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 ☆ 男たちのろまんす講座・其の弐②

「……それで? ノックスの騎士はロマンスについて教えてくれたんだな?」

「おう。そういやヘリス様も、ろまんすは非売品だっておっしゃっていたって思い出したよ。……それで、これは何としても、俺とおまえでろまんすの研究をせねばと思ってな」


 そう言うとライナンは、手土産の入っていた袋の中を漁り、一冊の本を取り出した。

 どこかで見たことのあるような気がする、立派な装丁の本。間違いなく、ノックスの書籍だ。


「……おまえも取り寄せたのか」

「あ、ジンもこういうの読んだことがあるか? 俺も、嫁の気持ちを知るにはちったぁ俺の方からもノックスについて学ぶべきだと思ってな。その知り合った騎士に頼んで送ってもらったんだ」


 ライナンが「見てみろよ」と言うので、ジンは冷めた目をしつつ――内心ではどきどきしつつ、本を手に取った。


「……『いばらの城の、情熱の夜』。これは、小説か?」

「そう。俺もまだ読んでいないんだけど、最近ノックスで刊行された小説らしい。書いたのは女性だが、男性にも人気のある作家だから、おすすめされたんだ」

「……なるほど。小説か」


 ジンも以前、マリカにノックスの本を取り寄せてもらったが、それらはどれも「恋愛のすすめ」のような手引き書ばかりだった。

 確かに、いくら架空物語とはいえノックスで愛読されている大衆向け小説を読むのも効果がありそうだ。


「これで、ノックスの恋愛について勉強しようと?」

「そゆこと。んで、せっかくだからジンと一緒に読んだらいいんじゃないかと思ってな」

「……そうだな。参考文献は、いくらあってもいいくらいだ」

「だよな! それじゃせっかくだし、音読しながら読むか!」

「……なぜ、声に出して読む?」


 ジンが尋ねると、ライナンはチッチと指を振った。


「地の文や女の台詞はともかく、これに登場する男の台詞はもしかしたら、これから嫁に掛ける言葉として活用できるかもしれないだろう? それなら、小説内の雰囲気を取り込みながら音読するのは効果があると思うんだ」

「……まあ、そうだな。だが、ノックスの男はとんでもなく気障な言葉を吐くぞ?」

「それも勉強のうちだ! よし、じゃあ男の台詞だけ音読しながら読むぞ!」

「……分かった」


 ……かくしてジンとライナンは小説を机に置いて、主人公の女性に恋する男性の台詞を音読しながら読むことになった。


「……『あなたは、可愛い。唇はべりぃのように瑞々しくて、薔薇をそのまま溶かしたかのように色づく頬は愛らしい』……うーん。こんな歯の浮くような台詞、よく言えるなぁ」

「装飾過多なくらいが、ノックスではよいのかもしれないな。……続き。『あなたの瞳に見つめられると、私の中の獰猛な本性が剥き出しになってしまいそうだ』」

「目隠しすればいいんじゃねぇ?」

「そういう問題ではないだろう。……次、読め」

「へいへい。……『ああ、だめだ、姫。あなたに一度でも触れると、私は……』」


 最初のうち、二人は内容に現実的な突っ込みを入れたり、「はぁ? おい、この男、なんでそんな大事なことを言わねぇんだ!?」「そうしないと話が進まないからだろう」と文句を言ったりしながら読んでいた。

 だがだんだん音読する声は小さくなり、物語の四分の一を超えた時点では既に、どちらも音読する気が失せてしまっていた。


 理由は、簡単。

 音読するにはあまりにも恥ずかしい場面に突入したからだ。


 部屋には、本のページを捲る音、そして時々「うわぁ……」「なんだこれ……」と呟く声が響くくらい。

 だが、本の半分くらいを通過して――未成年には少しお見せできないような内容に突入したところで、ライナンは無言で本を閉ざした。


 ジンも文句を言わず、大きなため息をつく。


「……俺、これ以上読むのは無理だわ」

「……だな。せめて、一人で読みたい内容だ」

「おまえすげぇわ。俺、一人でももう読めないわ」


 ライナンは呟いて、くるっと本を表にひっくり返した。


 ……ここまで読むと、題名である『荊の城の、情熱の夜』の意味が分かった。

 読む前に二人で、「情熱……ってことは、季節が夏なんだな!」「なるほど、熱帯夜というやつか」なんて会話をしたのが、懐かしい。


「これを、ノックスでは男も女も読むってことか……」

「ノックス人が恋に積極的な理由が、分かる気がするな」


 ライナンが机に置いた本を、二人は静かに見る。


「……」

「……」

「……ジン、これ、読むか?」

「……一応、最後まで目を通してみる」

「おう。できれば感想、よろしくな」

「了解した」













 かくして例の小説本は、ライナンからジンに渡された。

 しかしジンはその本をうっかり居間に置いたままにしてしまい――本を発見した小姓のダイタが、「ノックスの小説だから、きっと奥様のものだ」と勘違いしてフェリスの部屋に運ばせてしまった。


 何も疑わずその本を手に取ったフェリスは普通にそれを読み、「せっかくだから」ということでジャネットにも貸した。

 ノックスの文学を懐かしがっていたジャネットもそれを読み、屋敷に置いていたそれをライナンが発見した。


「あれ!? なんでこれ、ここにあんの!? ジンが探してたみたいなのに!」

「ああ、それ、ライカ様のものなのですか? フェリスから借りて、読んだばかりなのですが」

「読んだの!?」

「ええ。フェリスから、ちょっと糖度が高めだけど素敵な話だったとおすすめされたので、読んでみました。確かに少し甘ったるいところはありましたが、楽しく読めましたよ」

「……」

「旦那様?」

「な、なんでもない! ……やべぇ。これは近いうちに、ジンとまた研究をしなくちゃならねぇ……!」


 ノックス人の妻を持つ男たちのロマンス研究は、まだまだ続きそうである。

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― 新着の感想 ―
[一言] こうやって誤解は広まるんでしょうね スシ・テンプラ・ゲイシャ
[良い点] 大笑いしました(≧∇≦) [気になる点] その後の顛末を是非よろしくお願いします [一言] エロ本が見つかった高校生な気分?
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