その名は、魔法少女
「うん、間違いない。」
自分の手に戻ってきた、ミーティアのアビリティカード。
その細部までを、ミレイはじーっと凝視して、本物であることを確かめる。
(”繋がり”は、ちゃんと残ってる。)
なぜ、このような状況で日本に戻ってきたのか。なぜ、ミーティアが九十九里浜に打ち上げられていたのか。まったくもって意味は分からない。
だが、1枚でもカードが戻ってきたことで、ミレイはとても安心できた。
「……あ。」
安心しきったところで、ミレイは思い出す。
自分にはもう一つ、”頼みの綱”とも言えるアイテムが存在することを。
手のひらを前にかざして、ミレイはそれを呼び寄せる。
絶対に壊れない、失くさない、”黒のカード”を。
「……うん。」
なぜ今まで、このカードの存在を忘れていたのか。パニックとは恐ろしいものである。
「なにそれ。」
新しく現れたアイテムに、傍観していたアリサも口を開く。
「黒のカード。」
「?」
尋ねられても、ミレイにはそうとしか言えなかった。
これが何なのかは、未だによく分からない。
「ふふふ、ちょっとした手品をお見せしよう。」
そう言って、ミレイは黒のカードを起動。
小さな光の輪から、新たなカードが出現する。
4つ星 『サンドボックス』
強力な”魔法の砂”が収められた箱。所有者の意のままに砂を操れる。
「おお、4つ星!」
思わぬ高ランクカードに、ミレイは歓喜する。
「その金色のカードが、なにか特別なの?」
「まぁ、そうだね。いくつか種類があるんだけど、こいつらは凄いよ〜」
ミレイは試しに、”サンドボックス”を具現化してみる。
現れたのは、幾何学模様が描かれた四角い箱。
嬉しいことに、ミレイでも片手で持てる程度の大きさであった。
「よしよし。」
サンドボックスに念を送ってみると。
箱の上側に穴が開き、そこから砂が溢れ出てくる。
「……凄いわね。」
種も仕掛けもない、本物の魔法の力。流石のアリサも、それには驚きを隠せない。
このサンドボックスは、強力な4つ星カード。やろうと思えば、部屋中を砂で埋め尽くすことも出来る。
だがそうなったらもう、大惨事という次元ではないので。
ミレイは、サンドボックスの実体化を解いた。
「4つ星が2枚もあれば、当分は大丈夫かな。」
この平和な日本で、果たして使い道があるのかは疑問だが。
たとえ、ライオンが動物園から逃げ出したとしても、どうにか出来るだけの力は手に入れた。
◆◇
翌日。
駅の改札口前で、ミレイとアリサは向かい合う。
「ほんとに、色々とありがとね。」
「別に気にしてないわ。家に、隕石が落ちてきたようなものよ。」
「はは。」
まさかの隕石扱いである。
「でもごめんね。渡せるの、これくらいしかなくて。」
そう言って、ミレイはアリサに金貨を手渡す。
「別に、お金には困ってないんだけど。」
「なら、思い出にとっといてよ。この世界に一つしかない金貨だから、記念にもなるし。」
「……そう、ね。」
思い出にとっといて。その言葉に、なにか不思議なものを感じつつ。
アリサは、金貨を大事に握りしめた。
「じゃあ、またね。」
「ええ。」
最後にお別れをして、ミレイは改札の中へと入っていく。
その後ろ姿を、ほんの少しだけ見つめた後。
家に帰ろうとするアリサであったが。
「ッ。」
ミレイの後を追うように、改札へと入っていく、一人の少女。
その少女の指に、”可愛らしい指輪”がはめられているのを、アリサは見逃さなかった。
◆
(ふんふん♪)
久々の電車に、ミレイは気分が上がっていた。
今日は休日ということもあり、かなり人は多いものの。
電車という物への懐かしさが勝り、立つのは微塵も苦ではない。
相変わらず、つり革には手が届かないが。
しっかりと柱を掴んで、安心安全である。
(しっかし、スマホとイヤホンばっかだな。)
電車の中でミレイが特に気になったのは、周囲にいる人々の様子。みんなスマホを弄って、ゲームをやったり、音楽を聴いたり、自分の世界に閉じこもっている。
かつてはミレイも、同じようなタイプの人間であり。スマホが無い生活など、絶対に不可能だと思っていた。
しかし、異世界で生活するようになって、ミレイは成長していた。
スマホがなくても生きていける。
異世界では、そんな物は必要ないのだから。
(ふっふっふ。)
スマホという呪縛から解き放たれ、ミレイは無敵モードに入っていた。
だが、しかし。
――ふに。
(!?)
お尻付近に触れた感触に、ミレイは戦慄する。
ただの偶然ではない。明らかに人の手のような感触が、自分に触れている。
(……ち、痴漢だ。)
それはもう間違いなく、明らかな痴漢であった。
ミレイは今まで、痴漢というものに遭遇したことがない。
というより、”自分を狙うようなタイプ”は、別の分野でも捕まりかねない。
(ほ、ほんとに居たんだ、変態って。)
未知との遭遇に、ミレイは動揺を隠せない。
だが、異世界で様々な経験をしてきた、”今の自分”なら。たとえどんな敵が相手でも、恐れることはない。
大声で叫ぶ準備をしつつ、ミレイはゆっくりと後ろを振り向いた。
「――あら?」
しかし、そこにいたのは”高校生くらいの黒髪少女”。
予想外の存在に、ミレイは固まった。
「……いや。」
とはいえこの少女が、”現在進行系”でお尻を触り続けているのは事実。
たとえ相手が少女でも、ミレイは立ち向かう。
「君、なんでお尻触ってるの?」
「うふふ、ごめんなさい。可愛かったから、つい。」
「……なるほど。」(――やっぱ変態だ!)
ミレイは困惑する。
自分の中のマニュアルに、このパターンへの対処法は存在しない。
「いや。その、ね? わたしは平気だけど、人によっては不快な思いをするかもだから。こういう行為は、やめたほうが良いと思うよ。」
「えぇ〜 でも、あなた平気なんでしょ? なら気にせず続けましょうよ。」
「あー、ごめん。言い方がちょっとあれだったかな? わたしは別に、許可してるとかじゃなくてね。こう、道徳的な観点から見て――」
そうやって、ミレイが道徳心に訴えている間も、少女は痴漢行為を止めようとしない。
(……あれ、言葉通じてないのかな?)
あまりにも平然と触ってくるため、ミレイはどう対処するべきかと考える。
これで捕まったりしたら、ちょっと可哀想だし。自分も今の状況で、警察のお世話にはなりたくない。
そうやって、ミレイがあたふたしていると。
”別の人間”の手が、痴漢少女の腕を掴み上げる。
「――この子、わたしの知り合いなの。ふざけた真似はよしてちょうだい。」
そう言って、助けに入ったのは。
ついさっき別れたばかりの少女、真神アリサであった。
◇
「ア、アリサちゃん? なんでここに。」
ついさっき別れたはず。
あまりにも早すぎる再会に、ミレイは驚く。
「……電車、好きだから。」
そんなわけがない理由だが。
アリサはとても、真剣そうな表情をしていた。
「へぇ。」
痴漢少女は、アリサの様子を観察する。
下から上まで、まるで舐め回すかのように。
「白髪ロリも良いけど、こっちもまた凄いわね。」
嬉しそうに、少女はつぶやいた。
もはや”無敵の人”である。
「ふふっ。あなた達なら、”いい魔法少女”になれるわ。」
「魔法少女?」
「……。」
痴漢少女の口から出た、魔法少女という単語。
ミレイにとっては、ちんぷんかんぷんな単語だが。
アリサはより一層、警戒心をあらわにする。
「……他の車輌へ移りましょう。」
そう言って、アリサはミレイの手を引っ張り。
別の車両へ移ろうとするも。
「うげっ。」
ミレイのもう一方の手を、痴漢少女が掴む。
「酷いわね〜 なにも逃げることないじゃない。」
笑顔で、それでいて力強く、ミレイの手を引っ張ってくる。
「ちぎれる、ちぎれる。」
双方から引っ張られ。
ミレイはまるで、古代の拷問にかけられているようだった。
人も多い電車の中で、二人の少女がミレイを引っ張り合う。
なぜ、こんなカオスな状況になってしまったのか。
しばらくすると、ようやく観念したのか、痴漢少女がミレイの手を離す。
「あ、諦めた?」
「……。」
けれども、アリサは決して振り向かず、別の車両へとミレイを引っ張っていく。
少しでも、あの”敵”から距離を取るために。
「ふふっ。”へんし〜ん”♪」
ミレイたちの後ろ姿を見ながら、少女は言葉を発し。
全身が光りに包まれる。
電車の乗客たちは、その突然の光に驚き。
「ッ。」
アリサは、舌打ちをした。
光が、崩れ去り。
現れたのは、真っ白なドレスに身を包んだ少女。
その周囲には、”氷の結晶”のようなものが浮かんでいた。
「――魔法少女、みやび☆アルティスタ、登場♪」
高らかと名乗りを上げる。
その名は、”魔法少女”。




