66 助けるために②
「そう、結婚。あんた、独身だろう? だったらロウエン人と結婚してロウエンの姓を名乗ればいい。そうすりゃあ、あんたの両親ごとロウエンで引き取ることができるだろ」
「う、ええと……そう、ですね。確かに、ええ、私は独身ですし……」
「あの、キオウ様。でもそうするとしたら、お相手の方を慎重に探さないといけませんよ」
狼狽えるジャネット様に代わり、私は挙手して申し出た。
「それに、時間は限られています。今、帝城に騎士たちがいますから、彼らを欺きながらジャネット様のお相手を捜さなければなりません」
「うん、そうですよね」
「……そ、それに、相手の方は信頼ができて、ジャネット様のご両親も一緒に引き受けられるほどの権力も必要ですし……」
「うんうん、そうですよね。俺もそう思いますよ」
……なんだろう、この感じ。
キオウ様、ふざけているようだけど目は本気だし……まさか、いや……。
妙な予感を胸にキオウ様を見ていると、彼はおもむろにジャネット様の正面に立った。
「……ってことで。あんた、俺の嫁さんになりな」
「……」
「……」
「……はぁ」
ジン様が、ため息をついた。
すごく、ものすごーく疲れたようなため息だ。
……私も何となくそんな予感はしていたけれど、ジャネット様も同じだったようだ。
目を見開いて耳を赤くしているけれど、ものすごく驚いた様子はない。
「……。……正気ですか?」
「もちろん」
「……色々申したいことはあるのですが、わたくしと結婚してもあなたにとって何の利益もありませんよ?」
さすがジャネット様、一番気になるところはご自分のことではなくて、相手のことだったみたい。
でもキオウ様はからからと笑って、げんなり顔のジン様の肩をぱんぱん叩いた。
「何言ってんだ。利益の有無で結婚を決めるわけじゃないだろう! なぁ、ジン!」
「俺に振るな……。それよりおまえ、せめてもう少し自分について説明して差し上げろ」
「ああ、それもそうだな。俺はライナン・キオウ、二十七歳。キオウ家は代々武人を輩出する名家で、今の当主は俺の父方の伯父だ。家督は従兄が継ぐから、俺は特に結婚についてそれほど言われないままこの歳になった」
「……そうですか」
「両親も俺の結婚については早々に諦めてくれているくらいだから、異国出身の嫁さんを迎えることになったとしても、あれこれ言わないさ。俺はこれでも甲斐性があるから、あんたもあんたの両親もちゃーんと面倒見る。以上、説明終わり!」
「……」
ジャネット様、難しい顔で黙っている……。
でも黙っていたのはしばらくのことで、やがてジャネット様は頷いた。
「……わたくしにとって、思ってもいないありがたいお申し出です。……でも、本当にいいのですか?」
「別にいいけど?」
キオウ様のあっさり具合に、ジャネット様はひとつため息をこぼした。
「……分かりました。わたくしがお世話になる身ですので、何も申し上げることはありません。どうか……両親のことを、よろしくお願いします。わたくしのことは、ほとぼりが冷めましたらぽいっとしてくださって結構ですので」
「は? するわけないだろう。引き受けると決めたからには、途中でほっぽり出したりしない。あんたがよぼよぼの婆さんになっても側に置くつもりだから、その気でいろ」
キオウ様はそう言うと、ジン様を見た。
「んじゃ、俺はもう戻るからな。……ノックスの騎士がいるから、明日には決着を付けるつもりだ。まずは、結婚手続きとうちの家への連絡だけしてくるわ」
「……分かった。ジャネット殿は、本当にこれでいいのですね?」
ジン様に念押しされて、ジャネット様は力なく笑った。
「ロマンスの欠片もない求婚ですが、お受けするしかありません。ライカ様も、お気遣いくださりありがとうございます」
「気にしないでください。……ライナン、手続きを終えたらすぐに明日の打ち合わせをするから、戻ってこいよ」
「ああ。それと、ジャネット。今あんたが言った『ろまんすの欠片』、今は持ってないけどいつか立派なやつを買ってやるからな!」
「ロマンスは非売品です……」
突っ込む気力もなさそうなジャネット様の代わりに言っておいたけれど、やけに機嫌のいいキオウ様の耳に届いたかどうかは謎だ。




