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63 決裂、そして

 キオウ様は一気に笑みを消して、私たちを庇うように一歩前に出た。彼の中でジャネット様が「敵」認識されたのだと分かる。

 ……でもジャネット様の連れている護衛の騎士たちも少し前に出て、両者が威嚇するようににらみ合う形になってしまった。


「……片方が一方的に物申すような状況になった以上、面会を続けさせるわけにはいきませんね。お引き取り願えますか、ジャネット様?」

「……護衛がごちゃごちゃ言わないでくださいますか? わたくしは今、フェリスと話をしているのです」


 にべもないジャネット様の言葉に、キオウ様の口元がぴくっと引きつった。


 ……この場を設けるにあたって、「平等な立場による話し合いの続行が不可能だと判断された場合は、面会終了とする」ということを皆で決めていた。

 もし乱闘騒ぎになれば、陛下が手配してくださった兵士がすぐになだれ込んでくるだろう。


 ……でもそれくらいのこと、ジャネット様も護衛騎士たちも分かっているはず。

 それなのに……どうしてわざわざキオウ様を煽るような発言をするの?


 ジャネット様はキオウ様から視線を逸らし、私を見て微笑んだ。


「フェリス。我が国はあなたの力を求めています。……神殿の皆も、あなたのことを懐かしがっています。もちろん……わたくしも」

「フェリスを惑わすような発言は、おやめください」


 ジン様が静かに切り込むと、ジャネット様は少し意外そうにジン様を見てきた。

 でもすぐにまた元のような鉄壁の笑顔に戻り、小首を傾げる。


「……惑わすなんて、人聞きの悪い。わたくしはあくまでも、フェリスの意志を聞こうとしているのですよ」

「先ほどは、もう教育係と教え子の立場ではないと切り捨てておきながら、ご自分の立場が悪くなったからといってまた『先生』の顔になるのですか? 都合のよろしいことで」

「……」


 ジン様のまっとうな指摘を受けても、ジャネット様は微笑みを崩さない。


 ……まただ。また、この笑顔。

 これは、ジャネット様の本当の笑顔ではない。


 ジン様と結婚すると報告したときに見せてくれた笑顔とは、全然違う。


「……申し訳ありませんが、ジャネット様。私は、ノックスには戻りません」


 私がはっきりと言うと、ジャネット様の表情が動いた。

 それは……それこそが、ジャネット様の本当の顔、困ったときに見せてくれた顔。


「……悲しいことを言うのですね。やはり、ご夫君と離れるのは辛いですか?」

「もちろんそれもありますが、私は結婚を機にロウエンの人間になると誓ったのです。ですから……ジャネット様のお申し出に沿うことはできません」

「……」

「退魔防具に関しては、皇帝陛下と国王陛下がやり取りをして決めてくださるはずです。ですからどうか、お引き取りを――」


 ……ん?


 今、ジャネット様の体が揺れた?

 身震いしたとかじゃなくって、なんだか不自然な形に揺れたような……?


 でもジャネット様はまたあの不気味な笑みを浮かべて、私を見つめてきた。


「申し訳ありませんが、あなたに頷いてもらえるまでわたくしは引きません」

「……。……ジャネット様。何が……あなたをそこまでかき立てているのですか?」


 私は、尋ねた。


 ジャネット様が、立派なドレスを着ている理由。

 ずっと貼り付けたような微笑みを浮かべている理由。

 少々論理的におかしくなろうと、ご自分の主張を頑として曲げない理由。


 それは、もしかして――


 私の問いに、ジャネット様は何も答えない。そこに、控えめにドアをノックして使用人の女性が入ってきた。お茶のお代わりを持ってきてくれたようだ。


「何が、とは不思議なことをおっしゃいますね。わたくしはわたくしの意志で、あなたとの面会に臨んだまでです」

「……あなたがそんなことをする理由が、ちっとも思い当たりません。あなたはジン様と一緒にご挨拶に伺ったとき、激励の言葉をくださいました。……そんなあなたが、私を国に連れ戻そうとするなんて――」

「あっ」


 小さな声。

 カチャン、と陶器同士がぶつかる音。


 大きな茶瓶の載ったお盆を手に歩いていた使用人が、足元の――ちょうど、ノックスの騎士が置いていた荷物のベルト部分を踏み、ずるりと滑った。


 危なっかしく盆に載っていた茶瓶が揺れて、傾き――


 ガチャン! と音を立てて茶瓶が椅子の肘掛け部分に落下して、中のお茶がぶちまけられた。

 ちょうど、ジャネット様の膝を濡らすような形で。


「あっ、つ……!」

「も、申し訳ありません! すぐにお拭きします……」

「待て。ジャネット様は女性だ。お召し物も濡れているし、かといってこのままでは火傷してしまう! すぐに別室にお連れして、風呂の準備をしてくれ!」

「は、はい!」

「おい、待て――」


 ジン様の命令を受けて使用人の女性がジャネット様を立たせたけれど、そこで初めてノックス人の騎士が声を上げた。


「ジャネットをどこへ連れて行くつもりだ! 護衛である我々も――」

「まあ! なんて無粋な! お召し物を脱がせなければならないでしょう!」


 呆然とした様子のジャネット様の肩を支えながら使用人の女性が言ったため、騎士もぐっと言葉に詰まったみたいだ。


 ……もしかして、これは。


 私は振り返り、表情の読めないキオウ様に声を掛けた。


「これは、いけませんね……キオウ様、この場をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。ジャネット様のお支度には女手が必要でしょうから、ヘリス様もお願いします。……ジン、こっちを片づけよう」

「ああ」


 いつもなら私と離れるときには渋い顔をするジン様だけど、今はキオウ様にすんなり同意して、私にも視線で「行って」と指示を出してきた。


 これは……使用人の女性が作ってくれた、チャンスだ。

 護衛――いや、見張りらしい騎士たちからジャネット様を引き離して、男性では絶対に立ち入れない浴室に誘導する。


 そうして……その真意を聞くんだ。

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