☆ 新米使用人による主君夫婦観察記
番外編お題アンケートより、モブ視点いちゃこらデートです。
皆様、初めまして。
私は一ヶ月ほど前からジン・ライカ様のお屋敷で働くようになった、新米使用人でございます。
使用人にも色々な種類がありますが、私は奥方付き侍女であるマリカ様直属の部下として採用されました。
奥方付き侍女ともなれば、奥様の外出に付き添ったり髪を結ったりお召し物を選んだりと、奥様の側で働くことができます。マリカ様の補佐とはいえ、私たちのような身分の低い女使用人にとって憧れのお仕事です。
私も貴族の奥様付きになることを夢見てこれまで下積みを続けてきたので、通知をいただいた際は感動で胸が震えたものです……。
しかし、今の私は訓練を終えてお屋敷に配置されたばかりの新人。
最初のうちはお部屋の片づけや荷物の整理などの仕事ばかりで、旦那様や奥様のお側に行くことも叶いませんでした。
ですが私の頑張りが認められたようで、このたび私はマリカ様のお手伝いとして、旦那様と奥様のお出掛けの護衛を務めることができたのです!
貴族の夫妻となれば、外出する際にも多くの使用人や侍女、私兵たちを連れていくものです。
私はその端っこの端っこのような役割で、もしならず者が現れれば奥様を守って真っ先に斬られるべき立場です。
それでも、私はこのお仕事をいただけていたく感動しております!
さて、お出掛けの日になりました。
私たち下級使用人が馬車の前で待機していると、執事やマリカ様を伴った旦那様と奥様が庭に出てこられました。
旦那様――ジン・ライカ様は、ロウエン帝国現皇帝陛下の皇妃様のはとこにあたるお方で、ロウエン兵団の侍従兵隊長を務めてらっしゃいます。
艶やかな赤茶色の髪を簪でまとめていて、濃い青色のシルゾンをびしっと着こなしてらっしゃいます。
名家のご子息でありながら私どもにもとても気を遣ってくださり、今も私たちを順番に見て、「今日もよろしく頼む」とおっしゃってくださいました。
お任せください、旦那様! もしならず者が御身を狙おうとも、私が盾になります!
そんな旦那様の腕を取ってらっしゃるのが、奥様の――私にはちょっと発音が難しいのですが、ヘリス・ライカ様とおっしゃいます。
ヘリス様は西の大国・ノックス出身で、かの有名な「縫穣の神子」様でいらっしゃるのです!
まさか、これほど有名な方にお仕えできるなんて……私は本当に、幸せ者でございます!
またノックス出身ということで、私たちとは全く違う髪や肌の色をお持ちです。
柔らかな癖のある御髪は小麦色で、ノックスに降る雪をそのまま溶かしたかのように、肌は白いです。白粉が必要ないくらいの白さでしかもきめ細やかなので、いつもマリカ様が丁寧にお手入れをなさっています。
お召しになっているのは、深紅のシエゾンです。どうやら奥様は体の線がはっきりとするシエゾンは少し恥ずかしいらしくて、薄手の上着を一枚羽織ってらっしゃいます。
なお、奥様のお気持ちを最優先する旦那様は、奥様が一枚羽織ることにも当然反対なさいません。
それどころか……小姓のダイタさん曰く、旦那様は「自分の前でのみシエゾン一枚になると思うと、なんだか嬉しくなる」そうです。
私は女ですがそのお気持ち、なんとなく分かる気がしますね。独占欲、というものでしょう。
ノックスで出会って即結婚の約束をなさったというお二人は、私から見ても非常に仲睦まじいご夫婦です。今も、「一人で乗れます!」と主張なさる奥様をなだめて、旦那様が抱えて馬車に乗られました。
奥様はぷんぷんしてらっしゃいますけど旦那様の手をぎゅっと握っていますし、その後馬車が発車しても腕にしっかり掴まっています。
旦那様、嬉しそうですねぇ……。
さて、本日のお二人は帝都にあるお茶屋を訪問なさいました。
もちろん、事前の予約も完璧です。有名人のお二人が周りを気にせずお茶を飲めるよう、個室に案内されました。よいことです!
しかも旦那様も奥様も、店員さんに対しても「ありがとう」「よろしくお願いします」と丁寧な言葉で対応してらっしゃいます。
……本当に、こういうところからお人柄が見えてくるというものですね!
私はお二人の後について行き、壁際で控えることになりました……が。
「……ちょっといいかしら?」
旦那様たちがお品書きを見て注文する品を選んでいるところで、私はマリカ様に耳打ちされました。
「はい、何でしょうか」
「……あなたは初心者だから、言っておくわ。……旦那様と奥様のどのようなご様子を見ても、動じないこと。いいわね?」
「え? もちろんでございます」
私も小声で応じますが……はて、いったいどういうことでしょうか。
私も使用人たるものの心得として、主人の指示が出るまでは置物と化す技能は持っております。
わざわざ忠告されずとも、きちんと壁際の観葉植物になりきりますけれど……。
そんなことを考えていた私は、甘かったです。
ここはお店ですが、個室。
ここにいるのは旦那様と奥様、そして私たちライカ家の使用人のみ。
「あっ、ジン様のお餅、おいしそうですね!」
「そうだろう? これ、中に白あんが入っているみたいだ。フェリスも食べてみるか?」
「はい! ……あ、そうだ。ジン様もこのお菓子、召し上がりませんか?」
「そうだね、一口もらおう」
「はい。では……あーん?」
そう言って、奥様はご自分が注文したお団子の串を持ち、旦那様の口元に近づけました。
……え?
な、なんですか、そのお作法は!?
慌てて眼球だけ動かして周りを見ますが、私以外の誰一人として動じた様子はありません。私より年少のダイタさんでさえ、「無」の表情で前を見ています。
……な、なるほど。
これが先ほどマリカ様のおっしゃったことなのですね!
確かにここは個人的な空間ですし、ノックス人の奥様も気を楽にして召し上がれます。
旦那様も、照れながらも奥様が差し出した団子を召し上がっていますし……ここでこそ、使用人の根性を発揮して堂々たる態度で見守るべきなのですね!
ふふん、私はきちんと学習できる女なのです!
もう、これしきのことで動揺は――
「あら、ジン様。お口元に何か付いていますよ?」
「えっ? ……は、恥ずかしいな。どの辺?」
「左の……ああ、いえ、ジン様から見たら右の、唇の端です。いえ、もうちょっと上の……もう。ここですよ」
奥様は微笑むと、手巾をお持ちになり……そっと、旦那様の口元を拭われるではありませんか!
な、なんというどきどきする場面!
しかも、旦那様の方も「フェリスだって付いているじゃないか」と笑いながらおっしゃって、同じように奥様の口元を拭われました!
――が、しかし。
ええ、ええ! 私は知っておりますとも!
別に奥様の口元には何も付いていませんが、旦那様も同じことをなさりたくなったのですよね!
分かっていますが、もちろん口にも態度にも出しませんとも!
これまでで鍛えた鉄壁の顔でやり過ごしていると、どこからともなく、にゃあ、という声が聞こえてきました。
「あっ、ジン様、見てください! 外に、猫がいますよ!」
「本当だ。首輪……はないから、帝都で暮らしている野良だろうね」
「ロウエンには、町中にも普通に猫がいるのですね。……ノックスでは暖かい場所に行かないと、野良はいなかったです」
「確かに、ノックスは寒いから野良には厳しい環境だろうね」
屋外に猫がいるようで、お二人は身を乗り出してそちらをご覧になっています。
私も……本当は見たいけれど、当然我慢です! お仕事中ですからね!
「……あっ、そっちに行っちゃいました」
「こっちに来る? 寝転がっているのが見えるよ」
「見ます!」
旦那様に誘われて、奥様は席を立って机を回り、旦那様の隣にすとんと腰を下ろしました。
……な、なんとも自然に隣に座りましたね。
でもこれくらいは旦那様も慣れっこのようで、身を乗り出す奥様が倒れないよう、腰を支えながら一緒に外をご覧になっています。
「わあ、ころころしていて、すごく可愛いですね!」
「うん。すごく……」
そこで旦那様は言葉を切り、じっと奥様の横顔を見つめてらっしゃいます。
……マリカ様やダイタさんたちから、無言の熱気が立ち上っているのが分かります。
当然、できる使用人の私も、この雰囲気にぴんと来ましたとも!
言え、頑張れ、勇気を出せ、という私たちの無言の応援を受けた旦那様は、深呼吸して――
「……そうだね。でも、猫よりもフェリスの方が可愛いよ」
……い、言いました!
とてつもなく甘い台詞です! さすが、帝国の誇る侍従兵隊長です!
いきなり愛を囁かれた奥様は振り返り、旦那様をじっと見ました。
そして――
「……ふふ、ありがとうございます。ジン様にそう言ってもらえると嬉しい……にゃん?」
「……ん、んんっっ!?」
奥様が小首を傾げて茶目っ気たっぷりに言ったため、旦那様が顔を手で覆って撃沈なさいました。
旦那様も頑張られましたが、恋に積極的だというノックス人の奥様には勝てなかったようです。
さて、色々ありましたが本日のお出掛けも無事に終了しました。
いやぁ……それにしても、旦那様と奥様の仲よしっぷりには驚きました! 私、顔がにやにやするのを抑えるので精一杯でしたよ!
「……明日からも、誠心誠意お仕えしよう!」
私は拳を固めて、宣言しました。
いつか私も結婚して、旦那様たちのような素敵な夫婦になりたいな……なんて、思いながら。




