☆ 男たちのろまんす講座・其の弐①
「やっほー、ジン君! 俺俺、ライナン君だよー!」
「……」
「あ、ちょっと、無言で扉を閉めないでくれる? さすがの俺も傷つくんだけど?」
今日、ジンは夜間勤務を終えて早朝に帰ってきたところだ。
残念ながら「朝組」として神子の社に出勤しているフェリスとは時間が合わず、帰宅してすぐに寝たジンはフェリスの出勤を見送ることができなかった。
それだけでも少々残念な気持ちになっていたのだが――今日は一人で遠乗りにでも出掛けようと思っていた矢先、うるさい友人がやってきたのでますますがっくりしてしまう。
「事前の約束もなしに突撃してくるな。……どうせつまらん用だろう」
閉じたばかりの玄関扉を仕方なく開けながらジンが問うと、戸口に立っていたライナン・キオウはにっかりと笑い、担いでいた袋を揺すった。
「んな湿気た顔するなって! 突撃訪問は悪いけど、手土産は持ってきた。たまにはゆっくりてーたいむでも過ごそうぜ!」
「ティータイム、だろう。慣れない言葉を無理に使うんじゃない」
やれやれと思いながらも、子どもの頃からの友人であるライナンを追い返すつもりはない。しかも手土産まで持ってきているのだから、追い返せばジンの方が薄情者になりかねない。
そういうことで渋々彼を上げると、ライナンは出迎えた執事や小姓のダイタにも「ちーっす! いつもおたくの旦那様の世話になってまーす!」と気さくに声を掛けている。
執事たちもライナンの人柄はよく知っているので、さらっと流してくれたのがありがたい。
ライナンを居間に通し、茶を淹れるよう使用人に頼んだ。ライナンも手土産――干した魚のようだ――を渡して、すっかり我が物顔でくつろいでいた。
「……それで? 何をしに来たんだ?」
「いやさっき言っただろう」
「ティータイム……茶を飲みながら話したいことでもあるのか?」
「そんな感じ。……俺とおまえ、同じ立場の者同士でたまにはゆっくり喋りたくてな」
「同じ立場」という言葉を耳にして、ジンはそれまでの態度を少しだけ改めた。
今現在、ジンとライナンで共通していること。それはおそらく――妻のことだ。
ジンは約一年前に、そしてライナンも半年ほど前に、ノックス人の女性と結婚した。今現在、ロウエン帝国の貴族でノックス人と結婚した者は数えるほどしかいない。
それぞれ色々な経緯や結婚に至るまでの事情があったが、ジンもライナンもそういう点では「同じ立場」にあるのだ。
「……おまえのところは、うまくやっているのか? フェリスはよく、ジャネット殿に結婚生活について尋ねるそうだが、どうもはぐらかされているようで」
「ああ、うん、それなりにうまくいっていると思う」
茶を淹れた使用人の少女に礼を言い、ライナンは椀の中の茶を一気に呷った。
ジンも熱いものはすぐに口にできるが、フェリスはそうではないようでいつも熱い食べ物や飲み物をふうふうしながら口にしているものだ。
「それにしても、あれには俺も驚いた。……まさかこれまで散々浮き名を流してきたおまえが、あそこまであっさりと結婚を決めてそれ以降奥方一筋になるとはな」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ」
ジンの言葉にライナンはにやりと笑い、空になった椀を机に置いた。
「これまではただ単に、びびっとくる女に会えなかっただけで……ジャネットに最初に声を掛けられた瞬間に、天啓を受けた気持ちになったんだ!」
「……」
ライナンは芝居がかった仕草で言っている。
他の者がこれを聞けば、「よほど運命的な出会いを果たしたのだな」と思うだろうが、そうではない。
まず、ライナンの言う「最初に声を掛けられた」時のジャネットは、オランド伯爵に脅されてフェリスを連れて帰ろうとしていたため、普段以上につんけんとした物言いをしていた。
しかも彼がジャネットに惚れ込んだとどめの台詞が、「護衛がごちゃごちゃ言わないでくださいますか?」という手厳しい言葉だった――というのは、ジンだけが知る秘密だ。
「……おまえ、意外と被虐趣味があったんだな」
「ほっとけ。……それで、おまえもちょっと前に悩んでいただろう? ノックス人の嫁さんを持つと、色恋に関する積極性に戸惑うって」
「言ったな」
あれは……そう、確かフェリスと両想いになってしばらく経った頃のことだ。
ぐいぐい来る妻に嬉しく思いつつも戸惑っていたジンは、帝城の更衣の間でライナンに相談を持ちかけたことがあった。
結局あの時の結論は、「ジンはジンのままでいい」だったはずだ。
「ということは、おまえも同じような状態になったのか?」
「そんな感じ。いやぁ、いいねぇ、こういうの! いつもはつんつんした嫁なのに、甘える時にはでろっでろに甘えてくるの。いや、当時のおまえの気持ちが痛いほど分かるようになったわ」
えへへ、とだらしなく顔を緩ませて言うライナンを、ジンは冷めた目で見ながら――内心では、「やはりノックスの女性は皆、甘える時にはものすごく甘えるのか」と納得していた。
「……それで、だ。俺たちはロウエン男児らしく嫁の愛情に応えるべきだとは思うんだが……ちったぁ勉強するべきだと思ってな」
「勉強……」
「そう。……聞いて驚くなよ? 俺は、嫁が求めるものを手に入れるべく、行動したんだ!」
「そうか」
「もう少し驚けよ! ……俺が探したのは、『ろまんす』だ!」
ライナンの言葉に、ジンは片眉を上げた。
そういえば……ライナンがジャネットに求婚した際、あまりにもあっさり話が進んだこともあり、ジャネットが「ロマンスの欠片もない」とこぼしていたのだ。
ノックス出身であるフェリスはもちろん、ノックスの文化をある程度知っているジンも「ロマンス」が何なのか分かっていたが、ライナンはそうではなかった。
「おまえちょっと前まで、ロマンスが宝飾品か何かだと思っていただろう」
「そうそう。そんなもんでこの前打ち合わせをした時に、ノックスの騎士に聞いてみたんだよ。どでかいろまんすは、どこで入手できるかって」
「……ぶふっ」
悪いとは思うが、つい噴き出してしまった。
相談を持ちかけられたノックス人の騎士は、いったいどのような顔になったのだろうか。




