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第二十編:いじわるで、ざんこくで、だけどやさしい、あなたのはなし

 ……っと。よおこそ。

 気が付けなくて悪かったわ。うっかり熱中してしまっていたものだから。


 何にか? うふふ……御免なさいね、この話がしたくてしたくて仕方なかったの。


 サニーミルク、覚えているかしら。そう、陽光の妖精、愚かで愛しい私の友人よ。あの子ったら、何処から聞き付けたのか知らないけど――まあ、きっと何処かでこいし辺りに会ったのでしょうけど――私が日々の小咄を収集しているのを知って、態々一編書き上げてきてくれたのよ。


 しかもその内容が、私と出会った当時の話なのだもの、もう愉しくて堪らなくて。ついつい彼女を抱き締めてわしゃわしゃとやってしまったのだけど、あれで力加減を間違えなかったのは奇跡と呼んでも良いと思うのよね。


 というわけで、その原稿がこれよ。是非読んであげて頂戴。


 人妖紹介をしていくわね。


 今回の語り部、サニーミルクは陽光の妖精。子供程度の知能を持った、「死」の概念のない自然現象の具現存在よ。彼女は太陽の光によって生まれた存在だからか、光を自在に曲げる能力を持っているの。性格は好奇心旺盛で怖いもの知らずな悪戯好き。この話の当時は私とは面識がなかったわ。


 スターサファイア、ルナチャイルドはそれぞれ星と月の光の妖精。サニーミルクと普段から三人で行動している、悪戯好きの通称「三妖精」。幻想郷ではそこそこ有名な存在よ。彼女らはそれぞれ「周囲の気配を探る能力」「音を隠す能力」を持っているものだから、この三人の隠密能力はかなり高いとの評判よ。


 そして私、フランドール・スカーレット。実は私は幻想郷では「七色の狂った妹吸血鬼」として通っているの。呆れた話よね、私は単に、他人を揶揄って遊ぶのが好きなだけの至って普通の吸血鬼なのに。


 あとは、運命を覗くお姉様ことレミリア・スカーレット、それに時間を操る私達の従者こと十六夜咲夜。登場するのはそのくらいかしらね。


 それじゃあ、是非とも楽しんで頂戴。――『ゆっくりしていってね』。

 本当に、どうしてこうなっちゃったかなーって思う。


 今朝はいつも通りだった。昨日もおとといも普通だった。だから今日一日もこのまま普通に終わるんだと思ってたけど、それは勘違いだったみたいだ。どうしてなのかは分からないけど、私はどうもこれから大変なことになってしまうみたいだった。


 別に私たちは悪いことなんてしてなかった。いやまあそりゃ霊夢さんちに爆弾しかけたり紅魔館に潜入してごはんたかったりはしてるんだけど、それこそそんなに些細なことで一回休みにされちゃうのはどう考えたっておかしいし。ましてや引きこもりと名高い彼女が、たったそれだけで顔を出すなんてありえないでしょ。


 ……うん、現実逃避はここまでにしとこう。現実は現実、予想は予想。私だってバカじゃないからそのくらいは分かってる。


 ぎゅっと閉じてた目を開けて、恐る恐る振り返る。ルナもスターもとっくに姿が見えなくなってて(はくじょうものー!)、代わりに見えるのは私の両肩を痛いぐらいに押さえつけてくる白っぽい腕、煙にいぶされても輝きのかき消えないサイドテールの金髪、そして七色の宝石箱みたいな珍しい形のその羽。


 私は彼女とは初対面だけど、こんなに分かりやすい姿をされたらすぐわかる。ただでさえ彼女は有名なんだし。


「ああ……日傘を持ち出し忘れたのは酷い失態だったけど、こんな素敵な出会いがあるなら捨てたものでもないかしら。偶然に、いや、これもどうせお姉様の掌の上なのよね。であれば、お姉様と手繰り寄せられた運命に感謝をしておくべきかしら」

 するどく細めた目つきのままに、口元だけでにこりとしながら私に視線を合わせてくる彼女は、確かに、あの紅魔館に住んでいるという七色の悪魔の魔法少女吸血鬼、フランドール・スカーレットに違いなかった。

 ある日、森のなか、吸血鬼さんに出会ったー。

 なーんて。うん、これ、死んだよね、私。




「ねえ貴方、訊いた話だと光を曲げることができるのよね? それなら少し、私の日傘になってくれないかしら」

 ……あれ、もしかしてセーフ?




「想像してはいたのだけれど……やっぱり外へ出かけた折に両手が空いているというのは、実に快適ね。素敵だわ」


 見て分かるくらい全身で喜びを表しながら、くるくるくると踊り回るフランドールさん。私の能力で太陽光が直に当たらないよう調整して、それから彼女はずっとこんな調子。もう五分ぐらいは経っているはずなんだけど、一向に飽きそうには見えない。このまま刺激しないでいたら、もうしばらくはぜったい安全なんだけど……正直いうと、そろそろ私の方が退屈に耐え切れなくなってきた。下手に刺激するとすっごく怖いのは怖いんだけど、でもそれよりも気になることがいっぱいあるし。


「あ、あのー」

「あら、どうしたのサニーミルク」

「ひえっ」


 だから私はびくびく怯えながら彼女にそっと声をかけて、いやそんな態度なら最初からやるなって話だよね。うーん妖精ってほんとバカ。いやでも初対面のこわーい相手に冷たーい声でフルネーム呼ばれたらみんなビビるでしょ? ねえ?


「えーっと、フランドールさん」

「フランでいいわよ」

「じゃあフラン」

「思い切りがいいのね。嫌いじゃないわよそういう態度」


 思い切りがいいっていうか、やけっぱちになってるだけだけど。

 いや、ほんとにね、めっちゃ怖いのよこのひと。ほとんど表情動かないし目つき鋭いし地味にすっごい威圧感あるし。噂でも迷い込んだ妖怪兎を鍋の具にしたとか妖精を暇潰しに拷問して遊んでるとか沸点がマジで分かんないとかロクな話を聞かないし。正直ここまでずーっと頭の中でアラート鳴り響いてるの。これ以上ここいたらまじで死ぬかもしれないぞって。

 ただ、流石にここまで鳴り続けられると、そろそろ感覚が麻痺してきてる。まあ死んでも一回休みになるだけだしいっかーみたいな。こんだけ危険なんだしもう何やっても誤差でしょーみたいな感じで。完全に理性ゼロ。終わってるわー。


「それで、フランはどうしてここに? めったに外には出ないって聞いてたんだけど」

「ああ……少し、ひと探しをしているの」

「人探し?」

「うちの庭を荒らした奴にお灸を据えようと思ってね、飛び出したはいいのだけれど……」

 フランは肩をすくめて、いわく。

「曇っていたから傘を忘れて出てしまったのよ」

「ありゃー」

 ざっくりとした相槌を打って、そこから頭にちゃんとした内容が届くまでだいたい一秒。現在魔法の森上空は、すっごく綺麗なあおぞらです。

「……え、それ割とやばくない?」

「実際危なかったのよ。木陰に逃げ込んで時間を稼ごうと森に来てみたのだけれど、あと一歩判断が遅かったら私はそのまま灰になっていたでしょうね」


 一回休みでやり直しのきく妖精とは違うはずなのに、フランは平然となんでもないようにそんなことを言う。つかみどころがないっていうか得体が知れないっていうか、とにかく不気味だなって感じ。なーんて思ってるところに彼女はこっちを向いてきて、細い目つきは変わらないまま口元だけでにこりと笑って。もしかしてこのひと、これでもちゃんと笑ってるつもりだったりするのかも……?


「まあ、その結果としてこうして貴方に会えたのだから、因果は巡ると言ったところかしら」

「あ、そうだ、それも気になってたんだけどさ。フランって私のこと知ってたの? 会ったことはないよね?」


 まだ自己紹介もしてないのに、なんて思いつつそう聞くと、不思議そうにフランは小首を傾げて見せて。


「あら、それはお互い様じゃないかしら。私も名乗ってすらいないのに貴方は知っていたでしょう?」

「いや、そりゃあフランは有名だもん。紅魔の地下に閉じこもってる狂気に溢れた七色の羽の吸血鬼。ここらの木っ端妖精ですらあなたの名前は知ってるわよ」

「貴方達も十分有名よ? 三星を冠する三妖精、高名な妖怪どもの逆鱗にじゃれついては一回休みにされる命知らず。光に音に気配感知、便利で有用な能力を惜しげもなく悪戯に使う妖精らしい妖精たち。メイドどもから聞いていたから一目見てすぐ分かったわ」

「まじで?」


 素で漏れた声にフランはこくりと頷いて。


「特に貴方のことは前々から気になっていたのよ、サニーミルク。陽光を曲げるその能力は敵に回せば恐ろしく、味方に付ければ心強いことこの上なし。吸血鬼ならば誰もが惹かれて止まないに違いないわ」


 いや、ちょっと、それは。

 照れるんだけど。


「サニーミルク。貴方、私のものになる気はないかしら」

「待って待って待って展開が速い」

「冗談よ」


 冗談に聞こえなかったんですけど!って文句を込めて睨んでも、フランは気にしてなさそうな感じで。


「あとさ、私のことはサニーって呼んでほしいんだけど」

「そう? 陽光の運河なんて素敵な名前じゃない」

「サニーって呼んで下さい。いやほんと怖いんで」


 なんていうか、妙なひとに捕まっちゃったなあって感じだ。




 フランと一緒に歩きはじめて、何個か気付いたことがある。


「で、これからどっち行くの?」

「さて、何処に行こうかしら」

「……えっ?」


 まず一つ。彼女、びっくりするほど計画性がない。それこそ下級の妖精並み。


「え、いやせめてさ、探し人がこの森の中かよそなのかぐらいは知ってたりしない?」

「どうかしらね。私としては此処にいてもらえると助かるのだけど」

「ええ……」


 流石に私達だって、もうちょっとちゃんと予定は立てるんだけど。どこにいるのか分からないなら分からないなりに、目のいいひとを探すとか、知ってるひとを探すとか。

 それすらしないで人探しをしてるフランは、かなり、おかしい。



「まあ、でも問題ないわ。適当に歩けばきっと会えるし、会えなかったなら、それをお姉様が望んでいるということだもの」


 更に一つ。彼女はどうも、姉のことが大好きらしい。


「フランのお姉様っていうと、レミリアさんだっけ」

「ええ。スカーレットの偉大なる現当主、運命を司りし紅色の吸血鬼、レミリア・スカーレットお姉様よ」

「……はー」


 うわめっちゃ大仰、って思わず声に出そうになったけどそれは止めといた。だってフランの顔がマジなんだもん。ほんのちょっとだけど目がキラキラってしているし、ほんのちょっとだけどほっぺが赤色に染まってるし、口元がめちゃくちゃ緩んでるし。流石に傍から見てても分かる。これはやばいやつ。下手なこと言ったらマジで殺されるってか殺されるで済むのかなこれ? ゴーモンとかはほんとに勘弁なんだけど?

 なんて私が寒気を覚えてるのを、フランの方は知ってるのやら知らないのやら、そのまま言葉を続けてくる。


「お姉様は運命を知っている。お姉様は運命を選べる。そのお姉様が何も言わなかったのだから、今の私がするべきことは気の向くままに歩くこと。お姉様はきっと、そうあれかしと望んでいるに違いないから」

「……さいで」


 うーん、狂信者?

 もうこうなると何を言っても地雷になる気しかしないわけで、最低限の相槌だけしか口にできなかった私はちっとも悪くないんじゃないかなって思う。ところでその話本当だったらめっちゃ怖いね? もしもそうなら私たちのつまみ食いとか全部バレてるってことだよね? え、やば……



「それで、サニー。貴方、なにか楽しい話とか持っていたりはしないかしら」

「楽しいはなし……?」

「大した話でなくていいのよ。悪戯してきた思い出だとか、或いは誰かとの出会いだとか」

「それなら、まあ」


 でもって、最後。


「……それでね、霊夢さんってめんどくさがりだから、こんな大量にやってられっかー!って、夢想封印でまとめて消し飛ばそうとするわけ」

「ええ、ええ。霊夢はものぐさだものね。光景が目に浮かぶようだわ」

「でしょ? だからスターがそれを読んで、いくつかの中に爆弾仕込んでおいたのよ」

「あら、やるわね。それで、企みは上手く行ったのかしら?」


 フランは、すっごく聞き上手だったってこと。


「そりゃあもう! ものの見事に霊夢さんは爆発に巻き込まれてばたんきゅーよ。あー楽しかったなー」

「ふふ、想像するだに痛快ね。是非ともこの目で見てみたかったものだわ」


 そんな風に言うフランの声は言葉通りに愉快げで、それに口元も弧を描いてるから、たぶん本当に楽しいんだと思う。相変わらず表情は変わんないけど。その楽しげな空気にあてられて、私もけっこう口が軽くなってる感じがする。

 いや、私がちょろいとかじゃなくって、彼女ほんとに聞き上手なんだよね。変なところで口挟まないし相槌も丁度良いぐらい打ってくれるし、なにより自分の話を引っ張ってきたりしないし。うん、これ私の周囲がおしゃべり好きなだけだったりする? ま、まあそれはいいや。


「……で、その小傘ってやつ驚かせるんだーって言ってるわりにすっごく背中が無防備でさー」

「ええ、分かるわ。自分が捕食者だと思っている獲物の滑稽さったらないものね」

「だから逆に驚かせてやったわけなんだけど、これがもうすっごいビビり散らしてて! 大声上げてぶっ倒れるもんだからそっちの方が相手が驚くんじゃないかなって思ったもん」

「素敵な間抜け面だったの?」

「当然!」

「最高ね」


 なんだかこうして話していると、フランって、そんなに危険なひとーみたいな感じがしなくてちょっと不思議。話も通じるし冗談も通じるし、ただの悪戯が好きなどこにでもいる妖怪って感じ。目つきがちっとも変わらないのはちょっと怖いけど、でもなんとなく表情は分かるようになってきたし。というかめちゃくちゃ口元に出るし。


「あとは、これは一ヶ月ぐらい前の話なんだけど……ってやば」


 だからこう、……つい口を滑らせかけるのも仕方ないところはあるわけで。


「あら、どうしたの?」

「いや、これはさっき話したやつだったなーって、あはは」


 言いながらもこっちは冷や汗だらだらで、なんでっていえばそりゃ言いかけたのが彼女の家の、紅魔館にお邪魔したときの話だから。

 いやほんとこれはガチの地雷だもんね。私としては、フランの「お姉さま」に迷惑かけたつもりはあんまりないんだけど、それでも「お姉さま」のものをこっそり拝借してたっていうのはほんとのことだし。彼女にそれがバレたとしたら(たぶんまだバレてはいないよね?)、ほんとに何されるか分かったもんじゃないわけで。

 って心境はまさかあっちにバレてるのかな、妙に口元を緩ませながらフランは口を開いてきて。


「そうかしら……さっきまでの話の中に、一月前頃の話はなかったように思うのだけど」

「そ、そうかなー気のせいじゃない?」

「一月前といえば……うちでパーティーを開いた頃ね」

「へ、へー、知らなかったな―」

「あのとき咲夜、虫がどうのとか言ってたっけ」

「……」


 ば、バレてるじゃん……やば……。


 青ざめている私を眺めてフランはにっこり、私はごくり。だけどそのまま彼女はふっと目を逸らして、ゆるゆると首を横に振った。


「まあ、どうでもいいことね。それよりサニー、貴方の他の話も聞きたいわ」


 た、助かった……?

 へなへなと座り込みそうになるのを必死に抑えて私は頭を回そうとして。でもそんな状態じゃあまともに考えられやしないわけで。


「そ、それよりさ。フランの方はなにか面白い話とかないの?」

「そうねえ」


 時間を稼ごうとひねり出した私の言葉に、フランはそう言って小首を傾げた。


「そもそも私は外に出ないし、大した話は知らないのよね。読んだ話で構わないなら幾らか種はあるのだけど……注文の多い料理店、なんかは御存知かしら?」

「……ううん、知らないや。どういう話?」

「料理のおこぼれでも貰おうと料亭に入った二人組が料理にされそうになるお話よ」

「うん……うん?」

「あら、お気に召さなかった? ならヘンゼルとグレーテルなんかどうかしら。魔女の留守を狙って御菓子の家を齧った姉妹が肥え太らされて魔女に喰われる話なのだけど」

「……」


 よく分からないんだけど、すっごくいやな予感がして冷や汗をかいてる私を見て、フランはにっこりと、それこそ口裂け女みたいに口元だけで大きく笑顔を浮かべてきた。


「仕方無いわね、とっておきの話をしましょうか。紅い館に食べ物を掻っ払おうと忍び込んだ三匹の妖精の話なのだけど」


 ……さすがにそこまで言われたら、どんなバカでも言いたいことには察しがつく。気のせいか彼女からすごい重圧も感じるし。


「あの、フランドールさん?」

「フランでいいわよ」

「えーっと、その、実は怒ってらっしゃいます?」


 恐る恐るの私の質問に彼女はにっこり。うーんすっごいいい笑顔。それ獲物を捕まえましたって顔だよね?


「魔女に見つかって実験台にされるのと、メイド長に見つかってナイフの的にされるのと、悪魔の妹に見つかって三時のおやつにされるのと。どの結末がお望みかしら?」

「こっころさないでー!」

「冗談よ」


 表情を一切変えないでそんなこと言われてもさあ!


「まあつまり、その程度の話しか私は知らないということよ。期待に沿えなくて悪いわね」

「……えっ?」


 と、ころりと雰囲気を変えて言ったフランに、私はちょっぴりぽかんとして。


「何か気になることでも?」

「えっと、……ほんとにころさない?」

「しないわよ。そもそも殺すなんて私は一言も言ってないのだけど」


 肩をすくめて彼女は言って、気付いたら重圧も消えてるし。だから本当に、今のは単なる冗談だったみたいなんだけど。


「……ねえ、フランドールさん」

「フランでいいわよ」

「じゃあフラン」

「思い切りがいいのね」


 うーん皮肉屋さん。ってそうじゃなくて。


「え、ほんとに怒ってたりしないの?」

「あら、どうして怒らなければならないのかしら」


 フランは心底不思議そうに首を傾げてきて、いや、でも、だってさあ。


「物盗まれたら普通怒らない?」

「別に……お姉様に害を為さないなら、私は正直どうでもいいのよね」


 首を振り振りそう言ったフランのことは、うん、ほんとに全然分かんないなって。





 怒ってないのが分かったのはいいんだけど、私とフランの間の空気は、いまだにちょっぴり妙な感じのままだった。


 それはもちろん、フランの怖さを私が改めて肌に感じたのが大きな理由なんだけど。でもそれだけじゃなくって、こっちの話のネタが尽きちゃったのもそれなりに大きかったりする。仕方ないじゃん妖精ってあんまし記憶力ないんだもん。

 さっきは私が話を持ってきてたから全然問題なかったんだけど、それがなくなるとフランは全然しゃべらなくなった。というかひきこもりって話なんだからたぶんこれが普段通りなんじゃないかな。でも私からすれば会話がないのは気まずいなあって感じなんだけど。うーん。



「……見つけた」



 なんてことを考えてたからなのかな。私はフランがぽつりとつぶやいた言葉を聞き逃しちゃった。そのときの彼女の表情も。

 でもまあ、見えなくて良かったなー、とは後からちょっと思ったり。だってきっとその時のフランは、世にも恐ろしい顔だったのは間違いないから。

 それはともかく、だから私は、続くフランの行動に、思いっきり不意を突かれたっていうことで。



「わわっ!」


 ごおっていきなり風が吹いて、それにあおられちゃった私は何度かその場でたたらを踏んだ。

 フランが飛び出していったせいだ、っていうことはすぐに分かった。吹き飛ばされた枝や葉っぱが目の前で落ちてきてたから、行った方向も判断がついた。追いかけようととっさに私は走り出して、そんな自分に私自身が一番びっくりしていた。

 だって、フランと私の間には特になんの関係もないし。私はただ絡まれただけだし、傘の代わりを頼まれただけで。彼女はときどき怖いだけの、よく分からない他人のはずで。

 なのに、どうして?

 内心首をかしげながら私は走って、でもその理由が分かるより前にフランの元に着いちゃって。


 それで。


「――ほら、起きなさい。それともまさか、一度死にかけた程度で許されるとでも思っているのかしら?」

「……えっ?」


 そこには、牙をむきながらなにかを足蹴りにするフランの姿があった。



「あら、来たの」


 私の思わずもらした声が聞こえたみたいで、フランはそう言ってふり向いた。なんだか面倒そうに口元を歪めているわりに、ずっと表情を映さなかったその目はぎらぎらと輝いていて、ちょっと不気味というか怖い感じで。なによりさっき一歩踏み出したあたりからすっごい重圧を感じてて、だからフランは怒っているような気がするんだけど。


「別に来なくてもよかったのに――ああ、そういえば言ってなかったものね」

「いや、ちょっと待ってよ。なんでフランはそんなに怒ってるの?」

「助かったわ、サニーミルク。おかげで下手人を見つけられたもの。それと、もう日傘は不要よ。帰って貰って構わないわ」

「え、もうなんかその言い方からしてフランめっちゃ怒ってるよね? 私なにか――げしにん?」


 話してる途中でフランの言葉に違和感を持って、そこでようやく、フランの足元にあったそれがどうやらケモノ妖怪みたいだってことに私は気付いた。

 すぐに分かんなかったのは、それがくちゃぐちゃになってたから。胴体っぽい毛皮は血だらけ穴だらけ、四つの足っぽいところも変な方向に折れ曲がってて、それらを全部むりやり直したみたいな感じのすっごくいびつな形になってて、ぱっと見なにかのオブジェみたいに見えていて。


「……待って、その足元のひと、すごい大変なことになってない? 何があったの?」

「何がも何も、お灸を据えに来たと言ったでしょう? こいつが件の、庭を荒らした犯人よ」


 フランは首を傾げて言って、それが本当に何でもなさそうだったから、その内容が私の頭に届くまで妙に時間がかかっちゃって。


「……うそ」


 だから、フランの言ってる言葉が理解できたとき、私はそんな言葉しか口にすることができなかった。


「待ってよ、ねえ、フラン、どうしてこんなこと」

「どうして。どうして、ね」


 声を震わせてそう問いかける私に面倒そうにフランは応じて、そのまま流れるようにケモノ妖怪の前足を蹴りぬいた。肩のあたりから足を吹き飛ばされたケモノ妖怪がにごった鳴き声を上げて、それにフランが顔をしかめた。「煩い」ってフランが右手を握って、するとケモノ妖怪は血を吐き出して鳴き声が止まって。ひゅーひゅーって空気の漏れる音だけがその場に流れてた。


「これはお姉様に害を為した。これは紅魔の館に楯突いた。理由はそれで十分ではないかしら」

「でも、だって」


 もう私は緊張で喉がからからだった。さっきまで楽しく話せてたはずのフランのことが、今は怖くてしかたなかった。足元の残酷さよりも何よりも、理由が分かんないってことがとにかく私には恐ろしかった。もう早いとこ逃げ出したくてしょうがなくって、じっさい昨日までの私だったらぜったい逃げてたはずなんだけど。なのにどうして私はまだここに立ってるのか、正直に言うと、私がいちばん分かってなかった。


「さっきフランは、私たちのことは許すって」

「ええ。貴方達は害を為してはいないもの」

「なら、だったら、どうしてそいつは」

「知己だったの?」

「そういうわけじゃ」


 はっきりしない私の言葉にフランは呆れてため息を吐く。そのまま右手をぎゅっと握ると、彼女の左手がぱあんと弾けて、血とか肉とかがケモノ妖怪に降りかかった。フランの手首の断面からはすぐに左手が再生して、それと同時に足元のケモノ妖怪の傷もふさがって、ついでにちぎれてた前足まで生えてきていた。とたんに元気になったケモノ妖怪が暴れようとして身をよじって、だけどすぐ舌打ちをしたフランに穴を開けられて大人しくなっていた。あまりに残酷なものを見ちゃったせいで喉もとまで上がってきた吐き気に耐えながら、なんだか早回しを見てるみたいだなって私はぼんやりと思った。


「ならいいじゃない」

「でも……」

「――それとも、貴方もこうされるのがお望みかしら」


 フランは足元を指差しながらそう言って、それで思わず私は一歩、後ずさりをしちゃって。



 それで、その瞬間。



「――サニー!」

「こっち、早く!」


 突然後ろから手を引かれて、それと同時に聞こえてきたのは、数時間ぶりのはずなのに久しぶりな気がする二人の声。

 引かれるままに私は走って、「ここまで来れば十分だよね?」「たぶん……追ってきてもいないみたいだし」って二人の言葉でようやく一息つけられた。


「……スター、ルナ、逃げたんじゃなかったの?」

「せんりゃくてきてったい、ってやつよサニー」

「隙をうかがってたんだけど、そうも言っていられなさそうだったから」


 私の純粋な疑問に、スターが自慢げに言い放って、ルナが説明を付け足した。


「そっか……ありがとね」


 私は口ではそう言ったけど、別にそんなに助けてもらう必要はなかったんじゃないかなって気もしてて。

 なんだろう、確かにフランは怖かったといえば怖かったんだけど。でもそれだけじゃない気もしてて。


「……生体反応が増えたわ。たぶんメイド長さん。あのままだと捕まってたかも……危なかったわね」


 走ってきた方を見て首を傾げてる私に、スターはそんなことを言った。





 のどもと過ぎればなんとやら。フランに会ったあの日から一週間も経ってないのに、「今日は紅魔館に忍び込もう!」っていう私の言葉にほいほい乗せられちゃうあたり、妖精ってほんとバカよねーって思わなかったり思ったり(私含めて、ね)。でもまあそれは私にとっては地味にありがたかったりして。

 なぜかっていうと、今日の私はお話しするのが目的だから。



 廊下の角でレミリアさんとばったり出くわした、と思ったら私は天幕の張られた中庭の席に座ってた。たぶんメイド長さんの能力じゃないかな。時間止めれるって聞くし。目の前のテーブルにはティーカップが置かれてて、その向かいにはレミリアさんが座ってた。静かにティーカップを持ち上げるその姿はとってもきれいっていうか、似合ってるなって私は思った。


「やあ、陽光の。紅魔館へようこそ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「……うん、別にそこまで畏まらなくてもいいよ。大した奴でもないからね、私は」

「はあ……」


 なんとなく流れで頭を下げたんだけど、レミリアさんはちょっと意外そうな顔をしてた。というかレミリアさん表情分かりやすいね。フランとぜんぜん違っててちょっとびっくりしちゃった。


「しかし驚いたよ。フランドールが外で友人を作ってくるとはね」

「友人?」

「おや、違うのかい」


 驚いたようにレミリアさんは言って、でもそれは私だっておなじ。たぶんなれるんじゃないかなって勝手に思ってはいるんだけど、その前にフランの考えを聞かせてもらわなくちゃいけないから。だからつまり、ちょっと早いんじゃないかなって。


「……今はまだ、分かんないです。でも、そうなれるといいな、って」

「うん、成程。実に結構なことだね。あれを見てそれを言えるのであれば、まず心配することはないよ」


 悩みながら出した私の答えをどうやら気に入ったみたいで、レミリアさんは一転にこにこ笑顔になると、そのまま立ち上がって私に背を向けた。


「それでは、ここらで保護者は退散しようか。あとは二人でゆっくり話すといい」

「……あの、」

「うん?」


 つい私はレミリアさんを呼び止めて、それは聞きたいことがあったから。


「ちなみに、どこまでお見通しだったんですか?」

「……ああ、フランドールに聞かされたのか」


 私のシンプルな質問にレミリアさんは苦笑で応じて、いわく。


「私はそんなに万能じゃあない。殆どは我が友人と従者の助力あってこそだよ。――分かっていたのは精々、フランドールが君の話を楽し気に聞く様子ぐらいのものさ」


 そう言うと、今度こそレミリアさんは手を振りながら中庭から出て行った。

 ……うん、なんていうか、本当に底が知れないっていうか、つかみどころがないっていうか。とにかく、フランに似てよく分かんないひとだったなって。でもなんだか、


「私がお姉様のことを信頼する理由も、よく分かるでしょう?」

「うわっ!?」


 突然耳元でささやかれて、私はびくっと跳ね上がった。振り返るといつの間にかそこにはフランが立っていて、よそに向かってひらひらと手を振っていた。


「びっくりした……なに、いつの間にいたの?」

「初めからよ。貴方達と手法は違えど、似たことのできる知人が丁度いいところにいたものだから、少しばかり協力してもらったの」


 日差しは防げないのだけど、って肩をすくめたフランの横にはなるほど日傘が立てかけられてた。どんなひとなんだろうなって思いはしたんだけど、それより前にずいっとフランが顔を近づけてきて。


「関係ないのだけど、妖精の肉って美味しいのかしら」

「えっ」

「人間も妖怪も食べたことはあるのだけど、そういえば妖精は食べたことがないのよね」

「えっえっ待って待って」

「死んでも一回休みなのだし指の一本ぐらいは誤差だと思うのだけど」


 口元だけでにこりと笑いながら、フランは私の手を撫でつつそんなことを言ってきて。思わず漏れかけた悲鳴を私はぐっとおさえた。前までの私なら間違いなく叫んでたしなんなら走って逃げてただろうなって思うんだけど、少なくとも今の私はそうする気にはなれなくて。


「ねえ、フラン」


 だから私は、ふるえる声でそう言って。


「それはさすがに、冗談が過ぎると思う」


「……そうね、流石に意地悪が過ぎたわ」


 フランはちょっとだけぽかんとして、でもすぐにそう返してくれたから、はあ、と私は安心して息を吐いた。


「ほんっとにさ、そういういじわるな冗談やめてよ。すっごく心臓に来るんだけど」

「御免なさいね。サニーが随分と初心で素敵な反応をしてくれるものだから、ついつい楽しくなってしまって」

「さいですか……」


 そんなことを言ってくるあたり、やっぱりフランは妖怪なんだなあって思って。いやまあそれは前から分かってたことなんだけどね。改めて、っていうはなし。


「けれど、よく冗談だと判ぜたものね。吃驚したわ」

「あー、うん」


 フランはそんなことを言うけど、だって。


「あのケモノ妖怪を捕まえてたとき、フランは私に気をつかって、遠ざけようとしてたじゃん」

「……ええ、そうだったわね」


 私の言葉に、フランはこくりとうなずいた。

 考えてみればその通りで、怒ってるような冷たい言葉も、困ったような表情も、最後に私をおどしてみせたのだって、別に必要なことじゃなくって。私が何を言っても何をしてもフランを止めるなんてほとんど無理だから、私のことなんてフランは無視してもよかったはずで。なのに遠ざけようとしたのは、私を傷つけないようにっていうことなんじゃないかな、っていうのが私の考えで。それで見た感じ、その考えはは当たってたみたいだった。


「ただ、よく分かんないのがさ。どうしてあの妖怪はダメで私たちは良かったのかっていうのと、どうして私を気づかってくれてたのかってことなんだけど」

「そうよね。不思議がるのも尤もだわ」


 そう言ってフランは、まず一つ、って指を立てた。


「貴方達はお姉様を悲しませなかった。お姉様は心が広いもの。貴方達が忍び込んでいたのを知ってもお姉様は楽し気に笑うだけだったのよ」

「……知ってたんだ」

「当然じゃない。――反対に、件の獣の方だけど、あれはうちの門番に怪我までさせていったのよね。それは別にどうでもいいのだけど、お姉様はそれを見て悲しんでいたものだから」


 ただ、それだけのことよ。なんてフランは肩をすくめて。


 なるほど、それは分かるわけがないなって私は思った。狂ってるなんて言われるわけだよね、って。

 だけど、私はもう、あんまりフランを怖いとは思わなくなってた。そりゃまあ怒ると怖いけど、そんなの誰だってそうだし。沸点が分かりにくいっていっても、分かってみれば簡単だし。それがなければ、彼女はただの悪戯が好きな妖怪っていうだけだから。


「それと、貴方のことを気遣っていたのは、サニー。貴方のことを気に入っているからよ」


 フランは二本目の指を立てながらそう言って。


「陽の上るうちに傘を持たずに歩けるなんて素敵な経験、長く生きてきて初めてだもの。是非ともいずれ機会があれば、お姉様にも経験させてあげたいほどよ」


 そんな風に話すフランの目は、よくよく見るときらきらしてて。


「それに私、ひとの武勇伝を語り聞くのが好きなのよ。あいつの話はほのぼのしてるか血生臭いかの両極端だけど、貴方の話は程好く滑稽で、程好く乱暴で、なかなか聞いていて心地良かったわ」


 その頬も、ちょっとだけ興奮かなにかで赤く染まってるみたいで。


「だから、そう。サニーミルク。貴方がもしも、気が向いた頃に此処へと足を運んできて、気が向いた程度にその武勇伝を私に話して聞かせてくれて、そして極稀に、私やお姉様を傘の要らない日中の散歩に連れ出してくれると、そう約束してくれるなら」


 その口元も、一目見て分かるぐらいに緩んでいて。


「私達は、貴方達を客人として迎え入れることも、決して吝かではないわ」


「……ややこしい言い方してるけどさ」


 だから。


「それって要するに、私と友達になりたいって、そういう意味で合ってる?」


 そう問い直した私に向かって、フランはその口元だけでにっこり笑って。


「ええ。貴方がそう望むのであれば、私はそれでも構わないわ」



 だから、要するに。

 ちょっと変わった友達ができたよ、っていう話。

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