わたしの居場所
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「……」
ミレイは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
目を見開いて、信じられないという様子で。
その後ろでは、アリサが複雑そうな表情で立っている。
2人がやってきたのは、紛れもなくミレイの実家、そのはずであった。
住所も間違っていない。スマホのマップも使って、間違えるはずもない。
だが、そこにあったのは、”ミレイの知らない家”だった。
知らない色に、知らない形。表札に書かれた名字も、ミレイのものとは違う。
家の駐車場には車が停まっているが、それもまったく知らない車種。
ミレイの知るものが、何一つとして存在しなかった。
「なに、ここ」
まったくもって知らない家。まさか、この数ヶ月でリフォームをしたわけではないだろう。
言葉にできない、ざわざわとした感情が、ミレイの中で渦巻く。
「……いや、でも」
もしかしたら、ちょっと何かあっただけで。家の中には、何も変わらない家族が待っているはず。
そんな儚い願いを抱きつつ、ミレイは知らない家のインターホンを押してみる。
すると、
「はーい」
知らないインターホンの音に、知らない女性の声。
玄関のドアを開けて、中から住人が出てくる。
20代の後半、もしくは30代か。ミレイの母親よりもだいぶ若い、長髪の女性だった。
当然のように、ミレイには見覚えのない顔である。
(知らない人だ)
予想は出来ていたが。それでも、心がギュッと痛む。
「うちに、なにか用かしら?」
ミレイの内心などつゆ知らず、女性が尋ねてくる。
彼女からしてみれば、ミレイは”見知らぬ白髪少女”に過ぎないのだから。
「あの、いえ。……すみません、家を間違えました」
「そうなの?」
「はい」
家を間違えたという、ミレイの話を聞いて。
それでは、と。女性は家の中へ帰っていく。
だが、
「あの!」
扉が閉まる寸前に、ミレイが呼び止める。
「こ、この辺りで、星奈っていう人の家はありませんか?」
星奈、それがミレイの名字である。
「……星奈? ごめんなさい、ちょっと知らないわ」
「そう、ですか」
残念ながら、実家に繋がるものは何もなかった。
「それって、新しく引っ越してきた人?」
「いえ、そういうわけじゃないです」
「ふーん」
ミレイからしてみれば、ここに女性の家がある事自体、おかしな話である。
「でもわたし、”もうここで2~3年は暮らしてるけど”、星奈って人は聞いたこともないわね」
「……」
女性の話を聞いて、ミレイは言葉を失う。
つまりそれは、”そういうこと”なのだろう。
「すみません。ありがとう、ございました」
「いいえ、気にしないで」
話は終わり、玄関の扉が閉められる。
知らない家の玄関が。
「……は」
よく分からない感情に、乾いた笑いが溢れる。
ミレイの心には、ぽっかりと穴が空いていた。
行き場を失ったミレイとアリサは、あてもなく町をうろついていた。
ミレイの記憶に従って。知っているような、知らないような道を歩いていく。
自分の幼少時代の記憶や、かつての思い出を振り返りながら。
それでもこの町は、ミレイの知るものとは異なっていた。
「……やっぱり、ここ。”わたしの世界”じゃないみたい」
ミレイが、小さくつぶやく。
そうだと分かってしまっても、認めたくない。気づきたくなかった。
この世界に、自分の居場所は無いのだと。
「もうしばらくなら、わたしの家に居ていいわよ」
落ち込んだミレイを見かねて、アリサが声をかける。
「本当?」
「ええ。”迷子のペット”を拾ったら、元いた場所に返すのが義務だから」
照れ隠しだろうか、アリサはちょっと変わった言い回しをする。
「えへへ」
人を隕石扱いしたり、迷子のペットだと言ったり。
でもどんな言葉を使っても、”根っこの優しさ”は隠しきれない。
そう。
たとえ居場所が無かったとしても、わたしは一人じゃない。
この世界でも、ちゃんと”友だち”が出来たのだから。
◆
「冷静に考えて、帰りに電車を使うのはマズいわね」
「そう?」
ここが、ミレイの世界ではないと知った後。2人は、近くの商店街で買い物を行っていた。
ミレイの白髪は非常に目立つので、カモフラージュ用の帽子を買うために。
「確かに、映像は上がってなかったけど。白髪の少女っていう情報くらいは出回ってるはず」
「あー、そっか」
正式にこの世界の人間ではないため、警察などに捕まったら一発でアウトである。交通機関にはすでに情報が出回っている可能性もあるため、利用するのはリスクが高い。
ゆえに、別の移動手段を用意する必要があった。タクシーですら、絶対に安全とは言い切れない。
「そういえば。あのドラゴンって、乗って移動することは可能なの?」
「ふふっ。試してみるかい?」
ミレイは、妙にテンションが高かった。
買ってもらった”黒のキャスケット帽”が、よほど気に入ったのだろうか。
「……まぁ、乗れるなら何でも良いわ」
対するアリサはクールであった。
「昼間じゃ流石に目立つから、夜まで時間を潰しましょう」
「うん、オッケー」
日が暮れるまでは、まだかなり時間がある。
「ねぇ、カラオケとか行こうよ」
「そういうの、あんまり好きじゃないの」
「じゃあ、映画は?」
「あなたと趣味が合うとは思えないわ」
「えぇ〜」
その後、ミレイとアリサは揉めに揉めて。
結局、映画とカラオケ、その両方で時間を潰すことになった。
◇
美しい夜空。月光の下を、白銀のドラゴンが飛行する。
空を裂き、雲を裂き。
その背中に乗っているのは、ミレイとアリサの2人。
安全のために、ミレイは後ろからアリサに抱き締められている。
何かに乗る時は、だいたいこの姿勢であった。
風にさらされて、アリサの髪の毛がなびく。
美しい、桜色の髪の毛が。
「なかなか、心地良いわね」
「でしょ?」
ミーティアも、ある程度加減して飛んでいるため、2人には風を感じる余裕があった。
「空を飛ぶのって、ほんと最高」
「確かに、それは否定できないわ」
広い世界を、まるで独り占めしているような感覚。
地上の全てから解放され、何者にも邪魔をされない。
「もしも生まれ変わるとしたら、今度はドラゴンも良いわね」
「確かに」
自力で空も飛べる、何よりも自由な生き物。
「まぁ。人間以外なら、何でも良いんだけど」
「……そ、そっか」
アリサは、人間が嫌いである。
そしてその中には、自分自身も含まれている。
ドラゴンの背中に乗って、美しい夜空の下を飛ぶ。
まるで、おとぎ話のように。
「ねぇ、ミレイ。異世界について、教えてちょうだい」
「うん、いいよ」
ミレイは、アリサに多くの事を語った。
異世界アヴァンテリア。
色々な生物、色々な人々が暮らす世界で、魔法などの不思議な力に満ち溢れている。
空の果てには、未知なる浮遊大陸が存在し。ミレイもその全てを知っているわけではない。
異世界にやって来て、色々な人と出会って。大切な友だちもいっぱい出来た。
怖いこと、びっくりするようなこともあったけど。
それを吹き飛ばすくらいに、毎日が楽しくて仕方がない。
「そう。そんな世界もあるのね」
「うん」
ありのままに、ミレイは世界を語り。
アリサは、それを真剣に聞いていた。
ほんの少しだけ、羨ましく思いながら。
◇
ミーティアによる飛行と、スマホのマップ機能を駆使して。
ミレイとアリサは、なんとかアパートまで帰ってきた。
「疲れた〜」
「ええ。お先にシャワー、使って良いわよ」
本来ならば、ミレイとアリサは分かれ、それぞれの居場所へと戻るはずであった。
しかし、謎の痴漢少女、もとい魔法少女の襲撃を受け、とんでもない一日へと変わってしまった。
まさか、また2人でここに戻ってくることになるとは。
そんな事を思いつつ、アリサの部屋の前へとやって来て。
「え」
「……」
そこに居た存在に、ミレイは言葉を失い。
アリサは顔をしかめる。
そこに居たのは、今まで見たことのない”謎の生物”であった。
出来の悪いぬいぐるみ、あるいは小人のような。
明らかに、自然界の動物ではない。
「――待ってたコロン」
それは、彼女たちの帰りを待っていた。




