アリサとミレイ
感想等、ありがとうございます。
『さぁて。帝都予選会の一回戦、最初の戦いは! ――Bランク冒険者、ヴァイオラ vs Eランク冒険者、ミレイの2人だ!』
特設の闘技場にて、受付嬢タバサによる実況が響き渡る。
ようやく始まった帝都最強決定戦。
その一試合目という事もあり、会場の盛り上がりは凄まじかった。
武舞台の上に立つのは、ともに冒険者であるヴァイオラとミレイ。
ヴァイオラはいかにも”魔女”という風貌をしており、その手には”真っ白な杖”を持っていた。
対するミレイは、緊張により顔が引きつっているものの。
すでにパンダとの”憑依融合”を済ましており、白黒のチャイナ服を身に纏っていた。
身長も、いつものチビではない。
武舞台の上で、両者は向かい合う。
「あなた、知らない顔ね。対人経験はあるの?」
「えっと、こういうのは初めてかも。」
「……そう、なら安心しなさい。怖い思いをせずに、”一瞬”で終わらせてあげる。」
ヴァイオラは魔女である。所有する杖には強力な魔法が込められており、その総合的な実力は”Aランク冒険者”にも引けを取らない。
『――それでは、試合開始!』
タバサの声と共に、試合が開始する。
それと同時に、ヴァイオラは真っ白な杖を構え。
杖の周囲に魔力が発生する。
「我が、”アムムの杖”の虜になりなさい。」
ミレイに向かって、その魔法を解き放とうと――
「――てりゃあ!」
だが、それよりも速く。地面を蹴ったミレイが、ヴァイオラの眼前へと迫り。
そのお腹に、思いっきり”蹴り”を叩きつけた。
「うぐっ。」
ヴァイオラは、まったくもってその動きに反応できず。
蹴り飛ばされた勢いで、武舞台の上から落下した。
あまりにも早い決着に、会場は騒然とする。
『おおっと、何という番狂わせ! ミレイ選手、ヴァイオラ選手を一撃で場外に。これは鮮やかな勝利です!』
実況がミレイの勝利を宣言し。
それと同時に、会場からは大きな歓声が鳴り響く。
「……や、やった?」
思ったよりもすんなり勝ててしまい、ミレイは不思議な感覚であった。
「ミレイちゃん! カッコいいよ〜!」
選手用通路から、キララが大声で叫んでいる。
そんな彼女の顔を見て、ようやくミレイは勝利を実感した。
「……わたし、案外いけるかも。」
一回戦。ヴァイオラvsミレイは、ミレイの勝利で終わった。
◆◇
真神アリサは、少々変わった少女である。
学校ではいつも一人。授業中も休み時間も、絶対に誰とも話さない。教師に当てられた時は返事をするが、彼女には教師ですら声をかけたがらない。
同じ空間にいながらも、まるで違う世界に生きているようだった。
彼女が、”ただ可愛い”だけだったなら。もっと別の生き方をしていただろう。クラスの人気者になるか、あるいはイジメの対象になっていたかも知れない。
だがこの学校に、彼女にちょっかいをかける生徒は存在しない。かつては居たかも知れないが、”もう”この学校には存在しない。
窓際の席で、アリサは退屈そうに外を眺める。
空には分厚い雲がかかり、雨でも降りそうな天気であった。
「えらいこっちゃ。」
ミレイは、ピンチに直面していた。
地球に戻ってきて2日目。未だに体調が優れないため、アリサが学校に行っている間、ベッドでごろごろしていたのだが。
穴の空いた天井から、とんでもない量の雨水が流れ込んでいた。
浴室から桶を持ってきて、受け皿代わりにするものの。それでどうにかなるような量ではない。
「うぐぎぎ。」
仕方がないので、頼みの綱の魔法を使ってみようとするも。
残念ながら、一切の効果なし。
病み上がりということもあり。
ミレイは、軽いパニック状態で対処を行っていた。
すると、勢いよく扉を開けて、家主であるアリサが帰ってくる。
傘を差していないのか、びっしょりと濡れた状態で。
”巨大な木の板”のようなものを抱えていた。
「天井直すから、手伝って。」
驚くべきことに、アリサは自力で修理を行うつもりであり。
部屋の奥から、釘とトンカチを取り出してくる。
「……アリサちゃん。こういうのって普通、業者とかに頼むんじゃ。」
「そういうの、面倒くさいの。」
アリサはやる気である。
「いやでも、自力でやる方が面倒くさくない?」
「人と話すのが、面倒くさいの。」
「……なるほど。」
このタイプの人間は、絶対に自分の意志を曲げない。
ミレイは何となく察して、アリサと一緒に、雨に打たれながらの修復作業を開始した。
用意した脚立に乗って、アリサが天井に板を打ち付ける。
彼女の身長では、脚立を使っても天井に届かないため、ちゃぶ台を土台代わりに使っていた。
バランスが非常に危ういため、ミレイが全力で押さえている。
「釘、ちょうだい。」
「わかった!」
雨水に打たれながら、ミレイとアリサは天井を修復する。
非常に大変な作業だが、ミレイは弱音一つ吐かずに頑張っていた。
「……あなた、辛くないの?」
「え、なにが?」
その言葉の意味が、ミレイには分からない。
「体調も良くないのに、こんな作業をして。なのにあなた、”笑ってる”じゃない。」
それが、アリサには理解が出来なかった。
雨に打たれながらの作業は、たとえ健康体でも辛いものがある。なのにミレイは、愚痴の一つもこぼさずに協力している。
その”態度”が、不思議でたまらない。
「いや、その。」
ミレイはほんの少しだけ、返答に困った。
「……こうやって、”誰かと一緒にやるの”、大好きだから。」
こんな過酷な状況でも、その嬉しさの方が勝ってしまう。
ミレイは、”協力プレイ”が何よりも好きだった。
「……あなた、変わってるわね。」
「そう? わたしの周りと比べたら、”真人間”に近いと思うけど。」
少なくとも、同居人がいるのに部屋で”毒物”を調合したり、一週間で自室をゴミ屋敷にすることはない。
「あなたからは”嘘”を感じない。普通の人間は、もっと言葉の中に嘘が混じる。バレないと思って、平然なふりをして。」
「?」
アリサにとって、嘘というものは特別な意味を持つらしい。
相手のことを、ちょっとずつ知りながら。
2人は屋根の修理を行った。
◆
「とりあえず、完了ね。」
「やった〜」
アリサとミレイの尽力によって、天井の大穴は塞がった。
正確に言えば、”9割”を防げるようになっただけだが、成功は成功である。
部屋も2人も、信じられないくらい濡れていた。
「もう、死んでもいいや。」
ミレイは、床で丸くなる。
「とりあえず、シャワーを浴びてきたら?」
「……うん、お言葉に甘えようかな。」
昨日からずっと寝ていて、汗もかいて、今は色々とぐちゃぐちゃである。
お言葉に甘えて、ミレイはシャワーを借りることに。
「♪」
汗を流し終わり、ミレイが部屋に戻ってくると。
すでに、アリサが床を拭き終わっていた。
凄まじい手際の良さである。
「ベッドは濡れてないから、普通に使えるわ。のどが渇いたなら、冷蔵庫から勝手に取って。」
「うん、ありがとう。」
またまたお言葉に甘えて、ミレイは冷蔵庫を開けてみる。
冷蔵庫の中には、大量の水”しか”入っていなかった。
「おぅ。」
冷蔵庫の中身に驚きつつも、ミレイはペットボトルを手に取って。
アリサの側に、ちょこんと座る。
「そう言えば、昨日も食べてる様子がなかったけど。アリサちゃんって、ご飯とか食べないの?」
「……忘れてた。」
「ご飯って、忘れるの?」
それならもはや、才能の一種である。
「違うわ。あなたの分の食事を忘れてたの。」
「あー、うん。別に、わたしは大丈夫だけど。」
ミレイは微笑む。
しかし、アリサに”嘘”は通じない。
「……なら、食べに行きましょう。」
2人は共に、夕食を食べに行くことに。
ミレイとアリサがやって来たのは、近所にある”回転寿司店”。
一般的なチェーン店であり、夕食時なので人もかなり多めであった。
2人はテーブル席に座る。
「おお、ひっさしぶり〜」
お皿の回る様子を見て、ミレイはテンションを上げる。
寿司文化は異世界にもあったが、流石に回転寿司はお目にかかれない。
「でも大丈夫? わたし、お金持ってないけど。」
「心配はいらないわ。」
「そう? ……あ。」
ミレイは何かを思い出し、懐から1枚のコインを取り出す。
ボルケーノ帝国で流通する、”金貨”である。
「1ゴールドだけあった。」
「……それって、”純金”?」
「うん、多分。偽装防止の魔力が込められてるけど。」
”物質の創造”は、魔法の基本中の基本である。そのため、いくらでも複製可能な貴金属や宝石は、アヴァンテリアでは価値を持たない。
そのため、通貨として流通する金貨には、偽装防止の魔力刻印が施されていた。
「売ったとして、その大きさなら4万円くらいかしら。これで交通費には困らないわね。」
ミレイは、久々の回転寿司を堪能する。
アリサも普通に食べてはいるが、ミレイの勢いには敵わない。
「食欲は戻ったのね。」
「うん、ずっと落ち込んでてもあれだし。」
パクパクと寿司を口に運ぶ。
「それに、ちょっと元気になれたから。」
「……そう。」
気持ち次第で落ち込んだり、元気になったり。
その様子が、アリサにとっては不思議であった。
「アリサちゃん、普段は外食ばっかなの?」
「そうね。基本的に、買って食べるか、行って食べるか。」
「ふーん。」
そんなこんなで、ミレイは久々の回転寿司を堪能した。
◇
「ちぇー」
「仕方ないわ。」
アリサのアパートに戻って来て、ミレイはちゃぶ台の上でコインを転がす。
「身分証さえあればなぁ。」
夕食を食べた後。ミレイとアリサは、金貨を持って貴金属買取店に行ったのだが。
アリサは普通に高校生。ミレイは一応大人だが、それを証明できる身分証を所持していない。
”未成年者”の買取は不可能と言われ、金貨を換金することが出来なかった。
「まぁ、交通費くらいなら出してあげるから、気にせず行きましょう。」
アリサもちゃぶ台の側に座り、テレビの電源をつける。
適当にチャンネルを切り替えていって。
”あるニュース番組”が目にとまる。
『――九十九里浜に漂着した”巨大生物”ですが。一目見ようと、この時間になっても次々と人が集まっています。』
「なんだか、凄いことになってるわね。」
「なにが? ……って、えぇ!?」
テレビを見て、ミレイは驚愕する。
そこに映っていたのは、浜辺に打ち上げられた巨大生物の映像。
まるで、神話の世界から飛び出してきたような、”白銀のドラゴン”が映っていた。
確かに、衝撃のニュース番組だが。
ミレイはそのドラゴンを知っている。
「”ミーティア”!?」
浜辺に打ち上げられていたのは、ミレイのカードである、”ミーティア・ドラゴン”であった。
「知ってるの?」
「う、うん。あれって多分、わたしのドラゴンだと思う。」
「……わたしのドラゴン。」
言葉で表すと、凄まじいファンタジー感である。
「でも大変ね。あんなに目立ってたら、助けにも行けないわ。」
テレビを見る限り、現場には大量の野次馬が集まっていた。
ドラゴンと合流しようにも、近づくことすら出来ないであろう。
だがしかし。
ミレイは、テレビに向かって手を向ける。
「……戻ってきて。」
すると、中継映像の中で、ミーティアの体が光の粒子となって消えていき。
ミレイの手の中に、黄金のアビリティカードが現れる。
『き、消えました。謎の巨大生物が、跡形もなく消えてしまいました!』
テレビの中では、ニュースキャスターが驚きの声を上げ。
現場は騒然となっていた。
「……。」
その光景を、間近で眺めるアリサも。
驚きで言葉を失う。
「――あぁ、良かった。夢じゃなかった。」
黄金のカードを抱き締めながら。
ミレイは静かに、喜びに震えていた。




