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第十四編:ウィンターバグ

 ん、よおこそ。

 ああ、少しそのまま扉を開けていてくれるかしら。


 ……助かったわ。そこの扉は私には開けられないようになっているから。

 ほら、有名な伝承でしょう? 「吸血鬼は招かれないと入れない」。本当はそこまで厳しい制約ではないのだけども。

 念を入れてということで、この扉にはその伝承を応用した鍵が付いているのよ。

 そういうことよ。わざわざ蜘蛛を逃がすのに地下室から出るのは、流石に面倒だと思っていたところだったの。だから、感謝するわ。


 ええ、蜘蛛は嫌いじゃないの。可愛いもの。

 こいしは蜥蜴の方が可愛いと言うのだけど、貴方はどちら派なのかしら?


 ……そう。

 まあ、良いわ。


 なら今日は虫の話でも、どうかしら。

 貴方が初めて此処に来た時、読ませた話があるでしょう?

 あれと同じ世界線での一幕よ。


 人妖紹介をしておくわね。

 語り部の藤原妹紅は人間……まあ、一応という但し書きが付くのだけど。

 彼女は諸経緯あって、蓬莱人という真に不滅の存在になってしまっているそうよ。竹取翁の物語の頃から生きていると聞いているから、千年は軽く生きているということになるわね。とは言え、思考回路や倫理観はまだかなり人間寄りらしいわ。


 リグル・ナイトバグは蛍の妖怪。彼女の話はこれで二度目ね。虫を操る能力なども持っていると聞いているわね。

 ミスティア・ローレライは夜雀。彼女も二度目だったかしらね。普段から屋台をやっているだけの、人間にとっては比較的無害な妖怪よ。


 そんなところかしら。

 それじゃあ、楽しんで行って頂戴。――『ゆっくりしていってね』。






 初冬のある日。

「そうそう、妹紅さん」

 私、そろそろ死ぬみたいです。

 そう、他愛ない雑談のように、リグルに話を切り出されて、私はお猪口を取り落とした。




「いやあ、天狗の新聞で見たんですけどね。どうも来週あたりからぐっと冷え込んでくるらしくて。だから流石にそろそろ潮時かなあって思いまして、こうやって挨拶回りをしているんです」

「あー、はあ、そうかい」


 私は曖昧に頷いた。

 ひとの葬式に立ち会ったことなら何度かある。名も知らぬ妖怪を殺したことも数知れない。だけど、誰か知り合いの死に際を看取ったことはこれまで一度もなかったし、ましてや「そろそろ死ぬよ」なんて話を切り出されたことなんて想像したことすらなかった。だから、こういうときにはなんて言ったらいいのかは、私にはちっとも分からなかった。


「じゃあ、それで、なんだ、今までありがとうございました、ってところか」

「はい、だいたいそんなところです」


 はは、と私は笑い声を上げて、それのひどく引き攣っていたのが、自分ですらもよく分かった。

 正しい反応は分からなかったが、少なくとも、明らかに今の私の言葉は間違いだったと言えるだろう。


「そんなわけなので、来世もよろしくお願いしますね」

「いやいや、それは流石に気が早くないか?」

「そんなことはないですよ」


 平然と、にっこりと笑ってリグルはそんなことを言った。

 確かに私は死なないんだから、こいつの来世も見届けることはできるだろうが。

 いや、でも、なあ?と私は首を振った。流石にちょっと、理解できない。


「それと、あともう一つ、これはできたらのお願いなんですけど」


 リグルは人差し指を立てて、付け加えるように言った。


「もし私が行き倒れているのを見つけたらですね、ミスティアのところに運んでやってほしいんですよ」

「ふうん?」

「そういう約束をしているんです」


 気が向いたらお願いしますね、とリグルは言って、やおら立ち上がり飛び立った。

 私は暫し悩んだ末に、おおい、とその背へ声をかけた。


「なあリグル。私はまだ、お前と会ってから半年ほどしか経ってないけどさ。お前と話すのは、……あー、あれだ、楽しかった! すごく楽しかったよ!」


 リグルは少しも振り返らずに、その背中越しに手を上げて、ひらひらと軽く振ってみせた。




 一週間ほど経った頃、私はリグルを見つけた。

 凍死だった。






「それで、ここまで運んできてくれたんです?」


 助かりました、と言って、屋台の女将さん、ミスティアはぽんと手を合わせた。


「気にしないでくれていいよ。短い付き合いだったとはいえ知人のたっての頼みだし、それにこいつはついでだしね」

「というと?」

「こう寒いとね、やっぱりうなぎ串が食べたくなるからねえ」


 良いこと言うじゃないですか、ところころと女将さんは笑った。


「今日はうなぎもよく取れましたし、ちょっぴり安くしときますよ」

「おお、助かるね」

「でもちょっと待ってくださいね、先にこっちを済ませちゃいますから」


 女将さんはそう言って、リグルを台の上に乗せると、目を閉じて小さく十字を切った。



 そして、おもむろに包丁を取った。


「待って」

「はい?」

「待って」

「どうかしましたか?」


 私の制止に、女将さんは心底不思議そうな顔で首を傾げた。


「なあ女将さん、一体それは何をしようとしているんだい?」

「何って、……ああ、妹紅さんはこれを見るのは初めてでしたっけ」

「これ?」

「うちの名物料理なんですよ。期間限定、数量限定、売り切れ御免の焼きリグル。……そうだ」


 女将さんはぽんと手を叩いて、そして鋏でリグルの触覚を切り落とすと、それを私に差し出してきた。


「妹紅さんも食べます? これを食べる機会なんて、なかなかあるものじゃないですよ」

「い、いや、止めておくよ」


 私は震える声でそう返した。


「えー勿体ない」

「悪いけどね、私はこれでも人間側のつもりなんだ」




それから都合半年ほどの間、私が彼女の屋台のことを避けて過ごすようになったのは、別の話だ。






 世に春が芽吹き始めた頃。


「妹紅さん、前世ぶりです」

「……え?」


 私は再びリグルに出会った。



「お前、死んだんじゃなかったのか?」

「死んだに決まってますよ。妹紅さんも見たんですよね?私の死体。なら分かると思うんですけど」


 私の質問に、何を当然のことを、と言わんばかりの顔で応えるリグル。それに向かって、私は更に質問を重ねた。


「ならなんで生きているんだ?」

「いや、なんでも何も単純なことですよ?」


 リグルは大真面目な様子で言った。


「虫というものは、冬に死んでも春に湧くものじゃないですか」

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