妖精界の戦い
世界三大瀑布の一つ、ナイアガラの滝。
カナダ滝とも呼ばれる巨大な滝の内側に、”妖精界”は存在する。
いつからそこにあるのか、滝が形成される前からあったのか。
それはともかくとして、太古の昔より妖精たちはそこで暮らしていた。
滝の内側にあるとは言え、単純に地続きになっているわけではない。妖精界は”実際には存在しない土地”であり、たとえ滝を抜けても人類が中に迷い込むことはない。
故に、何万年もの間、人と妖精は交わることがなかった。
妖精界を支配する伝説の魔法少女、レイシーを倒すため。アリサを筆頭にする魔法少女たちは、ナイアガラの滝へ向かうことになった。
しかし団体行動は行わず、それぞれ別々に行動して、決めた時刻に”現地集合”することに。
チームでの行動など不可能。
というより、アリサは単純にメンバーが嫌いだった。
◇
集合場所はナイアガラの滝だが、流石にその付近に泊まるわけにもいかないため。
ミレイとアリサは、少々離れたデトロイトの街にやって来た。
魔法少女が悪いのか、それとも単純に治安が悪いのか。遠くからの銃声が鳴り止まない。
「ピー」
「よしよし」
夜空の下。
泊まっているホテルの屋上で、ミレイはミーティアと触れ合う。
元の世界から連れてきたのは、このミーティアのみ。魔導書も置いてきてしまったため、頼みの綱であるフェイトも召喚できない。
「……なんで、こんなところに来ちゃったんだろ」
「ピー?」
ミーティアに問いかけてみるも、ミレイにはその言葉が理解できない。
なぜこの世界にやって来たのか。なぜミーティアだけが一緒なのか。肝心な記憶が思い出せなかった。
帝都最強決定戦。その中で戦った、デスロックという名の怪人。自分を見つめる彼の瞳が、どうしても忘れられない。
記憶を失くした理由と、何か関係があるのか。
キララやフェイトは、今頃どうしているのか。ちゃんとご飯は食べているのか。
気になって気になって仕方がないが、今はどうしようもなかった。
悪い魔法少女を倒して、妖精界を解放。
女王陛下の力を借りて、元の世界に帰る。
やるべきことは明らかである。
「頑張ろう」
「ピー」
来たるべき戦いに備えて、ミレイが覚悟を決めていると。
「こんばんは」
いわくつきの妖精、モニカがやって来る。
「ど、どうも」
アリサとの関係もあるので、ミレイは彼女が苦手であった。
「人間って、恐ろしいと思わない?」
「?」
「ドンパチ抵抗してる人々も、それを蹂躙する魔法少女も、結局は人間。わたしたち妖精は、一体どうすればいいのかしら」
「どうって?」
ミレイの疑問に、モニカは微笑む。
「もしも仮に、奇跡的にあなた達が勝てたとして。それから、この世界はどうなると思う?」
「えっ」
この戦いの”その後”など、ミレイには想像もできない。
「どう転んだとしても、元の形には戻らないでしょうね。世界は、魔法少女について知り、妖精界についても知ってしまった。――へぇ、そんな世界もあるんだ。なんて、簡単に終わるわけがないわ」
一年前の事件とは違う。
今回は、あまりにも規模が大きくなってしまった。
「戦いに勝って、ステッキを全て回収したとして。世界は妖精界を許してくれるかしら?」
「それは……」
街を破壊して、少女を誘拐し。世界中の軍事施設に攻撃を仕掛けた。
そんな魔法少女という”大きな力”を、世界は放っておいてはくれないだろう。
「でも去年は、あなたが事件を起こしたんでしょ? ”悪いこと”をしてるのは、正直おんなじだと思うけど」
「……わたしはただ、”ちょっとした変化”が欲しかったのよ。閉ざされた妖精界に、新しい風を吹き込みたかった。戦争をしたかったわけでも、憎しみ合いたかったわけでもない」
人と妖精の交わり。
こんな”最悪な形”ではなく、もっと別の形で。少しずつ世界を変えていきたかった。
「――伝説の魔法少女、”レイシー”。彼女は一体何者で、何を目的としているのかしら」
◆◇
激しい轟音と、撒き散らされる水しぶき。
日が昇る時間帯に、ミレイ達はナイアガラの滝へとやって来た。
「はぁ〜」
時間も時間なので、ミレイは思わずため息が出てしまう。
だが、しかし。
妖精界へ突入する、訳アリの魔法少女たち。ミレイとアリサは、彼女たちの到着を待つものの。
約束の時間を過ぎても、彼女たちは1人としてやって来なかった。
「……時計の読み方くらい、理解してると思ったけど」
スマホの画面を見ながら、アリサは苛立ちを隠さない。
「寝坊とかかな?」
「それにしても、1人も来ないのは異常だわ」
1人として集まらない魔法少女たち。
ミレイとアリサが、それに待ちくたびれていると。
轟音とともに。
滝の内側から、激しい”爆発”が発生した。
凄まじい勢いの水しぶきが、ミレイたちの元へと飛んでくる。
「……どうやら、すでに始まっているようね」
「チームワークは!?」
集合の約束はどこへ行ったのか。
戦闘は、すでに始まっていた。
「もしもこれで負けたら、あいつらは一生許さないわ」
指輪状態のステッキを起動し。
アリサは、魔法少女ブレイヴへと変身する。
そして、もう一つ持っていたニックスの杖をミレイに渡した。
「魔法少女にならないと、妖精界には入れないわ」
「うん」
覚悟を決めて、ミレイはステッキを起動。
ガッシリとしたドレスアーマーに身を包む。
「――魔法少女ミレイ☆ニックス、参上」
魔法”少女”というような年齢ではないが。
仕方がないので、ミレイは華麗にポーズを決めた。
「あと、これを持っておいて」
「へ? なにこれ」
アリサがミレイに渡したのは、謎の液体が入った小瓶。
何か色々と文字が書かれているが、英語なので理解が出来ない。
「昨日の夜に入手した、”お酒”よ」
「でぇ!?」
まさかのアイテムにミレイは驚く。
「ギリギリまで粘って、それでも無理ってなったら、これを使ってちょうだい。いざという時の”最終手段”よ」
「……分かった」
こんな物の力に、できれば頼りたくはない。
しかし、負ければどうなるか分からない。元の世界に帰れないかも知れない。
”家に帰るため”なら、こんな手段にでも頼るしかなかった。
「行きましょう」
アリサ☆ブレイヴと、ミレイ☆ニックス。
二人の魔法少女が飛翔し、ナイアガラにある滝の一つ、”カナダ滝”へと突っ込んでいく。
もしも魔法少女でなければ、滝の内側に衝突するだけだが。
アリサとミレイは、世界の壁を越えた。
妖精界へと。
「凄い!」
「ええ」
透き通った湖に、遙か先には純白の城。
城の周りには小さな町が広がり、妖精たちの暮らす世界が広がっていた。
それだけなら、ただ景色に感動できたのだが。
「……一足、遅かったわね」
美しい湖には、倒された十数人の魔法少女が浮かんでいた。
共に戦うことを約束した、”味方の魔法少女”である。
「くっ」
その中でも、ただ一人。砲撃の魔法少女、天使だけが満身創痍ながらも食い下がっていた。
それに対するは、”三人の魔法少女たち”。
伝説の魔法少女、フレイヤと。
それと”同格”であろう、残る二人。
伝説の魔法少女が三人も。
いくら歴戦の彼女たちとはいえ、敵う相手ではなかった。
「天使。どうしてあなた達は、先に突入したの? 集合時間って言葉、理解できなかったのかしら」
「へ、へへ」
駆けつけたアリサの言葉に、天使は笑うしかない。
「伝説のステッキに、空席があるならよ。他の奴らを出し抜いて、我先に手に入れようと思ったんだ。”お前以外の全員”がな。」
「……相変わらず、どうしようもない連中ね」
「へっ、お前も”こっち側”だろ」
最後に、そう言い残して。
体力の限界だったのか、天使は湖へと落ちていった。
「デザートにお二人。これでコースも終わりかしら」
フレイヤを筆頭にする、三人の伝説級魔法少女。
圧倒的な敵を前に、ミレイとアリサは立ち向かう。
「……早くも、最終手段が必要かも知れないわね」
相手が一人でも敵わないのに、それと同格がもう二人。
こちら側の戦力では、どう考えても太刀打ち出来る相手ではない。
ミレイの”暴走”を使えば、確かに状況は変わるだろう。
伝説の魔法少女が相手でも、勝利を掴めるかも知れない。
しかし、敗北よりも”凄惨な結末”を迎える可能性もあった。
この美しい湖が、真っ赤に染まるような。
そんな犠牲の結果に勝利を得ても、笑顔と幸せは訪れない。
伝説の魔法少女を倒して、この妖精界を解放する。
”ただ強いだけの力”じゃ、欲しい未来は掴めない。
「お願い、ミーティア」
ミレイは、その手に黄金のカードを具現化させる。
ここまでついてきてくれた、気高きドラゴンのカードを。
「言葉も理解できないわたしだけど。どうか、力を貸して」
ミレイは、黄金のカードに語りかけ。
その声が、想いが、一つになる。
――憑依融合 Ver.ミーティア――
ミレイの姿が変わっていく。
力に相応しい肉体へと成長し、その拳は竜のように力強く。
アリサと同じ、白銀の鎧を身に纏い。
神々しく輝く、光の翼を背に展開する。
「ふぅ」
肉体の成長と共に、その表情も大人びたものに変わっていた。
魔法少女とは異なる”変身”に。
敵だけでなく、アリサでさえも驚きを隠せない。
「――”アリサ”。ここはわたしに任せて、先に行って!」
かくして、決戦の幕が上がった。
 




