愛の劇薬
「まさか、こんな事になるとは」
「えへへ、そうだね〜」
帝都最強決定戦、準決勝。
その対戦者である、”ミレイとキララ”が武舞台の上で向かい合う。
「普通に戦えば、わたしが勝ってたのに」
試合の様子を、フェイトは観客席から見つめる。
彼女が失格になったがために、不戦勝という形でキララは準決勝に上がっていた。
「いえ、そうとも限りませんよ」
その隣では、同じくソルティアも観戦している。
「キララさんは、ああ見えて恐ろしい方なので。フェイトさんに勝つ方法も、しっかり”準備”していたはずです」
「うっそ」
キララという人間の異常性。
実際に戦ったりしない限り、それは理解出来ないものである。
「対戦表を見たときから、こうなるのを想像してたんだよ〜」
「え、本当?」
すでに試合は始まっているというのに、二人はいつも通りの空気で話をしていた。
ミレイは憑依融合スタイルを止めて、魔導書入りのバッグを装備。
対するキララも、弓を構える素振りすらない。
この二人の間に、戦いという文字は似合わなかった。
「ミレイちゃんのために、”特製のお薬”も用意したし」
「……え?」
ミレイの笑顔が、氷のように固まる。
そんな彼女の様子などお構いなしに、キララは懐から謎の小瓶を取り出す。
小瓶の中は、キラキラと輝く”ピンク色の液体”で満たされていた。
「なにそれ」
「お薬!」
キララは満面の笑みを浮かべている。
「なんで、そんなのを出したの?」
「え? なんでって、……”今から使う”からだけど」
「!?」
衝撃的な一言に、ミレイは気絶しそうだった。
「なんで急に? さっきの試合とか、使ってなかったじゃん!」
「えぇっと、実はさっきも使ってたんだよ? 常人なら動けなくなるような猛毒を、わたしとソルティアさんの”両方に”」
「両方!?」
キララが何を言っているのか、ミレイには理解出来ない。
「フェイトちゃんを騙すために、できるだけ”弱く”見せたかったんだ〜 お互いに猛毒で弱ってて、”レベルの低い戦い”を見せれば、十分に油断してくれると思って」
少し前に行われた、キララとソルティアの試合。
当事者以外には分からなかったが、実は両者ともに猛毒で動きが鈍っていた。
互いに弱った状態で、”なおかつ必死に戦って”。
それをフェイトに見せることで、油断を誘う作戦であった。
「流石に、”本気”のフェイトちゃんには打つ手がないけど。最初に油断した状態なら、場外に落とす方法はいくらでもあるから」
ゆるふわに微笑みながらも、内心では誰よりも”真剣”で勝ちに来ている。
それが、今日のキララであった。
「もしかして、わたしにも猛毒を?」
小瓶を手にしたキララを見て、ミレイは後ずさる。
「そんな! ミレイちゃんに危険なものは使わないよ〜」
「だ、だよね〜」
その言葉に、ミレイはとりあえず安心するも。
「これは単純に、”エッチな気分”になるお薬だから」
続く一言に、開いた口が塞がらなくなる。
「え」
「じゃあ、行ってみよ〜」
「ちょ、ちょっと」
制止の声など関係なく。
キララは小瓶を開いて、その中身を武舞台に拡散させた。
ミレイは、その場から一歩たりとも動けず。
蛇に睨まれた蛙のように、拡散する薬を見続けて。
――瞬間、魔力が”覚醒”した。
まるで、酒を摂取した時のように。
ミレイの容姿が、完全なる大人のそれに変化。
内に秘められた魔力が、湯水の如く溢れ出す。
「あ、あれれー?」
その覚醒は、キララにも”想定外”であった。
「お酒とかは入ってない、本能を刺激するタイプのお薬なのに」
覚醒したミレイに、キララが動揺していると。
「つまり、これが”あいつの本能”ってことでしょ」
試合を見ていたフェイトが、武舞台に飛んでくる。
「フェイトちゃん?」
「まったく、とんでもない薬を作ったわね」
フェイトは体から魔力を放出し、舞っていた薬を会場の外へと吹き飛ばした。
「……思えば、”酒がトリガー”っていう認識自体、間違ってたのね」
ミレイが、この状態に移行する条件。
今までずっと、その原因はアルコールにあると考えられていた。
しかし、それは真実ではない。
”理性の消失”。
それが、全ての起因になっていた。
”理性”が失われることにより、抑え込まれていた”本能”が解放される。
普段のゆるい感じのミレイでさえ、しっかりと”セーフティ”の役割を担っていた。
ある時は、アルコールが原因でセーフティが緩み。
そして今回は、キララ手製の”媚薬”によって、ミレイの理性は完全に崩壊した。
しかし、今回ばかりはいつもと様子が違うようで。
「ッ」
大人モードのミレイは、顔を真っ赤にしながら自分の体を抱きしめていた。
とりあえず暴力という、いつもの様子とは違い。
明らかに媚薬の効果に苦しんでいる。
もはや、暴走どころではない。
大人モードのミレイにとって、媚薬は完全に弱点であった。
「……凄いわね、あんたの薬」
「えへへっ」
キララ特製の魔法薬は、どんな化物にも通用する。
「くっ、何だこれは」
自分の体に戸惑い、ミレイは動けない。
地面にぺたんと座り込んで、顔を真っ赤に染めていた。
この時点で、すでに無力化されたようなものだが。
そんなミレイのもとに、キララがじわじわと近づいていく。
満開に咲く花のように、”とびっきりの笑顔”を浮かべながら。
「ミレイちゃ〜ん」
「ッ、近寄るな!」
ミレイが言葉で制止しても、キララは止まらない。
大きくても小さくても、ミレイはミレイなのだから。
「安心して? ”優しく”、場外に落としてあげるから」
「この変態めッ!」
キララを止めようと、ミレイは持っていた魔導書をぶん投げる。
しかし、そんなものでは止められない。
「サフラ!」
いざという時の最終手段、体内のサフラに呼びかける。
だがしかし、
『……無理だ』
彼にも媚薬の影響が出ているのか。
ミレイの腕から、真っ白な触手がだらりと伸びる。
どう見ても、まともに戦えるようなコンディションではない。
「くっ、どいつもこいつも役立たずめッ」
まるで頼りにならないため、ミレイは魔導書と同じようにサフラをぶん投げた。
とはいえ、やはり効果はなく。
「えへへ」
サフラはキララに捕獲され、にぎにぎと可愛がられていた。
「……とんでもない試合ね」
あまりにも酷すぎる内容に、フェイトも呆れるしかない。
「くっ」
近づいてくるキララに、ミレイは為す術がなかった。
逃げようとはしているものの、腰が抜けて動けない。
このままでは、”屈辱的な行為”をされるに決まっている。
大人モードのミレイにとって、それは何としてでも避けたかった。
故に、プライドすら投げ捨てる。
「――ミーティア!!」
ミレイの選んだ道は、”逃走”。
召喚したミーティアの背中に、なんとかしがみつくと。
「さっさと逃げろ!」
「ピー!?」
もの凄く必死な形相で、ミレイは会場から逃げ出した。
「――待って、ミレイちゃーん!!」
キララが手を伸ばすも、ミレイとミーティアは流星のように消えていき。
二度と、会場には戻らなかった。
「ピ〜!!」
混乱したミレイに、滅茶苦茶な舵取りをされながら。
ミーティアは超スピードで南に飛行。
大陸を飛び出して。
南にある島国、”武蔵ノ国”の上空までやって来る。
常闇の国、武蔵を象徴する”巨大な黒雲”。
様々な怪異の元凶とされるそれに、ミレイとミーティアは突入した。
「ピー!?」
「黙って飛び続けろ!」
できるだけ、あの変態から距離を取るために。
雷の直撃を受けながらも、ミーティアは必死に飛び続け。
やがて彼女たちは、この世界から消失した。
◆◇
(思い、出した)
ミーティアの背中に乗りながら、湖に浮かび。
そのさなかに、ミレイは忘れていた記憶を思い出した。
「……ごめんね、わたしのせいで」
「ピー」
暴走したミレイが悪いのか、原因を生み出したキララが悪いのか。
こんな異世界に来てまで、ミーティアは振り回されていた。
上空を見上げてみれば、三人の魔法少女がミレイを見下ろしている。
こちらにはもう、戦う手段が残っていない。
しかしそれでも、ミレイは諦めない。
「……そろそろ、行けるかな」
黒のカードを呼び出して、望みを繋げることに。
小さな光の輪が発生し、中から新たなカードが姿を現す。
1つ星 『盗賊の短剣』
盗賊が好んで使う短剣。軽くて使い勝手がいい。
「……あらま」
残念なことに、幸運は舞い降りなかった。
カードの力に頼れないのなら、もう”最終手段”に頼るしかない。
ミレイは、懐から小瓶を取り出す。
(まだ割れてない)
幸いにも小瓶は無事であり、中身を飲むことは可能である。
しかし、躊躇いを捨てきれない。
(本当に、これでいいのかな)
初めて思い出した、暴走した時の記憶。
自分の中に秘められた”本性”を、さらけ出すのが怖かった。
◇
ミレイが、湖に浮かんでいる頃。
アリサは城の中で、敵の総大将と戦っていた。
「ッ」
魔法少女、アリサ☆ブレイヴ。
彼女の持つ剣は、唯一無二の力を持ち。
対峙する伝説の魔法少女、レイシーの持つ剣にも劣らない。
だがしかし、
”聖剣の魔法少女”、レイシー☆フルムーンレクト。
彼女が有するのは、絶大な力を持つ”七本の聖剣”。
”そのうちの一本”を相手に、アリサは互角に持ち込むのが精一杯であった。
「……弱いわね。この程度の相手に好き勝手されるなんて、役立たずばかり」
一本の聖剣を魔法で動かし、それでアリサを翻弄する。
レイシーにとって、これは戦いにすらなっていなかった。
それでも、アリサは必死に食らいつく。
「ステッキを破壊したというのは、どういう意味なの?」
「言葉の通りよ。あなたみたいな適合者に奪われたら、やっぱり脅威になるもの。脅威は確実に取り除かないと」
「……随分と、用心深いのね」
いくら、その可能性があるとはいえ。
”伝説級のステッキ”を破壊するとなると、簡単には決断できないはず。
「イレギュラーは排除したいのよ。特に、あの”竜使いの女”は」
「竜使い?」
竜使いと聞いて、思い浮かぶのはミレイ一人。
しかし、目の前にいる彼女との関係性が分からない。
「――そもそも”あれ”が現れなければ、こんな事態にはなっていなかった!」
 




