悪魔とお風呂
感想、誤字報告等、ありがとうございます。
「ただいまー。ご飯食べてきちゃったんだけど。」
熾烈な修行の後、ミレイは宮殿で夕食をご馳走になり。
その後、女子寮の自室へと戻ってきた。
キララに声をかけながら部屋に入るも、それに対する返事は無し。
「……ねとる。」
キララは机に突っ伏して、夢の世界へと旅立っていた。
スヤスヤと寝息を立てて、微かに体が揺れている。
(何してたんだろ。)
机で寝てしまうほど、キララが何に熱中していたのか。
近付いてみると、
「うげ。」
机の上には、”謎の液体”の入った瓶が散乱していた。一個二個という次元ではなく、全部違う種類の瓶が大量に。
キララが調合したのだろうか、そこら中に液体が飛び散っている。
というより、床が溶けている。
(なんか、変な臭い。)
今までの人生で嗅いだことのない、”形容し難い臭い”。
ミレイは鼻を摘んで、何も見なかったことにした。
「おっふろ〜」
そうつぶやきながら、ミレイは部屋から出ていく。
いつもならキララと一緒にお風呂へ行くが。無理に起こすのもかわいそうなので、今日は1人で行くことに。
すると、
「にゃはん?」
お隣さん、タマにゃんも部屋から出てくる。
持っている手荷物からして、彼女もお風呂へ行くらしい。
どうせなので、一緒にお風呂へ向かう。
「――でね、瞳ちゃんって、けっこう味音痴みたいでさ。」
他愛のない会話をしながら、浴場へ。
するとその道中、2人はソルティアと顔を合わせる。
見た感じ、お風呂上がりな様子。
「今日は、また一段と寒いですよ。」
「にゃ〜ん。」
ソルティアいわく、お風呂が冷たいらしい。
つまり、フェイトが長風呂をしたということ。
「いやー、”うちの子”がすみません。」
本人に聞かれたら、軽く怒られそうだが。
ミレイにとって、フェイトはうちの子だった。
◇
「「にゃ〜」」
2人揃って、お風呂に浸かる。
今日は冷たいという話であったが、中々に良い湯加減だった。
「うぅー」
大浴場の外で、寮長であるシャナが必死にお風呂の温度を上げていることは、あまり知られていない。
小さな体で、頑張っていた。
「あったか〜い。」
裏で働く妖精のおかげで、ミレイたちは気持ちのいいお湯を堪能できた。
今日はかなりの運動をしたため、全身にお湯が染み渡る。
師匠に、とんでもない一撃を当てられたような気がするが。幸いにも、ミレイの身体に怪我はなかった。
心地よさに浸っていると。
「にゃ〜ん。”陛下のぶっ放し”を見た時は、流石にミレイも死んだと思ったにゃん。」
「ふぇ?」
タマにゃんから、そんな一言が。
「タマにゃん、もしかして見てたの?」
「にゃん!」
タマにゃんは神出鬼没。
ギルドだけでなく、色々なところと交流がある。
「こう見えても、ミーは帝国の”技術顧問”をやってるにゃん。」
「へ〜」
技術顧問、よく分からない役職である。
「それにしても、瞳は凄かったにゃん。まるで潜在能力の全てを覚醒させるように、……いや、もしかしたら、”あれでも”まだ――」
タマにゃんは、九条のことを思い出す。
「計測器を見てみたら、”魔力スケール”が振り切れてたにゃん! あんなの、もう生き物の範疇にないにゃん。」
「……魔力スケール?」
ミレイの知らない単語。
「にゃん。この世界の魔法使いが使ってる単位にゃん。まぁ、よっぽど研究熱心な奴しか使わないから、覚える必要はないにゃん。」
「へぇ。」
中々、勉強になる話である。
少なくとも、師匠の口からそんな単語が出たことはない。
(……そもそも、師匠が皇帝陛下ってどういうことなんだろ。)
今思い返しても、それが一番の衝撃であった。
(キララが知ったら驚くだろうなぁ。)
残念ながら、キララはすでに知ってる。
のんびりと。疲れを癒やすように、お風呂にとろける。
そんな2人であったが。
ポロリと、タマにゃんの頭から”付け耳”が取れ。
ぷかぷかとお湯に浮かぶ。
「あっ、お耳が。」
「にゃーん。気を抜きすぎたにゃん。」
タマにゃんが拾い上げ、再び頭に付け直す。
「まぁ、ミレイは安全だからいっかにゃん。」
口の軽さは未知数だが。
少なくとも、人の弱みにつけこむタイプではない。
「タマにゃんって、猫系の、ケットシーじゃないの?」
「にゃはは、みんなには内緒にゃん。」
「じゃあ、この尻尾も?」
ミレイは尻尾をギュッと掴む。
「にゃ! そこはダメにゃん!」
タマにゃんは抵抗するも、動きが妙に弱々しい。
どうやら、尻尾が弱点らしい。
「こっちは本物なんだ。……どういう種族なの?」
人間そっくりで、しかも尻尾が生えている。
ミレイの中に情報はなかった。
「にゃーん。まぁ、特別に教えてやっても良いにゃん!」
「やった〜」
特別、限定品。ミレイの好きな言葉である。
「たぶん、世界は違うけどにゃ。あの大鎌、”聖女殺しの元になった存在”と、ミーは同胞にゃん。」
「……聖女殺しの、元になった?」
ミレイは思い出す。聖女殺しの中の人、それがどういう存在なのかを。
「つまり、”悪魔”ってこと?」
「にゃは、正解にゃん!」
タマにゃんは、小悪魔のように笑う。
正確には、本物の悪魔だが。
「でも、羽根とか生えてないんだね。」
「ミーの世界の悪魔は、羽根なんて生えてなかったにゃん。たぶん世界によって、悪魔の定義も変化するにゃん。」
「なるほど。」
つまり、種族は悪魔だが。尻尾が生えている以外、人間と大差はない。
「色々あるんだねぇ。」
「そうにゃん。」
確かに種族は違うが、それだけ。
だからといって何も変わらないし、こうやって一緒にお風呂にも入る。
ミレイにとっては、なんてことない日常だが。
タマにゃんにとっては、そうでもなかった。
「この世界に来るまでは、人間と仲良くなれるなんて思ってなかったにゃん。」
「そうなの?」
「にゃん。ミーの世界には”致命的な欠陥”があったから、どちらかが滅びるしかなかったにゃん。」
「……悲しいね、そういうの。」
この世には、多くの世界が存在する。
平和な世界があれば、戦争をしている世界も。
誰もが手を取り合う世界があれば、いがみ合う世界もある。
――色々な世界があることを、ミレイは知りつつある。
今生きるこの世界は、いつまでも平和でいてほしい。
もしも自分に出来ることがあるなら、きっと何だってしたい。
最近では、そう思うこともある。
「そう言えば、昼間に驚いたことがもう一個あったにゃん。」
「ん?」
「ミレイの使ってた力にゃん。まさか、この世界で”憑依融合”を見れるとは思わなかったにゃん。」
「あびす、ふゅーじょん?」
またも、知らない単語である。
「2つの魂を共鳴させて、”能力を爆発的に上昇させる技”にゃん。ミーの世界だと、ほとんど伝説レベルのお話にゃん。」
「あー、なるほど。”仲良しフォーム”のことか。」
「……なかよし?」
伝説、という雰囲気ではない。
「タマにゃんの世界だと、そのアビスなんちゃらっての、使える人とか結構いるの?」
「……少なくとも、ミーは見たこと無いにゃん。」
「そっか。どうせなら、コツとか教えてもらおうと思ったんだけど。」
「コツかにゃ。うーん。」
タマにゃんは、古い記憶を絞り出す。
「そもそも憑依融合は、2つの魂の間に”特別な繋がり”が無いと発動できないはずにゃん。」
「特別な繋がり? 仲が良くないとってこと?」
「にゃ〜、そういう次元の話じゃないにゃん。」
その程度で発動できるなら、伝説の技とは呼ばれない。
「そもそも魂というのは、魔力よりも”高次元”にある存在にゃん。だからやろうと思っても、ミーたちでは魂に触れることすら出来ないにゃん。」
「……魔力よりも、高次元?」
かろうじて、魔力を感じられるような、感じられないような。
そんなミレイには、計り知れない領域である。
「そういった意味でも、ミレイは凄いにゃん。”何であれが出来るのか”、まったくもって意味不明にゃん。」
「えっへへ。」
よく分からないが、褒められるのは良いことである。
「――あっ、でもさ。カードの能力と仲良くなれば、誰でも合体できるんじゃないの? まぁ流石に、戦艦とかは無理かもしれないけど。」
物言わぬ物体とは、ミレイもコミュニケーションが取れそうにない。
「……”カードの能力と仲良くなる”、にゃん。そもそも、それがあり得ないにゃん。」
「ん?」
ミレイにとっては当たり前の感覚でも、他人もそうとは限らない。
「本来、アビリティカードに”魂”なんて宿ってないにゃん。たとえ生き物系、人型の能力だったとしても、”あんなふうに”生きているようには振る舞わないにゃん。」
タマにゃんが指をさす。
そこには、お風呂場で体を洗う”雪だるま”の姿があった。
2つ星 『寒がりスノーマン』
彼は、”自分の意志”でお風呂場にやって来ていた。
「……というより、あれは何にゃん?」
「えっと。海で召喚した、謎生物みたいな。」
スノーマンだけではない。
ミレイは、多くのアビリティカードを”放し飼い”にしている。
フェンリルやパンダを始めとする魔獣たち。
カテゴリーは違えど、フェイトもそのうちの一つに当てはまる。
それらの正体が、カードの能力であると。理解しているのは、ミレイの知り合いだけである。
他の人達は、かなり”気合の入ったペット”だと認識している。
フェイトに至っては、普通の人間としか見られていない。
本来、アビリティカードとは、魂の宿らない”情報の塊”である。ゆえに、憑依融合を起こすことは根本的に不可能。
しかし、ミレイの召喚するカードには、情報だけでなく”その中身”が存在する。
”実際に生きた経験”を持つ、本物の魂が。
かつて、ミレイの師であるパーシヴァルは、彼女の召喚したカードを見てこう思った。
これは、”アビリティカードではない”、と。
「だからにゃ、そもそもの発生源である”黒のカード”が、謎を解く鍵だと――」
ミレイのアビリティカードについて、熱心に語るタマにゃんであったが。
「うぐ。」
ミレイは、完全にお湯でのぼせており。ほとんど話を聞いていなかった。
「にゃ〜ん。」
流石に、長く浸かり過ぎである。
タマにゃんはミレイを引っ張り、大浴場を出る。
「もしも、自分の力を理解したいなら。明日、ミーの研究室で調べてみるにゃん?」
「……うん、お願い。」
ぐったりしながら、2人はそんな約束をした。
◇
「おやすみ〜」
「おやすみにゃん!」
お風呂から上がり、ミレイとタマにゃんは部屋へと戻ってくる。
ミレイは、すっかりと回復していた。
髪の毛の先が真っ赤に染まり、放熱器官のようになっていたが。
(そぉっと。)
ミレイはゆっくりと部屋に入る。
机の方を見てみると、やはりキララは眠ったまま。
「……バーバック、キララをベッドに運んであげて。起こさないようにね。」
ミレイの指示を受け、執事ロボットがキララを優しく持ち上げる。
ベットへと運び終えるも、幸いにも起きる様子はなかった。
そっと、ミレイが布団をかける。
「おやすみ、キララ。」
今日も一日が終わり。
最後に、頭を優しく撫でた。
帝都最強決定戦。
最悪の予選会まで、あと5日。
◇今日のカード召喚 69日目。
『大きなソファ』
緑色の大きなソファ。家族全員で座れる。
「……置き場が。」
部屋に、置き場がなかった。




