トレインパニック
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「えっ、ちょ。なにあれ!?」
謎の変身を遂げた、痴漢少女。もとい、”みやび☆アルティスタ”。
アリサに手を引かれながらも、ミレイはその瞬間をはっきりと目撃した。
異世界でも見たことない、新しいタイプの何か。
というより、変態を。
「アリサちゃん、知ってる?」
「さぁ。でも見たところ、”魔法少女”ね。」
「いや、あんなのいる!?」
まさに、理解不能。
その力の原理も不明だが、なぜここで変身したのか。
「とにかく、早くここから逃げましょう。」
ミレイを連れて、アリサは操縦室の近くまでやって来る。
「ちょっと、今すぐ電車を止めて。」
「……はい?」
突然のアリサの要求に、運転士は意味が分からず。
当然ながら、電車の運行を止めたりはしない。
「いいから! じゃないと、取り返しのつかない事態に。」
「――途中下車は、お断りしてま〜す♪」
”氷で出来た剣”が、アリサの真横を通り過ぎ。
運転室の扉を突き破る。
剣は、運転機器に深々と突き刺さり。
一撃で、その機能を破壊した。
「ああ、そんな。」
「うふふふ。」
これでもう、電車は止められない。
魔法少女みやびは、悠々と微笑む。
(この子、何でこんな無茶を。)
アリサには理解が出来なかった。
魔法少女がどうこうよりも。なぜ、”これほどまでの暴挙”を行うのか、アリサには不思議でならない。
「あなたの目的は?」
「うふふ。それを、あなた達が知る必要はないの。ただわたしと一緒に来て、”幸せ”になりましょう。」
もはや、言葉は通用しない。
彼女の目的は、ミレイとアリサの2人なのだから。
みやびが手をかざすと、無数の氷の剣が出現。
それを威嚇射撃のように射出し、電車の窓ガラスが砕け散る。
「くっ。」
乗客たちの怯える声。
アリサは敵を睨みつつも、”戦う力”を持たない自分を呪う。
「ねぇ? 痛い思いはしたくないでしょう? 安心してちょうだい、優しくしてあげるから。」
みやびが近づいてくる。
だが、しかし。
アリサを守るような形で、ミレイが一歩前に踏み出る。
「――大丈夫。ここは、わたしに任せて。」
アリサを安心させるように、にっこりと微笑むと。
ミレイは、真っ直ぐと前を向き。
その手に、”サンドボックス”を具現化させる。
(……魔法少女。)
見たことないタイプの相手。どういう存在なのか、皆目見当もつかないが。
使っているのは、”氷の力”。
ならば、決して未知なる敵ではない。
”うちの子”と比べたら、まったくもって怖くない。
サンドボックスから、魔法の砂が溢れ出る。
魔法の砂は、ミレイの思うがままに姿を変え。
”巨大な拳”の形へと。
「いっけー!」
思いっきり、みやびをぶん殴る。
「ちょ、え!?」
予想だにしない攻撃に、みやびは反応できず。
砂の拳によって、殴り飛ばされた。
魔法の砂の威力は絶大であり、その衝撃は車の衝突にも匹敵する。
ミレイは若干、冷や汗をかいた。
「や、やっちゃったかな?」
「いいえ、多分大丈夫。向こうも、そんなに脆くはないはず。」
アリサの言った通り。
「――いったいわね。」
魔法少女みやびは、一発殴られた程度ではこたえておらず。
ゆっくりと起き上がる。
「皆さんすみません! 端っこの方に寄っててください!」
生半可な力じゃ止められない。
ミレイは本気で戦うことを決意する。
アリサは、電車をどうにかしようと運転席へ向かった。
砂を操るミレイと、魔法少女みやびが対峙する。
「その箱が、手品の種かしら?」
ミレイの力の源が、サンドボックスにあると踏み。
みやびは氷の短剣を具現化すると、それをボックスに向けて射出した。
だが、ミレイが攻撃を認識すると同時に、魔法の砂は盾へと姿を変え。
みやびの攻撃を、容易くガードする。
「だったら。」
今度は威力重視で、一本の”氷の槍”を具現化。
盾を穿とうと、射出するものの。
砂の盾は強固であり、穴をあけることすら叶わない。
「なによそれ! ちょっと硬すぎじゃない?」
「……悪いけど、あんまり構ってられないから。」
文句を口にするみやびに対し、ミレイは魔法の砂を放出し。
彼女の周囲を、砂で覆っていく。
「ちょ、何なのよ!」
集めた砂を、球体のように変形させ。
その中に、みやびをギュッと閉じ込める。
そして、ミレイは割れた窓を見ると、ほんの少し躊躇しつつ。
「――ごめんね!」
みやびを閉じ込めた砂の球体を、電車の外に放り投げた。
◆
「砂で包んだから、大丈夫だよね?」
「え、ええ。魔法少女は頑丈だから、問題ない……はず。」
生きた人間を、電車から落っことした。冷静に考えたら、とんでもない事ではあるものの。
今はそれ以上に、”ひっ迫した問題”に対処しなければならない。
魔法少女の攻撃によって、電車の運転機器は破損。
一切の操作が出来なくなっていた。
「電車、どうしよう。」
「まぁ、たぶん大丈夫よ。運転士の人が、反対側の操縦室に向かったから。すぐに制御を――」
ミレイとアリサが、そんな話をしていると。
突如、電車が”急加速”を始める。
「うぉっち。」
ミレイは体勢を崩し、その場に尻餅をついた。
「ど、どういう。」
「随分と、しつこいわね。」
アリサは敵を、”魔法少女”を睨みつける。
「――うっふっふ。絶対に、逃さないわ。」
ミレイの砂によって、電車の外に落とされたはずだが。
魔法少女みやびは、後方車両から悠々と歩いてくる。
反対側にある操縦席は、”アクセル全開”の状態で氷漬けにされていた。
「なぜ、こんな真似を?」
「あなた達が悪いのよ? ぜんぜん、言うことを聞いてくれないから。」
みやびは、引きつったような笑みを浮かべる。
「わたし達は、もう止まれないの。全ては”あの方”のために。」
彼女の口元は笑っていたが。
その瞳からは、何故か”涙”が流れていた。
――なんで。
その涙が、表情が。
ミレイの瞳に焼き付いた。
「もう容赦しないから、覚悟しなさい!」
みやびが無数の氷の剣を生み出し、2人をめがけて射出する。
それを、ミレイは砂の壁を作り出すことで防ぐものの。
色々と問題が山積みで、表情に焦りが出る。
「このままじゃ、電車が。」
「そうね。このスピードじゃ、カーブを曲がりきれないわ。」
このままでは、取り返しのつかない”大惨事”を起こしてしまう。
ゆえに、長々と戦っている暇はない。
「なら。」
ミレイは再び、大量の砂を拳のような形に変え。
「とにかく、出てって!」
みやびを思いっきりぶん殴り、電車の外へと吹き飛ばした。
だが、しかし。
「逃さない!」
みやびは空を飛びながら、電車を追従し。
外から氷の剣で攻撃を仕掛けてくる。
「うっそ、飛べるの!?」
「魔法少女だから、当然ね。」
外から一方的に、みやびは攻撃を行い。
ミレイは防戦一方。
砂で反撃しようにも、相手の機動力に対応できない。
「だったら、こっちも。」
相手がスピードで勝負を仕掛けてくるなら、こっちもそれに乗ればいい。
幸いにも、電車の外でなら召喚できる。
「――ミーティア!!」
ミレイの声とともに、電車の真上に光が生じ。
白銀の竜、ミーティアが姿を現す。
そしてすぐさま、みやびへと突進した。
上空にて、ドラゴンと魔法少女の戦いが繰り広げられる。
「よし。あとは、こっちをどうにかしないと。」
魔法少女はミーティアに任せ、ミレイは電車への対処に当たる。
「……こういう時に、なにか使える力が。」
ミレイは黒のカードを起動し、新しい力をその手に呼び込む。
2つ星 『暗黒水晶』
違法な実験によって作り出された水晶。触れた者の魔力を吸収する。
「使えない、か。」
新たに召喚したカードは、現状役には立たず。
”今ある力”だけで、ミレイは電車への対処を決意する。
「サンドボックス!!」
電車を止めるために、最大限の力を行使。
大量の魔法の砂を、窓から外に放出する。
外に放出された砂は、巨大な一つの塊へ。
”砂の巨人”へと姿を変える。
「電車を止めて!」
ミレイの声に従い、砂の巨人が電車を正面から受け止める。
がっしりと、強大なパワーをもって。
だが、しかし。
強力なカードの力とはいえ、所詮、その巨人は”砂”に過ぎず。
地面、線路との摩擦によって、ガリガリと体が削れていく。
電車を止めるために、必要な力を発揮できない。
ちっとも止まらない電車に、ミレイの表情が焦りに染まり。
そんな彼女の手を、アリサがギュッと握りしめた。
「ミレイ。電車の屋根の上に、アンテナみたいな物があるの。それが電力を供給してるから、壊せばエンジンが止まるはず。」
「ほんと?」
「ええ、……たぶん。」
「たぶん!?」
この場面でのたぶんは、非常に恐ろしい。
「アリサちゃん、電車好きって言ってたじゃん。」
「嘘に決まってるでしょ、おバカさん。」
「ひどっ。」
とはいえ、もう迷っている時間はない。
ミレイは、魔法の砂に指令を送り。
屋根にあるアンテナみたいな物、パンタグラフを破壊していく。
車体が激しく揺れ。
乗客たちの叫び声が聞こえる。
(お願い、止まって。)
ミレイは、ひたすらに祈り。
砂の巨人は、電車の勢いを抑えていく。
アリサは静かに、ミレイの力を信じ。
やがて、電車は完全に停止した。
◇
「や、やった。」
一気に力が抜けて、ミレイはその場に座り込む。
一歩間違えれば、大勢の死者を出していたかも知れない。
そんな環境での戦いは、流石に精神的な負担が大きかった。
だが、しかし。
――乗客たちからの、惜しみない”拍手”の音が聞こえてくる。
誰一人、怪我人はいない。
電車も止めることが出来た。
自分の力が、多くの人の役に立った。
その事実が、ひたすらに嬉しかった。
「驚いたわ。案外凄いのね、あなた。」
「えっへへ。」
アリサの言葉を受け、ミレイは若干照れ臭くなる。
すると、
”ピー”
魔法少女と戦っていたはずのミーティアが、電車の側に戻ってくる。
「あれ、あの子は?」
「……どうやら、”倒した”みたいね。」
「うっそ。」
ミレイが、必死こいて電車を止めていた頃。
すでにミーティアは、魔法少女みやびを倒していた。
今頃彼女は、どこかのビルの屋上で気絶しているだろう。
「強いな〜、お前。」
ピー!
気を良くしたのか。
ミーティアは翼をはためかせ、遙か上空へと飛翔していった。
「ねぇ。それはそうと、早くここから離れましょ。」
「へ? なんで?」
ミレイは首を傾げる。
「このままじゃあなた、絶対”警察”に連れて行かれるわよ。」
「……あ。」
忘れてはいけない。
ここは異世界ではなく、日本なのだから。
 




