新世界での一歩
「困ったわね」
「ええ」
フェイトとソルティアが、女子寮の部屋の前で話し合う。
この部屋の住人は、ミレイとキララ。けれども、ミレイがどこかへ消えてしまい、今はキララが一人だけ。
ミレイが消えてしまったショックで、キララは完全に塞ぎ込んでいた。
ここ数日、部屋から出てきた様子もない。
「自分で撒いた種ってのが、よっぽど堪えたのかしら」
ミレイとキララの関係は、上手く言葉で表現することが出来ない。
キララの中で、ミレイという存在がどれほどの比重を占めているのか。
「イーニアの髪の毛を白に染めて、ミレイのフリでもさせようかしら。ほら、身長は似たようなもんだし」
「……それは、流石に狂気です」
ミレイが消えてしまい、みんな大なり小なり心配はしている。
空を飛べる人間は、すぐさま捜索にも向かった。
とはいえミレイが、追い込まれたら”案外どうにか出来るタイプ”なのも事実なので。
皆、それほど深刻には考えていなかった。
希薄ではあるものの、フェイトはその”繋がり”を確かに感じている。
だから、ミレイの生存を疑ったりしない。
「それにしてもあの子、何も食べてないけど大丈夫かしら」
「差し入れでもしますか?」
「ええ。こういう時は、心のこもった手料理よ!」
いつもニコニコしている人間が、ここまで塞ぎ込んでしまうと流石に心配になる。
フェイトは珍しく優しさを発揮し、キララのために手料理をご馳走することに。
調理は、もちろん自室で。
誰も掃除しなくなり、混沌のゴミ部屋と化したあの部屋で行う。
(……思い出すわね)
フェイトが、まだ普通の人間として生きていた頃。施設で一緒に暮らしていた姉が、自分のために手料理を作ってくれた。
味は、正直とんでもなかったが。
胸が温かくなって、とても嬉しかった。
その時の気持ちを思い出しながら、フェイトは鍋に火を付け。
「あ」
部屋に溢れていた、得体の知れないゴミ山に引火。
その中に、よくない物でも混じっていたのだろうか。
フェイトもろとも、爆発で部屋が吹き飛び。
――きゃー! 火事よー!
かくして、女子寮は壊滅的な被害を受けた。
◆
「ミレイちゃ〜ん!!」
「うげっ」
キララによる抱きつき、もとい突進を受け。ミレイは思いっきり吹き飛ばされる。
「よかった、幻覚じゃない」
一週間ぶりのミレイを、キララはこれでもかと抱きしめる。
すりすり、くんくん。
五感を駆使して、ミレイ成分を摂取していた。
「ちょっと、そこは恥ずかしいって!」
ミレイとキララが、ギルドのど真ん中でぐちゃぐちゃに。
そんな様子を、アリサは何とも言えない表情で見つめる。
「これ、大丈夫なの?」
「まぁ、流石におっ始めはしないでしょ」
アリサの問いに、フェイトが答える。
数奇な運命を辿った、二人の出会い。
「あんた、異世界人よね」
「ええ」
「どういう世界から来たの?」
「普通の世界よ」
「普通って、どういう普通よ」
「……」
フェイトからの質問を受けて、アリサは口を閉ざしてしまう。
しつこい人間、面倒くさい人間は嫌いである。
「仏頂面ね。……あんたみたいのが、なんでミレイについてきたの?」
そんな問いを受けて、アリサは考える。
自分がなぜ、ここに来たのか。
何に惹かれてきたのか。
「……ただ、選んだだけ」
「……そう」
まだ、アリサにも分からない。
◇
キララとフェイトに対して、ミレイは改めてアリサを紹介する。
「この子はアリサ。17歳の女子高生です!」
「……年上だった」
まさか年上だとは思っておらず、フェイトは気まずそうに目を逸らす。
「よろしくね〜」
キララはすっかり元気である。
「で、戦ったりできるの?」
フェイトから見て、アリサには特別な力を感じなかった。
ただちょっと、顔の良い女としか思えない。
「アリサ、ステッキは?」
「ええ、もちろん持ってきたわ」
アリサは右手の指輪を、待機状態のステッキを見せる。
最強の魔法少女、その力は健在であった。
「もしかしたら、フェイトと同じくらい強いかも」
「へ、へぇ」
その言葉は、流石に聞き捨てならず。
「わたしはフェイト。この世界最強の女よ」
フェイトは、アリサに対抗意識を向ける。
(……大丈夫かな)
人間嫌いなアリサ。
果たしてみんなと仲良く出来るのか、ミレイは若干不安であった。
◇
「今はみんな、イーニアちゃんの家で暮らしてるよ。荷物も全部運んであるから」
「わたしと、アリサも暮らせる?」
「うん、もちろん大丈夫だよ」
一週間ぶり。
多少の変化がありつつも、ミレイはこの世界へと帰ってきた。
しかし、アリサにとって、ここは全てが物珍しい”異世界”であり。
非常に興味深そうに、ギルド内の様子を眺める。
「わたし、その気になれば世界を氷河期に出来るわ。タイマンでも今の所無敗だし、正直他の5つ星が相手でも――」
そんな彼女の隣りで、フェイトが自分の強さをこれでもかと説明するも。
アリサはまるで聞いておらず、右から左へ受け流していた。
剣などの武器を携えた者。
魔法使いのような格好をした者。
小さな妖精や、耳の長いエルフのような人間。
現代日本とは何もかも違う光景に、瞳を奪われる。
「ぐぬぬ」
あまりにもアリサからの反応が薄いため、フェイトは怒ってどこかへ行ってしまった。
アリサがぼーっとしていると、そこへミレイがやって来る。
「どう? ここは」
「……まぁまぁね」
初めての異世界。
もっと多くを見てみなければ、本当に素晴らしい世界なのかは判断できない。
「彼らはどういう集団なの?」
「みんな、冒険者だよ」
「……冒険者?」
「まぁ、なんでも屋みたいな? 一応国営だから、安心な職業だけど」
「そう。……あなたは?」
「もっちろん! 冒険者だよ」
ミレイは、テンション高めに冒険者カードを見せつける。
悲しいかな、未だに”Eランク”のままである。
「わたしも、やってみようかしら」
せっかく、異世界に来たのだから。
アリサは第一歩を踏み出すことに。
◇
ギルドの一番窓口にて、アリサは冒険者登録を行うことに。
担当者のサーシャは、いつもながら面倒くさそうに対応する。
「名前はアリサ、と」
頬杖をつきながら、魔水晶に情報を入力していく。
「アビリティカードは出せる?」
「……アビリティカード?」
初めての異世界用語に、アリサは首を傾げる。
「こうやって、カードを出そうと思えば出せるよ」
隣りで、ミレイが試しにやってみる。
彼女の場合、それがアビリティカードなのかは疑問だが。
この世界で生活する人間なら、誰しも一つだけ手に入る不思議なカード。
強力なカード、特殊なカードの持ち主なら、クエストの斡旋などで有利になることがある。
「……カードを、出す」
ミレイを真似て、アリサはカードを具現化してみる。
すると、
アリサの手のひらに、光が集い、カードとして形成されていく。
”途方もない力”が凝縮され、輝きとして周囲を照らす。
それは、決して並のカードではなく。
言葉にできない、虹色の輝きを放つカード。
最高峰を意味する、”5つ星”のカードが具現化した。
「うわぁ」
「……最近、滅茶苦茶な奴が増えたわね」
ミレイもサーシャも、そのカードには驚きを隠せない。
5つ星 『人界剪定機構ケラウノス』
国や人種を対象とした最上級の破壊兵器。
全長2000mを超える空中要塞であり、主砲の一撃は街を跡形もなく消し去る。
カードテキストを読むだけで分かる、まるで悪夢のようなカードであった。
「きっとあなたなら、Sランクに上がるのもそう遠くないわね」
能力の傾向としては、イリスの持つ”空中戦艦アマルガム”と同じであろう。
けれども、その脅威度はアマルガムの比ではない。
この日、超大型ルーキーが冒険者デビューした。
「……」
発行された冒険者カード。
最低ランク、Fランクを意味するカードを、アリサは眺める。
今までの人生で、常に高い成績しか経験したことがなかったため、このFランクというのは中々に新鮮であった。
「これから、イーニアって子の家でお世話になるんだけど。みんないい子だから、仲良く、ね」
「……善処するわ」
出来る限り、みんなと仲良くしたいミレイと違って、アリサは基本的に人間が嫌いである。
好きや嫌いは人それぞれで、無理に馴染ませようとは思わない。
それでも、どうか打ち解けられるように。
ミレイは願った。




