青い笑顔
目の前の男の子。
かわいい私の弟。
でも伸ばされた手の向こうにある顔は違う。
…あなたは誰?
「お嬢様いけません!」
「あらどうして?」
「お召し物が汚れます!」
きれいな花畑を見つけて走っていくと早速お焦げに怒られた。
「あんまり怒ると可愛くなくてよ!」
忠告を無視して走っていく。後ろをついてくるお焦げがかわいい。
真夏の家族とのピクニックはあまり気乗りがしないが、それでもきれいな花や緑が見れるのは楽しい。ロンドンの屋敷はいつも曇っていて薔薇の季節もあまり華やかに見えない。
「わぁ…!」
水たまりに青い花が咲き誇っている場所を見つけた。思わず水たまりに入っていく。
「れいお嬢様!」
お焦げの悲鳴が聞こえた。
「あなたもこちらにいらっしゃい!とっても素敵よ!」
「私が旦那様に叱られます…」
「あなたも一緒に濡れちゃえばいいのに!」
そう言うとお焦げを無理やり引っ張る。
「れいお嬢様…勘弁してください…」
お焦げは半べそをかきだして座り込んだ。
「そんなんじゃ立派な執事になれないわよ」
隣に座って顔を覗き込む。
「いつか私が結婚したら…あなたは一人前の執事になって私と一緒に来てくれるのよね?」
泣きべそをかきながらお焦げがうなづく。
「よしよし」
かわいい私の弟ずっと一緒にいると思ってた。
「クリスマスって退屈」
「お嬢様声が…」
来賓が集まるクリスマスはただのお人形さんだ。きれいな服を着させられて人前で一日中笑顔を張り付けなければならない。
「もう訪問客の紹介は済んだのでしょう?さっさと抜け出したいわ」
「旦那様のお立場も…」
「何よ!お父様なんか大っ嫌い!」
父は貴族で大きな会社を持っている。おかげでまともに話すのは夏の休暇とクリスマスだけだ。父を送り出す母の寂しそうな顔を何度も見てきた。
大声で叫ぶとそのまま宴会場を飛び出した。
部屋に引きこもっていると扉が静かに開いた。
「入ってきたら怒るわよ」
睨むとお焦げが顔だけ出してこちらに不安そうな顔を見せる。
「れいお嬢様…戻りますよぅ…」
「何よ旦那様旦那様ってみんなお父様のご機嫌ばっかり!」
「だってお嬢様はまだ子供ですよぅ…」
「なんですって!」
我を忘れた怒号にお焦げが更に縮こまる。
「…ごめんなさい…」
「…いえ…僕の方こそ…」
沈黙の時間が流れる。
「ねぇ本を読みましょう」
「…え?」
「私早く大人になるの。それには賢くならないといけないでしょう?昔は本を読むとあなたはすぐ眠っていたわね」
「…そんなことないですよ…」
「じゃあどれだけ起きてられるかやってみましょう」
本を読み始めると、あえなくお焦げは陥落した。
笑いながら頭を小突く。
びっくりしたお焦げが目を開ける。
「いい夢見た?」
その時の真っ赤になったお焦げの顔がおかしくてたまらなかった。
「お嬢様ずいぶん大人しくなりましたね」
「口うるさい小姑にずいぶんしごかれましたから」
紅茶に口をつける。
「口うるさい小姑って…」
昔と違ってお焦げは自分の身長を超えた。顔立ちも男らしくなった。
「お父様が一つ会社を譲ってくださるそうよ」
「れいお嬢様ももう大人ですね」
「紅茶が美味しく感じられるほどにはね」
苦笑いして返すとお焦げも苦笑いで返した。
昔はずっとお嫁に行くのだと思ってた。でもこの家に子供は自分だけだ。大人になればわかる。自分は経営の上手い跡継ぎになるのだと。そして婿を取るのだと。
ちらりとお焦げの方を見る。
涼しい顔をしてお焦げはお茶の世話をしている。
その顔を何ともなしに見ていると柔らかな笑顔が笑いかけてきて顔を逸らしてしまった。
「れいお嬢様…」
困った顔のお焦げは久しぶりに見る。
「だからお見合いは嫌なの!」
「そうは言ってもお嬢様はそれなりの家柄の方。決めていただかなければ」
「嫌ったら嫌!」
自分でも意外なほどわがままが出る。
「何が嫌なんですか」
「何がって…」
別に理由なんかない。何か胸に引っかかるものがあるから嫌なのだ。
そのまま部屋を出る。
「お嬢様!」
手を握られて思わず振り払う。
「…あ…」
こんなに大人になったのだ。知ってはいたけど知らなかった。
「…ごめんなさい」
そのまま足早に去っていく。
いつまでお嬢様のままなのだろう。でも自分の執事になれと言ったのは自分だ。
過去の自分をこれほど恨んだことはない。
「退屈なクリスマスも今年で最後ね…」
家族になる予定の男性が横に立って愛想を振りまいているが最早何の感慨も浮かばない。
相変わらずお焦げは傍にいるがやや後ろで素知らぬふりをしている。
「お焦げ」
「お嬢様なんでしょう」
無表情の返事が返ってきた。
「シャンパンが欲しいの」
「かしこまりました」
歩いていくお焦げを見て、シャンパンを手に取ったのを見ると、そちらに走り手を取って男性の元に戻る。
「お嬢様?」
手に取ったシャンパングラスはとっくに床で割れてしまい、音でみんなの注目がこちらに向く。
お焦げの手を高々と一緒に上げると息を一瞬吐いた。
「私!お焦げと結婚します!」
名前しか知らない男性は慌てふためいて手に持っているグラスを落とした。
訪問客は一瞬の出来事に火事でも起きたような騒ぎだ。
「れいお嬢様!」
お焦げが悲鳴を上げる。
「私の決めたことよ。これですっきりしたわ!」
その後の騒ぎは言わずもがな。一番大変だったのはお焦げと名だけの男性だっただろうが知った事ではない。
自分が純白のドレスを着るのは似合わない気がしたので、どうしてもと青いドレスを選んだ。お焦げは自分の性格を充分わかっているので何も言わなかった。
意外にも自分たちを祝福してくれる人はいっぱいいた。
青い花が飾られた教会を選んだのはお焦げだ。そこは頑として譲らなかった。
「それでは誓いのキスを」
これが自分にとってのファーストキスだとはずいぶん遠回りしたものね、と思ってしまった。




