7 感謝の贈り物を②
礼拝の日を迎え、私たち守護神官たちは朝早くに仕度をして、馬車に分乗して王都を目指した。
若い見習い神官やジャネット様のような世話係たちはどうしても留守番をすることになるけれど、それでも参加する神官は百人以上、馬車も数十台必要となる。
普段神殿に籠もって国のために退魔武器を作っている神官たちが、珍しくも羽を伸ばせる機会だ。国も私たちのためには金を惜しまない方針なので、馬車の座面もふかふかしているし、応対する御者たちも物腰が丁寧で品があった。
礼拝自体は私も既に何回も参加しているから、手順が分かっていたしすぐに終わった。
この世界が魔物に滅ぼされることのないように見守っているという神の像に祈りを捧げ、賛美歌を歌う。私は守護神官としては落ちこぼれだし裁縫の腕前も壊滅的だけど、音楽だけは自信がある。だから、他の誰よりも心を込めて歌った。
そうして、ほんの数時間ではあるけれども貴重な自由時間となる。王都と神殿の移動には二時間ほどかかるので、夜になるまでに帰るには、これくらいしか自由時間を取れない。
それでも同僚たちは晴れやかな表情になり、ローブの裾をひらめかせながら王都に散っていった。
……よし、皆いなくなったことだし、私も城に行こう。
バッグの中には、ラッピングした贈り物がきちんと入っている。
それを手触りで何度も確認してから、遠くに見える王城の尖塔をじっと見つめる。
ライカ様のような異国の使者は滞在中、たいてい王城の敷地にある迎賓区で寝泊まりしている。王城本体はともかく、そのあたりなら入り口のところで事情を説明すれば面会が通ることもあるそうだ。
伯爵にばれることを避けるため、私はオランド伯爵令嬢ではなくて守護神官のフェリスとして訪問することにしていた。追い返されたらそれまでと、きっぱり諦めよう。
最初からそれほど高望みしていないから、私の足取りもなんとなく軽くなる。
そして立派な城門前で警備していた門番に、守護神官であるという身分証明書を提示した。
門番はすぐにフェリス・オランドの名前を照会して、通行を許可してくれた。
「出入りできる場所は限られています」と言われたから念のために迎賓区について尋ねると、「迎賓区の入り口で許可が下りれば、伝言や贈り物などは託せるかもしれません」と教えてもらえた。
……これまでに何度もこの城に出入りしたことはあるけれど、こんなに足取りも軽くて開放的な気持ちで訪問できたのは、初めてだ。
それはきっと、今の時間帯が明るい昼間であることや重いドレスではなくて神官のローブ姿であることはもちろん、隣に伯爵家の人間がいないのが一番の理由だろう。
今の私はオランド伯爵令嬢といういけ好かない肩書きを背負った女ではなくて、ただの守護神官のフェリス。
だからこそ、怯えたり暗い気持ちになったりせずに王城内を歩けるんだろう。
それでも、迎賓区を訪れるのは初めてだ。巡回の兵士に場所を聞くと道案内を申し出てくれたので、ありがたく案内を頼んだ。
城内の一角にある迎賓区には、異国の客人を迎えるためにいくつもの豪邸が建ち並び、それぞれに庭や馬場などがついている。
そのため城内のかなりの面積を食っているみたいだけど、異国の重鎮を歓迎する場所なのだから国費を割くのも当然だろう。
迎賓区は全体がぐるりと鉄柵で覆われているから、ここの門を通過しなければ区に足を踏み入れることもできない。
門の前にいた立派な鎧の兵士は最初に私の身分を照会してくれた門番と違って、用件を述べると難しい顔になった。
「ロウエン帝国の使者ご一行は確かに滞在なさっていますが、事前のご予約などがないお方は通すことができません」
「そうですか……では、下働きの方でいいので、お呼びいただくことはできませんか?」
「それくらいでしたら、一応お伺いはしてみます」
兵士は、一旦代わりの者を寄越して引っ込む。そうして間もなく戻ってきた彼は、二十代後半くらいの年頃の青年を伴っていた。
硬質な濃い茶色の髪に、がっしりとした体躯。肌はノックスでは珍しい浅黒い色合いで、精悍な顔つきをしている。
てっきり下働きの少年でも連れてくると思ったのに、彼が纏っているのはロウエン風の軽鎧だ。
明らかに武人の身なりをしている男性を見て私が動じたからか、彼は視線を下げてこちらを見るとにっと愛想よく笑った。
「初めまして、ノックスの神官様。俺はロウエン帝国の近衛兵を務める、ライナン・キオウといいます」
「こ、近衛兵でいらっしゃいましたか。私、守護神官のフェリスと申します」
近衛兵というと、ロウエン帝国では貴族しかなれない職だったはず。
まさか、そんな方が私ごときのために呼ばれたなんて!
慌ててお辞儀をすると、ライナンと名乗った男性は快活に笑ってぼりぼり頭を掻いた。
「どうも。……んで、あなたはジンに用があるんでしたっけ?」
「は、はい。お渡ししたいものがありまして……」
「あー……すみませんが、そういうのは受け付けられないんですよ。あいつ顔がいいから、こういう話がよく来るんですけど……いくら神官様のお願いとはいえ、そういうのをほいほいともらうと……ねぇ?」
キオウ様は柔らかい口調でやんわりと言ってくれたけれどつまるところ、「迷惑」っていうことだ。
きっと彼の目に映る私は、ライカ様の美貌にほいほいと釣られて貢ぎ物をしに来た追っかけ程度なんだろう。
……でもまあ、そう思われても仕方ないよね。
口汚く罵られたり暴力を振るわれたりしないだけで、十分だ。
「かしこまりました。ご無理をお願いして、申し訳ありませんでした」
「いや、こっちこそすみませんね。わざわざご足労いただいたってのに」
「そんなこと――」
「あっ」
キオウ様が声を上げたので、私は言葉を切った。
どうも彼は私の背後を凝視しているようなので、そちらを見る。




