プロメテウスの呼び声
感想等、ありがとうございます。
「ミレイちゃん、ちょっといいかな?」
「はい?」
帝都最強決定戦、予選会。
三回戦を目前にして、ミレイは舞台裏でシュラマルに声をかけられる。
シュラマルもこの大会に出場していたが、惜しくも二回戦で敗退してしまったらしい。
そしてシュラマルを負かした相手が、ミレイの次の対戦相手となる。
「あそこに座ってるのが、君の次の対戦相手なんだけど」
そこに居たのは、”真っ黒なローブを纏った謎の男”。
白い仮面をつけているため、傍から見たら性別すら分からない。
「正直、僕は一撃で倒されちゃったよ。ソルティアとか、イリスとか、強い相手とは戦った経験があるけど。あいつはそれ以上かも知れない」
「えぇ……」
Sランク冒険者のイリス。フェンリルを殴り飛ばす彼女よりも強いとなれば、その実力は計り知れない。
戦う前から、ミレイは怖気づいていた。
『さぁて、帝都最強決定戦、これより三回戦を開始します!』
会場内に、実況の声が鳴り響く。
『三回戦第一試合は、ミレイ選手vsデスロック選手。こちらも予想のつかない組み合わせだ!』
「うぅ」
武舞台の上で、ミレイは顔を引き攣らせる。
ミレイはすでにフェンリルと憑依融合をした状態であり、その実力は並の冒険者を寄せ付けない。たとえ相手がSランク冒険者だとしても、どうにかなりそうな力は持っている。
だがそれでも、対戦相手への恐怖が拭えない。
ミレイと対峙するのは、デスロックという名の選手。真っ黒なローブを纏った巨漢であり、その威圧感は尋常ではない。正体を隠すための仮面も、その不気味さを際立たせている。
憑依融合をして、魔力への感覚が鋭くなった今だからこそ理解できる。
目の前に立つ男の”ヤバさ”が。
ソルティアやイリス以上。シュラマルの言った言葉は、何一つ間違っていなかった。
「ふぅ」
とはいえ、ここまで勝ち上がってきたため。ここで退くという選択肢は存在しない。
ミレイは、力強く拳を握った。
『――それでは、試合開始!!』
試合開始のゴングが鳴り。
それと同時に、ミレイは両腕をクロスさせ、空間を引っ掻くように思いっ切り手を振るった。
ミレイの手から、鋭い爪のような斬撃が発生し。
デスロックに向かって飛んでいく。
先の試合で、Aランク冒険者を一発KOした技だが。
デスロックはそれを拳で迎え撃ち。
爪の斬撃は、容易く弾かれてしまう。
「いっ」
そんなバカな。そう思いつつも、ミレイは動きを止めず。
鋭い爪のような斬撃を放ち続ける。
しかし、デスロックは容易く捌き続け。
攻撃の合間を縫って、ミレイに接近してくる。
ミレイめがけて、デスロックは拳を振りかざし。
仕方がないので、ミレイも拳で迎え撃つ。
両者の拳が激突。
強力な魔力がぶつかり合い、会場全体に衝撃が走る。
「ほぅ。この世界に、わたしと殴り合える奴がいたのか」
「ッ」
相手の言葉に驚きつつ、ミレイはデスロックと距離を取る。
「もしかしてあなたも、異世界人?」
「いかにも。”ある使命”を負ってここに来た!」
デスロックは武舞台を思いっ切り殴り。
宙に舞った大量の瓦礫を、もう一発、その拳で殴り。
衝撃波と共に、瓦礫がミレイに向かって飛んでくる。
「わわっ、痛い!」
飛んでくる瓦礫を、ミレイは必死にガード。
何とか耐えきるものの。
気づけば目の前で、デスロックが拳を振りかざしていた。
見るからにヤバい一撃。
場外負けになるだけなら良いが、明らかにそれ以上のダメージを負いかねない。
「――ちょっと待って!」
ミレイの悲鳴も虚しく。
デスロックは思いっ切り拳を振るい。
それが、ミレイの目の前でピタリと止まる。
「あ……どうも」
どうやら願いが通じて、寸止めで勘弁してくれたらしい。
ミレイがそう思っていると。
「なっ、何故だ?」
デスロックは焦った様子で、拳を震わせていた。
寸止めなど、するつもりはなかった。
容赦なく顔面を殴るつもりだった。
それなのに、デスロックは自分の意志とは関係なく、拳を止めてしまった。
まるで、”上位存在”からの命令を受けたように。
「馬鹿なぁああッ!!」
デスロックは、怒りに全身を震わせ。
それと同時に、全身が激しく”燃え上がる”。
その炎によって、纏っていたローブは燃え尽き。
仮面は溶け落ち。
隠されていた姿が露わになる。
――なんだ、あれ。
デスロックの姿に、会場全体が騒然となる。
その正体は、恐ろしい”怪人”であった。
真っ黒で筋肉質な身体に、鬼のような角。
「……うそ」
それと似たような存在を、ミレイは知っていた。
花の都で戦った、恐るべき怪人。
異世界からの侵略者。
デスロックの姿は、それと酷似している。
「バカな」
「……陛下?」
見覚えのある存在に、観戦していたセラフィムも立ち上がる。
隣りに座るマキナは、どうやら覚えていないらしい。
「門は確実に閉じたはず。まさか、別のルートが?」
セラフィムの脳裏に、”最悪の考え”がよぎる。
(……どうしよう。めっちゃ強そうなんだけど)
文字通り、デスロックは怒りに燃えていた。
あの超人的な身体能力に、発火能力が合わさったとすれば。正直、まるで勝てる気がしない。
ミレイはすでに、戦う気を失くしていた。
だが、しかし。
「――がああぁぁッ!?」
突如として、デスロックが苦しみ始める。
能力の不調か、はたまた別の要因か。
「なぜだ!? なぜわたしの体を!!」
何かに怯えるように、デスロックは叫び続け。
そして急に、その雰囲気が”変質”した。
怒りの炎は静まり、全身から力が抜けて。
そのまま、ミレイの顔をじーっと見つめている。
「うわぁ」
あまりの豹変ぶりに、ミレイも顔が引き攣り。
そろりそろりと距離を取っていると。
「――ようやく、見つけた」
デスロックがミレイに声をかける。
しかし、先程までとは雰囲気が違い、まるで”別人”が喋っているようだった。
「思ったよりもずっと小さく、ずっと愛らしい」
謎の言葉を呟きながら、デスロックはゆっくりとミレイに近づく。
「諦めなければ、必ず出会えると。そう信じた甲斐があった」
その理解不能な行動に、周囲の人々はただただ困惑するのみ。
しかし、この会場で唯一、フェイトだけが気づいていた。
あそこに立つ存在の、”桁違い”の危険度に。
フェイトの動きは速かった。
「ミレイから、離れろッ!!」
その手に強烈な冷気を集めながら、武舞台に向かって飛翔し。
冷気の波動を、デスロックに叩きつける。
しかし、デスロックは軽く手をかざすだけで、フェイトの冷気を受け止めた。
「こいつッ」
その行動に、フェイトはより一層警戒心を高める。
『おおっと、フェイト選手! 乱入行為は流石に困るんだけど!』
実況のタバサは、デスロックの危険度に気づいていない。
「なら、わたしは失格でいいわ! ミレイの”武器扱い”って事にしてちょうだい!」
『……あー、なるほど』
確かにフェイトなら、ミレイの武器としてカウントすることが可能である。
実況のタバサも、それには反対が出来ない。
『じゃあ特例として、フェイト選手は失格。以降、ミレイ選手の武器としてカウントします!』
色々と無茶な変更を行い。
ミレイの代わりに、フェイトがデスロックと対峙する。
しかし、デスロックはフェイトのことなど眼中になく。
不思議そうに、周囲の様子を見つめている。
「……随分と、人間の数が多い。――まとめて消してしまおうか」
何を思ったか。
その体から、急激な魔力の波動が発せられる。
一つの生命体が使うような力ではない。
まるで”天変地異”のような、圧倒的なエネルギー。
その魔力に、フェイトですら押されてしまう。
「何なのよ、こいつッ」
目の前の化物をどうにかするために、フェイトは内なる力を覚醒。
”天使モード”へと移行した。
完全解放された冷気の力をもって、フェイトはデスロックと対峙する。
両者から発せられる魔力は、”ほぼ互角”。
周囲に”一撃”を放とうとしていたデスロックだが。ここで初めて、フェイトのことを認識する。
「これは驚いた。この世界にも、君のような強者が居たとは」
「あっそ」
デスロックの言葉には余裕があるものの。
対するフェイトには、これっぽっちも余裕がない。
こっちは全力を出している。
しかし、”向こう”は。
(……最悪ね)
この場にいる人間の中で、フェイトだけが理解できる。
一番強いからこそ、分かってしまう。
”触れてはいけない世界”が、そこにあると。
しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。
フェイトは冷気の波動をその手に集め、目の前の怪物に解き放つ。
デスロックもそれに対抗し、魔力障壁で冷気を受け止めた。
「くっ」
フェイトは全力でエネルギーを注ぎ続け。
「ふふっ」
デスロックも一歩も引かない。
両者ともに互角。
その力の衝突は、一体いつまで続くのか。
フェイトとデスロック以外は、ただそれを見守ることしか出来ない。
そんなさなか。
「……この身体じゃ、流石に無理か」
デスロックの体が、急激に崩れ始める。
”遥か彼方”から送られてくる力に、体が耐え切れなかった。
手や足が、顔が、ボロボロと崩れていく。
それと同時に力の出力も低下していき、フェイトの力によって徐々に体が凍り始める。
すでに、勝敗は明らかであった。
フェイトは冷気の放出を収め、デスロックへの攻撃を止めた。
この力で殺してしまっては、ミレイが失格になってしまう。
しかし、デスロックの”崩壊”はすでに歯止めが効かなくなっていた。
まるで砂の彫刻のように、全身が形を失っていく。
だが、そんな崩壊の中でも。
「――”必ず会いに行くよ”。だからそれまで、待っていてくれ」
彼は最後まで、ミレイのことを見つめていた。
◆◇
「ッ」
言葉にならない衝撃を受け、ミレイはベッドの上で飛び起きる。
あまりの衝撃に、冷や汗が止まらず。
頭の中を駆け巡る”記憶”に、震えが止まらない。
――必ず会いに行くよ。
その言葉と共に、ミレイは忘れていた記憶を思い出した。
帝都最強決定戦の予選に参加していたこと。
憑依融合の力もあって、順調に勝ち進んでいたこと。
得体の知れない相手に、恐怖を覚えたこと。
それまでの事を、鮮明に思い出した。
唐突に蘇った記憶に、ミレイが震えていると。
「どうかしたの?」
隣のベッドで寝ていたアリサが、心配そうに声をかける。
「ちょっと、記憶が蘇りつつあって」
「……そういうの、よくあるの?」
「いや、あんまり経験はないけど」
ミレイは、時折記憶が吹き飛ぶことをアリサに説明する。
酒を摂取すると暴走してしまい。色々と散々な事をした結果、その記憶が吹き飛んでしまう。
とはいえ今回に関しては、記憶が吹き飛んだ”理由”が分かっていないのだが。
「お酒を飲むと、そんなに強くなるの?」
「多分」
「魔法少女で例えるなら、どれくらい?」
「……分かんないけど。伝説の魔法少女と、同じくらい強いかも」
「そう」
その話を聞いて、アリサは何かを考えると。
ゆっくりとベッドから起き上がる。
「アリサちゃん?」
「”時差”のせいで寝られないから、少し散歩に行ってくるわ」
「大丈夫? 外、かなり物騒じゃない?」
「平気よ」
とはいえ。
部屋から出る前に、アリサは確認のために窓を開けてみる。
すると。
真っ暗な街並みの中から、激しい”銃声”が聞こえてくる。
分かりやすく、治安は最悪であった。
「流石は銃社会。魔法少女にも抵抗してるわね」
「……撃たれないように、気をつけてね」
妖精界への突入に備えて。
ミレイたちは、アメリカはデトロイトのホテルに泊まっていた。




