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71 交渉①

 一国の国王を前にしても、ジン様は堂々としていた。

 物腰は柔らかいけれど、皇帝陛下から授かった命――「退魔武器の流通の改善を求める」について審議する際は、一切譲歩していなかった。


「皇帝陛下としても、縫穣の神子の恩恵である退魔防具の輸出については前向きに検討したいとお考えです。同時に、輸入する退魔武器についてはノックス王国に、輸出額や輸出数について今一度考え直していただきたいとのことです」

「縫穣の神子の生み出す退魔防具については、我々も聞き及んでいる」


 国王陛下が私の方を見たので、思わず目を逸らしそうになったけれど踏ん張った。


「……しかしいかんせん、針に退魔の力を注げる神官など聞いたこともない。そして事前の報告によれば、特殊な保存方法を取らなければ退魔防具の効果は落ちていくとのこと。魔物との戦いを繰り返しても退魔の力が落ちにくい我が国の退魔武器と同様に扱うことは、難しいのではないか」

「全くの同価値を求めるつもりはありません。……しかしまずは、実際の効果をご覧いただければ」


 そう言ってジン様が私を見てきたので、私は頷いて立ち上がり、ロウエン風のお辞儀をした。


 ……ねっとりとした視線を、感じる。

 負けない。

 この視線に、屈したりしない。


「国王陛下にお目もじ叶いましたこと、光栄に思います。ロウエン帝国のフェリス・ライカと申します。今から私が針に魔力を込める様、そして私が退魔の力を込めた針で作った防具の性能について、ご覧いただきたく思いますが、よろしいでしょうか」

「……よかろう。わしとしても、この目で縫穣の神子の力を確認せねばと思っていた」


 国王陛下の言葉に続いて、隣の第一王子殿下も頷いた。

 このようにすることは事前に打ちあわせていたので、すぐに会議の場に道具一式が持ち込まれた。


 台車に乗って持ってこられたのは、縫い針数本と退魔防具である肌着。

 縫い針はジン様が準備させたもので、退魔防具は昨日使用人に縫わせたものだ。プロの針子は連れてくることができなかったから肌着としての性能は落ちるかもしれないけれど、昨日の夜に完成したものだから効果も十分だ。


 台車に乗ってきたそれらを、ノックス側の人たちが興味津々に見てくる。

 どうやら一人だけ元神官の女性がいたようで、第一王子殿下の隣に座っていた彼女は目を丸くして肌着を見ていた。


「……あちらのシャツから、退魔の力を感じますね。あれは、あなたが作ったものですか?」

「い、いえ。その、私は裁縫がそれほど得意ではないので。私が魔力を込めた針を使い、使用人に縫わせました」

「そうですか……」


 女性は少しだけ残念そうだけれど……私が作ったものはお見せできるものではないので、勘弁してもらいたい。


 まず私は、針を手に取った。

 これらは全て材質が異なっていて、普通の金属製の中に一つだけ退魔武器と同じ金属でできたものがある。どれもきれいに磨かれている高級品なので、手触りだけではどれが退魔武器になるのか分からない。


 針をまとめて左手で持ち、右手をそれらにかざす。魔力を注ぐ要領は、普通の退魔武器作成とほぼ同じだ。


 ……最初にジン様の帯を作ったときは本当に無意識に魔力を注いでいたけれど、今はきちんと意識して適切な量を注げるようになっている。


 目を細めると、四本ある針のうち一本だけ退魔の力を吸い込んで眩しく輝いているのが分かる。

 同じ様子が元神官の女性にも見えたようで、感嘆の声を上げた彼女に第一王子殿下が詰め寄っていた。


「どうした。何か見えたのか!?」

「は、はい。あの……今、右手に移した針が眩しく輝いています! ノックスの上級神官の作る退魔武器にも勝るとも劣らない、強い退魔の力です!」


 中年の女性元神官が興奮したように言うけれど、他の人には退魔の力は見えない。

 でも、「女史が言うのならば……」と第一王子殿下も納得している様子で、国王陛下も退魔の力が見えないながらに、じっと私の右手の針を見ていた。


 針に退魔の力が注げることが分かったら、次は肌着を使っての実験だ。


 肌着が本当に退魔防具かどうかは、魔物の攻撃をぶつければ分かる。でもまさかこんなところに魔物を連れてくるわけにはいかないので、特別な道具を使うことにした。


「こちらは、普段退魔武器の性能を確かめたりする際に使う、魔物の牙や爪から作った玉です。ノックスの神殿でも、同じようなものを使っていましたよね?」


 革袋に入っていた黒い小さな玉を手に取って私が言うと、元神官の女性は頷いた。


「はい。新しい形の武器が開発されたときなどは、退魔の力が正しく込められているかどうかの実験を行います。……そちらを使うのですね」

「はい。近衛兵のライナン・キオウ様に立ち会っていただきます。公平性を持たせるため、できればノックス側からもお一人、ご協力を願えたら……」

「私がしよう!」


 大きな声で立候補したのは、第一王子殿下だ。

 王子としての責任感、というのもあるだろうけれど、不思議な実験に参加したいという気持ちもあるのかもしれない。目が、輝いてらっしゃる。


 そういうことで会議の場の空いているところに、二人が移動した。キオウ様が肌着を胸元に当てて立ち、第一王子殿下が黒い玉を手にキオウ様から距離を取る。


 簡単に言えば、王子殿下に玉を投げて肌着に当ててもらうのだ。周りとは距離を取っているし、この玉が割れたからといって周囲に邪気がまき散らされたりすることもない。


 もし王子殿下がコントロールに失敗したとしても、何かしらの被害を受けるのはキオウ様だけだ。

 かなり痛い思いをするかもしれないけれど、全部承知の上でこの実験に付き合うと言ってくださっている。


 皆が見守る中、王子殿下はしばらく玉を手の中で転がして、重さや投げやすさを確認しているようだ。

 そして、「参るぞ!」と声を上げてから振りかぶり、キオウ様に向けて投げつけた。


 ……一瞬ひやっとしたけれど、体格のいい王子殿下は運動神経にも恵まれていたようで、黒い玉はキオウ様の胸元に見事命中するとパンッと音を立てて弾け――そして、パシュッと空気が抜けるような音を立てて消えてしまった。


 これにはさすがに皆も驚いたようで、ノックス側の人間のほとんどが席を立ち、キオウ様が持つ肌着を驚愕の眼差しで見ていた。

 肌着の胸元は少し黒ずんでいるけれど、魔物の邪気が込められた攻撃を受けたというのに布地は無事だ。


 キオウ様は確認するように目の前でひらひらと肌着を振ってみせたけれど、裏側には傷一つない。

 念のために表裏をひっくり返したけれど、弾が命中した布の裏にもほとんど変化がなかった。


「……普通の布のシャツだったら、焼け焦げていただろうに……」


 王子殿下もしげしげと肌着を見つめた後、席に戻って父王に言った。


「陛下、確かにあのシャツには退魔の力が込められているようです。私もこれまで何度も魔物と戦ってきましたが……重厚な鎧でさえ魔物の爪で砕かれることがあるというのに、あの布はほぼ全ての邪気を打ち消していました」

「一部始終を見ておりましたが、シャツに込められた退魔の力はほとんど揺らぎがありません。この調子ですと……同じ実験玉をあと十個近く投げつけても、シャツは原形を留めていられるでしょう」


 元神官も研究者としての目線で言ったため、国王陛下はゆっくり頷いた。


「……どうやら退魔防具の性能としては十分すぎるくらいであるし、縫穣の神子の実力も真実のようだな」

「……では、国王陛下。ノックスの退魔武器とロウエンの退魔防具の輸出入について、お考えいただけますか?」


 ジン様が緊張を孕んだ声で問うと、国王陛下はしばらく瞑目した後、頷いた。


「……了解した。無論、退魔防具を製造・運搬し、保存した後に使用する際の欠点についても考慮に入れるが、それでよいな」

「はい、もちろんです」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 針つかえば他人でも作れるとか言っちゃてるのに針求めないのね
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