反射的に、男はハッピーくんに掴みかかる。
「ポヨヨン? どうしたポヨン?」
「何だ、お前。何でなんだ?」
ハッピーくんは、突然掴まれて動揺するも。
男は、それ以上に気を動転させていた。
「答えろッ!」
「ポヨン!」
そして男は、
踏み込んではならない部分に、その手を伸ばしてしまった。
――うわあああ!!
「ッ」
アリサはその叫び声に反応し、急いで飛翔した。
だがしかし。
現場に駆けつけた時には、そこには何も存在せず。
ただ、ハッピーくんが立っていた。
「ポヨヨヨヨ〜ン? もしかして、迷子ポヨン?」
「……いいえ、問題ないわ」
得体の知れない不気味さを感じ、アリサはハッピーくんと距離を取る。
この遊園地は、やはり何かがおかしい。
◆
一通り、アリサは園内を見回ったものの、人を襲うような存在は確認できず。
昼間の冒険者を除けば、見かけたのはハッピーくんだけで。
そろそろ日が暮れる時間なので、三人は合流することに。
「それで、そっちはどうだった?」
あまり期待せずに、アリサは二人に聞いてみる。
「うん、ここは凄いね。一日じゃ回り切れないと思う」
「ねぇアリサちゃん、一緒に回転ブランコに乗らない?」
ミレイとキララは、単に遊園地を堪能していた。
当然、有益な情報など得られない。
キララがどういうアトラクションを気に入ったか、そういう話しか出てこない。
(やっぱり、戦力にならないわね)
アリサは諦めた。
「もうすぐ日が暮れるわ。今日は撤退しましょう」
「だね」
暗くなっては調査どころではない。
三人は遊園地を出て、帝都へ帰ろうとするものの。
「あれ?」
外に出ようとして、ミレイは気づく。
遊園地全体を覆うように、”見えないバリア”のようなものが展開されていた。
手で叩いても、まるで壊れる気配がない。
「……どうしよう」
「普通に、壊せば良いじゃない」
アリサは剣を構える。
得体の知れないバリアなど、魔法少女の力なら斬り払えるはず。
すると、
「ポヨヨヨヨ〜ン!」
ミレイたちのもとへ、ハッピーくんがやって来る。
「どうかしたポヨン?」
「えっと、外に出られなくて」
ミレイが事情を説明すると。
「ポヨヨン! 今、外は危険な状態だポヨン。だから今日は、”トリックハウス”に泊まるポヨン」
「トリックハウス?」
「……園内にあるホテルよ。地図に書いてあったわ」
アリサは、その存在を知っている。
「それで、どうして外は危険なの?」
「ポヨヨン、それは分からないポヨン」
ハッピーくんは、所詮はマスコットに過ぎない。
ゆえに、”肝心なこと”は知らなかった。
「どうする?」
「ね〜」
ミレイとキララは、正直どちらでもよく。
判断はアリサに委ねられる。
「……誘いに乗るのも、一つの手ね」
ここは一体何なのか、なぜ人々が行方不明になるのか。
確かめるため、三人はトリックハウスに泊まることに。
◇
遊園地内にあるホテル、トリックハウス。
これまた大きく、立派なホテルに泊まることになったのだが。
「「すっごーい!!」」
ミレイたちがやって来たのは、最上階にあるスイートルーム。
もの凄く、豪華な部屋に案内された。
「ここって多分、何十万もする部屋だよ」
「ベッドもおっきい!」
ミレイとキララは、部屋の様子に大興奮。
「……」
アリサは無言で、部屋の安全性を確かめていた。
「えぇ〜、一緒に入らないの?」
「ええ。安心したところに、敵が襲ってくる可能性もあるから」
一緒にお風呂に入ろうと、ミレイに誘われたものの。
アリサはそれをきっぱりと断った。
お風呂の方から、ミレイとキララの楽しそうな声が聞こえてくる。
それを背に、アリサは警戒心を緩めない。
こんな得体の知れない場所で、なぜのんきに笑えるのか。
そもそも、”一緒にお風呂に入る理由”も分からない。
アリサが、無性に苛ついていると。
――ぎゃー!
風呂場の中から、ミレイの叫び声が聞こえてくる。
「まさかっ」
アリサは、急いで風呂場に入った。
すると、
”巨大な狼の化け物”が、風呂場の中に侵入していた。
しかも、ミレイに喰らいつきそうなほどの至近距離に。
「ッ」
言葉にならない感情とともに、アリサは力を開放した。
 




