67 幸せになるために
その後、ジン様は執事やキオウ様たちと一緒に作戦を練るそうなので、私とジャネット様だけ先に休むことになった。その際、できれば私の部屋で一緒に寝るようにと言われた。
確かに、私はともかくジャネット様は心身共に疲れているだろうし、知らない場所で独りぼっちで寝るのは寂しくて、不安になるだろう。
幸い、私の私室にあるベッドは一人用にしてはかなり大きめだったので、私たち二人が並んで寝る余裕があった。
「さ、明日からバタバタするでしょうし、今日はゆっくり休みましょう」
マリカたちに就寝の挨拶をして、私はジャネット様と並んでベッドに座った。
ジャネット様は明朝に屋敷を出てこっそり帝城の客室に行き、使用人と入れ替わる。そうして、まるでその客室で一晩寝たかのように振る舞う予定だ。
私が声を掛けても、ジャネット様は無言で頷くだけだった。でも手を引っ張ると素直に横になったので、ひとまず安心だ。
「……本当に、今日一日色々ありましたよね」
返事がなければそれはそれでいいと思って呟くと、隣で小さく嘆息する音が聞こえた。
「……ええ、本当に。わたくしは最悪、帝城でロウエン人に殺されることさえ覚悟していたので……まさかこんなことになるとは」
「……。……あの、ジャネット様。うまく言えないのですけれど……すみ――」
「謝ってはなりません。伯爵のことも今回のことも、あなたのせいではありません……あっ」
ぴしっとした声に私が思わず隣を見ると、ジャネット様も「しまった」と言わんばかりの表情で私を見てきた。
私が後ろ向きな発言をして、ジャネット様が注意する――まるで、昔の頃の私たちみたい。
ジャネット様も同じことを思ったようで、目尻がほんの少し下がった。
「……昔も、こういうことがありましたね」
「ええ。……私はすぐに謝ってばかりで、未来への展望が持てなくて。落ちこぼれな自分であることが、申し訳なくて……」
「でも、もうあなたは違うのですね。……ライカ様が、あなたを変えてくださったのですね」
ジャネット様に優しい声で言われて、私は頷いた。
私の本当の力は、針に退魔の力を注ぐことで、その針で縫ったものを退魔防具にできる。
でもこの力を表に出すためにはまず、特殊な素材でできた針が必要で……さらに強力な守護を施そうとしたら、「想い」が必要になる。
私が強力な退魔の力を込められるのは、ジン様のために縫った服だけ。
この力は……ジン様が私を大切にしてくれることで、目覚めさせられた。
「……はい。私、色々あったけれどロウエンに来て本当によかったと思います。……伯爵家のことは嫌いですけれど、ノックスそのものに恨みがあるわけではありません。だから私の力も……うまく、使えたらと思っています」
「……そう。あなたは本当に……強くなったのですね」
ジャネット様の声が、優しい。
神殿の隅っこで泣いていた私を呼んでくれた時と同じ、愛情に満ちた声。
大好きな母を亡くしても、伯爵家で虐げられていても……私はこの声があったから、やってこられた。
「……わたくしも、あなたのように強くなりたいです。そうすればキオウ殿との結婚にも……前向きに挑めるでしょうからね」
「あ、あの。キオウ様は私の護衛もしてくれますが……思ったよりもいい人だと思いますよ!」
ひとまずフォローを入れておくと、ジャネット様はくすりと笑った。
「そうですね。……今のわたくしでは、彼のことを軽薄で訳の分からない人、としか思えないのですが……時間を重ねれば、あなたのように彼のことを好意的に捉えられるかもしれませんね」
「……きっと、そうなりますよ」
薄闇の中で、私たちは視線を交わした。
「……おやすみなさい、フェリス。よい夢を」
「おやすみなさいませ、ジャネット様」
……私たちはきっと、ロウエンで幸せになれる。




